第6章 極限の訓練と覚醒
重力は常人の数倍、音圧は耳を裂き、光は目を焼くほど濃淡を繰り返す。空気は鉛のように重く、呼吸ひとつで胸が痛んだ。
「はぁ……っ、うぅ……!」
美緒は膝をつき、額から汗を滴らせた。体はもう震え、視界も霞む。
「……もう、無理……」
その時。
ブースの空間がねじれるように歪み、目の前に――才門の幻影が立っていた。
「甘いな、美緒。そんな程度で立ち止まる気か?」
「っ……才門……!?」
驚愕に声を上げる美緒。だがすぐに気づく。これは本物じゃない。千景が作り出した幻影だ。
それでも、あまりにもリアルすぎる。挑発する声も、冷たい瞳も。
「さぁ、どうする? ここで潰れるか、それとも超えてみせるか」
「やめて……っ、もう……!」
恐怖と怒り、逃げたい気持ちと立ち向かいたい衝動がないまぜになり、胸の奥で何かが燃え上がる。
その瞬間――。
「……っ!?」
美緒の体から、赤い光が微かに溢れ出した。
耳に届く幻影の声、ブースの空気の振動……すべてがひとつに結びつき、今まで“聴くだけ”だった力が形を変える。
「声が……動いてる……? 私の、意思で……!?」
手を伸ばすと、空気が震え、光の筋がわずかに揺れる。幻影の才門が後退するように歪み、足元の空気さえも美緒の意志に応じてざわめいた。
「……これが……私の力……!」
瞳が赤く輝き、声の力が世界そのものを操る。
しかし――。
「はぁっ……! っ、も……だめ……!」
力を使い果たした美緒は、その場に崩れ落ちた。汗と涙が混じり、髪が頬に貼りつく。だが、その瞳には確かに自信の光が宿っていた。
――声を聴くだけの力から、声を操る力へ。
美緒は覚醒した。
***
「……お疲れ」
ブースの扉が開き、千景が静かに入ってきた。倒れ込む美緒のもとにしゃがみこみ、腕を差し伸べた。
「千景……さん……」
力なく呼ぶ声に、千景は柔らかく応じた。
「大丈夫だ。もう無理はするな」
そのまま彼女を抱き上げる。軽いはずの体が、どこか重く感じられた。
廊下を歩く千景の腕の中で、美緒は微かに笑みを浮かべ、意識を手放していった。
***
やがて、美緒は自室のベッドで目を覚ます。
「……ここは……?」
「よかった。起きたか」
部屋の隅で千景が腕を組んでいた。
「……わたし……また倒れちゃったんですね」
美緒は小さく苦笑する。
「だが、おかげで目覚めた力もあるだろう。悪い成果じゃない」
千景は淡々と告げるが、声の奥には確かな安堵が混じっていた。
そこに、扉をノックして顔を覗かせたのは尊だった。
「美緒、大丈夫か?」
「尊くん……。うん、大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「ちょっとじゃねぇだろ。顔真っ白だったぞ」
尊は気まずそうに頭を掻きながらも、心配そうに覗き込む。
美緒は小さく笑い、そして千景を見た。
「……それで、これから……?」
千景は立ち上がり、短く答える。
「準備をする。夜の世界へ行くためのな」
その言葉に部屋の空気が一気に張り詰める。
尊も真剣な表情になり、仲間たちが次々と集まってくる。
霧のように揺れる扉の前に立ち、千景は振り返った。
「ここから先は、夜の世界だ。恐れる者は――ここに残れ」
誰も動かない。
美緒も、尊も、そして仲間たちも。
美緒は一歩前に出て、静かに答えた。
「……行きます。私の力で、皆を守りたいから、楓ちゃんを早く救い出さなくちゃいけない」
尊がその肩に手を置き、頷いた。
千景はわずかに微笑み、扉に手をかざした。
光と影が交わる瞬間、夜の世界への道が開かれる。
美緒たちは息を合わせて――その一歩を踏み出した。




