24 僕と天使とポンコツ美少女⑥
僕達を姉弟と思い込むスタッフも悪乗りしている。これ、クレームもんだろ!
「いいぞ~弟、いいとこ見せろ!」
「あんな姉ちゃん欲しかったなぁ、羨ましい!」
「がんばれー!」
観客も悪乗りし始めた。これだったらまだカップルの方がマシだったかもしれない。
どうしようか悩んでいるとその時。
「にーにー! おねーさんをだっこ!」
愛しのひよりの声が聞こえる。そして朝比奈さんが僕に近づいた。
「私は大丈夫だから。いい雰囲気のまま終わろう」
「いいんですか?」
「……恥ずかしいけど。まぁ……小暮くんなら」
頬を赤く染める朝比奈さんの姿に僕もドキドキしてしまう。彼女が決意しているのであれば、僕も応じなければならない。小さく謝って、朝比奈さんの背中と膝に腕をまわす。
「よっと……!」
まさかこんなことになるなんて……。誰もが羨む美貌の持ち主の朝比奈アリサを抱っこする日が来るなんて。何か恥ずかしくて顔を見れない。
「お姉さんもそのままだと弟さんが疲れるのでしっかり抱きついてください」
「は、はい」
おわぁ! 朝比奈さんが正面から抱きついてくる。柔らかい物が胸に押しつけられる。絶対朝比奈さんの顔見たらやばい。耐えられなくなる……。
「は、恥ずかしい」
「僕もです……」
「後で写真をお撮りしますのでしばらくそのままでお願いします」
「まじっすか!」
そのままあっと言う間に大団円となってしまった。この間僕は朝比奈さんをずっと抱っこし続けている。顔を背けている朝比奈さんに声をかけてみる。
「あの朝比奈さん、気分悪くないです?」
「なんとか、それに何か慣れてきたわ」
「うへぇ」
「あんまり変な所触らないでね。触ったら分かるんだから」
「分かってますよ。ふぅ」
「もしかして……。あの……その……」
朝比奈さんは何だか言い淀む。バランスを崩しそうになったので少しだけ持ち上げて、体勢を立て直す。
「さっきからしんどそうだけど私って重い?」
「いや、その体型の割に軽いと思いますが」
「……っ!」
「いてててて、なんでほっぺ引っ張る!」
思いっきり頬を引っ張られて痛い想いをする。重いって言うのは失礼だから軽いって言ったのに何でか怒られた。
「どうせ私は(体格が)でかいわよ」
「まぁ……(胸部が)でかいですね。ってててっ!」
「ふんだ」
マジで女の子わからん!
スタッフさんがキュアキュアの衣装のひよりを連れてきて、着ぐるみの人達と一緒に写真を撮ることでようやく終わりとなった。
朝比奈さんを地上に降ろし、お互い顔を見合わせて……今日あったことは忘れようって感じで乾いた笑いをし合う。
思ったより大変な目に遭ったキュアキュアショーも終わり、少し売店などでお土産を見ていたら時刻は夕方になりかけていた。
「今晩は雨が降るみたいですし、あと一個乗ったら帰りましょうか」
「そうね。ひよりちゃんは何に乗りたい」
「観覧車!」
確かに最後のアトラクションに相応しいと思う。しかし、観覧車はジェットコースターよりも高い所まで上がる。さすがに高所が苦手な朝比奈さんも……。
「私、観覧車は問題ないわ」
「高い所ですよ!」
「ええ、そうね。でも観覧車は足がつくから」
朝比奈さんはひよりの手を掴む。
「行きましょう。早くしないと日が暮れるわ」
プラチナブロンドの髪を靡かせて、朝比奈アリサは観覧車に向けて進んで行く。
そんな自信に満ちた姿を朝に見たかったなって思う。
何言ってんだこの人って思うくらい僕はもうこの人を知ってしまったのかもしれない。
観覧車に乗って席へ座る。
ひよりと朝比奈さんが横並びに、向かいに僕が乗ることになった。
ガタンと音がしてゆっくりとゴンドラが上がっていく。
ちょうど夕日が良い感じに見える時間で高い所から見ると良い光景だ。
「あらら」
朝比奈さんの声に視線を戻すとひよりがうつらうつらしている所が見えた。
「ショーで跳び跳ねていましたし疲れちゃったんですね」
「ふふふ、可愛い。下に降りるまで寝かせてあげましょうか」
朝比奈さんはゆっくりとひよりを抱き抱える。優しい手つきでとても安心して預けられる。
「朝比奈さんのおかげでひよりも楽しめたと思います、ありがとうございます」
「うん。私もすごく楽しかった。ひよりちゃんを本当に妹にしたいって思ったもん。ちょーだい」
「あはは。絶対渡しませんからね」
このあたりは冗談として僕自身も楽しかった。獅子以外のそれも女の子とこうやって遊ぶことも一度もなかったから。そういう意味では。
「大月さんも来られたら良かったんですけどね」
「そうね。小暮くんはそれが目的だったもんね」
「まぁそれもありますけど……ホラーワールドやジェットコースターでもっと落ち着けたんじゃないかなって思うんです。僕は所詮、男ですから」
朝比奈さんの親友が側にいれば怖い想いをしなくてすんだんじゃないかって思う。
もちろん選択肢したのは朝比奈さんだから僕に落ち度があるわけじゃないけど……、より良い方法を選択してあげたかった。
「ところで大月さんの風邪はもう大丈夫なんですか?」
「うん、熱は下がったからもう動けるって」
「良かった……」
「へぇ、そんなに雫のことが好きなんだねぇ。いい顔見ちゃった」
「いや、別に大月さんがどうとかないですよ、本当に」
「照れてる?」
「照れてません」
「じゃあ……私が熱とか出しても心配してくれるのかな」
「しますよ。当たり前じゃないですか」
「へっ」
予想もしてなかったのか朝比奈さんは呆けた声を出す。
そもそも僕はそんなに薄情な人間ではない。
まったく知らない人ならともかく、朝比奈さんも大月さんも正直獅子の次くらいには話をしている人なので何かあったら心配するのは当然だ。
「朝比奈さんに何かあったらそこで嬉しそうに寝ているひよりが悲しみますからね」
「ああ、そういうこと。小暮くんってシスコン極まれりね」
「大月さんが何とかしちゃうかもですけど、本当に困ったことがあったら言ってください。僕で出来る事だったら助けになりますから」
「……。ええ、その時はお願いするわ」
そうして僕と朝比奈さんは無言の時間が続く。乗ってるゴンドラは下り始めていた。もう少しで終わりを向かえる。
「今、思うと朝、ちょっと恥ずかしいマネしてたよね、私」
「ちょっとじゃなくてだいぶです」
「ぎりっ」
美女の睨み! 僕は軽く悲鳴をあげた。
「でもありがとう、混乱した私を見捨てないでくれて。ひよりちゃん目的だったけど、小暮くんと一緒に遊べてよかったわ」
夕日に照らされた朝比奈さんの笑顔はとても綺麗で……、彼女に恋をしていなかったとしても思わず照れてしまうくらい輝かしかった。
「あれ、小暮くん照れてる?」
「照れてません」
「ふふっ、私も男の子と接する練習にもなったし、良かったわ」
「じゃあ……次は他の男子と一緒に来て、わーわーわめいて抱きついてくださいね」
「もうしないわよ! ふん、あんな醜態を誰にも見せないんだから」
大口を叩いたな。本当に大丈夫かな。ちょっとだけいたずら心が芽生えた僕はゴンドラの手すりを掴んで、思いっきり揺らした。
ガトンと音がして、ゴンドラは揺れる。
「ちょ、ちょ、何するの! 揺れるのはダメなの!」
「大丈夫って言ってたじゃないですかぁ、ほれほれ」
「ひゃあああ、バカバカ! やぁだぁ!」
綺麗な朝比奈さんも素敵だけど、涙目で怖がる朝比奈さんもいいなぁと思う。
あとでぶん殴られるかもだけど……まぁこれっきりだからいいだろう。
ふざける僕にわめく朝比奈さん。
夕日が沈み、ゆっくりとゴンドラはゴールに向かい進んで行く。
「ふわぁ……にーにー。おねーさんどうしたの?」
ひよりが目を覚ましたタイミングと係員の声が重なった時……今日のお遊びは終わりを迎えるのであった。
この後、朝比奈さんにとっても怒られた。