119 想い交差する文化祭⑤※紬視点
「大月生徒会長代理。君の手腕は見事だったわ。この合同文化祭、私が主導でやるつもりだったのに主導権はずっと君に取られっぱなしだったように思える」
「大げさです。ただ皆が楽しくするためにどうすれば良いか。そう考えただけですよ」
「それでその男の起用というわけね。最初聞いた時は腸が煮えくり返りそうだったわ。昨日も陽菜を泣かせて、記憶が戻ったのかとヒヤヒヤしたものよ」
「陽菜……彼女の様子はどうですか?」
涼真は恐る恐る聞く。
「答える必要は……。今日は安静にして休ませているわ。小暮涼真、あなたに言いたいことがある」
此花会長は涼真をきりっと睨む。
「私は何があってもあなたを許すことはない。陽菜を傷つけて、幸せになろうものなら……って思っていたけど心変わりしたようね。生徒会長として今回の働きは素直に救われたわ」
「そう言って思って頂けたなら頑張った甲斐があります」
「今のあなたがあの時、陽菜の前に現れていたら……いいえ、そんなことを考えるのは無意味ね。今後、此花家はあなたに一切干渉しない。だからあなたももう二度と私達に干渉しないで」
「分かりました。彼女を傷つけた罪の少しでも償えたのなら」
涼真の目的である此花咲夜に認められて、彼女から許される。その目的も達成できたということでいい。
でも何だろう、凄く悲しいよ。だって涼真は何も悪くないんだよ。でもこれで涼真はもう過去の罪に囚われず未来に向かっていくことができる。
それでいい……。はずだった。
「おい、朝比奈」
「分かってるわ。ちょうど関係者だけだし、いいでしょう」
獅子とアリサちゃんが険しい顔で此花生徒会長を見ている。まさか二人は……。そんな二人の様子に涼真も困惑をしていた。
「アリサ、何を」
「涼真の願いはあの子の記憶が戻らないことでしょ。つまり」
アリサちゃんは一歩前に出る。
「この女が真実を知ることは別に構わないってことでしょう」
涼真がその罪を受け入れたのは、此花陽菜の記憶が戻らないようにしたいことが理由だったと思う。記憶が戻った時にショックを受けないようにそのために涼真は被害者でありながら罪を受け入れる選択肢を取ることになった。
わたしも始めはそんなのおかしいと言ったんだけど、結局涼真以外は真実を見たわけじゃないから本当に涼真が悪くないという証明ができない。
「真実、あなたは何を言ってるのかしら」
「涼真は何も悪くない。そもそも罪なんて存在しないの。だからあなたやあなたの妹に遠慮する必要なんてない」
「だが、そこの男は自分で自分が悪いと認めたのよ。それを今更覆すというの?」
「ええ、涼真の語ったことは真実ではないから。それを証明できれば良いという話よ」
アリサちゃんの堂々とした言葉に此花会長も涼真も黙ったままだ。その真実を覆す証拠をアリサちゃんは見つけたというのだろうか。
「涼真の話をまとめると、昔……とある豪雨の日に事件は起こった。巻き込まれた男女は二人。焦点はどちらかがそれに相手を巻き込んだ。そういうことね」
「そうだわ。あの事件で陽菜は記憶を無くし、凄く苦しんでいた」
「外様の私から見てもあの子は楽しそうだったけどね。ミスコンもノリノリだったし。まぁ、そこはいいわ」
その言葉に涼真も此花会長も難しい顔をする。涼真の話だと陽菜ちゃんはすごく人見知りだったらしいし、涼真も驚いたって言ってた。
「だけど記憶をなくしたのに間違いはない。それをその男が引き起こしたのよ!」
「もしその事件を引き起こしたのがあの子だったらあなたはどうするの?」
「なに?」
「もしそうだったら。涼真を事件に巻き込んで、後遺症が残るほどの怪我をさせた事実は。あなたが生徒会長の権力を使って中学の時、のけ者にして涼真の心に深い傷をつけた事実をあなたはどう考えるのよ」
「……。私がそう仕向けた証拠などないわ」
「ふざけんな!」
怒ったのは獅子だ。
「知らなかったとは言わせねぇぞ。俺はずっと涼真の側にいて、涼真を見ていたんだ。明らかにおまえが発信源だろ」
「私はそんな過ちなど犯さない」
此花会長は自分が一番正しいと思っている。独善的でそれを実行する能力はあると思っているけど……。
でもやっぱり涼真にしたことはわたしも許せないと思う。涼真のパイロットの夢、小さい時ずっと語ってくれたこと、今でも覚えてる。再会した時に全てを捨てていたのはすごく悲しかった。
「涼真に話を聞いた時、ずっと疑問点が頭の片隅にあったわ。誰もおかしいと思わなかったのが不思議なくらい」
アリサちゃんは話を続ける。
「涼真はあの子が病院に運ばれた夜、錯乱していることを看護師から聞いたって言ってたよね。つまり、記憶を失う前のあの子の話を聞いた看護師がいるってことよ」
「……そんな看護師など存在しないわ。だからその話も嘘で、証明にはならない」
此花会長はその言葉を吐き捨てる。詳しくは知らないけどこういう情報はカルテに残すと思うので本当に看護師はいなかったんだと思う。
「嘘じゃなかったとしたら? 違うのは話じゃなくて、看護師だったとしたらどうかしら」
「アリサ……どういうこと」
「涼真が会った人は看護師じゃなかったってことよ」
「そんなはずは……!」
「本当に思い出せる? あなただって大きな怪我を負っていたのよ。思い込んでいた可能性はない?」
「それは……」
もし涼真が会っていたのは看護師じゃなくて別の人だったら? それだったら話は変わってくる。
「涼真が入院していた病院に行って、話を聞いてきたわ。最初はプライバシーで教えてくれなかったけど、事情を話したらその患者の家族に連絡を取ってくれたわ。此花陽菜が事件の夜、休んでいた部屋と同室にいた患者の家族にね」
「っ!」
全員の顔が変わる。
「見つけてコンタクト取るの大変だったんだぜ。ほんと」
「そっか。獅子くん、わたしや涼真くん、紬さんの裏でアリサと一緒に動いてたんだね」
雫ちゃんの言葉に獅子が本当に大変そうだったそぶりを見せる。涼真を思う気持ちなら誰にも負けないこの二人が手を合わせたんだ。きっと喧嘩ばっかりだったんだろうけど、頑張って証拠を見つけたんだね。
「その患者の家族が同室で錯乱するあの子に話を聞いたみたいよ。あの子の鬼気迫る様子に驚いて内容を全部メモに残していたらしいわ」
アリサちゃんはスマホを取り出して、そこに書かれているものを読み出した。
「あの日、川辺に落としたリボンを拾うため、不用意に川に近づいた此花陽菜は川に落ちてしまった。友達である小暮涼真に助けを求める電話をして、来てもらった。何とか二人とも助かったけど、小暮涼真は顔に大怪我をしてしまったらしい。目のあたりに怪我をしたらしく自責の念を呟いていた」
その言葉に全員が静まる。それが事実だったら、真実は事実に置き換わることになる。此花会長の目はあきらかに泳いでた。
「そ、そんなの何の証拠にもならない。ねつ造もできる話だ」
「ふざけないで!」
その瞬間、アリサちゃんが思いっきり此花生徒会長の頬を叩いた。
「っ!」
「証拠とかねつ造とかそんな話じゃない! あなたは妹の命の恩人に過剰な敵意を見せていたのよ! 何でそれが間違ってたと思わないの!?」
アリサちゃんは此花生徒会長の胸ぐらを掴んで何を詰め寄る。
「疑うなら此花家で調べてみるといいわ」
「……」
此花会長は何も答えない。
「涼真。真実の証明ができた形になるわね。今までこの女にされたことを涼真は仕返ししてもいいと思う。どうする?」
そんなアリサの言葉に涼真は首を横に振った。
「そうか……。真実を知る人は他にもいたんだね。だったらそれでいいかな。此花先輩に対して、僕は何も仕返しなんて考えていないよ。勘違いしてた僕だって落ち度はあるし」
「……でも!」
アリサちゃんは納得できないのか声を荒くする。
「過去はもういい。僕は未来を生きたいんだ。だからそんな顔をしないでアリサ」
「……うん」
「ありがとう。僕のために頑張ってくれたんだね。本当にアリサは優しくて素敵な人だ」
涼真は前に出て、此花会長の近くまで来る。
「陽菜の記憶が戻って、強く傷つくくらいなら僕は記憶が戻らなくていいと思ってます。その真実を陽菜に伝える必要なんてない。とても辛かったけど……こうやってまた一緒に未来を歩き始めたい人達と出会えた。だからいいんです」
「くっ!」
涼真がそれでいいって言うならいいのかな。アリサちゃんも獅子も納得してない感じだけど涼真がそう言うなら……。
「っ!」
涼真が突然振り返った。
「ごめん、勘違いかもしれないけど……ちょっと待ってて」
涼真が突然、走り始め、体育館から出てしまった。何か予感があったのだろうか。涼真を追いかけようかと思ったけど、アリサちゃんがまた此花会長に詰め寄った。
「で」
「な、何よ」
アリサちゃんのドス利いた声。凄く怒っている。さっき涼真と話していた時はすごく優しさが溢れていたのに。
「涼真があなたを許したとしても、私はあんたを許さないから。親友を傷つけたあんたが憎い。この手でどうにかしてやりたいくらいに」
「何なの、あなたは関係ないでしょ!」
「涼真の前だったから言わなかったけど、メモにはこう書いてあったわ。川に落ちた後、何度も姉に電話をしたのに繋がらなかったってね」
「っ!?」
此花会長の顔が豹変する。
「あんた事件の日、妹と喧嘩したんでしょ」
「つまり、陽菜さんのヘルプの電話に気付かなかった。もしくは」
雫ちゃんが続ける。
「電話に気付いていたけど無視をした」
「うるさい!」
此花会長は大声で叫ぶ。いきなりの激昂にびっくりする。図星だったのかもしれない。
「私は間違っていない。間違ってるはずがないんだ!」
「あんたがすぐに電話に出て、その力で妹をすぐに助けに行っていたら、少なくとも涼真の心が傷つくことはなかったわ。それなのに命の恩人である涼真に責任の全てを押しつけて、本当に最低な女ね」
「私は此花家の正統後継者だ! そんな不始末があってはならない」
此花会長はアリサちゃんに詰め寄る。
「こんな醜態を外部に漏らそうとするなら君達全員此花家の敵となる! 覚えておきなさい!」
「ふーん、此花家ねぇ」
「何がおかしい! 私は……」
アリサちゃんがぼそりと此花会長で呟く。
「此花咲夜。私の本当の名前はね。朝比奈アリサじゃなくて、アリサ・……なの」
「っ!?」
此花会長の顔が青ざめる。
「昔、ウチの家が日本で主催したパーティであんたを見たことあるわ。私の家に此花家がへこへこしていたのを今でも覚えてる。その程度の家の令嬢が何をこんなにえばってるのかずっと分からなかったけど」
「どうして……あなたのような方がこんな日本に……」
「母方の姓を名乗らずに父方の姓を名乗ってるのを察して欲しいわ。おかげで日本ではただの社長令嬢で扱ってもらえた。それに大事な人達と出会えたしね」
アリサちゃんがもう一度念押すように此花会長に強い口調で声を出した。
「あんたが此花家を出すって言うなら。私は自分の家の力を使ってあんたを潰すわ」
「ひっ」
「だから二度と涼真の前に現れないで! 涼真をこれ以上惑わすなぁっ!」
此花会長は項垂れて沈んでしまった。これで決着かな。少なくとももう涼真が何か言われるってことはなくなったと言っていい。全員の活躍でこの結果を勝ち取れたんだ。
アリサちゃんに獅子が近づいてくる。
「おまえ、俺が知ってるくらい世界トップクラスの会社の一族だったのかよ。ただの生意気な社長令嬢と思ってた」
「ウチにもいろいろあるのよ。面倒くさいから黙っててちょうだい。あなたには生意気な社長令嬢って思われていいし」
獅子にはアリサちゃんの本名が聞こえたみたい。世界的な企業っぽいけどわたしには聞こえなかった。多分雫ちゃんは知ってると思う。
「最後の啖呵悪くなかった。やるじゃねぇか、涼真との仲、少しは認めてやってもいいぜ」
「生意気。ま、今回の件。あなたが手伝ってくれたおかげとも言えるわね。私だけじゃ真実の全てを見つけられなかった」
犬猿の中の二人が笑い合う。全ては涼真のため。そういうことだろう。
「あなたのことは嫌いだけど、その心意気だけは認めてあげるわ。……獅子」
「けっ、本当に生意気な女。でもこれから涼真を頼むぜアリサ。俺の一番の親友を助けてやってくれ」
憎まれ口をたたき合いながらも二人は拳を付き合わせ、目的を達した喜びを分かち合った。
お互いを認め合った瞬間なのかも。雫ちゃんが涼真が立ち去った方を見る。
「涼真くん、追いかけた方がいいかな」
「多分大丈夫。決着を付けに行ったんだと思う。最後のね」
アリサちゃんには分かっているようだった。涼真、大丈夫かな。