03 小柄で物静かな女の子
翌朝、僕はバスケ部の朝練を終えて一人、ここへ来ていた。
学校内、体育館の裏にある原っぱだ。
この場所は原っぱなのだが奥には大きな花壇があり、園芸部の活動場所となっていた。
そして毎朝、同じクラスの園芸部員の大月雫がせっせと活動している所でもある。
今、彼女は体操着に身を包み、せっせと花壇で土いじりをしていた。
今までは同じクラスだったが接点もまったくないので会話をすることもなかったが、獅子の想い人であると話は別である。
「大月さんか」
正直彼女の印象は薄い。
クラスのカリスマ女子である朝比奈さんと常に一緒にいて、大月さんの言動は微笑んでいるか相づちしてるイメージしかない。
自己主張もせず、どちらかというと目立つタイプではない。
正直あんまり顔も見たことがない。そこで昨日の夜の獅子との会話を思い出す。
「すぐに好きって言った方がいいのかな」
その問いに僕は頷けなかった。
何となく大月さんは物静かなタイプな女の子に思える。
獅子みたいな陽キャ系の見た目の男子がいきなり告白したらびっくりしてしまうかもしれない。
獅子にはいったん待つように言い、僕が大月さんと会話をしてみるってことで昨日のやりとりは終了となった。
親友のためとはいえまったく親しくない女子に声をかけるハメになるなんて。
正直女子は得意じゃないし、声をかけるのも簡単じゃない。
陽キャグループに所属しているとはいえ僕の本質は陰キャのモテない系男子なんだ。
だけど獅子が僕を頼ってくれている以上助けてあげたい。
大月さんの好みでも何でも知ることが出来れば次に繋げることができる。
上手く話せなくて嫌われても問題はない。
僕自身は女子に嫌われたってノーダメなんだ。軽く深呼吸をしてゆっくりと大月さんに近づく。
「お、おはようございます……大月さん」
「へ?」
体操服姿の大月さんが振り返る。
小柄な体格にばっちりとした瞳と整った顔立ち。
ピンクのリボンが似合うポニーテールの飴色の髪。よく知らなかったけど大月さんってもしかして可愛い顔してる?
朝比奈さんに隠れていたせいで気づかなかったけど。
「え……と小暮くん?」
「はい」
僕は女子相手の際は常に丁寧語で話している。
理由は年上や女の子相手だとその方が喋りやすいからだ。大月さんがキョロキョロとまわりを見渡す。
「もしかしてわたしに声をかけたの?」
「そうですよ。えっと、その。い、いつも見るので……その、声かけてみようかと思いまして」
「あ……ああ、そう……なんだ」
そこで僕と大月さんの会話が止まってしまう。
声かけてみたはいいものの、次の言葉が出てこない。
大月さんの男性の好みを知りたいがそれをいきなり聞くわけにはいかない。
でもそこに行き着くまでにどう話をすればいいか分からなかった。僕はバカだ。どうしたらものかと思っていると大月さんが体育館に目を向けた。
「え、えーと小暮くんって確かバスケ部だったよね。朝練だったのかな」
話題をひねり出してくれたのは大月さんだった。この人、良い人だ!
「あ、うん。大したことはしてないんですけど……あはは」
会話が終わる。いや、下手くそすぎか!
相手が部活というキーワードを出してきたならこちらから出すしかない。
「大月さんは園芸部ですよね。ここで野菜も作ってるんですか?」
ここには花壇だけでなく畑もあるのを知っている。大月さんはうんと頷いた。
「出来た野菜ってどうしてるんですか?」
「部員で持って帰ることが多いけど、余っちゃうからその時は食堂に御裾わけだね」
「園芸部が育てた野菜を使った料理がメニューにラインナップされてましたね」
「結構美味しく出来たんだよ。特に今年出来たキャベツはソテーにするととても甘くて美味しいんだから」
「へぇ。もしかして大月さんは料理が好きだったりするんですか」
「うん。料理は大得意だよ。食べ盛りの子もいることだし」
不穏な台詞が聞こえた気もするけど、さすがに子持ちはないと思うので弟か妹って所だろう。
大月さんは料理が趣味。これはいい情報じゃないだろうか。
「じー、小暮くんが喋ってる所……初めて見たかも」
「え」
「そんな喋り方だったんだね。意外でもないけど……意外かも」
「先生にはいつもこの口調で話してますよ。授業も当てられた時はこんな感じですし」
「そうだけど、休み時間で男の子の間で小暮くんが話してるのを見たことないから」
実際その通りだ。獅子を中心とした陽キャグループと一緒にいる時。僕の言葉は相づちと頷きしかない。
「アリサが置物の疑惑を抱いてたよ」
「なんて失礼な」
「ふふ、ごめんなさい」
「それを言うなら大月さんだってほとんど喋ってるのを見たことないですよ」
「それは……。だってアリサに比べたらわたしは……」
大月さんは少し顔を伏せ、同時に始業の予鈴が鳴る。
「いけない、片付けて教室に戻らないと! 小暮くんには悪いけど」
「こっちもごめんなさい! あの大月さん」
「なぁに」
急いでいながらも声かけには応じてくれる大月さん。彼女はとても良い人なんだろうと思う。
「また……声をかけてもいいですか?」
大月さんは目を大きく開かせて、若干戸惑ったが頷いた。
「うん、またね」
小柄な手を僕に振ってくれる様子に可愛らしさを感じる。
短い時間だったけど思ったよりしっかり話せた気がするぞ。これは大きな一歩じゃなかろうか。