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花の守人  作者: 春伊
向日葵
3/4

前編

真夏のお話。


 夏休み。

 空は青空が広がり、太陽が容赦なく光り輝いている。


 夏期講習は終わったというのに、穂高(ほだか)は学校にいた。

 

 グラウンド横の中庭で、会議用の長いテーブルにパイプ椅子を並べて座っている。


 テントで日陰を作っているが、外の気温は灼熱だ。


「あっつ……」


 穂高が水筒を取り出してお茶を飲んだ。

 このままじゃ、すぐに無くなってしまう。


「ご苦労様だな」

 薄ピンク色の髪をした男がひょいっと覗いてきた。

 チラチラとピンクの花びらが舞い落ちる。

「……」

 穂高が辺りを見渡す。

 誰もいないことを確認すると、小声でピンクの男に話しかけた。

「……(さくら)、あまり出てこないでよ」


 ピンクの男は桜。

 穂高のばあちゃんの家に植えてある桜の木だ。

 

 小さな頃から、花と会話が出来る穂高。

 同級生から馬鹿にされ、仲間外れにされた過去がある穂高は、人前ではこの能力を隠していた。


「今は、誰もいない。いいんちょーも学校に入って行ったぜ」

「……」


 毎年の学校の夏のイベントとして、園芸部が作る向日葵迷路。

 生徒だけでなく、近隣住民にも楽しんでほしいと解放している。

 穂高は受付の手伝いをしていた。

 

 園芸部員は今日、町内会の野菜収穫祭の手伝いに駆り出されている。

 たまたま、クラス担任が園芸部の顧問で、

 たまたま、帰宅部の穂高とその場にいた学級委員長が、

 たまたま、担任に捕まっただけだった。


 穂高としては不運すぎる。


 今も、後ろで揺れている向日葵の話し声が聞こえる。


「人はいなくても、花はいるだろ」

「……そうだな」

 桜も少し小声になった。

 顔を穂高に近づける。

「桜は暑くないの?」

「暑い暑い、熱中症になりそうだ」

「飲む?」

 穂高が水筒を差し出す。

「いいさ、家に帰ったら水でもかけてくれ」

 桜が笑った。



 朝から迷路に遊びに来てくれたのは4組。

 それほど広い迷路でもない。

 大人であれば、簡単にゴール出来る。

 小学生は少しだけ苦戦していた。


 やっとゴールまでたどり着いた声が聞こえる。

 楽しそうだ。

 受付に戻って来た少年たちにゴール記念のスタンプを押してあげた。


 1人の少年が穂高に言う。

「お兄ちゃん、ゴールのところに咲いている向日葵が枯れてるよ?」

「え?」

「見てあげて」


 小学生は手を振って帰って行った。

 それと同時に学級委員長が校舎からテントに帰って来る。

 スポーツドリンクを2本持っていた。

 1本くれる。

「先生からもらったよ」

「ありがとう……ゴールのところの向日葵が枯れてるらしいから見てきていい?」

「うん、穂高は花に詳しいの?」

「いや……全然」


 不思議そうに見る委員長を置いて、受付のテントを出た。

 太陽が容赦なく、照り付ける。

 帽子でも持って来れば良かった。


 向日葵畑の外側をぐるりと回る。

 みんなが東にいる太陽の方を向いている。

 整列しているみたいだ。


 ゴール付近にやって来た。

 木で出来た看板に「おめでとうゴール」と手書きで書かれている。


 穂高が付近の向日葵を見渡す。

 元気に太陽を見上げている向日葵の中に、1つだけ首を垂れている向日葵がいる。

 花びらは薄い黄色、葉っぱも周りのような緑ではなく黄緑色になっていた。

「これ?」

 穂高が手を伸ばした。

 優しく触れてみる。


 すると――



「ばぁ!!」




「うわぁあ!!」

 目の前の向日葵の群れから、急に子どもが出てきた。

 穂高がびっくりして大きな声を出す。

 尻もちを付いてしまった。


「あっはははは! 驚いたー!」

 目の前の子どもが満面の笑みで笑う。

 黄色いクリンクリンの髪に、茶色の目。

「もしかして……」


「初めまして、向日葵(ひまわり)だよ!」 



「私を見ることが出来る人間なんて初めて! よろしくね!」

 向日葵が穂高に手を差し伸ばした。

 穂高がその手を取る。

 小さくて暖かい。

 起こしてもらった。


「お名前は?」

「穂高……」

「穂高ね! 穂高!」


「元気だな」

 穂高の後ろから桜が現れた。

 向日葵が見てびっくりする。

「ええーー! なんか出てきたー」

「桜だ」

「春の桜だね。こんにちは!」

「ああ」



「穂高ー、どうしたのー」

「!」

 委員長の声だ。

 桜と向日葵の2人に、口元に人差し指を立てて静かにしてほしいポーズをする。

「穂高ー?」

 委員長が、穂高が歩いてきた道から出てきた。

「ああ! ごめん! 転んだだけ……」


「おっきな声がしたから来てみたよ」

「ごめん、ほんとに大丈夫」

「枯れている向日葵ってどれ?」

「え、えーと……」



 ?



「あれ?」

 ない。

 目の前に、さっきまで首を垂れていた向日葵があったはずなのに無くなっている。

 というより、元気になって周りの向日葵と区別がつかなくなっている。

「……」

 穂高が不思議そうに向日葵たちを見る。

 委員長が言った。

「まぁ、無いならいいっか。報告しなくて済むし」

 委員長が向日葵畑から離れて穂高を見る。

「戻ろ。暑いよ。ここ」

「……うん」






 ―――


 テントに戻っても、向日葵が元気よく穂高の周りを行ったり来たりしていた。

 今まで見てきた武勇伝を教えてくれる。

「それでね! 向日葵(私たち)で作った花束でプロポーズしたの! もう何年前かな?」


「……って聞いてる? ねぇ、穂高~~」

 穂高は平常心を保つのに精一杯だ。

 隣に座る委員長、そして迷路の客にバレてはいけない。

「こっち向いてよーー」


「~~~っ!」

 穂高の我慢が限界に達した時――

「あ、俺、トイレ行ってきていい?」

 委員長が急に言った。

「……あ、うん。どうぞ……」

「はは、穂高も何かあったら言ってよ」


 委員長が校舎の中へ入って行く。

 穂高が向日葵を見た。

「も~~~~~~」

 向日葵が頬を膨らましている。

 穂高が両手でその両頬をぱちんと挟んだ。

「ぶ!」

 向日葵の口がタコのような形になる。


「いい? 他の人がいる時は話しかけちゃダメ」

「な、なんれー?」

「君たちは他の人には見えないんだから、俺が何もないところに話しかけてたら怖いだろ」

「えー」

「約束して」

「……はぁい」

 穂高が両手を離した。

 向日葵が自分の頬をさする。


「じゃあ、誰もいなかったら、いっっぱい話していいの?」

「いいよ」

「やった! 穂高はいつまでここにいるの?」

「明日まで」

「明日!? 早っ」

「手伝いだからね」

「もっといてよ~~」


「遊びになら来れるけど……」

「じゃあ来て! 約束!」

 向日葵が右手を真っ直ぐ上げて言った。

「……分かったよ」


 桜が横で笑う。

「ははは、忙しい夏休みだな」

「他人事みたいに……」



 話していると校舎から委員長が出てきた。

 そのまま、真っ直ぐテントに帰って来る。

 向日葵は大丈夫だろうか。

 約束を守れるだろうか。


 穂高がチラリと向日葵を横目で見てみた。

 向日葵が自分の両手で口を押えている。

 我慢の仕方が可愛らしい。

 穂高の口元が緩む。


「どうした? 穂高、笑って」

「え!? いやいや、笑ってない、笑ってない!」

「へぇー?」




 ―――


 午後から委員長が部活動があるため、いなくなってしまった。

 穂高は1人で受付に座っている。

 ボーッとスタンプカードを見ていた。

 手作り感のある可愛らしいカードだ。

 


「すみません」

 1人の女性が受付にいる穂高に近づいた。

「はい」

 穂高が女性の方を向く。

 さっき、子どもと迷路に入って行った人だ。

「子どもが迷路から帰って来なくて……」

「え?」

「先を歩いてしまったらはぐれてしまって、もう随分待っているのですが……」


 そんなに大きな迷路ではない。

 子どもにとっては少し難しいかもしれないが、ゴール出来ない程ではない。

「探します」

 炎天下の中だ。

 熱中症で倒れているかもしれない。

「なにか特徴はありますか?」

「赤い……帽子を被っています」


 穂高は迷路の外から見て回る事にした。

 迷路の向日葵は優しい風に揺れている。

 穂高の背よりも高い向日葵の花は太陽を見上げていた。

 並ぶ茎の隙間から迷路の中を見る。

 緑色と黄色が揺れているだけだ。


「向日葵」

 穂高が小さな声で呼んだ。

「はーい!」

 元気な声で向日葵が出てくる。

「迷路の中で子どもが迷子になっちゃったんだ。どこにいるか分かる?」

「子ども? いっぱいいるよ?」


 そうだった。

 小学生4人組もさっき入って行ったんだった。

「赤い帽子を被っているんだって」


「分かったー!」


 向日葵は明るく返事をすると、ぴょこぴょこ跳ねて向日葵畑に飛び込んで行った。

 しばらくすると、また向日葵が戻って来た。

「いたよー!」

「どこに?」

「こっちこっち!」

 と向日葵畑に入って行く。


「いやいや、俺はそこから入れないから」

「えー、じゃあこっち、こっち」

 向日葵がゴールの方から手で招く。

 穂高が追いかけた。

 黄色い向日葵の花が揺れながら2人を見ている。


 ゴールを通り過ぎ、向日葵が迷路の角でしゃがんでいる。

 向日葵が指を差した。

「ここにいるよ」

「ここ?」

「覗いて見て」

 緑の茎の間から穂高が目をこらす。

 赤い丸い物が揺れている。

「ほんとだ」


 穂高が向日葵の茎を搔き分けて進んだ。

 赤い帽子の男の子がしゃがんでいる。

「き、君!」

 穂高の声に男の子が振り向いた。

「あ、見て見て。アリさんあるいてる」

「え? アリ?」

 男の子の視線の先を見ると、アリが行列を作って歩いていた。

 

「お母さんが探してるよ」

 穂高が男の子に言った。

「うん。いいよー」

 男の子が立ち上がる。

 穂高の後に付いてきた。

 向日葵の茎を搔き分けて迷路から出て来る。


「あ! おかあさん!」

 男の子が女性を見つけて走って行った。

 女性の心配そうな顔が安堵に変わる。

 お礼を何度も言って帰って行った。


「良かったねー」

 向日葵がニコニコ笑って言った。

「向日葵、ありがとう」


「君のおかげ」

「え! 私? えへへ~」

 向日葵が嬉しそうに笑った。

 迷路の向日葵の花のように明るい。






 ―――


 夕方になって、穂高がテーブルやパイプ椅子を片付ける。

 向日葵が近づいてきた。

「もう、帰る?」

「うん、明日も来るよ」

「明日で終わり?」

「手伝いはね。でも、たまに遊びに来るよ」

「うん……」


 迷路の向日葵が揺れている。

 

「じゃあ、また明日ね」

 穂高が鞄を肩にかけて手を振った。

「うん。また明日」

 向日葵が大きく手を振る。


 自転車置き場へ行く穂高を向日葵が見る。

「いいなぁ……」

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 校舎の奥からは、吹奏楽部の練習する音が聞こえる。

 時折、グラウンドから野球部の声が聞こえた。

 少しずつ太陽が西の山へ沈んでいく。


 迷路の向日葵が自転車置き場の方を見ていた。






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