117 想い交差する文化祭③
「何で? だって涼真は誰とも約束してないんでしょ。雫ちゃんは獅子とまわるって聞いたし、アリサちゃんとはまだ付き合ってないから二人きりでまわるわけにはいかないもんね。だから幼馴染みのわたしが付き合ってあげるよ」
「理由は分かるけど、アリサに告白しといて、他の女の子と見てまわるのって結構クズムーブじゃない?」
「そうだねぇ。この機会だから幼馴染みに乗り換えるとか」
「何言ってんの……。紬だって男子から声かけられてたんじゃ」
「よく知らない人と一緒にまわるのは嫌だったから。幼馴染みとまわるって言って断って逃げてきちゃった」
小悪魔なくせに身持ちは固いんだよなぁ。ほいほい誰にでもついて行っては困るから僕としてはそれでいいんだけど。
「でも二人きりはさすがに……」
「むぅ。そんなに二人が気がかりだったら三人でまわろうよ」
「三人……? いったい誰が」
紬の指し示す先にぎょっとする。扉の影で僕と紬の様子を睨むアリサの姿があったのだ。
「私が一番と言っておきながら、他の女とデート……。浮気者!」
呪い殺せそうなほど闇のオーラを感じる。
「じゃあアリサちゃんも一緒に行こっ。三人なら問題ないよね」
そんなわけで僕はアリサと紬と三人で文化祭を満喫することになった。幼馴染みと恋心を抱いている親友と楽しい文化祭。
だがそれは大きな間違いだった。僕を挟んでアリサ、紬という学校二大美少女をはべらかせているこの事実、嫌でも視線は集まる。これはやってしまっただろうか。
「あれ見ろよ。金髪の子ってミスコン勝った子だろ。黒髪の子もめっちゃ可愛いなぁ」
「真ん中の男が羨ましい……」
そんな声がチラホラ。だけど今までと違って釣り合いを攻める声はあまり聞かれなかった。
「真ん中の奴ってあいつだろ。今、すっげー注目集めてる」
「昨日の売り上げトップの出店でメシ作ってた奴、俺も行ったけど大行列だったぜ。でも美味かった」
「あんなこと出来るから女子にもモテるんだろーな」
「小暮くん~。君が手伝ってくれたおかげで部活主催の出品も出来たよ、ありがと~!」
「トラブル解決してくれて助かった! ウチにも寄ってくれよな」
「いろいろ助けてくれてありがと~!」
「涼真、いろんな人から褒められてるね」
紬に言われ何だか照れくさく感じる。
「当然よ。命削ってたんだから。でも昨日は本当に大変だったわ。人気の飲食店ってあんなに大変なのね」
「アリサちゃん目的も多かったと思うよ。最初は涼真と雫ちゃんの中華料理目当てだったけど男子のリピート凄かったもん。」
「それはあなたが理由かもしれないでしょ。他校の男子は紬目当てだったと思うけど。そもそも、あなた向こうの学校で何してたの。異常に人気じゃなかった?」
「普通にお喋りしただけだよ~」
「女子からは何もなかったわね」
「最初は仲良くしてくれたのに……話してくれなくなったの。普通にお喋りしてただけなのに!」
普通にお喋りしただけで異性に好かれて、同性に嫌われる。僕の幼馴染みはどういう大人になっていくのだろうか……。
まぁいいや。全てはアリサに相応しい人間になるための私情が交じった想いから始まったことだけど、この文化祭、僕にとって本当に忘れられないものになりそうだ。
それから僕達三人は時間が許す限り、文化祭展示を楽しんだ。
お化け屋敷に行った時は本気で怖がって抱きついてくるアリサと怖がったフリして抱きついてくる紬、二人の体の感触に良い想いをさせて頂きました。やっぱり僕って幸運な男なのかも。
「お、小暮来たな。おまえ達の分の弁当を取り置きしてるぜ」
「ありがとう助かるよ」
生徒会長代理の特権で校庭で店を構えさせてくれた僕のクラス。
二日連続の販売はさすがに無理なので今日の営業はお休みとなっている。
そして昨日はまともにご飯を食べれなかった僕らのクラスは残った材料で作ったお弁当をお礼にみんなに渡すことになったのだ。こう見えて今日僕と雫さんは結構早起きして作っている。
助けてくれたクラスメイト達に愛を込めてね。冷めても美味しい炒飯とシューマイをご賞味あれ。三人で校舎外のベンチに座って、食べていく。
「うーん! 美味しい」
「ほんと! 涼真も雫ちゃんも料理上手だねぇ」
女性陣の評価は上々。やはり僕の炒飯は最高だな。このデキ、いっそ料理人になるのもありなんだよなぁ。
でも料理の道は厳しいし……。趣味を仕事にするとしんどいって聞いたことがある。
雫さん特製のシューマイを食べようとした時、二つあるシューマイが二つともひょいと箸で取られる。まさか盗られた!?
「あーん」「どうぞ」
二人の美少女が同時で僕にあーんをしてくるのだ。
「ここはやっぱり幼馴染みだよね」
「何言ってるの……私と涼真は両想いだもん。ね?」
プールに続いてこの状況。間に座らなければ良かったって思う。でも今回選ぶのは当然。
「はむっ」
「宜しい」
「むー! 幼馴染みが負けるなんてぇ」
「幼馴染みは負けるものなのよ」
悔しそうな紬と勝ち誇ったアリサ。ここで紬を選べるほど僕のメンタルは大物ではない。アリサからのあーんを断る必要もないしね。
「……」
寂しそうな顔をする紬。さて……。
「はむっ」
「涼真!?」
紬の箸で掴んでいるシューマイを口にくわえた。美味い。さすが雫さんのシューマイ。悔しいが良い味出している。
「どうして……?」
「言ったでしょ」
まだ口に食べ物がある僕の代わりにアリサが声を上げた。
「涼真の一番は私だけど。二番まで奪う気はないわ。幼馴染みであること奪う気は無いのよ」
もぐもぐ。
そんな話をしてたのか。紬が可愛そうだから食べたけど、アリサも同じで気持ちでいてくれて良かった。
「ありがと~涼真! ずっと幼馴染みだからね」
ぎゅっと抱きついてくる紬、上目遣いで見上げる様を見ると紬も可愛いと感じる。甘え上手というか。こういう所はアリサより上手だなぁ。。
「こらっ! でもあんまりベタベタしないこと! あと涼真も見惚れないの!」
お昼が終わったため、僕達は場所を移動する。ここからが本番だ。僕、というよりは紬にとって本番だと言える。校庭に設営されている屋外会場には昨日と今日で多数の催し物がされていた。
僕とアリサは関係者ということで屋外会場の舞台袖に上がらせてもらう。何の演目かというと。
「チア部行くわよ~!」
「はい!」
チア部の文化祭発表だ。
紬という前の学校でも全国クラスだったエースがチア部に加入したことによって、このチームはかなりの完成度の演技が出来るようになった。
紬とチア部との仲は今までよりはマシ程度ということだが、紬が孤立していることはなさそうだ。
屋外会場の観客席には昨日のミスコンに負けず劣らずの人が集まっている。
この学校ではバスケ部とチア部の人気が急上昇していた。
「本当に凄いわね。私も運動は得意な方だけど、あそこまで身軽じゃないわ」
「宙を舞ってるもんね」
宙返りはお手の物。高所移動も難なく行っている。前、紬にトラブルがあったとき獅子と殴り合いしてたけどその時の動きも三次元チックですごかったっけ。でも何より。
「笑顔がいいよね」
「ええ、そこが紬の良いところね。空気が読めない所とか、余計なこと言わなければもっと同性に好かれるはずなんだけど」
「あははは……」
「心もねぇ。泳いだ後の姿はめちゃくちゃ格好いいのに喋るとイラっとするのよね。あれを直せばもっと人は集まると思うに」
「ま、まぁ幼馴染みは僕らがいる限り大丈夫だよ」
近い性格をしている水原心さんと紬。仲良くなった二人がどんな会話をするのか、ちょっと興味ある。
チア部の演目が終盤となる。ここからは観客向けのお遊び要素のあるダンスがメインになる。今年バズったダンスを踊ったりとみんなの目を引く、演目が続く。
「涼真!」
「おっけー」
チア部全員が戻って来て、一人紬だけがこちらに来る。次は紬のソロステージが予定されていた。
今回は紬の要望である衣装を用意したのだ。僕がここにいるのはそのため。紬がその衣装に着替えて、屋外舞台に立った。
「世界の平和はわたしが守る。魔法少女キュアキュア! 大人バージョン!」
「おおおっ!」
子供アニメだった魔法少女キュアキュアの大人バージョンのアニメが最近放映されておりその衣装を紬が着て踊っているのだ。
まさか大人版が放映されるなんて時代が変わったなって思う。紬にお願いされたときは驚いたけど、いや~楽しかったね。チーパオ作りも大変だったけど、この衣装作りも大変だった。
「何というクオリティ! オトナキュアキュアの繊細なディティールが上手く現れている。いったい誰が作ったんだ。これを作れるのは一級のキュアキュアオタクしかいない!」
どこかのキュアキュアオタクがすごく熱弁してる。さて……。
「紬ちゃんかわいいっ!」
「最高おぉぉ!」
やっぱり衣装を着て踊る紬は可愛い。ひよりを連れてきたかったが今日は連れてこれない日なんだ。録画してるから帰ったら見せてあげたい。
「可愛いわね」
「アリサ?」
「私もあんな衣装を着て踊れば可愛いって言ってもらえるのかしら」
ぼそりと呟いた言葉に僕はもう一つの衣装を取り出した。
「そんなこともあろうかと!」
用意しておきましたと言わんばかりに僕はアリサに衣装を差し出した。
魔法少女キュアキュアは二人バディモノ。二人揃ってこそキュアキュアなのだ。
「もしかして私の分まで作ってたの!?」
「ひよりをアリサの家に連れてきた時、みんなで鑑賞会したの覚えてる?」
文化祭が始まる前、一度はキャンセルとなったひよりのアリサのお家訪問は日を改めてなされることになった。この時は用事のなかった紬も一緒に来て、四人仲良くその日を過ごすことになっていた。
大豪邸に興奮していたひよりをさらに楽しませるために特大スクリーンによるキュアキュアの上映館がなされて、つられて見ていた紬もアリサもキュアキュアの面白さに魅了され、結局全話制覇となったのだ
。
そんな経緯もあってキュアキュアのコスプレをして文化祭で踊りたいという紬の願いを叶えている内にやっぱり衣装は二人分にしなくてはならないということで僕は用意したのだ。
一つは紬用の黒髪少女の衣装。もう一つは金色少女の衣装でアリサにぴったりに合わせてある。今日着れなくても文化祭後二人きりでコスプレ会でもできればと思っていたがアリサが望むなら!
「あんなに忙しそうにしてたのに私の衣装まで用意していた情熱……ちょっと引くかも」
「言い訳はできない」
「でもまぁ。恋人を差し置いて幼馴染みの衣装の方が多いのは気にいらないから許してあげる」
「それは何より!」
まだ時間はある。アリサは仕切りで急いで着替えてみせた。
「どう?」
「おお、凄く可愛いっ! でも」
「でも?」
「一気にセンシティブになった気がする。ちょっとセクシーすぎるな」
「キュアキュアのキャラは胸が大きい子がいないものね」
さすがにガチなコスプレではないので胸の大きさを変化させる準備はしていない。
アリサのコスプレのせいでオトナキュアキュアが一気に大人向けになってしまった気がする。
紬もスタイルは良いから危ない感じになりかけてたんだけど、やっぱりアリサはズバ抜けてるな。
ピュアピュアダンスが終わり、今度は主題歌の歌唱が始まる。ちょうどいいタイミングだ。
「何か緊張してきた。ねぇ涼真、ハグして」
「ここで!? ミスコンでは堂々としてたじゃないか」
「あれは適当でも良かったもの。でも……」
アリサにも不安になることはあるということだ。誰も見ていないことを確認して、そっとアリサを引き寄せた。そのまま綺麗な金色の髪を撫でる。
「頑張れアリサ。ここで見てるから」
「うん、頑張る」
やっぱり可愛いなぁ。早く、正式に恋人同士になってイチャイチャしたい!僕の全力でアリサを甘やかしてあげるんだ。
「さぁ行っておいで」
その声と共にアリサは飛び出していく。
「アリサちゃん!?」
キュアキュアの衣装を着たアリサの姿に紬もびっくりしていた。
「キュアキュアが二人!?」
「あれってミスコンの子だろ!? 可愛い~!」
「ちょっとエロくね? でもいいかも!」
あっという間に場は盛り上がり、二人はキュアキュアの衣装のまま歌唱を始める。
アリサと紬は息もぴったりだ。鑑賞会の時、踊るひよりと楽しむために覚えてたっけ。このまま大好評でステージは終わることになるだろう。スマホを取り出して時計を見る。
さて、そろそろ時間が来てしまったようだ。二人は本気を出して魅せたんだ。僕も魅せるようにしないとな……。踊る二人を置いて、僕は屋外会場から出ることにした。
……行かなければ体育館に。
書籍版はアリサと紬のキュアキュアオンステージの挿絵もあります。
すごく良いです!