28 二人きりの夜②
さて、何を作るかな。大体の食材はあるから何でも作れる。
できれば体が温まるものがいい。ジャガイモ、ニンジン、牛肉、タマネギ、エトセトラ。
『雫の作るカレーが大好き!』
カレールーもある。なら作るしかない。
オープンキッチンの良い所は料理をしながら会話が出来るって所にある。
別にオープンじゃなくてもできるんだけど……対面でお話できるのは強みだ。
食材に手をつけようとした瞬間、ドガンと強い雷鳴の音が聞こえた。結構近い。
その際、朝比奈さんがびくりと反応する。
何か気を紛らわせる方法がないかって探したらキッチンにミュージックというボタンが備わっていた。ボタンを押すと電波が繋がる音がして、部屋の中に音楽が流れ始めた。
すっげー設備。ワンボタンでBluetooth繋がるようになってんのかな。これで雷の音がかき消せるといいけど。
「ねぇ小暮くん。どうして来てくれたの? あ、ごめん。来てくれたのは凄く嬉しくて……」
「そうですね。いろいろありますけど一番は自分のためですね」
「え? 自分のため?」
「朝比奈さんからの電話が滅茶苦茶気になったんですよね。僕は気になり出したら止まらなくなるタイプで。この後ひよりを愛でるつもりだったんですが気になって仕方なくてこんな精神状態で天使に触れるのは失礼だって思ってここに来ました」
「ええ……」
「だから玄関で追い返されても良かったんです。そしたらすっきりして心置きなくひよりを愛でられたので」
「でもこの雨の中よく来られたね」
雨って言ってもこのレベルなら合羽着れば問題なく移動できる。
スーパーの特売日とか雨でも自転車で全力疾走するからそんな恐怖感はない。
あはは、昔、ストーカー女にナイフ突き付けられた恐怖に比べたらどんな状況でも動じなくなるもんだよ。
「高い、暗い、オバケだけじゃなくて雷まで怖いなんて……恐怖症多過ぎじゃないですか」
「うぅ……子供の頃、いろいろあってそれから全然ダメになったの」
「雷なんてよく鳴るものでしょう? いつもはどうしてたんですか」
「雫が側にいてくれたの。優しく手を握ってくれて、一緒のベッドで寝てくれて」
その光景、いい匂いがするんだろうなと思ったけどさすがに口には出せない。
「でも私は……雫を傷つけた」
朝比奈さんの瞳から小さな涙がこぼれ落ちる。僕に助けを呼ぶ時点で大月さんと何かあったに違いないと思っていた。ちょうどカレーが出来上がったので炊飯器のご飯をよそい、カレーをかける。そのまま器を朝比奈さんのテーブルに置いた。
「冷めない内にどうぞ」
「うん。あ、美味しい……全然辛くない」
「ちゃんと甘口カレーにしていますからね。お腹いっぱい食べてください」
空腹だったのかどんどん食べていく。食欲があるならすぐに元気になるだろう。だけど雨に濡れたままかなりの時間放置していたから……この後がちょっと怖いな。
「もし良ければ……事情を話してもらえませんか? どうしても嫌であれば無理に聞きませんけど」
「うん。小暮くんにも関係あるしあなたにも謝らないといけないから」
「僕にも?」
朝比奈さんは一度カレーのスプーンを置いた。
「前も言った通り私は雫と心。三人は幼馴染だった。家も近所で幼稚園からの付き合いで私達はすごく仲が良かった。正直他の友達なんていらないくらい。三人いればいいって思ってた」
そこまでは僕も知っている。本当に仲の良い幼馴染がいるとそう思うよね。
「でもね。私に兄がいて……それがこの関係をおかしくしちゃった」
「朝比奈さんのお兄さんかぁ。お兄さんってよく似ているんですか?」
「性格は結構違うけど、見た目はそっくりかな。一つしか違わないし、よく双子って言われたわ」
このルックスの男版か。そりゃめちゃくちゃイケメンなんだろうなぁ。
「初めに兄を好きになったのが雫だった。私も心も分かるくらい幼少期から雫は兄に想いを寄せていた」
「なるほど、大月さんには好きな人がいたんですね」
「雫のことが好きなわりにあんまり動揺してないわね」
「ま、ま、まぁ。好きな人は誰にだっていると思いますし、付き合ってるわけではないんでしょ。だったら仕方ないですよ!」
危ない。大月さんに好意がないことがバレる所だった。
「雫も高望みと思っていたみたいで兄にアタックはしなかった。私はそんなことないと思って結構兄に推したんだけどね。でも兄は雫の想いに気づいていなかった」
「お兄さんからすれば皆さんは妹みたいなもの……だったのかもしれませんね」
「そうね。実際そうだと思う。でも私達が高校生になって全てが変わった。心が兄と同じ競技のスポーツ強豪校にいってから」
「なるほど……つまり」
「ええ、兄も心も水泳をやっていたから急接近。心は高校生になって急成長したから……もう妹には見えないわね」
リアルでそういう話を聞くとなかなか難しいなと思う。水原心さんも大月さんの気持ちは知ってたんだろうけどね。水原さんからなのか、お兄さんからなのかはこの際大きな問題じゃない。
「朝比奈さんは二人が恋人になったことを知ってしまった。そしてそれを大月さんには伝えなかった」
「雫が悲しむと思ったの……。それ以上に雫の想いを知っていたのに心が奪ったみたいに思えてその事実を雫に知られたくなかったの」
「正直に話せば大月さんは分かってくれたと思いますけど」
「多分そうだと思う。でも私は言えなかった、言ってもし三人の関係がボロボロになったらと思ったら私は言えなかった」
「朝比奈さんにとっての一番は三人の幼馴染が笑い合って過ごすこと……そういうことなんですね」
すぐに言えば良かったことも時間が経てば経つほど言い出せなくなる。ついた傷がどんどん広がっていくのと似ている。僕だって言い出せないこといっぱいあるから、強くは言えない。
「だから私は雫が他の人を好きになれば、兄への想いが薄ればバレたとしても三人の絆に傷がつかないんじゃないかって」
「なるほど、それで僕ですか」
「ごめんなさい!」
朝比奈さんは強く頭を下げる。
「あなたの気持ちを利用してた。本当にごめんなさい!」
「謝らないでいいですよ」
「えっ……」
「親友のためだったんでしょ。利用してたとして今、僕は不都合を感じていませんし、そこまで謝る必要ないですよ」
「小暮くん……優しすぎるよ」
そもそも謝らないで欲しい。僕も嘘をついてるのに言えていないんだから。
お互い様ってことで真実を告げたいけど、朝比奈さんが弱っている今にそれは言いづらいし、僕も割と詰んでいる気がする。