後編
向日葵 後編です。
翌日。
今日も昨日と同じく、青空が広がり、太陽が容赦なく輝いている。
時折、風も吹くが、熱風になってしまっていた。
委員長に受付を任せ、穂高は雑草抜きをしている。
パラソルを貸してもらい、雑草を抜いては移動し、抜いては移動し、を繰り返していた。
テントも暑いが、ここも暑い。
午前中の気温がまだ上がりきらないうちに、終わらせたほうが賢明だ。
穂高の後ろで、黄色の髪をした少女が揺れている。
「穂高~がんばれ~」
「……向日葵は暑くないの?」
「暑いよー! でも暑いの大好き!」
「手伝って……」
穂高がそういうと向日葵が隣に座る。
「なにするの?」
「雑草を抜いているんだよ」
「ざっそう?」
「こういう小さい草」
「はーい」
向日葵は元気に返事をすると、小さい手で雑草を抜き始めた。
鼻歌を歌いながらどんどん進んで行く。
「穂高~」
「?」
「見て見て」
向日葵が地面を指差している。
「どうしたの?」
穂高が地面を覗いて見た。
アリが列を成して歩いている。
「アリ~~」
「……」
既視感を感じる穂高。
向日葵がアリを見て、えへへと笑う。
「穂高~」
「?」
「昨日の夜のお客さんがね……」
「お客さん?」
「そう。夜に来た」
「夜は受付してないけど」
穂高の言葉に首を傾げる向日葵。
「? でも来たよ」
「……ゆ、幽霊?」
「えーーーそうなの!? 私、初めて見ちゃったかも!」
「……やっぱり、白い着物を着ているの? 浮いてた?」
「白い着物は着てなかったよ。浮いてもなかった」
「じゃ、じゃあどんな感じだった?」
穂高が恐る恐る聞く。
「えっとねー。2人で来てたんだけど」
「え、2人?」
「1人は穂高と同じ服を着てたよ。あと……この学校の女の子がよく着てる服の人もいた!」
制服だろうか。
ここの生徒が夜に遊びに来たようだ。
しかも、男女で……
「な、何してたの?」
聞いていいのだろうか。
「迷路! 楽しそうだったよ! 手繋いでたし、仲良しだね」
「そっか……」
「あと、ゴールし終わったら、ぎゅうーってハグして、2人の顔が近づいて……」
「だーーー! ストップ、ストップ!」
「? えー?」
向日葵が不満そうな声を上げた。
「穂高は恋してる?」
「ええ?」
ニッコリ笑って向日葵が穂高を見る。
「してないよ……」
女子はおろか、他人と話すことに距離を置いているのに。
「そうなんだー」
昨日の武勇伝と言い、今の話と言い、この向日葵は見て目よりも大人なような気がする。
「穂高と話していると楽しいのにね」
「……」
向日葵が、向日葵の花みたいに明るく笑った。
―――
迷路の外側をぐるりと一周、雑草を抜き終わってテントに帰って来た。
スーパーのビニール袋1つがパンパンになる。
手袋と麦わら帽子を脱ぐ。
「お疲れ」
テントにいた委員長がスポーツドリンクをくれた。
「昨日の午後、俺、部活に行かせてもらったし、今日は穂高が休んでいいよ」
「え、いいの?」
「うん」
「じゃあ、帰りに迷路して帰ろうかな」
「ああ、いいよ」
委員長が受付でスタンプカードを渡してくれた。
「あ、穂高……帰るの?」
迷路の入り口付近に向日葵が立っている。
「最後に迷路して帰ろうかなって」
「……」
「向日葵?」
「あ、ううん! じゃあ行こ! 案内するよ」
「え? 案内したら迷路の意味ないよ」
向日葵が穂高の手を引っ張る。
木で出来た看板に「スタート」と手書きで書いてあった。
向日葵の花が穂高を見ている。
穂高は迷路に入ってみた。
背の高い向日葵が奥まで並んでいる。
確かに、これは子どもには難しそうだ。
穂高でも少し迷ってしまいそうになる。
所々にヒントで、矢印の描かれている看板が置いてあった。
親切だ。
「あれ?」
そういえば、さっきまで横にいた向日葵がいない。
案内すると言っていたのに。
「?」
穂高が辺りを見渡した。
「桜?」
いない。
おかしい。
迷路に入ってから、急に誰もいなくなった。
桜はいつもそばにいたのに。
「……」
迷路の向日葵が穂高を見ている。
見渡す限りの向日葵が穂高の方を向いている。
サワサワと風が通る。
揺れる向日葵が、穂高を取り囲んで笑っている。
「向日葵……?」
「ちょーだい」
向日葵の声がした。
「?」
「穂高、頂戴」
姿は見えない。
穂高が声の主を探す。
「な、なに?」
「花守なんだよね? 助けてくれるんだよね?」
「……」
「ここにいて? ずっと」
「それで助けて?」
「なにを……」
穂高の前に向日葵が現れた。
いつもの明るさはどこに行ったのか。
暗い顔で、穂高を見る。
「もう、満開なの」
「!」
周りを取り囲む向日葵が穂高に近づいていることに気が付いた。
どんどん、目の前に迫って来る。
穂高が叫ぶ。
「向日葵!!」
「夏が終わるの……」
向日葵が俯く。
「終わったら、私も終わる」
「枯れたら、誰も私を見に来ない」
声が震えている。
「……」
向日葵が顔を上げる。
「私は、嫌!!」
「終わりなんか!」
「特別扱いなんてずるい。桜さんはずるい。穂高の隣にいて……」
迫りくる向日葵が、小さな黄色い少女の横を通り過ぎる。
少女が穂高を見た。
「ねえ、頂戴?」
「昨日、枯れた私を直してくれたでしょ?」
「その力……」
「くれなきゃ帰さない」
身長の低い向日葵が見えなくなった。
迷路の向日葵が、完全に穂高を取り囲んだ。
視界が黄色い。
向日葵が揺れて身動きが取れない。
チクチク葉が肌に刺さる。
「向日葵……」
穂高の体が向日葵に押される。
力では負けてしまう。
「向日葵!」
穂高が叫んだ。
「こんのっ……よいしょお!」
「!」
穂高の体が持ち上がった。
体が向日葵の花よりも高く上がる。
「さ、桜……」
「悪い、遅くなったな」
桜が穂高の体を両手で持ち上げた。
「どこに行ってたの?」
「向日葵に弾かれて入れなかったんだ。苦労したぜ」
「……」
「投げるぞ、穂高」
「は? 投げる?」
「受け身ちゃんと取れよ」
「え……ちょっ……」
「さんっ! にー! いっちっ……」
「うっわぁっ!!」
桜が思いっきり穂高を投げた。
下敷きになった向日葵たちがクッションになる。
「!」
目の前に、黄色い少女が立っていた。
飛んできた穂高を見てびっくりした顔になる。
穂高が腰をさすりながら立ち上がった。
「ご、ごめん……」
下敷きになった向日葵を見ながら謝った。
「……」
向日葵がそっぽを向く。
穂高がしゃがんで向日葵を見た。
「向日葵、いい?」
「……」
「俺に枯れを止める力はないよ」
「昨日、向日葵が直ったのはよく分からないけど……」
穂高が向日葵の両手を取る。
「向日葵は枯れたくないの?」
「……」
「それとも、ずっと見ててほしいの?」
「――っ」
向日葵の手が震える。
「枯れたくない……ずっと見ててほしい……」
「うん」
「そうだよね」
「向日葵、君は綺麗だよ」
「?」
「かわいくて」
「!」
「夏が似合う」
「……」
「毎年、楽しみで……」
「今しか見れないのが、いいんじゃないかな?」
「……」
向日葵が穂高の手を小さく握り返す。
2人を取り囲んでいた向日葵が動き始めた。
スルスルと元いた迷路の位置へ戻って行く。
後ろに桜が胡坐をかいて座っている。
周りが開ける。
「行こう」
穂高が立ち上がった。
向日葵と手を繋ぐ。
「……」
向日葵は黙って付いて行く。
少し離れて桜も付いて来た。
ヒントの矢印が書かれた看板を見ながら穂高が進んで行く。
1つダミーがあった。
行き止まりに辿り着いてしまった。
来た道を戻り、反対の曲がり角を曲がってみる。
「あれ……?」
また行き止まりに着いてしまった。
穂高が困った様子を見せる。
「ぷっ! あははは!」
向日葵が笑う。
「穂高、迷路下手っぴだー!」
「意外と難しいよ」
「あっははは! こっちだよ!」
向日葵が穂高の手を引っ張った。
スイスイと向日葵の道を抜けて行く。
迷うことなく、迷路を走る。
パッと視界が開けた。
木の看板に「おめでとうゴール」と書かれている。
「ほーら! ゴールだよ!」
向日葵が得意げに言った。
「ほんとだ……」
やっと外に出てきた穂高は安堵の声が出る。
「穂高! また来てね! 約束!」
向日葵が笑って言った。
「――ひま」
穂高が言いかける。
「穂高ー?」
委員長の声が聞こえてきた。
迷路の外側から、暑そうな顔で出てきた。
「叫んでたけど大丈夫?」
「え?」
「そんなに難しかった?」
「……あー、忘れてください」
「?」
向日葵の姿が見えなくなった。
約束を覚えていたらしい。
委員長がゴール記念のスタンプを押してくれた。
―――
帰り道、自転車に乗って穂高が坂道を下っていく。
桜の花びらがチラチラと目の前を流れて行った。
穂高が話しかける。
「俺に枯れを止める力ってあるの?」
「無いだろうな」
桜が答えた。
「じゃあ、どうして昨日の向日葵は直ったの?」
「枯れは止められないが、元気にする力はある」
「昔の桜みたいにな」
桜が懐かしそうに言った。
「ふーん……」
「明日また学校に行くのか?」
「え? そうだね。約束したし」
「もう、園芸部とやらに入った方がいいんじゃないか〜?」
「……それは……勘弁してほしい」
「ははは、そうか」
「桜、アイスでも買って帰ろう」
「お、いいな」
穂高が自転車を漕いで行く。
通り過ぎた家の庭にも、向日葵が咲いていた。
笑っているように揺れている。
明日は何をして遊ぼうか。
青空を見上げながら穂高は考えた。
向日葵の花言葉「あなただけを見つめる」
お読みいただきありがとうございました。
次回は秋 金木犀です。