表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花の守人  作者: 春伊
向日葵
4/4

後編

向日葵 後編です。


 翌日。

 今日も昨日と同じく、青空が広がり、太陽が容赦なく輝いている。

 時折、風も吹くが、熱風になってしまっていた。


 委員長に受付を任せ、穂高は雑草抜きをしている。

 パラソルを貸してもらい、雑草を抜いては移動し、抜いては移動し、を繰り返していた。

 テントも暑いが、ここも暑い。

 午前中の気温がまだ上がりきらないうちに、終わらせたほうが賢明だ。


 穂高の後ろで、黄色の髪をした少女が揺れている。

「穂高~がんばれ~」

「……向日葵は暑くないの?」

「暑いよー! でも暑いの大好き!」

「手伝って……」


 穂高がそういうと向日葵が隣に座る。

「なにするの?」

「雑草を抜いているんだよ」

「ざっそう?」

「こういう小さい草」

「はーい」


 向日葵は元気に返事をすると、小さい手で雑草を抜き始めた。

 鼻歌を歌いながらどんどん進んで行く。


「穂高~」

「?」

「見て見て」


 向日葵が地面を指差している。

「どうしたの?」

 穂高が地面を覗いて見た。

 アリが列を成して歩いている。

「アリ~~」

「……」

 既視感を感じる穂高。

 向日葵がアリを見て、えへへと笑う。


「穂高~」

「?」

「昨日の夜のお客さんがね……」


「お客さん?」

「そう。夜に来た」

「夜は受付してないけど」


 穂高の言葉に首を傾げる向日葵。

「? でも来たよ」

「……ゆ、幽霊?」

「えーーーそうなの!? 私、初めて見ちゃったかも!」

「……やっぱり、白い着物を着ているの? 浮いてた?」

「白い着物は着てなかったよ。浮いてもなかった」

「じゃ、じゃあどんな感じだった?」

 穂高が恐る恐る聞く。


「えっとねー。2人で来てたんだけど」

「え、2人?」


「1人は穂高と同じ服を着てたよ。あと……この学校の女の子がよく着てる服の人もいた!」

 制服だろうか。

 ここの生徒が夜に遊びに来たようだ。

 しかも、男女で……


「な、何してたの?」

 聞いていいのだろうか。


「迷路! 楽しそうだったよ! 手繋いでたし、仲良しだね」

「そっか……」

「あと、ゴールし終わったら、ぎゅうーってハグして、2人の顔が近づいて……」

「だーーー! ストップ、ストップ!」

「? えー?」

 向日葵が不満そうな声を上げた。


「穂高は恋してる?」

「ええ?」

 ニッコリ笑って向日葵が穂高を見る。

「してないよ……」

 女子はおろか、他人と話すことに距離を置いているのに。

「そうなんだー」

 昨日の武勇伝と言い、今の話と言い、この向日葵は見て目よりも大人なような気がする。

「穂高と話していると楽しいのにね」

「……」

 向日葵が、向日葵の花みたいに明るく笑った。






 ―――


 迷路の外側をぐるりと一周、雑草を抜き終わってテントに帰って来た。

 スーパーのビニール袋1つがパンパンになる。


 手袋と麦わら帽子を脱ぐ。

「お疲れ」

 テントにいた委員長がスポーツドリンクをくれた。


「昨日の午後、俺、部活に行かせてもらったし、今日は穂高が休んでいいよ」

「え、いいの?」

「うん」



「じゃあ、帰りに迷路して帰ろうかな」

「ああ、いいよ」

 委員長が受付でスタンプカードを渡してくれた。



「あ、穂高……帰るの?」

 迷路の入り口付近に向日葵が立っている。

「最後に迷路して帰ろうかなって」

「……」

「向日葵?」

「あ、ううん! じゃあ行こ! 案内するよ」


「え? 案内したら迷路の意味ないよ」


 向日葵が穂高の手を引っ張る。

 木で出来た看板に「スタート」と手書きで書いてあった。


 向日葵の花が穂高を見ている。

 穂高は迷路に入ってみた。


 背の高い向日葵が奥まで並んでいる。

 確かに、これは子どもには難しそうだ。

 穂高でも少し迷ってしまいそうになる。


 所々にヒントで、矢印の描かれている看板が置いてあった。

 親切だ。


「あれ?」

 そういえば、さっきまで横にいた向日葵がいない。

 案内すると言っていたのに。


「?」

 穂高が辺りを見渡した。

「桜?」


 いない。


 おかしい。

 迷路に入ってから、急に誰もいなくなった。

 

 桜はいつもそばにいたのに。

「……」


 迷路の向日葵が穂高を見ている。

 

 見渡す限りの向日葵が穂高の方を向いている。


 サワサワと風が通る。

 揺れる向日葵が、穂高を取り囲んで笑っている。


「向日葵……?」


「ちょーだい」


 向日葵の声がした。

「?」

「穂高、頂戴」


 姿は見えない。

 穂高が声の主を探す。

「な、なに?」


「花守なんだよね? 助けてくれるんだよね?」

「……」


「ここにいて? ずっと」


「それで助けて?」


「なにを……」

 穂高の前に向日葵が現れた。

 いつもの明るさはどこに行ったのか。

 暗い顔で、穂高を見る。


「もう、満開なの」





「!」

 周りを取り囲む向日葵が穂高に近づいていることに気が付いた。

 どんどん、目の前に迫って来る。

 穂高が叫ぶ。

「向日葵!!」


「夏が終わるの……」

 向日葵が俯く。


「終わったら、私も終わる」


「枯れたら、誰も私を見に来ない」

 声が震えている。

「……」


 向日葵が顔を上げる。

「私は、嫌!!」


「終わりなんか!」


「特別扱いなんてずるい。桜さんはずるい。穂高の隣にいて……」



 迫りくる向日葵が、小さな黄色い少女の横を通り過ぎる。

 少女が穂高を見た。

「ねえ、頂戴?」


「昨日、枯れた私を直してくれたでしょ?」


「その力……」



「くれなきゃ帰さない」


 身長の低い向日葵が見えなくなった。


 迷路の向日葵が、完全に穂高を取り囲んだ。

 視界が黄色い。

 向日葵が揺れて身動きが取れない。

 チクチク葉が肌に刺さる。


「向日葵……」

 穂高の体が向日葵に押される。

 力では負けてしまう。


「向日葵!」

 穂高が叫んだ。



「こんのっ……よいしょお!」

「!」

 穂高の体が持ち上がった。

 体が向日葵の花よりも高く上がる。

「さ、桜……」


「悪い、遅くなったな」

 桜が穂高の体を両手で持ち上げた。

「どこに行ってたの?」

「向日葵に弾かれて入れなかったんだ。苦労したぜ」

「……」

「投げるぞ、穂高」

「は? 投げる?」


「受け身ちゃんと取れよ」

「え……ちょっ……」


「さんっ! にー! いっちっ……」


「うっわぁっ!!」

 桜が思いっきり穂高を投げた。

 下敷きになった向日葵たちがクッションになる。


「!」

 目の前に、黄色い少女が立っていた。

 飛んできた穂高を見てびっくりした顔になる。


 穂高が腰をさすりながら立ち上がった。

「ご、ごめん……」

 下敷きになった向日葵を見ながら謝った。

「……」

 向日葵がそっぽを向く。



 穂高がしゃがんで向日葵を見た。

「向日葵、いい?」

「……」

「俺に枯れを止める力はないよ」


「昨日、向日葵が直ったのはよく分からないけど……」


 穂高が向日葵の両手を取る。

「向日葵は枯れたくないの?」

「……」

「それとも、ずっと見ててほしいの?」

「――っ」


 向日葵の手が震える。

「枯れたくない……ずっと見ててほしい……」

「うん」


「そうだよね」




「向日葵、君は綺麗だよ」

「?」

「かわいくて」

「!」

「夏が似合う」

「……」


「毎年、楽しみで……」


「今しか見れないのが、いいんじゃないかな?」




「……」

 向日葵が穂高の手を小さく握り返す。

 2人を取り囲んでいた向日葵が動き始めた。

 スルスルと元いた迷路の位置へ戻って行く。


 後ろに桜が胡坐をかいて座っている。


 周りが開ける。

「行こう」

 穂高が立ち上がった。

 向日葵と手を繋ぐ。

「……」

 向日葵は黙って付いて行く。

 少し離れて桜も付いて来た。


 ヒントの矢印が書かれた看板を見ながら穂高が進んで行く。

 

 1つダミーがあった。

 行き止まりに辿り着いてしまった。

 来た道を戻り、反対の曲がり角を曲がってみる。


「あれ……?」

 また行き止まりに着いてしまった。

 穂高が困った様子を見せる。


「ぷっ! あははは!」

 向日葵が笑う。

「穂高、迷路下手っぴだー!」


「意外と難しいよ」

「あっははは! こっちだよ!」


 向日葵が穂高の手を引っ張った。

 スイスイと向日葵の道を抜けて行く。

 迷うことなく、迷路を走る。

 

 パッと視界が開けた。

 木の看板に「おめでとうゴール」と書かれている。


「ほーら! ゴールだよ!」

 向日葵が得意げに言った。

「ほんとだ……」

 やっと外に出てきた穂高は安堵の声が出る。


「穂高! また来てね! 約束!」

 向日葵が笑って言った。

「――ひま」

 穂高が言いかける。


「穂高ー?」

 委員長の声が聞こえてきた。

 迷路の外側から、暑そうな顔で出てきた。

「叫んでたけど大丈夫?」

「え?」

「そんなに難しかった?」


「……あー、忘れてください」

「?」


 向日葵の姿が見えなくなった。

 約束を覚えていたらしい。


 委員長がゴール記念のスタンプを押してくれた。





 ―――


 帰り道、自転車に乗って穂高が坂道を下っていく。

 桜の花びらがチラチラと目の前を流れて行った。

 穂高が話しかける。

「俺に枯れを止める力ってあるの?」

「無いだろうな」

 桜が答えた。


「じゃあ、どうして昨日の向日葵は直ったの?」

「枯れは止められないが、元気にする力はある」


「昔の桜みたいにな」

 桜が懐かしそうに言った。

「ふーん……」


「明日また学校に行くのか?」

「え? そうだね。約束したし」

「もう、園芸部とやらに入った方がいいんじゃないか〜?」

「……それは……勘弁してほしい」

「ははは、そうか」

「桜、アイスでも買って帰ろう」

「お、いいな」


 穂高が自転車を漕いで行く。

 通り過ぎた家の庭にも、向日葵が咲いていた。

 笑っているように揺れている。


 明日は何をして遊ぼうか。

 青空を見上げながら穂高は考えた。







 向日葵の花言葉「あなただけを見つめる」

お読みいただきありがとうございました。

次回は秋 金木犀です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ