76 アリサの部屋で①
「夜メシも作るんだろう。俺の分も作ってくれ。食ったら帰る」
「ちょっと! 涼真は私のなんだけど!」
「給料は家から出てるんだろ。だったら俺にも権利はあるはずだ」
「むかつくーっ! 静流はいつも美味しいとこだけ持ってく! 顔と水泳だけのくせに。心も雫も何で惑わされるの!」
「ははは、なんでそこで心と雫が出てくるんだ」
「この天然な所がまたむかつくのよーっ!」
なんてひどい会話だ。
一つ違いの兄妹だし、ケンカするほど仲がいいと言えるのかもしれない。
僕と天使なひよりではこうはなるまい。ってかひよりに怒られたら泣く。
やっぱりお兄さんは大月さんの想いに気づいていなかったんだな。もう終わった話だし、蒸し返す必要はない。
「涼真といったな。さっきの話考えてくれるか?」
正直な所悪くない話だと思う。
ここでお兄さんと関係性を持っておけば将来的にもきっと役に立つ。
でも……もし関係性を持つのであれば。
「涼真は私といるの! 絶対に誰にも渡さないから!」
「ちょ、アリサ」
アリサは僕の腕を掴んで引っ張っていく。
そのまま階段へとさしかかった。
「アリサっ!」
お兄さんの強い声がアリサの足を止める。
お兄さんは美麗な顔立ちのまま鋭い目でこちらを見ていた。
「晩飯は19時頃がいい。肉が食べたい」
「死ねっ!」
そのまま引っ張られ、アリサの部屋へ突入した。
アリサはベッドの上に座り、僕は床へと座る。
「まったくバカ兄は」
「駄目だよアリサ。お兄さんに死ねなんて言ったら」
「なに。涼真は静流の肩を持つの」
「そうじゃなくて、妹に死ねなんて言われたら兄は……。僕はひよりに死ねって言われたら死ぬ」
「そっか……涼真ってシスコンだったもんね」
ひよりもあと10年くらい経ったらアリサみたいに死ねって言う子にそうなっちゃうのかな。
イヤだぁぁぁ。天使はそのままでいてくれぇ。
「静流は昔からあんな性格よ。水泳以外何にもできないポンコツのくせに……顔がいいもんだからって何よその顔」
「何でもありません」
アリサがお兄さんに似ているのか、お兄さんがアリサに似ているのかどっちだろうな。
口に出したら腕を組んだまま叱られるのは間違いない。
それにしても。
「アリサの部屋に来るのは久しぶりだね」
「え、ええ……そうね。無意識に連れてきちゃった」
家事代行と言っても僕の仕事のメインは料理であり、アリサの部屋の掃除は仕事内容に入っていない。
しかし大きな部屋だな。下手な1Kマンションの一室よりも大きいんじゃないか。
前に来たのはそう、アリサが大月さんと喧嘩をしてしまって体調不良に陥った時か。
「あの時ここで涼真に……。それから私は」
「アリサ?」
「何でもないっ! そんな床に座らずに……こっち来てよ。ベッドの上でいいから」
アリサのベッドはダブルサイズであり、非常に大きい。
可愛らしいピンク調のカバーにお高くおっきな枕まであった。
たまに大月さんと一緒に寝てるって言ってたし、コレなら2人でも余裕だな。
しかも女の子の部屋に男女が隣同士。否応でも意識してしまう。
「わ、私くさいかも! ちょっと着替えてくるね」
「外出ようか?」
「ウォークインクローゼットだから大丈夫」
立ち上がったアリサは先にあるクローゼットの中へ入っていく。
「鍵はかからないから今度は覗かないでね」
「の、覗かないよ!」
こないだアリサのお風呂シーンを思い出す。
あんな失態二度とすまい。
「ま、涼真なら覗いてもいいけど……」
「へ?」
「あ、やっぱ駄目! お風呂入ってないし、着替えてないから今は駄目!」
今じゃなきゃ覗いていいのか!
クローゼットの中でガタゴト音がして、十数分。ようやくアリサが出てきた。
「おまたせ~」
寝間着とはちょっと違うかもしれないが、ピンク色を基調したサテン生地のブラウスにホットパンツ。
アリサが着れば何着たって可愛いのだがやはり学校一の美少女は誇張ではないなと思えてくる。
「どうかな?」
たわわに育った胸を強調させ、豊富な金色の髪をかき分ける。
全てにおいて完璧だと言えるだろう。
「よよよよ、す、す、すごく似合ってる」
月並みの言葉しか言えない。
くっそ、4人でデートした時は意識せずに言えたじゃないか。
これも全部大月さんのせいだ。大月さんが、アリサが僕を好きだというから。
これもアリサからのアプローチじゃないかって思えてくる。
実際アプローチだったら効果は絶大だ。連日送ってくる大月さんのアリサ写真よりもやはり実物の方がとんでもなく可愛らしいのだから。
「じゃあ……いつものいいかな」
「……うん」
「おじゃましまーす」
ベッドで座る僕の膝にアリサは寝転んでくる。
家事代行のお仕事の一つ、甘えん坊アリサちゃんとお話をしようだ。
この状態の時に頭を撫でてあげると凄く喜んでくれるので僕はひよりだと思って頭を撫でている。
ひよりが金髪でどこ触っても柔らかそうな恵体になったらびっくりだが。
「りょーま、頭撫でてぇ」
「はいはい」
この状態のアリサは時々IQみかん一個分の知能で語りかけてくることがある。
大月さんに対してもこんな感じで甘えているのだろう。
獅子もそーいや、バスケの試合の後はこんな感じだったっけ。男同士だからベタベタはなかったけど。
アリサの金色の髪は完璧すぎるな。風呂入ってないのにつやつやだよ。
「アリサのバイトって家庭教師だっけ。どんな子を教えてるの?」
「今、中学三年生の子なの。父の幼馴染の子でね。もしかしたらうちの学校に来るかも」
「そうなんだ! それは楽しみだね」
「人懐っこくて可愛い子だから涼真は仲良くしちゃだめ」
「駄目なの!?」
この流れで意味が分からないが……深く掘り下げることもないだろう。
こうやって頭を撫でているといつのまにか眠ってしまうこともあるし、ずっと喋り続けることもある。
アリサにとって安らぎになっているのならいい。僕にとっても正直安らぎになっている。
「涼真は将来のこと考えてる?」
突然の質問に安らぎを感じていた僕の脳内が現実へと変える。
「正直な所、何も考えてないよ。漠然と大学に入って、漠然と就職して……、正直やりたいことが見つからないんだ。アリサはどうなのさ」
「大学には行くと思うけど、多分高校を卒業したら起業すると思う」
「起業!?」
「うん、ママが手を貸してくれるからやってみなさいって」
「す、すごいね」
「結局適正を見てるだけよ。私に経営センスがあるかどうか。若い内にいろいろやっておけば様々な選択肢をとれるから。今の家庭教師のその一つ。教えるってのは大事な技能だから」
「アリサはすごいね」
同い年なのにここまで考えているなんて……。
自分が情けないと思うようになってきた。
「その……私ってさ。正直ポンコツな所あるし、家事何にもできないし……お嫁さんみたいなことは多分一切できないと思うの」
「アリサのイメージじゃないよね」
「だからもし良かったら。涼真が嫌じゃなかったら手を貸してくれないかな」
「僕がアリサの……?」
「初めは雫にお願いしようと思ってたんだ。そしたら将来の夢は平沢くんのお嫁さんかなみたいなことぬかすから……」
「イタイ」
アリサが僕の太ももに爪を立ててくる。獅子への嫉妬を僕にぶつけないで。
起業か……それで僕に白羽の矢が立ったということか。
「さっき静流さんが言ってたことに似てるね」
「そうよ! まったく静流ったら……。静流を選ぶくらいなら私を選んでほしいな……。だめ?」
僕もそれは考えていた。
お兄さんの提案はありがたかったけど……もしアリサとお兄さん。どちらを選ぶかと言われたら。
「僕はアリサを選ぶよ。僕にとって君が一番だから」
「~~~~~っ」
アリサは顔の向きを変えて、太ももに埋めていた。
何かちょっと発言が恥ずかしかった気がする。