79 その距離
「いつも通りだよね、涼真」
「へ?」
「つまりいつもあんなにベタベタベタチュッチュッチュ」
「そこまではしてないと思うよ!」
「アリサちゃんもしたらいいんだよ。例えば……ハグとか!」
「で、できるわけないじゃない! だったら紬、あなたは涼真に出来るの?」
「ふぇ? 涼真にならできるの。だって……小さい頃ね。暗くなって怖い時とか抱き合って寝て」
「そのエピソードは今必要ないと思う。すぐに止めようか」
「ふーーーん」
余計なこと言うからアリサが体を震わせているじゃないか。いくら幼馴染みだと言っても紬にハグなんてできるはずない。
「じゃあ今ここでハグして見せてよ」
「何言ってるのアリサ!?」
アリサの言葉に紬は特に動じることなく、僕の方へ体を向ける。
この流れ……まさか本当にと思う暇なく紬が抱きついてきた。
「ぎゅ~!」
少しの躊躇もない大胆なハグ。紬からすればまだ僕達は5歳のままなんだろうか。
人生でハグなんてされることはそうないわけで、昔から紬はよく僕に抱きついていた記憶がある。
大概そういう時は何かをしたことに褒めて褒めてと構ってほしがる時が多かった。
特にライバルの獅子と競って勝った時だったかな。そんな時にハグをしてきて、僕が頭を撫でてあげることが多かったっけ。
こんな風に紬の柔らかな黒髪を撫でてあげる。
「……涼真の体ってがっしりしてるんだね。昔は柔らかかったのに」
「多少は鍛えてるからね」
「……」
「紬?」
「……」
紬が急に何も言わなくなった。
意識しないまま話すの大変なんだぞ。体ががっしり? 紬だってよく育ってて可愛くなってて、成長を感じる。
ハグを仕返したら何かがはじけそうなそんな思いすらあるんだ。
ん? 何か紬が頬ずりするように僕の胸にすり寄ってきてるんだけど……。
「ねぇ紬」
「ひゃい」
はっと気づいた紬が突然距離を取ってしまった。
いきなりの行動に僕も動じたが、それより紬の顔が赤いことに気づく。
「あの……え~と、涼真がその……思ったより男の子だなって」
「そりゃそうだよ。獅子ほどがっちりした体じゃないけどね」
「何か恥ずかしくなってきた……。 ち、ちょっと用事を思い出したかも!」
紬は慌てたまま、僕とアリサを置いて離れてしまった。
いったい何があったというのだろうか。
「私、眠れる獅子を起こしちゃったのかしら……」
「どういうこと?」
「この件に関しては鈍感でいいわ」
「えー」
「それより……む~」
アリサと二人きりになり、じっと睨むように見つめてくる。
また怒らせてしまっただろうかと恐れるのと同時にやっぱりアリサって美人だなって相反な気持ちが芽生えてくる。
「紬に抱きつかれて嬉しそうな顔をしてた。頭を撫でてた」
「そんなこと……」
ないわけないよね。親しい子に抱きつかれて嫌な気持ちになるはずがない。
でも何だろう。頭を撫でてあげたのは何だか純粋な気持ちだったように思う。
紬は女の子として可愛くなったと思ったけど潜在的には幼馴染みの意識の方が強いのだろうか。
「涼真にはハグしてくれる人いっぱいいていいわね!」
捨て台詞のような言葉だったが違和感があった。
いっぱいと言うがハグして欲しいと言ってしてくれそうな人なんて紬と妹のひよりとは後は……うん、男は除外。
そうなるとあと一人くらいしか思い浮かばない。
「じゃあ次はアリサがハグをしてくれるのかな?」
「へ?」
エメラルドグリーンの瞳をぱちくりとさせて呆けてしまうアリサ。
時が止まり、自分でも気持ち悪いことを言ってしまったと焦りが出てしまう。
言い訳をすべきか、頭をぐるぐるさせている内にアリサの表情が真っ赤に染まる。
「そんなできるわけないでしょ!」
そりゃそうだ。この前のホッペにチューも断られたのだから。
うぅ、僕は何て気持ち悪いことを言ってしまったのだろうと。
これはアリサに嫌われたに違いない。大月さんが言ってたアリサが僕を好きだなんて、やっぱり世迷い言。
「でも」
謝ろうとした先にアリサの言葉が連なる。
「涼真からならハグしていいよ……」
自信なさげに言うその学校一の美少女の姿がたまらなく可愛く見え、言葉を失った。