62 紬と二人で
「もう~遅いよ」
「バスケ部は一番遅くまでやってるから待たずに帰って良かったのに」
「わたしもちょうど帰る頃だったの。そしたら獅子と雫ちゃんがいてさ」
「まさかあの二人に声を……」
「あれは無理。ラブラブすぎてとても声かけられる状況じゃなかった。わたしの声は聞こえないと思う」
あの二人の帰り道のバカップルぷりは一種の名物になりかけていた
僕がくっつけておきながらだけどちょっとどうかと思う。
「だから涼真を待ってたの。一緒に帰ろうよ」
何というか幼馴染とはいえ女の子と下校に共にする。
最高のシチェーションなんだけど何というかタイミングが凄く悪い。
このままいったん帰ってからアリサの家に行くか? それは時間が無駄すぎる。晩飯の時間が遅れるだけだし、アリサが怒ってしまう。
「どうしたの。変な顔をして」
どちらにしろ紬と同居している以上、隠すのは無理だな。
僕は諦めて話すことにした。
「アリサちゃんの家に家事代行バイト!? そんなことしてたんだ!」
「そうなんだ。だから紬には悪いけど途中で別れることに」
「わたしも行きたい! ついていってもいい?」
「え!」
予想もしない言葉に驚きの言葉が出てくる。
「さすがに紬の分のバイト代までは請求できないよ」
「違うよ! わたしはアリサちゃんと仲良くしたいだけなの。一緒にご飯食べよ! 必要だったら自分でお金出すし」
まさかそんなことになってしまうとは……。
紬をこのままアリサの家に連れていっていいものか。
「アリサに聞くけど、駄目って言われたら諦めてよ。アリサんちは大きな家だし勝手には入れない」
「そうなんだ! 美人なだけでなくお金持ちなんだね」
うーん、でもアリサにスマホで連絡をするが着信を取らない。
連絡が取れないなら仕方ない、連れて行くか。
別に僕とアリサは付き合っているわけじゃない。紬を連れていったとしても大丈夫なはずだ。
なのに何かものすごく怒られる気がするのは気のせいだろうか……。
仕方ない一緒に行くか。
紬と一緒にこうやって歩くのは5歳の時以来な気がする。お互い成長をしたよなぁ。
そうだ。
「結局、部活はどうするの。しっくり来る部活とかあった?」
「うーん。どこも楽しかったけどねぇ」
「休憩中にたまたま見てたよ。陸上部とかいいんじゃないの?」
「見られちゃったかぁ。走るのも飛ぶのも好きだし……ありかもね。でも」
紬は首を横に振る。
「陸上部はないかな。多分入部しない方がいいと思う」
「どうして? 前の学校で紬は何の部活に」
「涼真、アリサちゃんや雫ちゃんはどの部活に入ってるの」
突然の話題変更に僕は言葉を最後まで放つことができなかった。
紬はにこりと笑ったまま質問の答えを待っている。
ふぅ。
「大月さんは園芸部だね。性格通り何かを育てたりするのが好きみたい。園芸部で作られた野菜は食堂でふるまわれるみたいだよ」
「そうなんだ! 園芸部かぁ。本人には言えないけどわたし向きではないかも」
「紬は運動部向きだもんね。アリサは今何の部活にも入っていないよ」
「そうなの!?」
心底驚いたようだった。
「アリサちゃん、体育の時間も凄かったよ。足も速くて、運動神経も良くて……わたしと対等以上に動ける子を初めてみたかも」
朝比奈アリサはその美貌だけではない。
運動能力にも秀でており、入学当初のスポーツテストで見せてくれた凜とした表情での華麗な走りは皆が見惚れてしまうほど美しかったと思う。
「アリサは本当にすごい子だと思う。でもまわりがそうはさせないみたい。アリサと仲良くなりたい男子が押しかけて部活にならなかったんだって」
「ああ……そういうこと」
「あまり驚かないんだね。僕が聞いた時はかなり驚いたけど」
「アリサちゃんほどじゃないと思うけどわたしも……経験はあるから」
そこで僕は幼馴染がとても美しく成長したことに改めて気づく。
同じクラスの奴らが皆、紬に注目をしていた。一番人気は多分アリサなんだろうけど、アリサは男嫌いだし、他の男子には結構痛烈な言葉を投げかけるから最近は紬への評判が上がっている。
紬は誰にでも平等に優しく笑顔で接しているからな。
「アリサちゃんと同じ部活に入りたかったなぁ……」
「本当に紬はアリサを気にいったんだね」
「うん! 今日もいっぱいお話したよ。まだ距離があるけど……少しずつ仲良くなりたい。雫ちゃんとも仲良くなって獅子の悪評を……」
「それはほどほどにしてあげてね」
獅子に対してだけ紬はきつく当たる。
いや……それは僕が知っている本来の紬の性格と思っていい。十年経って……あそこまで落ち着くなんてね。
そうこうしている内にアリサの邸宅に到着した。
「嘘でしょ……大豪邸だよ!」
「初めて来た時はびっくりするよね」
億を超えてそうな立派な邸宅だ。門も庭もしっかりしていて、ザ・お金持ちといった所だろう。
あの時は雨の中、中に入って玄関扉を叩いたんだっけ。アリサが門を閉め忘れていなければ僕は門の前で立ち往生していたかもしれない。
「アリサちゃんって本当にすごい子なんだね」
圧倒的な美貌に群を抜いた運動能力。そして学年1位の頭脳と大金持ちの社長令嬢。
ここまで揃っている女の子なんてこの世にどれだけいるのか。
「何か緊張してきた……。わたし来て良かったのかな」
「アリサから返信もないんだよね」
既読もつかないからスマホを見ていないのかもしれない。寝ているのだろうか。
合鍵は貰っているがいきなり入って着替え中だとまずいので玄関の前で一応インターフォンを鳴らす。
するトタトタと足音が聞こえてきた。アリサが開けてくれるのだろうか。
「アリサちゃんの部屋着ってどんななんだろう。お嬢様スタイルなのかな」
わくわくする紬をよそに扉は開かれた。
そう、学園の女王様朝比奈アリサは……。
「お、おかえりなさいませっ! ご主人さまぁ!」
なぜかメイド服に身を包んでいた。
「何をやってるのアリサ……」
「えっとね。これにはその理由があってぇ。涼真がご主人様ってわけでぇ」
「まるで意味が分からないよォ!」
そうだ。思い出した。この子の本当の姿はいろんな弱点を持ってるポンコツ美少女だったんだ。
なんで僕はアリサを神格視していたんだ!
「わぁ……! アリサちゃんすっごくかわいい!」
「え」
デレデレとした表情を浮かべていたアリサは紬の言葉に我に返り、愕然した表情に。
「な、なんで柊さんがここに」
「アリサちゃんにこんな一面あったんだねぇ」
「あ……あ……見られた! こんな姿を! いやあああああああっ!」
アリサの悲鳴が轟き、間違いなくめんどくさいことになるんだろうなと思い、僕は空を仰いだ。