第11話 月下の処刑人
今回は早く仕上がりました。
ここまでの展開は慎重にしていたのですが、暁月シュウがどういう道を進むのかという、重要なところです。
これからお楽しみにしてくれるとありがたいです。
夜の帳が降りたノア連邦の郊外。
街灯がまばらに灯る住宅街の一角に、黒塗りのバンがゆっくりと停まった。
エンジン音が止まると、辺りの空気がひどく冷たくなる。
バンのドアが開き、夜に目立たない黒い服装に身を包んだ五人の男たちが降りてくる。
その瞳は、夜の闇よりも濁っていた。
「ここが……邪魔したガキの家か?」
ひとりが煙草を咥え、唇の端で笑う。
「らしいな。調べじゃ、家族は母親一人だそうだ。」
「なら都合がいい。せいぜい苦しめて殺してやる。」
彼らは笑いながら、金属バットやナイフを構え、ゆっくりと家の玄関へと歩み寄る。
窓には灯りがともり、家の中では誰かがまだ起きているようだった。
それが、彼らにとって“獲物”の気配を濃くした。
「おい、はやくしろよ。夜明け前に片づける。」
先頭の男が、ドアノブに手をかけた――その瞬間。
――"キュッ"とわずかな音がした。
男は反射的に振り返る。
「……おい、いま俺の背中、触ったの誰だ?お前か?」
「は? 何言ってんだ、触ってねえよ。」
「ふざけんな、じゃあこの感触は――。」
言葉が途切れる。
男の表情が凍り、目だけが不自然に動く。
次の瞬間、後ろにいた仲間も同じように首を傾げ、手足をピタリと止める。
「……あれ? なんか……身体が、変だなあ……。」
その声を最後に、静寂が落ちた。
街灯の光の下、五人の身体が網目状に崩れはじめた。
淡く光を帯び――まるで糸で切り刻まれたかのように、細かく、静かに形を崩していく。
悲鳴も、血の音もなかった。
ただ、夜風だけがその光景をさらっていく。
屋根の上から、一つの影が音もなく降り立つ。
フワッと美しい茶色の髪がわずかに揺れ、月明かりが冷ややかにその横顔を照らした。
――ユミナ・クロフォードだ。死隠部隊の通称“冷酷な捕食者”。
彼女は指先に絡んでいた透明な糸を静かにたぐり寄せ、消すように解いた。
微かな魔力の粒子が風に散り、夜空へと溶けていく。
「ふぅ……これで、こっちのゴミ掃除、終わり。」
穏やかな声。
その瞳には怒りも迷いもなく、ただ使命だけがあった。
耳元の通信器に指を添え、彼女は囁く。
「――カイル、こっちは終わったところだよ。そっちはどう?」
***
通信を受けたカイル・マクレガーは、豪邸の外壁に身を預けていた。
夜の風が肌を撫でるたび、戦士の勘が鋭く研ぎ澄まされる。
豪邸の正門の前には、ノア連邦の騎士たちが六名。
整った制服、規律ある立ち姿――だが、彼の目には“濁り”としか映らなかった。
「……やっぱり、テメエらの眼の奥、腐ってやがるな。 金か女か?……馬鹿らしい。」
独り言のように吐き捨てる。
その時、黒いバンが静かに門前に止まる。
ドアが開き、ダカンマフィアの男達が六人、降り立つ。
まるで予定された芝居のように、騎士たちは微笑みながら彼らを迎えた。
「……ああ、あんたたちか。娘は屋敷の中だ。――こっちだ。」
まるで当然のように、裏口へと案内する。
その様子を見ていたカイルの口元が歪む。
(やっぱりな……ノアの騎士共も、すっかりダカンに取り込まれてやがる。)
彼は通信器に手を添えた。
「ユミナ、間違いねぇ。こいつら、グルだ。……じゃあ、仕事に取りかかる。切るぜ。」
カチリと通信が切れる音と同時に、カイルは壁を蹴った。
石壁が軋む。巨体が、まるで重力を裏切るように宙を翔けた。
その跳躍は風を裂き、闇を裂き、一直線に十二人のど真ん中へ――。
着地の瞬間、地面が揺れる。
足裏が芝を砕き、拳が前へと突き出された。
閃光のような衝撃が夜を貫く。
「――止まりなぁ!!」
空気が爆ぜ、爆音が轟く。
その一撃だけで、目の前のマフィアの身体が吹き飛び、周囲の者たちまで巻き込まれる。
地面に叩きつけられた衝撃が波紋のように広がり、庭の芝生と砂利が宙を舞った。
騎士もマフィアも、何が起きたか分からない。
ただ、中心に立つ男――カイル・マクレガーの姿だけが、揺るがぬ影のようにそこにあった。
握り締めた拳から、まだ風圧がうなりを上げている。
その巨体を包むのは魔力でも技でもない、“生の力”そのもの。
猛り狂う野生の咆哮が、夜を裂いて響いた。
「よぉ、カス共…!」
その声が轟いたときには、すでに一人のマフィアが前のめりに頭蓋骨を砕かれていた。
音よりも速く、カイルの拳がその顔面を撃ち抜いていたのだ。
鈍い衝撃音。地面に沈む影。
残る者たちは息を呑み、後ずさる。
その中心で、カイルはひとつ息を吐き、
口角を上げた。
「ちゃんと見てたぜ、騎士さんよぉ。
こんなゴミ以下の連中に金かなんか知んねぇけど、取り込まれやがって。」
「な、何者だ!」
「く、くそっ、殺せ――!」
怯えと怒号が混ざり、混乱の中、騎士の一人が剣を抜こうとした。
だが、その動きよりも速く、カイルの姿が掻き消える。
「俺はテメェらカス共を皆殺しに来た傭兵かなんかだよ。
今知ったところで関係ねぇよ!!」
カイルは悪党を叩きのめす喜びに笑っていた。
その笑みは残酷だが、どこか正義の執行者にも見えた。
彼は武器を持たない。ただの拳。
それだけで、十一人の敵のど真ん中に立つ。
「お、おい、貴様ら、我々ダカンを裏切ったのか!?」
「違う、俺たちは――!」
騎士とマフィアが混乱の中で叫ぶ。
だが、カイルは聞いてなどいない。
「おいおい、話なんざどうでもいいだろぉよ!」
拳が振り抜かれた瞬間、風が鳴る。
マフィアの一人の身体が宙を舞い、庭の噴水に叩きつけられる。
そのまま、もう一人。
次の瞬間、また一人。
カイルの巨体が動くたびに、敵が倒れていく。
その動きは暴力的でありながら、洗練された型のように美しかった。
あっという間に残り一人。
マフィアの男を荒っぽく髪を掴んで持ち上げる。
目の前に吊るし、静かに問いかけた。
「お前らのバックは誰だ? ただのチンピラじゃねぇだろ。
どうせ、ダカン帝連の国家か何かと繋がってんだろ?」
マフィアは血の泡を吐きながら答えようとする。
「た、助けてくれたら……教えてや……。」
その言葉を聞き終える前に、カイルは無造作に男を地面に叩きつけた。
重い音。そして沈黙。
月明かりの下、動く者はいない。
カイルは手を払いながら、ぼそりと呟いた。
「テメェみてぇな小者に聞かなくても、もうわかってんだよ。……意地悪しただけよ。」
片耳の通信器をつけ、短く報告する。
「おおいユミナ、今終わったぞ。」
夜の街は再び静寂を取り戻していた。
カイルが立っていた豪邸の庭には、倒れた騎士とマフィアたちの亡骸。
月光が淡く照らすその光景は、まるで戦場の残響のようだった。
通信の向こう、ユミナの声が小さく響く。
「お疲れさまぁ。こっちはシュウ君のお母さんにも怪我はなし。当然サイレントで処理したから気づかれてないよ。
じきにヴァレンタイン隊長の部下が到着するはず。」
カイルは頷き、低く笑う。
「そりゃ結構だ。……あのガキも、これで少しは安心できるだろ。」
だが、笑みはすぐに消えた。
空を見上げると、星が雲に隠れている。
不吉な夜だ。――この戦いの先に何が待つのか、誰にも分からない。
「……ユミナ、気を抜くな。今夜はまだ終わっちゃいねぇ気がする。」
「そうだね。私達の役目はこれから。」
通信が途切れ、再び沈黙が落ちた。
風が、血の匂いを遠くへ攫っていく。
一方その頃――ローズ・ヴァレンタインは、
豪邸の二階、自室の窓辺でその光景の一部始終を見ていた。
庭に広がる闇の中、騎士たちが倒れ、
見知らぬ巨体の男――カイルが、
血を浴びながら、息一つ乱さず立っている。
「……な、なに……これ……?」
震える声が漏れる。
胸の奥が冷たくなる。
正義を掲げていたはずの騎士たちが、次々と“何か”に殺されていく。
その姿は、まるで人ではなく――獣のようだった。
ローズの足が震える。
ただ立ち尽くすしかなかった。
「あの人……いったい、誰……? ――お父さん……。」
窓の外では、カイルがゆっくりと夜空を見上げる。
そして、微かに口角を上げた。
それは“勝利の笑み”ではない。
この世の闇を知る者だけが浮かべる、哀しき微笑だった。
月が雲に隠れ、世界が闇に包まれる。
――その夜、ノア連邦の“秩序”はまやかしに過ぎないということを物語っていた。
ご拝読ありがとうございます。
死隠部隊の闇の処刑人という立場は、当然世界からは邪魔な存在です。
しかし、闇をもって闇を制する、ということも絶対的に必要なのです。




