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咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス


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第16話 静寂を裂く報せ

 夕方のワイドトーク番組の収録スタジオ。

 照明は明るく、セットはいつも通り華やか。

 けれど、その裏に流れる空気はどこか張り詰めていた。


 数日前──歌姫・リエルが生放送で芸能界の闇の一部を暴露したことで、世間も業界も大混乱に陥っている。

 連日テレビ局や芸能事務所に苦情、賠償、中にはリエルを称えるものまで様々な言葉が寄せられた。


 そんな余波の真っただ中で、リエルとコメディアンのケインはそのことについて番組に呼ばれていた。



 司会のアレックスが軽い口調で切り込む。


「いや〜、とんでもない一週間でしたね。

 芸能界どころか、国全体を揺らすレベルの大騒動になっています。

 まさか、枕営業の話題だけでこんなに。

 さて、お二人にそれぞれの思いを聴いてみましょう。

 まずはリエルちゃん。あの後色々と大変だったでしょう?」


 ルナは背筋を伸ばしつつ、真剣に答える。


「私が言ったことは、色んな人達に迷惑をかけることになってしまいましたが、何も間違ったことは言っていません。

 真実のたった一部を言っただけです。

 自分と社会の醜い真実に直面し、それを虚勢と見栄と果てしない欲で隠す事に慣れてしまっているんです。」


 声は柔らかいが、芯が通っていた。


 アレックスが絶句する中、ケインは笑いながら続ける。



「いや〜、あの現場はすごかったよ。

 なぁリエルちゃん、今はまだあの時のパーティーの話をする時じゃないだろ?

 枕営業だか何だか知らないが、僕はそんなことより、今朝食べたポークビーンズが実は賞味期限が切れていることに気づいてしまったんだぁ。

 だからいつお腹が痛くなってしまわないかとヒヤヒヤしていてね。

 という訳で、さぁアレックス、どんどんトークをポップにハッピーに進めていこう。そうだろ?ステイシー?」


 リエルはステイシーという名を聴いて一瞬誰のこと?と思い、ケインを見たが、その次の瞬間にはケインのいつもの冗談だと言うことを思い出し、咄嗟に言葉を返す。


「私はリエルです。」 


 観客席から、緊張をほぐれるように笑い声があがる。


 司会のアレックスも、少し肩をすくめて笑った。


「ケイン、SNSは見たかな?

 “修羅場の空気を柔らかくしようとした救世主”って、結構話題になっているよ。

 おっと、それにしても……あの時に痛めた首、大丈夫?」


 ケインは照れたように頭をかき、肩をすくめた。


「ああ、もちろん!

 グレイスの蹴りはマジでハンパなかったけどね。

 あの時の僕はただ、生存本能が叫んだだけさ。

 あれくらいじゃ壊れないよ。なんたって、僕は“救世主”──いや、“ヒーロー”だからね!」


 観客席から小さな笑いが起き、スタジオ全体が軽い空気を取り戻す。


 だがアレックスは、視線を真面目な色に戻した。


「ははは、良かったよ。それじゃ、そろそろ本題に入ろうか。

 芸能界の体質について……どう思う?」


 カメラがリエルへ映る。

 リエルは、一瞬だけ目を伏せ、言葉を選んだ。


「社会そのものも、私たち自身も……変わらないといけないところはたくさんあります。

 少しでも、キレイな世界にできたらいいなって……思っています。」


 ケインもうなずく。


「そうだね。結局ね、上の人たちがどう動くかなんだ。

 でも“触れちゃいけないもの”がどれだけあるのか……って話だよ。

 これはもう、パンドラの箱を開けちゃうようなもんさ。

 リエルちゃんの言うことは本当にもっともなんだけど……難しい問題だよなぁ。」


 アレックスは、手元のカードを軽く叩きながら深く頷いた。


「そう……芸能界は今、本当に大きな転換点に来ています。

 根深い問題ですが、変わらなければいけない。

 でも……まぁなんていうのかな……。

 ケインの言う通り、触れちゃいけないこともあると自分も思うよ……。

 世の中って、そう単純ではない。」


 リエルは言葉を続ける。


「難しい、単純じゃない、触れてはいけないと言って肝心な事から目を背け続けた結果がこの堕落社会です。

 夢という名の汚い欲を叶えるために、この芸能界、社会、人々全体が動いているこの状況に私は我慢出来ないんです。

 私は知っています。

 汚い欲を満たす為にテレビ局や芸能事務所、番組スタッフの上層、スターともてはやされるタレントに身体を売って、自分もスターにのし上がろうとする。

 そしてその次は高収入、地位のある人間にすり寄り、身を固め、絶対的な安定を求めようとする安直な生態。」


 可憐な姿に似合わぬリエルのこの言葉を聴いたアレックスとケインの二人だけでなく、このスタジオ中が凍りついた。


 ケインはなんとか調子を取り戻し、この空気を必死に戻そうとした。


「……ああ……なぁスリザリン。 君の話は本当に刺激的だ。 僕も考えさせられるよ。

 まぁ…なんだ…そうだなぁ。

 そうだ!アレックス? そろそろ休憩の時間じゃないか?

 あまり大きな声で言いたくはないんだが、今朝食べたポークビーンズが暴れてるんだ。」


 それを聴いたアレックスは番組スタッフの方に目をやり、なかば強引に一旦カメラを止めさせた。



*****


 やがて収録が終わり、廊下にはスタッフ達の足音が遠ざかっていく。

 ケインの控え室のドアが「コン、コン」と控えめに叩かれた。


「どうぞー、開いてるよ。」


 ケインが答えると、そっとドアが開き、リエルが不安げな面持ちで顔を覗かせた。


「……あの。ちょっといいですか?」


 ケインはソファに座り直し、手で招いた。


「もちろん。お疲れ、リエルちゃん。」


 ルナは軽く頭を下げ、謝った。


「今日また私の発言で、場を凍らせてしまったみたいですいません。

 ケインさんのおかげで何とか収録はまとまりました。」


 ケインは一瞬だけ目を丸くし、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。


「気にしなくていいよ。大丈夫さ。」


 少し大げさな仕草で首をすくめ、肩を回して笑う。


「君は間違ったことは何も言ってない。

 正しいことを言ったんだ。そして……勇気がある。

 君こそまさに“ヒーロー”さ。」


 ルナは視線を落とし、唇をかむ。


「でも私はこの社会の体質に耐えられない。」


 ケインは首をゆっくり横に振った。

 その表情に、さっきの番組では見せなかった影が差す。


「リエルちゃん…。現実は──みんなが思ってる以上に、闇は深いんだ。」


 声のトーンが少し低くなる。


「僕たちに出来ることなんて、ほんの……微々たるものだよ。

 君が言った通り、世界はめちゃくちゃだ。

 それこそ──僕が吐き気を催すくらいにはね。」


 ルナが不安そうに顔を上げる。

 ケインはその視線をまっすぐ受け止め、言葉を続けた。


「その片鱗を見てきた僕が、君に言えることは……ただ一つ…。」


 リエルに一歩近づき、優しく肩へ手を置く。


「いいかい? リエル。これ以上は、余計なことは言わない方がいい。」


 その声には、軽さの欠片もなかった。

 本気で心配する大人の声だった。


「君は特別だ。才能がある。それに……とても美人だ。」


 リエルの頬がわずかに赤くなる。


「だからこそ、歌でみんなを救ってほしい。

 皆を癒す、ヒーローになるんだ。

 世界を良くする、君だけにできる方法でね。」


 ぽん、と優しく肩を叩く。


 その仕草は、励ましであり──どこか、守らなければという決意にも見えた。



*****


 局内のざわめきはすっかり落ちていた。


 スタッフの声も消え、廊下に残るのは蛍光灯の明かりから微かに聞こえる音のみ。

 ルナは控え室を出て、荷物を抱え、一人テレビ局の出口に向かって歩いていた。


 すると──背後から突然、すっかり聞き慣れた声が聞こえた。


「……ルナ。」


 ルナがびくりと肩を震わせ、振り返る。


「ちょ、ちょっと……! ルシアン、また後ろから脅かして……!

 まさか、こんなところにまで来るのね……。」


 薄く笑みを浮かべ、ルシアンは歩み寄る。


「すまない。驚かせるつもりはなかったんだけどね。

 どうしても伝えておきたいことがあって──。」


 その声音は普段よりも静かで、冷えていた。


「……数日前、君が会っただろう?

 暁月シュウ君が、騎士団に捕まった。」


 ルナの目が大きく開かれる。


「え……彼が? どうして……?」


「彼には強い魔力が秘められていることは話したよね。

 その“核”が、ついに目を覚ましたんだ。」


 ルナは息をのむ。


「じゃあ……やっぱり……魔導器なしで魔法を使えるってこと?

 人間には……体内移植でもしない限り絶対に不可能なのに……。」


 ルシアンは静かに頷く。


「君の《支配魔法》が効かなかった。

 あれがその証拠だよ。

 彼には、とてつもない才能がある。」


「でも……どんな魔法を?」


 ルシアンは、ほんのわずか目を細める。

 その表情は、狂気に近い陶酔を帯びていた。


「……闇の魔法だ。

 醜い心を持つ者の魂に反応し、体内から自然発火を起こし焼き尽くす。」


 ルナは息を呑んだまま動けなくなる。


「素晴らしい光景だったよ。

 彼を罵倒した者達が、悶え、叫び、その身が炎に包まれていく姿は──。」


(……言い方……。)


 ルナは寒気に身を縮めた。


 ルシアンは続ける。


「あれは君と同じ《支配魔法》の系統だ。

 ただし……遥かに“純粋”だ。」


「……暁月君にそんな力が……まさか、あなた以外の“地底の民”が彼に力を……?」


 ルシアンはきっぱりと首を振る。


「それはあり得ない。

 地底の民は本来、力を授ける能力は持っていない。

 それができるのは──私だけだ。」


 それは断言というより、“世界の仕組み”を語るような静けさだった。


「彼の力は、先天的なものだよ。

 彼自身の“血”に眠っていた力だ。」


 ルナは拳を握った。


「……なら、助けに行かないと。

 騎士団相手でも私が意識を操作すれば!」


 ルシアンはそっと手を上げて、首を横に振った。


「心配はいらない。“彼ら”がすぐに動く。

 彼を助け出すのは、君でも騎士団でもない。」


 ルナの眉が寄る。


「彼らって……誰のこと?」


 ルシアンは答えなかった。ただ、意味深に微笑む。


 廊下の蛍光灯が小さく明滅する。


 その不気味な沈黙の中、ルナの胸だけがざわつき続けていた。

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