第5話 ソフィーの記憶
パリの街かどに、ソフィーというおばあさんがいました。
ソフィーはひとりで、朝ご飯を食べていました。
ゆっくりと、人参を食べるのも一苦労です。
「ごちそうさま」
ソフィーは杖を持って椅子から立ち、写真を見ました。
写真には若かりしソフィーと、同じぐらいの年齢の少女が写っていました。
「誰だったかしらねぇ」
ソフィーはしばらく写真を眺めると、家を出ました。
車の走る街を眺めながら歩いていると、遠くから誰かが近づいてきました。
「ソフィー先生、お久しぶりです」
「あら」
若い女性は、ソフィーがむかし手術した患者さんでした。
「元気だったかい?」
「ええ、おかげさまで」
「それは良かった」
ソフィーは満足そうに頷きました。
若い女性は別れの挨拶をして去っていきました。
おばあさんはある情景を思い出しました。
女の子が病気で白いベッドに倒れていました。
まだ小さいソフィーは力ない手を握りしめました。
「――、大丈夫!?」
「へいきよ。これぐらい」
「でも」
「まったく、ソフィーは怖がりなんだから」
ソフィーは泣き出しました。
「あーもー。ソフィーったら」
しばらくして泣き止み、女の子を見ます
「わたし、お医者さんになって、――のこと助けるね」
「うん。楽しみに待ってる」
それが、女の子との最後の会話になりました。
おばあさんはその後医者になり、その病気を治すお薬を発明しました。
そのお薬はたくさんの人をたすけました。
「懐かしいわね。なんて名前だったかしら」
おばあさんは街を歩き、ちいさな墓地にに向かいます。
アネモネが咲いているのを見て、おばあさんはそっと摘み取りました。
ソフィーは見覚えのある墓の前で立ち止まり、ちいさなアネモネを供えました。
目を閉じると、アネモネのお花畑でした。
「ソフィー、遅いよ!」
「クロエが早いんだよ!」
クロエは先にお花畑へたどり着いていました。
「ほら、ソフィー」
クロエはちいさなアネモネの輪っかを手渡しました。
「あ、ありがとう。小さいね」
「指輪だよ」
クロエはソフィーの左手の薬指に、アネモネの指輪を嵌めました。
「く、クロエ!」
「帰るまで、外しちゃだめだよ」
「えぇー!」
おばあさんが目を開けると、まだお墓の中でした。
「クロエ、懐かしいわね」
おばあさんはお墓を去ります。
通りすがりの公園で、ブランコで遊ぶ子どもたちがいました。
おばあさんが目を閉じると、ブランコに二人のりしていました。
「クロエ、怖いよ」
「まったく、ソフィーは怖がりなんだから」
クロエはスピードをあげます。
「く、クロエっ!」
「手でもつないでなさい」
ソフィーはクロエの手を握りました。
すると、不思議と強さが薄らいできました。
「クロエ……」
ソフィーはクロエの顔を見上げました。
そのときはじめて、ソフィーは恋を知りました。
おばあさんは目を開けました。
「クロエ、ようやく思い出したわ。あなたのことがずっと好きだった」
気持ちを伝える前に、クロエは帰らぬ人となってしまいました。
家に帰ると、あたりはすっかり暗くなっていました。
おばあさんは窓の近くの椅子に座ります。
窓の外の星空を見ました。
おばあさんは疲れて、ゆっくりと目を閉じました。
二人はアネモネの花畑に寝ころんでいました。
「見て! 流れ星!」
「クロエ、星好きだよね」
「だって綺麗じゃん」
クロエは元気よく星座について解説しました。
「ソフィー、知ってる?」
「なに?」
「流れ星って、3回お願い事をすると叶うんだって!」
「へー」
「何お願いする?」
「クロエと一緒にいたい」
「えー、なにそれ」
「クロエは何をお願いするの?」
「わたしは、ソフィーとずっと一緒に居たいかな」
「一緒じゃん」
「一緒だね!」
二人は笑いました。
しばらくして、クロエは立ち上がりました。
「じゃあ、行こっか」
「え、行くって何処に?」
「決まってるじゃん」
クロエは羽を生やして、空を飛びました。
「ほら、早く!」
「待って!」
気づくとソフィーにも羽が生えていました。
ソフィーは羽ばたきます。
クロエにつれられて、大きな星空へと。
これでお話はおしまいです。
ではまた、どこかで。