表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第8章 夜の世界 光と影の街

美緒たちは再び夜の世界の霧の門をくぐった。

目の前に広がるのは先ほどとは違いどこまでも神秘的で、夢のように美しい街だった。


街路は淡く光る石で敷き詰められ、空には星が雨のように降り注ぐ。

建物は半透明の水晶や翡翠のように輝き、夜風が吹くたび、音楽のような鈴の響きが漂う。


「……きれい」

美緒が思わず呟く。

昼の世界では決して見られない光景。ここには戦いや支配の影はなく、ただ穏やかに息づく幻想があった。


尊が足を止め、眉をひそめる。

「……これが本当に、才門の支配する世界なのか?」


凛太郎が口を尖らせる。

「俺たち、てっきり“夜の世界=悪”って思い込んでただろ。けど、こんな光景見ちまうと……どうなんだよ」


美緒は耳を澄ませた。

声を聴く力が、夜の住人たちの心を拾う。そこから伝わるのは、憎しみでも恐怖でもない。

――家族を想う声、静かな幸福を願う声。

そのひとつひとつが、美緒の胸を震わせた。


「……みんな、ただ暮らしてるだけ。昼の人たちと同じで……優しい」

彼女の声はかすかに揺れていた。


千景は立ち止まり、深い夜空を仰いだ。

「だが、事実として才門はこの世界を縛っている。柊や土生、尊の弟が囚われているのも……同じ夜の中だ」


尊は俯きながら、拳を握る。

「……弟を助けたい。でも……この世界を壊すのは……」


言葉は途切れ、風に溶けた。


やがて街の奥から、一人の住人が近づいてきた。

月光のような衣をまとった女性で、手には光の果実の籠を抱えている。

「旅の方……よろしければ休んでいってください。この街は誰もを拒みません」

柔らかな声に、美緒たちは一瞬返す言葉を失う。


夜の世界――そこは、破壊するにはあまりに美しく、穏やかすぎる場所だった。

本当に悪なのはこの世界なのか。それとも才門という“存在そのもの”なのか。

仲間たちの心には、次第に大きな揺らぎが生まれていった。

夜の街は、昼の世界には存在しない安らぎで満ちていた。

淡く光る街路樹の下で、美緒たちは果実を分けてもらい、しばし座り込む。

光の果実はほんのり甘く、口に含むだけで心がほぐれるようだった。


「……信じられないな」

凛太郎は果実をかじりながら、ぽつりと呟いた。

「こんなに平和で、優しい世界なのに……才門を倒さなきゃいけないなんてよ」


尊も小さく頷き、遠くを見つめる。

「弟が囚われてる世界が、こんなに穏やかなんて……逆に苦しいな」


美緒は目を閉じた。

声を聴く力を使えば、周囲の住人たちの心が響いてくる。

――家族を守りたい。

――ただ静かに暮らしたい。

――けれど、抗えば“才門”が……。


その瞬間、美緒の胸に冷たい波が流れた。

(……やっぱり。みんな優しいけど……心の奥底に“恐れ”がある……)


ふと、背後から足音が近づいた。

振り向くと、昼に出会った狐の姿があった。

月の光をまとったような毛並みが揺れ、金の瞳が鋭く光っている。


「……見つけたな」

千景が立ち上がる。

「柊たちの居場所を」


狐は静かに頷いた。

「黒耀殿の手前、“夢牢”と呼ばれる場所だ。そこに柊、土生、そして尊の弟が囚われている。才門に逆らおうとした者たちが眠りに閉じ込められ、夢を糧にされているのだ」


尊の目が大きく開かれる。

「……夢を、糧に……?」


狐の声は低く、しかしどこか悲しみに滲んでいた。

「夜の世界は美しく、安らぎに満ちている。だが、その輝きの裏で多くの者が眠りにつかされ、二度と目を覚まさぬ……それが才門の支配だ」


凛太郎は拳を強く握りしめた。

「つまり……この街の安らぎも、犠牲の上に成り立ってるってわけか」


美緒は唇を噛んだ。

(……どうして。こんなに優しい世界なのに。どうして、犠牲が必要なの……?)


千景が短く息を吐き、仲間たちを見渡す。

「行こう。“夢牢”へ。俺たちが迷っている間にも、彼らの夢は喰われ続けている」


狐は少しだけ目を伏せ、そして静かに微笑んだ。

「……君たちに賭ける。才門に抗うのは、我らだけではないと証明してくれ」


街路樹の光が揺れ、夜の風が彼らを送り出すように吹き抜けた。

美緒たちは再び歩き出す。


光る石畳の広場を抜けると、夜の住人たちが集う市が広がっていた。

屋台のような棚には、光を宿した果実や、音を奏でる小さな鉱石、虹色に揺れる布などが並び、通りは幻想の色彩に包まれている。


「わぁ……」

美緒は思わず息をのんだ。

そこにいたのは、人間に似ていながらも耳や尾を持つ半獣人たち。

長い兎耳を揺らして笑う少女。

大きな角を誇らしげに撫でる青年。

猫の尾を優雅に揺らしながら歩く老女。

彼らは誰もが穏やかで、目を細め、美緒たちを温かく迎え入れてくれる。


「旅人さんたち、珍しいね。昼の匂いがする」

兎耳の少女が手渡してくれたのは、夜光花の蜜を煮詰めた甘い飴玉だった。

「これを舐めれば、怖い夢に負けなくなるよ」


凛太郎が受け取って笑う。

「サンキュー。……なんか、夜の住人って言っても普通の奴らばっかじゃねえか」


すると、角の青年が真剣な目で答えた。

「普通でいたいんだ。本当は、争いなんて望んでいない」


尊が驚いたように視線を上げる。

「じゃあ……才門の支配だって、受け入れたくはないってことか?」


青年は答えず、ただ苦笑いを浮かべる。

その笑みが逆に、彼の胸の奥にある恐れを物語っていた。


一方、美緒の隣で猫尾の老女が腰を下ろし、彼女の手を包み込むように握った。

「お前さん……優しい声を持っているね。その声ならきっと、この夜を救うことができる」


美緒は息を呑む。

(……私が、救える……?)


老女の声を聴くと、胸の奥に温かさが広がった。

けれど同時に、言葉にできない疑念も芽生える。

(この人たちを、本当に“敵”と呼べるの……?)


千景が仲間たちを集め、短く告げる。

「時間だ。夢牢へ向かう」


広場を後にするその背中に、夜の住人たちが静かに手を振る。

笑みを浮かべ、光る尾や耳を揺らしながら。


その光景はあまりに穏やかで、あまりに美しく――

破壊を望む“敵の世界”には、とても思えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ