02 親友の好きな人
授業のチャイムに救われた僕はいつも通りの学校生活を送る。
学校生活が終われば家に帰って自室のベッドの上でのんびりする。
ここからは一人きりのフリータイム……とはならない。
なぜならすぐに隣の家の部屋の窓ががたっと音がして、屋根を伝う足音が聞こえ始めるからだ。
泥棒なんて思うかもしれないけど、そんなことはありえない。何度も言うがこれもいつものことだった。僕の部屋の窓ががらっと開けられる。
「入るぜ」
現れたのは平沢獅子。
僕の同級生で幼馴染。獅子は毎日僕の部屋へやってくる。
休み時間に僕の席に来るのと同じ感覚でやってくるのだ。
幼馴染である平沢獅子との付き合いは本当に物心つく前から。
家が隣で家族ぐるみで仲良しでお互いの部屋を屋根と窓を伝って行くことができる。
「なぁ、涼真」
「言ってた漫画なら本棚にあるよ」
「それよりさ……くんくん。この匂いやっぱカレーだよな! 食わせてくれ!」
「晩ご飯食べたんじゃないの」
「涼真のカレーはデザート! 別腹、別腹」
思春期で体育会系の部活をやっている僕達の胃袋はある意味無限大だ。
趣味の一つに料理を掲げている僕は共働きの両親に代わって晩ご飯を作ることが多い。
その中で獅子に好まれているのがカレーライス。別段、特殊な作り方はしていない。
ルーも市販品だし。どうも獅子は僕の作る甘口カレーが好みのようだ。
「俺の分も用意してんだろ?」
「まぁ、いつものことだしね」
「ヒュー! さっすが涼真! 漫画読んで待ってるわ」
獅子は本棚から目当ての本を抜き取り僕のベッドに寝転んだ。
このまま漫画に熱中すること五割、寝落ちすること五割なんだけど獅子が熱中してるところを後目に僕は一階のキッチンへ行った。
すぐに大鍋のカレーを温め直して、事前に用意しておいた獅子用の器にご飯を盛っておく。
キッチン近くの部屋の扉が開く。
「にーにー」
「お!」
そこには天使がいた。
目をこすって小さなお口で欠伸をする血の繋がった僕の妹。
てててっと小走りで近づいてきた。
「どうしたのひより」
「ん、にーにーのカレーの匂いがしたから目が覚めたの」
「あぁ、起こしちゃったかごめんね」
五才になったばかりのひよりを二十時くらいには寝かせたんだけど……起きてしまったようだ。
うん、やっぱり年離れた妹は贔屓目なしでめちゃくちゃかわいい。えへへと笑う所がたまらなくかわいい。
「れおも来てるの?」
「ああ、いつもどおりね」
ひよりは階段を上がっていき、僕の部屋へと突入する。
「れおー」
「お、ひよりじゃねーか」
部屋に入ったらさっそくひよりが獅子の正面から抱きついていた。
年上の近所のお兄さん扱いで妹は獅子に相当懐いている。
「れおはいつひーと結婚してくれるの」
「俺が結婚できなかったら頼もうかな」
「分かったぁ!」
「ダメだよ」
聞き捨てならない言葉に僕は話を切る。
「ひよりが二十歳になった時、獅子は三十一じゃないか。そんなおじさんの介護を僕は認めない」
「涼真ってマジでひよりのことになると鬼畜だよな。シスコン」
妹には是非とも幸せになって欲しいからね。
いくら獅子がいい奴だって分かっていても年の差の壁を許すわけにはいかない。
「ひより、部屋に戻りなさい。父さんも母さんももうすぐ帰ってくるから」
「はーい」
ひよりを部屋から出し、持ってきたカレーを獅子に渡した。
「おお~! 良い匂い!」
「ちゃんとチーズも入れておいたよ」
「さっすが! 俺、涼真が女だったらぜってぇ彼女にするわ」
正直世話を焼きすぎなんだろうなと思っている。
僕か獅子が女の子だったらいろんなラブロマンスが生まれたのかもしれない。
でもあいにく僕と獅子の関係はどこまで行っても男友達に過ぎない。
だが僕は正直それでいいと思っている。
クラスカースト最上位。
学校で最も人気のある獅子が僕を親友と言ってくれることがこの上なく嬉しかった。
きっとこれからも獅子とはこんな感じで過ごすのだろう。そう思っていた。思い込んでいたんだ。
それは獅子が僕のカレーを半分ほど食べた時の話だった。
「なぁ涼真」
「おかわり? ってまだだいぶ残ってるじゃないか」
「俺さ涼真に相談したいことがあるんだ」
「ふーん、なに?」
幼馴染の僕達の会話はおふざけと戯れが大半だ。
相談といってもまともな相談だったことは一つとしてない。
だから今回もどうせ明日の宿題やってないとか、大事なプリントを学校に忘れたとかそんなんだろう。
「俺さ、好きな子が出来たっぽい」
「へぇ、そうなんだ。獅子ってさ。小学校の頃から女の子にモテモテですごく告白されたじゃないか。でも恋とかよくわかんねぇとか言って全部断ってさ。そんな獅子に好きな人なんて……。え? マジ?」
「……うん」
「……えぇぇえええええ!?」
恐らくここまで驚けるのは世界でも僕ぐらいなものだろう。
それくらい獅子は恋愛事に関して興味を持っていなかった。
小、中とたくさんの女の子からの好意に興味を示してなくて、高校入ってからの告白もバスケ一筋で断り続けていた。
一部の層から女子より僕の方を好きなんじゃと勘違いされるほど獅子は恋を知らなかった。
「ずっとその子が頭から離れないんだよ」
「そ、そうなんだ。いや……びっくりだよ」
「俺……どうしたらいいんだろ」
獅子ほどの男子が告白したらどんな女の子でも手に入るような気がする。
難しいのは獅子と同レベルの女子くらいなものか。
胸にこみ上げているのか獅子は半分残ってるカレーの器を床に置き、恋慕の情を露わにした。
まさか大食いの獅子がカレー食べ切らないなんて。その子が本当に好きなのかと感じる。
「それで誰が好きなの? 僕に相談するってことは教えてくれるんだよね」
「ああ、こんなこと親友の涼真にしか言えねーよ」
イケメンで有能な獅子が何のとりえもない僕を頼る。
いつものことではあるけどその嬉しさに助けてあげたい気持ちになってくる。
しっかりと聞くため僕は耳を傾ける。
「今日も話してドキってしてさ。多分マジで好きなんだと思う」
「今日、獅子が話したってことはもしかしてあの女子グループの中にいたりする?」
獅子は頷いた。
マジか……。となるとまず上げられるのが獅子に恋心を抱いているギャルの的場さんと三好さんか。
もし獅子があの二人のどちらかに好意があるなら両想いで一発完了だ。
「もしかして的場さんか三好さんだったりする?」
「何でそいつらなんだよ。まったく興味ねーし」
やはり違うか。
それにしても獅子の奴、あの二人が好意を抱いていることに気づいてないっぽい。
モテる男は選びたい放題だなぁ。
あの二人だって外見はすごく良いのに。
そうなるとやはり学校一の人気を誇る女の子の朝比奈さんってことになる。
「そうなるといくら獅子でも難しいかもね」
「だよなぁ。笑うとめっちゃ可愛くて、絶対性格良いと思うんだ」
まったく失礼だと思ったけど、獅子の想い人と朝比奈さんが重ならなかった。
いや朝比奈さんってすっごく可愛いんだけど、性格良いかな?
男子にめちゃくちゃきついイメージあるし、正直僕は苦手意識がある。僕は恐る恐る獅子に聞いた。
「獅子の好きな人って朝比奈さんだよね?」
「はぁ?」
獅子から帰ってきた声は明らかに苛立った言葉だった。
「全然ちげーよ。朝比奈とかぜってぇ性格悪いだろ。俺、あいつと相性悪いと思うし」
露骨に嫌悪の言葉を出す。まぁ正直……獅子と朝比奈さんが仲良しのイメージはまったくなかった。ん……? ってことは獅子が好きな女の子って誰だ。全然分からん。
「ほらっ……そのあの子」
分からない僕に痺れを切らしたのか獅子は照れながらも言う。
「朝比奈といつも一緒にいる小さい子」
そこで僕を思い出した。
女子グループは四人いて、リーダー格の朝比奈さんにギャルっぽい口調と容姿で目立つ的場さんと三好さん。
残り一人はそう。いつも朝比奈さんの後ろで縮こまって微笑んでいる地味な女の子。印象が薄いけど覚えている。その子は!
「大月さんか!」
作は書籍も決まっております。
このままWEB版を読んで頂いても構いませんが、加筆修正しイラストもある書籍版の方がグレードアップしているのでそちらに手を出して頂いても構いません。
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