115 想い交差する文化祭①※咲夜視点
ウチの学校は此花財閥によって作られた新しい学校ではあるが、場所の都合もあって文化祭で騒ぎづらいという懸案事項があった。
そこで私が生徒会長になった暁に他校と合同文化祭を行うことでその問題を解決しようと考えたのだ。
この私、此花咲夜の手腕であれば簡単に他校の文化祭を掌握できる。そう思っていたのに……向こうの学校の三人の生徒によってその掌握は阻まれている。
まず柊紬。
生徒間交換交流として彼女がここにやって来たのだが、自由奔放、天使爛漫な彼女の振るまいに我が校の男子が完全に骨抜きにされてしまった。
見た目の良さは私や妹の陽菜とそう変わらないはずなのに男子受けする言動と振る舞いが恐ろしく、計算でやっているのかと思うほどに羨望を集めていった。
そして同性受けしないそのやり口は女子の不満を生むことになる。そして男女の仲が悪くなり、学校単位で男女の対立が深まった。
私は結局この文化祭期間、男子と女子の仲の平定に奔走することになる。狙ってやっているなら相当な悪女だと思う。
私自身、彼女を注意したかったが文化祭期間中のみの交換交流のため、時が過ぎることで終息を願う選択肢をした。
そして第二は大月雫。生徒会長代理として私と張り合うことができる才女。
初めに調べた所だと何の変哲も無いどこにでもいる少女という印象だったが、やること全てが極めて優秀で向こうの学校を完全に掌握しているようだった。
もしかして柊紬の性格を理解した上で送り込んだのではと思うばかりだ。本人に聞いたらのらりくらり躱されたが。
そしてあの平沢獅子と交際していると聞いている。此花財閥の跡継ぎである私、此花咲夜が恋愛経験を得るための告白を断ったあの男があの平凡な少女と付き合っているのが不思議でならなかったが今となっては分かる気がする。
私の右腕として働かないかという問いに、獅子くんのお嫁さんになるのでっと返したことに閉口してしまったが……。
最後は小暮涼真。
私の最愛の妹である陽菜を傷つけた憎い男。絶対に……絶対に許してはならない男だった。
「会長、これが向こうの学校の実行委員会の活動記録です」
「ええ」
「あっちの学校実行委員会の男子生徒、凄いですよ。両校の悩み事の大半を解決していて、一部で救世主なんて呼ばれてるそうです」
生徒会役員からの報告を受けて、考える。ウチの生徒達。特に男子は柊紬の影響で使い物にならなくなったので文化祭で発生する問題の数々をあの平凡な男が解決していると聞く。
悔しいが両校で一番名前を聞くのはあの男であった。それほどまで影響力を示している。なぜそこまで頑張れる。こんな文化祭で頑張った所で……。
『僕は許されるとは思っていません。だけど罪への償いができればと考えています』
これが償いだというのか。
この学校の生徒会長として認めざるをえないが、此花咲夜としては絶対認めたくない。どんなに頑張ろうと陽菜を傷つけた事実は覆ることはない。陽菜を置いて幸せになろうものならどんな手を使っても不幸に……。
「姉様、いますか」
「陽菜」
生徒会室に入ってきたのは妹の陽菜だ。中学の時に事故に遭い、復学するまでかなり時間がかかった。高校からは此花財閥の目が届く、この学校に通わせていたが……。
「早く文化祭に行きましょう! 私、凄く楽しみです」
あの事件で記憶喪失になってから陽菜性格が大きく変わった。人見知りでインドア派だったのに積極的に人に関わるようになり、今は部活動にも積極的に参加し良い学園生活を送っている。
此花財閥に関わるみんなが言っている。事件のおかげで陽菜はまともな人間になったと。
まともに人と話せず、心が弱くて空想ばかりしていた陽菜の姿はもうどこにもない。
「この前、告白されたんですが。振ってしまいました。何か申し訳ない感じがするんですけど、相手の人にしっくりこなくて……姉様はこんな時どうしていますか?」
記憶を失うまでの陽菜だったらこんな質問絶対出てこなかっただろう。
明るくなり、饒舌になり、友達との雑談を和やかに話し、何かあっても自分で解決できるようになった。
高校に入ってから陽菜に対して構うことが本当に少なくなった。本当に喜ぶべきなのかもしれないが経緯が経緯なだけに喜ぶことはできない。
「姉様はやっぱり記憶を失う前の私の方が良いのですか?」
「そんなことは!」
「姉様くらいですよ。他のみんなは今の方が良いといいます。記憶が無いのは寂しいし、思い出そうとすると頭が痛みますけどね」
「陽菜……」
「記憶を取り戻したらどうなるか分かりませんが、まぁその時はその時と思えばいいんじゃないでしょうか」
もしそんな軽さが記憶を失う前にあったなら、陽菜に対してもっと優しく接することができたのだろうか。私は陽菜を連れ、比較的に大きい相手高の校舎へと向かう。
文化祭全体の視察とウチの生徒達が問題を起こしていないかどうかのチェック。生徒会長である私の票がこの合同文化祭のイベントの結果に繋がる。しっかり見ないといけないな。
「姉様! あそこ、すごい大行列ですよ。行ってみましょう」
「中華飯店……。文化祭では珍しいわね」
外にテントを張って、たくさんの机と椅子が並べられている。まさか校庭の中で店を構えているとは……。こんな場所、よほどの権力者じゃないと確保できない。
「いらっしゃいませ~~!」
私と陽菜が近づくと明るい声が響いてきた。そちらに視線を寄せると今流行のチーパオに身を包んだ黒髪の美少女が現れた。その人物が顔見知りかつ、我が校の生徒達の視線を集めている事を知った。
「あ、此花会長、そして陽菜ちゃんだよね」
黒髪ロングで愛くるしい顔立ちをした少女、柊紬だ。
「柊さんか。もしやこの中華飯店は君のクラスの出し物なのかしら」
「そうですよ~! すっごい繁盛してて大変です。何かすごくじろじろ見られる気がするんですけど、なんでかなぁ」
それはそんな胸元にスリットが入っていて、背中や太ももラインを強調させたチーパオを着てるからではないだろうか。
よく許可が出たものだ。そしてそれを着こなして男子生徒にアピールするこの子の小悪魔性がよく分かる。我が校の男子達が柊紬に首ったけになっていた。
「二人にはわたしのクラスに一票投じて欲しいので特別席を用意します。こちらにどうぞ~!」
柊さん以外は普通のチーパオのようね。男子はチャンパオかしら。平沢獅子だけは他の男子とは違う、煌びやかなチャンパオを着ており女性生徒達の羨望を集めていた。
中学の時に比べて身長も伸び、顔立ちも大人らしくなった。
私の告白を断ったことは今でも根に持っているが、彼を恋人候補に選んだ自分の目に間違いはなかったと感じる。そのまま席に通された。
「こちらがメニューです。どうぞ」
「ああ、ありがとう。っ!」
柊紬を遙かに超えた美貌を持つ、異国の血の入った金色の髪の美少女がそこにいた。
彼女もまた特別なチーパオに身を包んでおり、その色気は柊紬の比ではなかった。しかしどうにも私と陽菜を見る目が厳しい。
「姉様、あの人がこの学校で一番美人だと言われてる……」
「恐らくな。しかし驚いた。こんなどこにでもある学校にこのレベルの美貌の女性がいるとは……」
「今日のミスコン、あの人と競うんでしょうか。楽しみです」
嬉しそうに微笑む陽菜。記憶を失う前の陽菜だったら絶対そんなことは言わなかっただろう。
しかし衣装も非常によく出来ている。プロが作ったのか? ただ胸や腰のスリットを見ると少々露骨な気がするが。
「ぎろっ」
「姉様、何かあの方に睨まれてませんか?」
「さっさと食べて引き上げた方が良いだろう。では注文を頼むわ」
「あなた達に食べるものなんて」
「アリサぁ! 向こうで接客しててね! 笑顔笑顔!」
不愉快なことを言われそうな時、また顔見知りの少女が強引に割り込んできた。その少女が代わりに注文を取ろうとする。
「大月さん! すごく可愛らしい衣装ですね」
「君も他とは違うチーパオを着ているのね」
「そうなんです。うぅ、なんでアリサや紬さんみたいな美少女ならともかくわたしもこんなえっちなチーパオ着せられてるの……」
何だか深い事情がありそうだな。大月さんがメニューを渡してくる。
「メインシェフが作った本格焼飯が当店の一番人気です。是非とも食べて頂ければと思います」
「そうなの」
「あ、ちなみにシューマイもオススメです。一番美味しいのはこっちですから」
そこと無く張り合っているように思える。とりあえずその二つを頼むことにした。
「やっば、この炒飯美味すぎだろ」
「何杯でもいける! おかわり」
「文化祭の売り上げトップ、ここが取るんじゃないか」
どうやらかなり好評のようだ。衣装がやや際どいが、接客もちゃんとこなしてるし、飲食店としても充分のクオリティ。
屋外に店を構えただけあって、かなり力を入れているな。意地でも売り上げトップを取りにいきたいという意思を感じる。
「大月会長代理、メインシェフは誰になるのかしら?」
「彼です」
大月さんの指し示す先、オープンキッチンで大鍋を振るう姿の男を見て、私は怒りがこみ上げる。
「陽菜帰るわよ」
「え、なぜです。姉様」
「おまえとあの男を会わせたくない。何が入ってるか分かったもんじゃない」
「入ってるわけないでしょ」
私の声を遮ったのは金髪の少女だった。私に食ってかかってきた。
「涼真が作った料理はいつも愛情に溢れているのよ! 適当なこと言わないで!」
「っ」
「姉様、その方の言うとおりです。皆さんが美味しいと言ってるのですし、……それに」
陽菜は必死で鍋とお玉を振るうあの男を見る。
「彼の料理が食べてみたい」
「ちっ」
「ちゃんと加熱もしているので安心です。できればお二人には食べて頂きたいです。彼の今を知ってあげてください」
大月さんが二人前の炒飯とシューマイが乗せられた皿を持ってきて、私と陽菜が座る机に並べる。熱々で香辛料が食欲をそそる。陽菜がさっそくスプーンで炒飯を口にする。
「とても美味しいです! 今まで一番と思うくらい! 姉様も早く早く」
本当は食べたくはなかったが、すでに周囲から視線を浴びていて、生徒会長としての威厳もある。これ以上の醜態をさらすわけにはいかなかった。私は炒飯を口にする。
「……悪くない」
「ちっ、何それ。美味しいなら美味しいって」
「アリサはちょっと黙っててね! それだったら良かったです。陽菜さんもお気に召してくれてよかったです」
「はい、凄く美味しかったです。直接お礼を言いたいですけどすごく忙しそうですもんね」
今、この店は大行列となっており皆、忙しくしていた。私達がこの立場でなければ一時間待ちもありえたかもしれない。大月会長代理に諭されては私も食べるしかなかった。
「どうですか? 彼はこの文化祭のためにずっと味の向上を目指していました。だからこそのこの行列です。それは認めてあげてほしいです」
ちらりと見ると両校の生徒達が私がどんな言葉を吐くか期待しているようだった。私と陽菜の存在を知らない人はいない。だから余計なこと言うわけにはいかない。私の心情よりも生徒会長として振る舞わねばならないときがある。
「彼個人としてはともかく、良い店だと思う。クラスとしてよくまとまっていて人気店にする手腕、さすがに大月会長代理だな」
「おお、あの此花会長が認めたぞ!」
「やっぱりここってすごいんだぁ」
「ふぅ、なかなか手強い。まだ今日と明日あります。全て見た上でウチのクラスに高評価をお願いしますね」
「全てを見てからね。陽菜、行くわよ」
「は~い。……」
「陽菜?」
「何でもないです。行きましょう姉様」
忙しくしている中華飯店を後にした。小暮涼真、ちっ、これ以上私の感情を揺さぶらないようにして欲しいものね。