52 カフェ②
「ば、バイト!?」
あまりに意外な言葉にびっくりする。
「涼真も知ってる通り、今までは雫が私をお世話をしてくれてたんだ。毎食ご飯を作ってくれて、一緒にいてくれたの」
その話は聞いている。
家事壊滅的なアリサが隣に住んでいる大月さんを家事代行という形で雇っているらしい。
「週7で来てくれてたんだけど……にっくき平沢獅子に雫を取られたばかりに半分にしてくれって言われてるの」
「ああ、今日みたいな日はアリサの家に来れないもんね」
「あの男にNTRた。悔しくてたまらない」
「そもそも寝てないでしょ」
「寝たもん。一緒の布団で寝たことある」
その寝てるは間違いなく違う。
獅子と一緒に過ごしたいからバイトを少なくするってことだろう。
でも完全にゼロにするとバイト代が入ってこなくなるのである意味仕事の調整っていったところか。
「もし良ければ涼真には穴埋めで入ってもらえないかなって……」
「でもアリサって最近料理をし始めるようになったって言ってたし、正直……ご飯だって何とかなるでしょ」
アリサはお弁当を勉強し始めており、まだまだ駄目駄目だけどその内はよくなってくるはずだ。
この時代、コンビニでいくらでも買えるし、出前を取ればいいってのもある。
アリサの家は裕福なのも知っている。
「ごはんは食べれるけど……寂しいんだもん」
「あ……」
そうだ。アリサは確かほぼ一人暮らしだっけ。
両親は海外にいて兄も寮住まいって言っていた。大月さんがこなくなったら夜はずっと一人ぼっちだ。
遅くても両親が家に帰ってきたり、ひよりがいる僕とは全然違う。同じように考えちゃだめだ。
「何だかあんまり乗り気じゃない?」
アリサが不安そうな顔を見せる。
乗り気じゃないのは間違いないがアリサが嫌だとかそういう理由じゃない。
「何て言うか……女の子の家に行くわけだし、ちょっと照れる」
「何よ。雨の中乗り込んで来たじゃない」
「あの時は仕方なくない!?」
「……あの時の涼真は滅茶苦茶格好良かった」
あの時のことを思い出すと今でもたまに悶々とする。
格好付けて女の子の家に突入するわ、翌朝に女の子に説教するわ。何てことをしてしまったんだとわりと今も悔いてたりする。
結果的に良い方向に行ったから良かったけど……ちょっと深入りしすぎたのは間違いない。
それに。思い出すと顔が赤くなってしまう。
真っ暗な夜にアリサの部屋に入って手を握ってたんだから……。
あの時アリサは体調不良だったから記憶が怪しい感があったけど、僕は完全に覚えている。
手は柔らかかったし、あの時の甘えてくるアリサは本気で可愛かった。
アリサと一緒にい続けると僕はどうにかなってしまいそうだった。
アリサはスマホで何かを叩いて、僕に提示してきた。
「ちなみにこれ、時給ね」
視線をちらりと画面に向けるとその金額に思わず乗り出してしまう。
「は? この額、嘘でしょ」
アリサはにこりとしてもう一度呟いた。
「涼真、家事代行やってくれない?」
「かしこまり」
知っているか。世の中なんだかんだ銭なんだぜ。
あまりに破格な値段に仰天してしまった。
大月さんもそりゃ辞めないわけだわ……。高校生でこれだけもらえたら安泰すぎるだろ。
◇◇◇
そんなわけで家事代行のお仕事は今日から始まることになる。
大月さんが帰ってこない以上今日のアリサの晩ご飯は僕が作らなければならない。
カフェを出た僕達はアリサの家へ向かうことになった。
「ただいま~」
「お、お邪魔します」
バスを乗り継いでさっそくアリサ家に到着。
前一回だけ入ったけどやっぱりでかいよなぁ。
この家……億超えてるんじゃないか。いや、分かんないけど。
「はい、涼真コレ」
「カードキー?」
「ウチの合鍵。涼真の分」
「あ、あ、合鍵ぃぃ!?」
「お仕事なんだからいるでしょ」
「……いいのかなぁ」
「うん。だって涼真は私の親友でしょ。これ渡したのは雫と涼真だけだから大事にしてね」
まさかこの大豪邸の合鍵を手に入れることになるなんて……。
こんなに軽々渡してくるとは。まぁ信頼されているってことは喜ばしいことだと思う。
「私、着替えてくるね」
「アリサちょっと待って」
「なぁに?」
プラチナブロンドの髪がふわりと揺れ、振り返りポーズをする様がべらぼうに可愛い件。
無意識にアピールしてくるから効果抜群なんだよなぁ。
顔よ、赤くなるな。平静、平静。
「一応入っちゃダメなところだけ教えてくれる? これだけ大きな家だし、あるにはあるんだよね」
「ハウスキーパーさんも出入りするから意外にないよ。貴重品とかは全部金庫にしまってるし、本当に大事なものは別の所に保管してるって両親も言ってたし」
「そうなんだ」
「トイレも普通に使ってくれていいよ。ただ、私の部屋とか……お風呂に入ってる時に洗面場に来られるとちょっと困るかも」
「それはしないよ!」
少し照れた様子のアリサにこっちが焦ってしまう。
ハウスキーパーに僕や大月さんといった外部の人間が出入りするからあえてセキュリティは甘めにしているのかも。
ただ、前に警備会社で契約してるって話もしてたから防犯はちゃんとしてるに違いない。
「そこでゆっくりしてて」
アリサは二階の自室の方へ行ってしまった。
僕はどでかいリビングのソファに腰掛ける。
……あまりに大きすぎて落ち着かない。本当に金持ちの令嬢さんなんだなって感じる。
そんな子の家に来ていいのか? 大月さんは幼馴染だからいいとして、僕は……。
ぴろんとスマホに通知が届く。
発信元は大月さんだった。何かメッセージのようだ。
『アリサから家事代行のバイト引き受けたって聞いたから注意事項を送るね』
これはありがたい。
さっすが大月さん。
さっそく一文目を読んでみる。
おそらく家事代行についての重要な事項が書かれているに違いない。
僕はスマホを注視して隅々まで見ることにした。
家事代行の心得。
・アリサが甘えてきたら何も言わずに抱き寄せて、頭を撫でてあげること(←絶対! ただしえっちなお触りはほどほどにすること)
「なんぞこれ」