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花の守人  作者: 春伊
朝顔
2/4

後編

朝顔 後編です。


 まだ外は蒸し暑い。

 穂高が自転車を引っ張り出して来た。

 カゴに朝顔の鉢植えを入れる。

 それだけの作業で汗が滲んできた。


 門を出てサドルに跨がる。

 午後に通った道を再度、進み出した。


 夜のぬるい風が体を撫でる。

 汗が引っ込む気配はない。


 中学校のグラウンドの脇を通る。

 真っ暗なグラウンドは誰もいない。

 ポツンと立っている照明が物悲しい。



 聞こえる。



 嫌でも聞こえてくる。


 話し声、笑い声、怒った声。

 頭に入る。

 人間じゃない声。


「……」

夜顔(よるがお)だ、気にするな」

 桜が横から出て来て言った。

 少し、甘い香りがする。



 道に突き当たり、大きい神社にたどり着いた。

 駐輪場に自転車を止め、カゴから朝顔の鉢植えを掴み出す。

 両腕で抱えて右の道を走った。


 パトカーが止まっている。

 赤いランプがチカチカ光っていた。

 野次馬か、人だかりが出来ている。


 昼間に通った細い道には規制線が張られていた。


「すみません」

 鉢植えを抱えたまま、人だかりに押し入る。

 テレビ局の人間なのか大きなカメラを抱えている人もいれば、マイクを持っている人もいた。

 

 規制線の前に立つ警察官に穂高が言った。

「あの……奥が家なんですけど」

「ああ……申し訳ないがここは通れないんだ。裏手からまってくれるかい?」

「……は、はい」


 どうやら裏道があるらしい。

 穂高が人をかき分け、道へ出た。

 スマートフォンで地図アプリを開く。

 

 神社の後ろに糸みたいな細い道がある。

 そこにも警察官がいるかもしれないが、行ってみるしかない。

 鉢植えを右手に、左手でスマートフォンを持って歩き出す。


 2つ電信柱を通り過ぎると、大人1人が歩くのがギリギリの細い道があった。

 規制線は張られていないが、警察官が奥に立っている。

「……」

 穂高はスマートフォンをズボンのポケットに入れ、もう一度、鉢植えを両手に抱えた。


 細い道を進んで行く。

 左の塀は神社、右の塀は住宅だ。

 窓から明かりが漏れ、道を照らしている。


 薄暗く灯りが付いている街灯が1つ。

 街灯の明かりに小さな虫が群れている。


 警察官が穂高に気がついた。

 こちらに駆け寄って来る。

「どうしましたか?」

「……家が向こうで、回ってくれって言われたので……」

「そうでしたか、申し訳ありません。どうぞ」


 警察官が道を開けてくれた。


 細い道を進んで行く。

 塀が無くなり、背の低い垣根になった。

 垣根の奥は神社の境内。真っ暗で静かだ。


「ここで大丈夫です。あとは付いていけます」

 朝顔が言った。

 穂高が竹で出来た垣根の横に鉢植えを置く。

 おかっぱ頭の朝顔が現れた。


 穂高が道を左右に見る。

 今は誰もいない。

 垣根に足をかけ、一気に飛び越えた。



 敷地に入った途端、空気が張り詰めた気がする。

 寒い。

 さっきまで暑かったのに。

 鳥居の方で人の声が聞こえる。警察官だろうか。


 もう1つ、小さいが聞こえる。

 鳥居の近くで見た、風鈴。

 ジャラジャラと耳を掠めていく。


「行こう」

 穂高が桜と朝顔に言った。






 ―――


 真っ暗で、それも整備されていないような場所を歩くのは、なかなか辛い。

 サンダルで来たのが間違いだったのかもしれない。

 飛び出た根っこに足が引っかかり、蹴つまずく。


 少しずつ進んで行くと、拝殿が見えた。


 警察官やボランティアの人だろうか黄色い帽子を被った人たちがウロウロしている。

 人を探していると言うよりは、なにか痕跡を探している様だった。

 神社からは、子ども本人が出て来ることはない、と判断したのだろうか。



 拝殿の隅っこから参道の方を覗く。

 小学生が野球をしていた広場、灯籠、奥には風鈴と鳥居。

 昼間と何も変わっていない。

「あれ?」

 穂高が何かに気がついた。

「どうした?」

 桜が尋ねる。


「朝顔が咲いてる」

 参道の両脇の朝顔を指差して言った。

 青や紫の丸い花がこちらを向いている。

「そりゃそうだろ、夏なんだから」


「……でも、今は夜だよ?」

「え……」

 穂高の言った意味を理解すると桜も参道の朝顔を見た。

「朝顔なんだよな?」

「はい、朝顔です」


「なんで……?」



「今、満開なんです」






「おい! なんだこれ!」

 境内に男性の声が響いた。

「?」

 穂高たちも声が聞こえた方を見る。

 黄色い帽子を被ったお爺さんが2人が立っている。

「上から落ちてきたぞ」

「……水鉄砲?」

「木に引っかかってたんか?」

 お爺さん2人が上を見上げて見る。



「うわ!!!」

 また、境内に大きな声が響いた。

 広場の方だ。

「なんだこれ……」

 警察官と黄色い帽子を被った男性が立っていた。

「さっきは無かったのに……」

 見ると足元にカラフルなボールがたくさん転がっている。

「急に現れたぞ」



「え! なにこれ?」


「あわわっ!」


「なんだこれ!?」

 境内の彼方此方から、驚きの声が聞こえてくる。



「?」

 穂高が周りを見渡す。

「朝顔が……」

 参道にしか咲いていなかった朝顔。


 境内を囲んでいる生垣に、朝顔が咲いている。

 青と紫色の花が、神社を取り囲む様に咲き乱れる。

 

 いくつもの丸い花がこちらを見ている。


「どうなっているんだ?」

 桜が立ち上がった。


朝顔(私たち)は夏が終われば枯れてしまいます」

 朝顔が口を開いた。

「ですが、種が出来て、次代に続いていきます」


「花は季節が変わればいなくなりますが……私たちはずっとここにいます」


「想いもずっと」



 朝顔は真剣な顔で穂高を見ている。

「……」

 

 気付けば、地面に茎が伸びてきた。

 朝顔の茎だ。

 スルスルと拝殿の柱に纏わり付いていく。

 茎からパッと朝顔の花が咲いた。


「!」

 穂高の右腕にも登ってきた。

「穂高!」

 桜が反応した。

「大丈夫……」

 穂高が自分に言い聞かせるように言った。


 穂高の右腕に絡みついた茎にも花が咲いていく。

 茎が首にまで登ってきた。

 首に巻き付いていく。



「遊ぼうよ」



 また声が聞こえた。

 昼間に聞いた声だ。


 目線の先にあの女の人が立っている。


「一緒に遊ぼう?」

 おかっぱ頭の少女が言いながら穂高の左手を握ってきた。

「――っ!?」


「待て待て」

 桜が茎が絡みついている穂高の右腕を引っ張る。

 朝顔の手が離れた。

 2人が距離を置く。

「君は……」

 穂高が朝顔を見た。


 いつもの真面目な顔がない。

 穂高を見て笑っている。

「朝顔ですよ」


 その間にも穂高の体に茎が絡みついていく。

「穂高さん、遊ぼうよ」

「……」


「お前と、神社(ここ)の朝顔は同じだな? 何が目的なんだ?」

 桜が警戒しながら朝顔に言う。

「私は言いました。『あの人は私』……目的も言いました。『遊ぼう?』って」

「……」

神社(ここ)へ誘い出したのは申し訳ございません。主人様には迷惑をおかけしたくなかったから」

「……子どもはいいのか?」

「そうもしないと来て頂けないかと思って」


「どうして……」

 穂高が小さな声で言う。

「言いましたよ。遊ぼうって」

「どうして俺なの?」

「私たちが見えるからです」

「……」

「それに……」




「穂高さんは無視するから」







 ―――


「あいつ花と喋ってるんだぜ?」

 クラスメイト4人の学校で、仲間外れにされるのは、苦痛だった。

 ただでさえ、閉塞的な田舎。

 噂は直ぐに広がった。


 道を歩いているだけで、横目で見られる。

 家の畑で手伝いをしているだけで、笑い者にされた。


 無視をしても、気にしないようにしても、耳に入って来る。


 声。


 誰がしゃべっているのかも、初めは分からなかった。

「霊感があるの?」

「幽霊が見える?」

 同級生はからかいの種にしか扱わない。



「ここの桜の木、切ろうと思っとって――」

 じいちゃんの三回忌をするために、今住んでいる家に来た時、ばあちゃんは庭の木を指差して言った。

「春になっても咲く花が少なくなって――」


「……」

 そうなんだ。

 としか思わなかった。


 けど――



 気まぐれだった。


 家族が帰宅する準備をしている間に庭に出る。

 桜の木へ近づいた。

 見上げると緑色の葉っぱが揺れている。

 幹に右手をそっと置いた。

「元気出して」



「穂高ー、行くよー」

 母の声が聞こえた。


 家への帰り道、車の後部座席に座って景色を眺めていた。

 どんどん建物が少なくなる。

 山が近くなり、田んぼや畑が増える。


 ボーッとしていると、チラチラ目の前を何かが舞っている事に気が付いた。

「?」

 手に取ってみる。

 桜の花びらだ。


 今は夏だけど?


 もう一度、車の外を見る。

 ピンク色の髪をした男の顔が横から現れた。

「よ。さっきは、ありがとな」


「えええ!!?」

 車は道路を走っている。

 ピンク色の男は平然と笑っている。


「? どうしたの?」

 運転している父が聞いてきた。

「……な、なんでもない。サルが見えたから……」

「あははは、サルなんて珍しくないだろ」


「俺はサルじゃないぞ」

 ピンク色の男が言った。



 その日から、遊び相手が桜になった。

 初めは鬱陶しかったが、四六時中いる。どうしようもない。

 桜はいろんな事を知っていた。

 話し相手がいると心が軽くなった。



 あの田舎には高校は無い。

 でも、大半の人間が実家から少し遠くの高校に通っている。

 通えないことはない。


 自分は逃げてきたのだ。


 馬鹿にされ、仲間外れにされたあの空間から。


 あの時、自分は言ってもらいたかった。

 隣にいてほしかった。






 ―――



「分かった」



「遊ぼう」


 穂高が茎が絡みついている右腕を前に出した。

 手を開く。




「……え?」

 朝顔の目がまん丸に開く。




「それと、ごめん。ずっと気付かないフリをして」




「そ……」

 朝顔の目が揺れる。


「朝顔、遊ぼう」

 穂高がもう一度言った。


「……」

 朝顔が俯く。


 穂高に絡みついていた茎がスルスルと戻っていく。

 周りに伸びていた茎もどんどん戻っていった。

 拝殿の茎も無くなっていく。



 すると――



 参道の方から声がする。

「えええええー!?」

「いた! いたよー!」

 ワーワーと声が上がっている。

 チラリと見ると小学生が帰って来たらしい。

 驚きの声が歓声に変わる。



「……何して遊ぶ?」

 穂高が朝顔に聞いた。

「え、えーと……」


「ごめんなさい。遊びは……いいです」

「?」

「……」

 朝顔は俯いたままだ。

「遊びはいいので、夏の間は話し相手になって頂けませんか?」

「え、いいけど……」

「夏、あの庭は、あまり花がいないから……」


 朝顔の姿がフッと消える。



 桜が穂高を後ろに引っ張った。

「帰ろう」


「見つかると面倒だ」


 参道の方では警察官やボランティアの人でごった返している。

 風鈴は揺れず静かだった。






 ―――


 早朝、夏期講習に行く前に穂高が家の玄関から出て来た。

 立水栓の蛇口を捻る。

 ホースを持って、玄関先に置いてある鉢植えに近づいた。


「おはよう」

 穂高が言いながら、朝顔に水をかける。


「おはようございます」

 おかっぱ頭の朝顔がひょっこり出て来た。

「水をやるなら、地面の近くにしたほうがいいです」

「え、そうなの?」

「水が必要なのは根ですから」

「……そっか」



「穂高さん」

「ん?」

「ありがとうございました。助けていただいて」

「え……うん。こんなのでいいの?」

「はい、すごく」

 朝顔が嬉しそうに言った。



「穂高さんのこと、みんなに知らせておきますね」

「え? みんな?」

「花たちに」

「な、なにを?」

「この街にも花守が来たって」

「その、はなもりってなに?」

「? 花を守るで花守です」


「きっと喜びますよ。みんな」

「えー……?」


 青空の向こうにソフトクリームのような入道雲が見える。


 時折、桜の花びらが横をひらりと流れていった。

 







 朝顔の花言葉「あなたに絡みつく」

お読みいただきありがとうございました。

次回は向日葵です。

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