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咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス


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第18話 闇へ迎えられる者

 シュウは走っていた。

 いや、正確には――セラに手を引かれ、影から影へと滑りこむように連れられていた。


 騎士団本部の裏通路。

 セラは迷いが一切ない。

 すれ違う騎士の足音をいち早く察知しては、息をする暇もないほど鮮やかに死角へ飛び込む。


「セラさん、本当にこんなことをして大丈夫なんですか……?」


「大丈夫。私を信じて。」


 その微笑みは、夜闇より静かで、どこか妖しさの中にに優しさを感じた。



 あっという間に裏門を抜けると、空気が一気に冷えた。

 今、自分は“公的な保護下”から完全に外れたのだとようやく理解し、シュウの心臓が早鐘を打った。


 セラはその動揺を気にも留めず、街の外れの森へ一直線に向かう。


「え!? ここ……“死の森”ですよね……?こんなところに何があるんですか?」


 シュウが息を整えながら問う。

 名前のイメージ通り、森は異様なほど静かで、木々は黒くねじれ、空気は生ぬるい湿気を孕んでいた。


「死の森、ね。確かにそう呼ばれてるけど――。」


 セラはあっさりとした口調で続けた。


「騎士団が過酷な訓練に使ったりって言われてるけど……それだけじゃないの。

 実態はね、癒着とか権力争いで“不都合になった人”を処理して埋める場所でもあるの。

 ここに入る人はいないし、声を上げても誰も気づかない。

 だから都合がいいのよ、いろいろと。」


 背筋がぞくりと震えた。

 セラはあっけらかんと言ったが、その言葉には現実味があった。


「そんな場所に……俺を連れて何を……?」


「だって見つかったら今度こそ本当にあいつらに殺されるよ? あんな知能も知性もないような連中に殺されるより、キレイなお姉さんと一緒にアブナイところに行く方が良いでしょ??」


 サラリと恐ろしいことを言う。

 だけどその横顔はひどく穏やかで、感情が読めない。



 森の奥。巨大な古木がまるで門番のように立っていた。


「――着いたよ。」


 セラが幹へ手をかざす。すると。


 ぼうっ……と黒い靄が広がり、木の中心が穴のように歪んだ。


「なんですか?これ。」


 シュウは息を呑んで一歩後ずさる。

 靄は揺らめき、黒い水面のように光を飲み込み、奥には何も見えない。


 セラはそっとシュウのそばに立ち、顔を寄せる。


「怖がらないで。ここから先は私達の家だから。」


 その声音は甘く、優しく、どこか抗いがたい。


「さ、行こ?」


 差し出された手。

 その指先の冷たさが、逆に不思議な安心感をくれた。


 シュウは迷いながらも、その手を握る。


 靄の門へ足を踏み入れた途端、世界が反転するようにふっと消え――。


 黒い入口は、静かに閉ざされた。



*****


 黒い靄を抜けた瞬間、足元の感触が変わった。


 柔らかい土ではない。

 硬質で、広い石床の音がわずかに反響する。


「……え?」


 暗闇のはずだった世界は、思いもしない光景へと変わっていた。



 天井は高く、巨大なホールは漆黒と銀を基調にした無機質な装飾で統一されている。

 それなのにどこか品があり、冷酷でありながら洗練された空気が漂っていた。


 壁には古代的な魔法陣の紋様が淡く光り、

 床は黒曜石のように磨かれていて、足元に自分の影が落ちる。


「ここ……は?」


 シュウが呟くと、セラが楽しげに微笑む。


「死の森の深い、深い地下。

 私達《死隠部隊》の本拠地。

 普通の人間じゃ絶対に辿り着けないところ。」


 その言い方が、妙に誇らしげだった。


「家だから、安心してね。さ、こっち。」


 セラは軽やかに歩き出し、シュウは戸惑ったまま後を追う。


***


 ホールの中央には一本の赤い絨毯が敷かれ、その先に古めかしいエレベーターがあった。

 鉄格子の扉、レバー式の操作装置――

 まるで過去の遺物のようなのに、どこか神秘的な気配が漂う。


「しいんぶたい?って……やっぱり騎士団の……暗部、みたいな……?」


 シュウの問いに、セラはふっと鼻で笑った。


「あんな腐った公僕たちと一緒にしないで。

 死隠部隊はね、私のお父さんが十六年前に作った少数精鋭の組織。

 表の騎士団や政治とは無縁。

 関係があるとすれば――。」


 レバーを引き、エレベーターがゆっくり下降する。


「お父さんは今、ノア連邦騎士団の“特別顧問”。

 そして――“悪魔殺しの英雄”。」


「悪魔殺しの!? それって、まさか――英雄グレアム・ウェクスラー!?

 でもセラさんの苗字は確かアルバーノ……。」


「私が子供の頃、地獄から救い出してくれたの。

 それからお父さんの家族になった。」


 深くは語らない。

 だがその言葉だけで、彼女がどれほど過酷な過去を背負っているかが伝わった。


「……そうでしたか。」


 シュウの声は自然と小さくなる。


「さ、着いたよ。」


***


 エレベーターの柵が開くと――

 そこは、まるで別世界だった。


 広々とした部屋。

 壁一面の巨大モニター、見たことのないハイテクなコンピューター群、黒革を基調とした武器ラック、魔導器の整然とした棚。


 その異質な空間で、三人がくつろいでいた。


 ソファにふんぞり返る大柄の男――カイル・マクレガー。

 高速で端末を叩く女――ユミナ・クロフォード。

 そしてコーヒーを淹れている、今にもリズミカルにステップを踏みそうな雰囲気の男――エリック・モーガン。


 全員が黒革の、重厚だが動きやすそうな専用装備をまとっている。


「お、来たな。暁月シュウ。」


 エリックが最初に振り向き、気さくに笑った。


「長旅お疲れさん。コーヒー、飲むか?」


 その軽さが、この異様な空間とあまりに噛み合わず、シュウは反射的に会釈してしまう。


 奥のソファからカイルが起き上がり、顎をしゃくった。


「よお、ガキ。……また会ったな。」


 ユミナも穏やかに微笑む。


「こんにちは、暁月君。私はユミナ。よろしくね。」


 セラはシュウの背中を軽く押し、ソファへ促した。


「座って座って。

 今日からここが――あなたの家になるんだよ。」


 その言葉に、シュウの胸が冷たくなる。


「家……って……どういうことですか……?」


 問いかけるシュウに、エリックが苦笑した。


「あーあ、まだ言ってなかったのかセラ。」


「うん。だってほら、驚いてもらいたかったから。」


「悪趣味だな。」


 カイルが呟いた。


 セラは微笑みを深め、まっすぐシュウを見つめて言った。


「シュウ君――

 あなたはもう、一般社会には戻れない。

 俗世の暮らしも、学校も、全部。」


 シュウの心臓が止まりかける。


「覚えてるでしょ?

 ――自分が、“魔法で人を焼き殺した”こと。」


 シュウの思考が凍りつき、セラの声だけが、妙に優しく響いた。


 喉が乾く。

 呼吸がうまくできない。


 セラの言葉が、鼓膜に焼き付く。


 (――僕が……焼き殺した……?)


「そ……そんな……嘘だ……。

 僕は……そんなこと……!」


 震える声のまま否定する。

 だがセラは、そっとシュウの肩に触れ、逃げ場を塞ぐように優しく言った。


「ううん。あなたから“あれ”は確かに放たれた。」


 セラの声は甘い。なのに異様に冷たい。


「強い怒りが引き金になって、眠っていた“闇の魔力”が解放されたの。

 あれは――“高位悪魔”が使う支配魔法。」


「支配魔法……? 高位悪魔……? 何を言ってるんだ……。」


 意味がわからない。

 言葉として聞こえるのに、理解が追いつかない。


 セラは言い切った。


「下等の魂を支配し、命令を下す。

 あなたは無意識にその下等の魂を持つ者達に"己自ら身を焦がせ"と命じた。

 人間には絶対に扱えない、高等な魔法。」


 そしてセラはその目が、どこか愛おしむように細められた。


「それを、いきなり使ったんだよ。

 ――シュウ君が。」


 沈黙がこの部屋に広がる。


 シュウの思考は、真っ白になった。



 沈黙を破ったのは、カイルだった。


「つまり……だ。」


 ソファから腰を浮かし、シュウを見下ろす。


「お前は“ただの人間じゃねえ”ってことだ。

 だから普通の生活はもう無理だ。」


 まるで当然の事実のように、淡々と言われた。


 ユミナがシュウの横にそっと座り、柔らかい声で続ける。


「大丈夫だよ、暁月君。

 私達も……そうやって、ここで生きてきたの。」


 その優しさが逆に、逃げ場を奪う。


「…………。」


 エリックがマグカップを片手に近づき、無邪気に笑った。


「まあまあ、気をしっかり持てbro。

 そんな絶望した顔すんなよ。

 あれほどの高等魔法を使えるなんて、マジでやべぇって。

 お前は格上の“才能”を持ってるんだぜ?」


 そう言いながら勝手にシュウをソファに座らせ、コーヒーを押し付けてくる。


 湯気と苦い香りが現実に引き戻すが、心の中の混乱はまるで収まらない。


 セラがその隣から微笑む。


「安心して。心のまともな人……。

 あなたを差別しなかった人達は焼けてないから。」


 言葉は穏やかなのに。


「死ぬべきクズだけが焼けたんだよ。

 よかったじゃない。」


 その笑顔はあまりにも残酷だった。


 シュウは息を呑む。


 ――普通、人を殺せば悪い。

 ――どんな理由があっても殺しちゃいけない。


 そんな当たり前だと思っていた価値観が、

 この部屋では“間違い”扱いなのだ。


 死隠部隊の面々は普通に笑っている。


 まるで“正義”だと言わんばかりに。


 シュウは、声が出ないほどの衝撃で固まった。



 エリックが向かいのソファにどかっと腰を下ろし、

 コーヒーを一口飲んでから気軽に言った。


「通常人は魔導器なしで魔法は使えない。

 君が使えた理由を説明しないとな。」


「……はい。」


 シュウは震える声で答える。


「bro、お前は……高位悪魔の生まれ変わりの可能性がある。」


「…………は?」


 言葉が理解できず、空気が止まる。


 エリックは肩をすくめ、説明を続ける。


「普通の人間は微量な魔力を“持ってるだけ”で、

 本来感じることも扱うことも絶対ムリだ。

 だから鉱山から採掘される魔導石を加工し、器に組み込み、魔導器が造られた。人間でも魔法が使えるように。

 人間の微量な魔力に反応して魔導器に組み込まれた魔導石の魔力を放出され魔法が使える。

 でもお前は、先天的に桁違いの魔力を持ってて、

 しかも高位悪魔しか使えない支配魔法をいきなりぶっ放した。」


「俺が高位悪魔の生まれ変わり……?」


「ま、可能性はある。だがもちろん確定じゃない。

 調べる必要があるがな。」


 ユミナが補足しながら言う。


「ただ……ね。」


 彼女はシュウの顔を優しく覗き込んだ。


「その力を理解して、正しく扱えるまでは、ここで一緒に過ごすしかないの。外なんて今出たら危ないよ。騎士団もダカン帝連も狙ってる。」


 その時、シュウの頭に閃く。


「あ……っ、隊長……!

 グレゴリー親衛隊長が危ないのでは……!

 助けに行かないと!」


 エリックはすぐに首を振った。


「ああ、だが親衛隊長は俺達みたいな存在は絶対許さないだろう。だから裏から何とかサポートするしかない。それとな……。」


 エリックはふっと視線を落とし、先ほどまでの軽快さが完全に消えた。


「もう一つ、シュウ。お前に謝らないといけないことがある。」


 シュウは顔を上げ、エリックと目が合った。


「お前の友のリナと……タクトのことだ。」


 胸が締めつけられる。

 名前を出されただけで、呼吸が苦しくなる。


「……俺達は、お前をずっと監視してた。

 いや、監視というより……“護衛”だな。」


 エリックは拳を強く握りしめた。


「だが――間に合わなかった。

 俺達の落ち度だ。すまない。」


 その言葉に、シュウは言葉を失う。


 死隠部隊の中で軽薄に振る舞うエリックからは考えられないほど、深い後悔と罪悪感が滲み出ていた。


「本当なら、二人が殺される前に手を打てたはずだった。

 俺達は気づくのが遅れた。

 あいつらがあんなに早く手を進めてるなんてな。」


「仕方ありません……。それに悪意のすべてダカン帝連とそれに従うノア連邦の奴らです!」


 エリックの目がわずかに揺れた。

 その言葉に、張り詰めていたものが少しだけ解かれたようだった。


「……そう言ってもらえると助かる。」


 ゆっくりと、深く頭を下げた。


「この無念は――必ず俺達が果たす。

 お前の代わりにじゃねぇ。

 一緒に、だ。わかったな?」


 その声は“死隠部隊の騎士”としての本質を見たような気がした。


「……とにかく。お前をここに匿うのが最優先だ。

 そして同時に、親衛隊長のサポートに回る。

 ダカン帝連が放ったマフィアどもは――全部、始末する。」


 言葉の端に容赦の無さが滲む。


「訓練もしてもらうよ。」


セラが軽くシュウの肩を叩く。「これから忙しくなるからね。」


 シュウは、ふと表情を曇らせた。


「……あの、俺の母さんや、ローズは……?」


 その名前が出た瞬間、場の空気がピタリと変わる。


 しばらく沈黙し、ユミナが静かに口を開いた。


「会いたいよね。でも……今は無理。

 君が外に出れば、たちまち“標的”になる。」


 エリックも真剣な目で続ける。


「しばらくは会えないと思ってくれ。

 安心しろ、動ける奴らがちゃんと見張ってる。

 お前の家族に手は出させねぇ。」


 カイルが腕を組み、不敵に笑った。


「外は地獄だが、俺達も地獄で生きてんだ。

 質の違いを教え込んでやるぜ…!」


 セラは優しく微笑んで、シュウの手を包む。


「だからね、今はこっちにいて。

 力をつけて……生き残るために。」


 シュウはゆっくり息をのみ、静かに頷く。


「……わかりました。」


「それでいい。」

エリックが満足そうに笑った。「ようこそ、死隠部隊へ。」


 黒い地下拠点の空気が、一瞬だけ温かく感じられた。


 こうして――暁月シュウは“闇の側”で生きる第一歩を踏み出した。

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