第4話 燃える夢、失われた面影
市街で突如起きた群衆の「ゾンビ化事件」。
死隠部隊のカイルと、そして紅い魔素によって事態は収束を迎えたが、真相は未だ謎です。
事件の後、それぞれが胸に異なる思いを抱えて帰路につく。
暁月シュウは、自らの目の前で起きた出来事と、紅咲ルナの存在に対する説明できぬ違和感を拭えずにいます。
一方、夜の街を歩くルナは、穏やかな微笑みの裏に潜むもう一つの顔を覗かせる。
それぞれの心に芽生えた不安と疑念。
やがて交わるその先に、隠された「真実」への扉が少しずつ開き始めます。
夜の都市セラフィア。
街の混乱はまだ完全には落ち着かず、救護班や騎士団の馬車や救護トラックがあちこちを行き交っていた。
そんな雑踏の外れ、灯りの乏しい裏路地を歩く大男がひとり。
粗い灰色の髪を後ろで無造作に束ね、黒革の軽装鎧を肩で揺らす。
――カイル・マクレガー。
拳だけでゾンビ化した群衆の異変に立ち向かい、最後には謎の紅い光を目にした。
「まったく、なんだったんだあれは…。」
吐き捨てるように呟いた時、ふと前方から足音が近づいてきた。
現れたのは、栗色の髪を揺らす一人の女性だった。
青いリボンで後ろ髪を束ねた彼女――ユミナ・クロフォードだ。
「あ!カイルだ。 会えた会えた。」
「おっ…ユミナか。こんな所で会うとはな。」
「お疲れさま、任務帰り?」
カイルはユミナのどんな時でも穏やかで優しい雰囲気を崩さず、そしてどんなことにも物怖じしない彼女に苦手意識がある。
互いに言葉を交わすや否や、空気がわずかに張りつめる。
カイルは顎をしゃくり上げ、先ほどの出来事をかいつまんで話し始めた。
「街の奴らが急におかしくなった。
黒いオーラに覆われて、ゾンビみてぇに変化しやがったんだ。
殴っても叩きつけても効きやしねえ。
そしたらいきなり、紅い魔素が辺りを覆った瞬間、全員が気を失ったと思ったら正気に戻ったんだよ。」
「紅い魔素?」
ユミナの声はかすかに揺れた。
指先が無意識にモニターのキーを叩く仕草を真似る。思考が高速で回転していた。
「お前さん専門家だろ。俺にはわからんが……あれは尋常じゃなかったぜ。」
「……詳しく話を聞かせて。これは帰って部隊全員で話そうよ。」
ユミナは真剣な表情で端末を取り出し、短いコードを送信する。
『至急、本部に集合。』
「……その紅い光、興味深いね。
カイル、これはきっと……世界が本格的に動き出す前触れだよ。」
彼女の囁きに、カイルは目を細める。
ユミナがテンション上がると、大概面倒なことが待っている。
夜風は冷たく、まるで嵐の前触れのように二人の背を撫でていった。
*****
夜も更け、シュウは重たい足取りで家の前に立っていた。
石造りの外壁に囲まれた二階建ての小さな家。
ノア連邦の住宅街ではごく普通の一軒だが、シュウにとっては帰る場所だった。
玄関を開けると、台所の方から明かりが漏れている。
テーブルには湯気の消えかけたスープ皿が一つと、向かいにはシュウの分の同じスープとパンとたっぷりの煮物が置かれていた。
椅子に腰かけて待っていたのは、黒髪を後ろでまとめた女性――シュウの母、アリサだった。
「……遅かったね、シュウ。こんな時間までどこにいたの?」
「……ああ、ごめん。ちょっと友達と……進路の相談とかしてて。
疲れ過ぎて食欲ないから、俺の分は明日の朝食べるよ。 とりあえず休ませて……。」
そう答えながら、視線を逸らす。
アリサは眉をひそめたが、それ以上は追及しなかった。
「そう……無理はしないでね。 ゆっくり休んで。」
それだけを言って、再び静かにスープを口に運ぶ。
シュウは軽く頷き、二階の自室へ向かった。
扉を閉めると同時に、胸に張りついていた緊張が溶けていく。
ベッドに腰を下ろし、頭を抱える。
――目の前で人々が黒いオーラに侵され、ゾンビのように変貌していった光景。
――そして、あの傭兵の男が必死で戦う中、自分の手を握っていたルナの存在。
「……あの時、確かに感じた。何か……すごく強いものが、ルナの中から……。」
思考を振り払おうとしても、胸の奥にざらりとした違和感が残る。
シュウは彼女の青い瞳が紅に染まった瞬間を見たわけではない。
けれど彼には本来人が感じることができない魔力を確かに感じたのだ。
彼は枕に顔を埋め、深い吐息を洩らした。
疲労と混乱の渦に沈み込み、いつの間にか眠りに落ちていった。
***
目を開くと――すべてが炎に包まれている。
赤い炎が、空を裂くように燃え広がっている。
シュウは夢の中で、しかし確かに自分の足でその地を踏んでいた。
目に映るのは、この世のものとは思えない幻想的な街並み。
白い大理石で築かれた塔や回廊が連なり、青い宝石を散りばめたような川が流れる。
その美しき街が、今は轟々たる炎に呑まれていた。
――いや。
これは夢ではない。
まるで自分自身が、別の「誰か」の肉体に入り込んでいるような感覚。
燃え盛る回廊を駆け抜けながら、口が勝手に動く。
「ルーナリア……! どこだ、返事をしてくれ!!」
声は自分のものではない。低く繊細で力強い、知らない男の声だった。
だが同時に、その叫びが自分の胸を裂くような痛みをもたらす。
人々が逃げ惑う。白いローブをまとった人々が泣き叫び、崩れ落ちていく。
その中で、ただ一人、石畳に倒れている女性の姿を見つけた。
「……ルーナリア!!」
駆け寄った瞬間、息を呑む。
その顔は――リエル…いや、紅咲ルナと瓜二つだった。
彼女は目を閉じ、動かない。
震える腕で抱きかかえ、必死に名を呼ぶ。
「ルーナリア! 目を開けてくれ!!」
返事はない。彼女は既に息絶えている。
男の胸にこみ上げるのは、深い絶望と怒り。
それは夢の中の出来事なのに、シュウ自身の心をも焼き尽くすほどの激情だった。
「そうか……これが神の意思だと言うことか……。
……この世界は真の底まで腐りきっている……。
許さん! 私は絶対に…許さんぞ!!」
絶叫が空を裂き、燃え盛る炎すら揺らいだ気がした。
――そこで夢は途切れた。
***
シュウは荒い呼吸で目を覚ます。
部屋の天井が見える。
だが胸の奥は、まだ夢の熱に焼かれている。
「……あれは……一体……。」
頭を抱える。
ルナと同じ顔をした女性。
自分ではない誰かの視点。
そして、説明できないほどの強い憎悪――。
夢の残滓が消えぬまま、シュウはただ茫然と夜明けを待ち続けた。
*****
夜風に揺れる街灯の下、ルナはゆっくりと石畳を歩いていた。
――あの青年、暁月シュウ。
なぜ彼だけが、自分を「リエル」と認識できるのか。
その問いは心の奥で小さな棘のように刺さり続けている。
思案に沈んでいた時、不意に背後から声が飛んできた。
「ねえ、そこの姉ちゃん。こんな夜に一人かよ。遊ぼうぜ?」
振り返ると、路地の暗がりから四人の若い男たちが現れる。
粗末な革ジャンに酒臭い息、軽薄な笑み。
ルナを見ても、誰一人として“リエル”だと気づく気配はない。
(……私を認識したのかと思ったけど。違うのね。
虫けらか……。)
一瞬、心臓が跳ねたが、すぐに冷めた視線へと変わる。
彼らはただの愚か者――生きるに値しない小者たち。
「なぁ、ちょっとだけでいいんだ。俺たちと――。」
軽口を叩きながら、手を伸ばしてくる。
「ホントに…まるで物語に出てくるような雑魚達ってなんでこんなにも頭の悪い典型的な言葉しか出てこないんだろうね…。」
ルナが四人に向けて吐き捨てた、その瞬間。
ルナの瞳が、紅に染まった。
四人のチンピラはまるで見えない鎖に捕らわれたかのように動きを止める。
次の瞬間、胸を押さえて呻き声を上げた。
「うっ……! な、なんだ……これ……!」
「い、息が……でき……っ!」
地面に膝をつき、喉を掻きむしりながらのたうち回る。
彼らの体からは赤黒いオーラが漏れ出し、四肢は震え、眼は虚ろに白く濁っていく。
ルナは冷ややかな微笑みを浮かべた。
「……生きる価値のないモノは、処分しないと。」
囁きと共に紅い魔素が炸裂する。
四人の身体は耐え切れず、風船のように「ぱんっ!!」と弾けた。
青白い光の粒子を散らしながら、跡形もなく塵に消えていく。
残されたのは、誰もいない静かな路地だけ。
ルナの瞳はゆるやかに青へと戻り、彼女は吐息を洩らした。
「彼のこと……ルシアンに聞かないと。」
その名を呟くと、彼女は再び歩き出す。
紅の残滓を夜風に溶かしながら、闇の奥へと姿を消していった。
ご拝読ありがとうございます。
暁月シュウが見た夢はストーリーの根幹になる重要な場面です。
私達も時に自分視点なのにまるで別人の肉体に入って、目の前の出来事を体験する夢を見たことはありませんか?
私自身は何回もありますが、この世界は科学的に証明出来ない不思議なことがたくさんあります。




