74 僕とアリサ
一通り仕事を終わり、試合形式の練習となる。
エースの獅子は今日は好調といった所。1対1で適う部員は三年生でもいない。そんな中、女バスや女バレの選手がそんな獅子の様子を見に増えてきた。
でも獅子の動きは変わらない。獅子が絶好調になるのは愛する大月さんが来た時のみ、その時は異次元のような動きをするんだよなぁ。
紬とアリサはタオルと飲み物の準備をしていた。僕も今はプレイ中なのであまり眺めてはいられない。
走るのしんどー。うん? 気づけば紬がなぜか体育館の壇上に登ってしまった。
両手にはなんだあれ……ポンポン?
「いっくよー!」
紬は大きく両手を挙げた。
「バスケ部ーっ! 頑張れ、頑張れ! フレーッ! フレッー!」
それは思わずプレイを止めてしまうほどであった。
体操着の紬が流暢な動きと大きな声で応援を始めたのだ。声が凄く響いていて、全員の意識を紬の方に持っていかれる。
その動きはとても柔らかだった。長い手足を大きく動かし、ジャンプはとても高く何より。
凄い良い笑顔で大きな声が出ていた。
「プレイに集中しろ!」
部長の声に皆、練習に集中する。
だけど紬の応援の声に力がみなぎるようでいつもより力強いプレイができるようだ。
「すげぇな」
思わず獅子がボヤくくらに紬のチアはキレていた。
バク転までするし、あんなに運動神経良かったんだ。
この応援が公式試合で見れたら大きな力になるだろうな。
幼馴染の知らなかった一面がまた見れた気がした。
練習試合が終わり、すっきりとした表情を浮かべる紬とすぐに駆け寄ったアリサに近づいてみる。
「あ、涼真」
「紬、凄いね。あんなこといつの間に出来たの!」
「私もびっくりしたわ。応援しようって言うから何するかと思ったけど……あなた、前の学校でチアとかしてたの?」
「うーん、まぁ……そんな感じかな」
「ウチにもチア部はあったはずよ」
「そこまでじゃないよ! あくまで試しにやっただけだから」
だけどあの紬の動きは素人目でも凄かった。
まるでテレビで良く見る日本一の高校生チアガールのチームのような迫力のある動きだった。
紬って運動神経も凄くいいから合うと思うんだけどな。
「じゃあアリサちゃんもやろ! 二人でみんなを応援するの!」
その言葉に部活メンバーが湧く。
「朝比奈さんもチアを!」
「やっべぇちょーみてぇ」
「あの体で動くってことだよな」
「二大美少女のチア、最高すぎる!」
そんな様子にアリサはきりっとにらみつける。
「するわけないでしょ! タオル配るから並びなさい!」
アリサの怒号に男子達は後ろづさり、紬の分も併せて二列に並び始めた。
怒られたけどみんな嬉しそうにしながら並んでいる。可愛い女子からタオル貰うなんて最高だもんな。
一人一人が二人に話を始めるので長蛇の列になっていた。若干アリサの方が早い。塩対応だから当然だ。
でもこれ握手会かな。何か男バレーの部員も交じってないか!
「ふぅ」
僕もタオルもらおうかと思ったけど、時間がかかりすぎるしこれじゃ体が冷えちゃうな。外に出ようか。
体育館から出て僕は洗い場へと向かう。
幼馴染の獅子も紬もちゃんと真面目な学校生活を送っている。
僕だけかな、こんな悩み持ってるのは……。
「涼真」
「あ、アリサ!?」
いきなりアリサから声をかけられてびっくりする。
実は、今日二人きりでアリサと話せていない。
『アリサは小暮くんのこと好きなんだよ』
くっそ、あのせいでアリサが直視できないんだよ。
アリサの顔を見るだけ顔が熱くなってしまう。
「タオルを渡してたんじゃ」
「紬に全部託してきた」
「ひどっ!」
アリサちゃん!? って言ってそうな紬の顔が目に浮かぶ。
そしてアリサは大きなタオルを手に持っていた。
「私がバスケ部に入ったのはその対抗意識もあるけど、純粋に応援したいって気持ちがあったからよ」
「あ、ああ……バスケ部をね」
「違うわ」
アリサは首を振ってそれを否定した。
少しだけ顔を赤くし、アリサもまた言いよどんでいる。
何を言うのだろうか。でも何となく予想してしまっている自分がいる。
「わ、私が応援したいのは涼真だけ……。あなたを応援できればそれでいいの!」
「アリサ」
「そ、その何というか私と涼真は親友だから!」
まるで告白のように顔を真っ赤にして言うその姿が大層可愛らしく映った。
アリサはばっと近づいてきて、汗ばむ僕の上半身に大きなタオルを被せる。
「女の子に汗拭いてもらうのって憧れるのよね! 前言ったの覚えてるもん」
確か獅子が大月さんに告白するのを二人で見た時だったか。
僕は確かに憧れるでしょうって言った気がする。
でもこれは……。アリサが真正面から僕の汗を拭いてくれる。
ドキドキしてもっと発汗しそうだ。
「何か今日……涼真の様子、変だと思う。全然顔が合わないもん」
「……ごめん」
「朝、雫と会ってたんだよね。何話してたか気になるけど……聞かないようにする」
「大月さんから何か聞いた?」
「雫も隠そうとしてたけど分かるもん。ああ、見えて隠し事下手なんだよ、雫は」
そういえば獅子にも言われたことがある。
僕は隠し事が下手だって。そういう所、大月さんと似てしまってるんだよな。
「私のこと……嫌、じゃないんだよね」
「それはないよ! アリサと一緒にいられる今がとても楽しい」
「っ!」
それは素直な気持ちだ。獅子が大月さんと付き合って抜けてしまった親友という名の穴をアリサが埋めてくれたんだ。
家事代行のお仕事だって楽しいし、正直、僕はアリサのことを……。
「ごめん変に意識してしまってる。すぐに元に戻るようにするか! ちょっとだけ待って」
「いつまでも待つから」
アリサはにこりと笑う。
「涼真の気持ちが落ち着くまでいつまでも待つわ。……今、はっきりされるといい結果にならなそうだし」
「それは……」
「でも意識してくれてるってことはちょっと望みはあるってことだもんね。恥ずかしくて言葉に出来ないけど……嬉しいのは嬉しいから」
言葉にできないこの気持ち。そう、ここにあるんだ。
僕がこの過去を吹っ切るくらい正直になればきっと……彼女が誰よりも近い存在になる。
「でもおばあちゃんになるまでは待てないし、他の女の子にデレデレするのは……むぅだもん」
「ぜ、善処します」
◇◇◇
「やっぱ朝比奈って涼真のこと好きなのか?」
「はぁ? アリサちゃんの変化が分からないなんてやっぱ獅子はまだまだね」
「うっぜ。俺には雫がいるからな。ま、涼真があの時のことを吹っ切ってくれるなら……俺は朝比奈でも紬でも何でもいい」
「何か言った?」
「なんでもねー。ほら、マネージャー。さっさと戻って仕事しろ」
「うるさい。指図しないで。……」
紬は振り返り、照れた様子の涼真の汗を拭くアリサの姿を見続けていた。
(何かモヤっとする……。何でだろう。でも、この学校では失敗しないって決めたんだ。もう一人になりたくない)