113 僕に出来る全力④
「どなたでしょうか。ああ、もしかして」
あの時とそれほど顔立ちは変わっていない。だけど明るい表情で燐とした佇まいに過去の姿と重ならない。
「昔、知り合いだった方でしょうか。私、中二以前の記憶が無くて……。ああ、その制服、姉様が言っていた合同文化祭を一緒に行う高校の方ですね」
「はい……あなたはもしや此花会長の」
「ええ、私は此花陽菜。会長の妹です。今年の文化祭、すごく楽しみにしていたんです」
雫さんの声かけに笑顔で陽菜は応じて見せた。
「陽菜さん、ずっと文化祭を楽しみにされてたもんね」
「いろんなことにチャレンジしていてすごい」
「せっかく元気になったんだからいろんなことにチャレンジしたいだけですよ」
友達に囲まれて、様々なことにチャレンジする陽菜。本当にあの陽菜なのだろうか。同性の友人もおらず、ただ小説を書き続けたあの陽菜が。
「もしかしてあなたが朝比奈アリサさんですか?」
「え、わたし!?」
問われて紬がびっくりする。
「そちらの高校にびっくりするくらい綺麗な方がいると聞きました。美貌だけでなく全てに秀でている才女とも。あなたも目を引くくらい可愛らしいのでその人と思って」
「ち、違うよ。アリサちゃんはわたしなんか目じゃないくらい美人さんで」
「ふふっ、そうなんですね。私、初日の女子ミスコンに出る予定なのでもし出場してもらえるなら仲良くしたいです。もちろんあなたとも」
和やかな挨拶をして陽菜は友達と一緒に立ち去っていく。
「……」
ちらりと僕を見て、でも覚えているはずもなく校舎に戻ってしまった。あれが陽菜。中二の時よりさらに綺麗になったけど完全に別人じゃないか……。
「あれが涼真の初恋の女の子かぁ」
「あんな大声で呼ぶなんてやっぱり未練あるんじゃないの。浮気者」
「驚いただけだよ。それに浮気はちょっと違うんじゃないかな」
二人の女子に軽く睨まれて、僕は少しだけ後悔する。でも……。もし今の陽菜だったら僕は恋心を抱いただろうか。
「どことなく見た目はアリサちゃんに似てなかった?」
「似てた。髪はロングだし、顔綺麗だし、巨乳だったし。涼真くんの好きが集まってるよね」
「やめて」
僕の性癖を解析するんじゃない。僕はアリサと陽菜を外見で好きになったわけじゃないんだから。この二人に言っても信用できないけど……。帰ってたらさっそく作戦会議をしないといけないな。
「みなさん、お待たせしました」
時はお昼休み。授業が終わり、お昼休みに入ったばかりの頃。クラスメイトが全員教室にいるこのタイミングしかなかった。
みんなが机に弁当箱を出したり、学食へ行くのを制止して教室に止める。学校の文化祭実行委員ということはクラスでも文化祭実行委員というわけで僕と雫さんはクラスの出し物のとりまとめをしなければならない。学校全体の調整にクラスの調整。意外に忙しい。でも隣の子は平然した顔でやりきるんだよなぁ。
「クラスの出し物を決めたいと思います。先日、やりたい案を考えて来てくださいと言いましたがいかがでしょうか」
雫さんのやんわりした声にクラスの一同静まる。部活や学業に忙しいと中々、案が出てこないものである。
さらに部活で出し物を発表する人がいる場合クラスの行事まで手が回らないことも多い。そうなるとなかなか声は上がらないものだ。
それにこのクラスは平沢獅子と朝比奈アリサという二大巨頭がいるので二人を差し置いて意見を出しにくいというのもある。
クラスカーストというのはそういうものだ。
二,三分待って案が出てこないため雫さんは僕の方を向く。
「こうなる予想はついてたので、はい、涼真くん説明して」
何か雫さんの部下みたいにされてる件。雫さんにはだいぶ手伝ってもらっているから仕方ないのは分かるが、一生擦られそうだな。僕は一呼吸置いて、言葉を出す。
「実行委員として一案出そうと思います。やはりこのクラスとして目を引く人気者である獅子やアリ……ごほん、朝比奈さんの二人を推していきたい。そこでオーソドックスではありますが飲食店を考えています」
「つまり獅子やアリサを店子にするってこと? いいんじゃない。紬もいるし、集客見込めるっしょ」
「それなー」
アリサ派閥のギャル二人が推してくれた! 当たり前だが獅子グループとアリサグループには根回し済である。
「確かに」
「この三人だけで勝ち確でしょ」
クラスの中からもざわざわと頷く声が聞こえる。下手な出し物をするよりは効果的なのは皆が思うところなのだろう。まだ一年というのもある。
「俺は構わねぇぜ」
「私も。協力はしたいしね」
この二人がOKを出した以上誰も文句は言えなくなる。
「店子は分かるけどジャンルはどーすんだ。メイド喫茶とか執事喫茶とかは他のクラスでもやるって聞いたぜ」
男子勢から声が上がる。文化祭のお約束といえばメイド喫茶だろう。アリサや紬のメイド姿なんてお金払ってでも見たい客は多いはず。僕はネコミミエロメイドの衣装をすでに経験済みだったりするが。
「確かに。すでにそれらをやりたいって話は実行委員の方にも上がっています。二番煎じは避けたい……。なので僕はこれを提案します」
保温用のドームカバーを載せた大皿をみんなの前に取り出す。
なんだ! って声を浴びながら僕がカバーを開くとそこには黄金色に炒飯の姿があったのだ。四時間目に仕込んでおいたのさ。
授業はどうしたって? 聞くな! 小皿に素早く分けて、みんなに配っていく。みんなはそれを口にして……。
「美味っ!」
「なんだこの炒飯っ!」
「うん、やっぱ涼真の炒飯は最高だな」
獅子にはよく食わせていた僕特製の最高傑作の中華炒飯である。
レシピは伏せるが、この腹が減る昼時にはたまらない味に仕上げていた。
「これは僕が作った炒飯です! なのでこのクラスの出し物は中華飯店にしようと思っています!」
「まじかっ!」
みんなの驚くと共に雫さんが声を上げる。
「飲食店には様々な規定があり、ナマ物関係は特に禁止事項も多いです。ですから中華系は火を入れたものが多いので許可が出やすいのも理由の一つです」
「なるほどな……」
「中華ってことは獅子や朝比奈さん、柊さんは……」
「ええ、男子はチャンパオ。女子はチーパオを用意しようと思っています!」
「平沢くんのチャンパオって見たい!」
「格好いいかも!」
「朝比奈と柊のチーパオ!?」
「そんなの最高すぎるだろ!」
チーパオ系。いわゆるチャイナドレスと呼ばれる衣装は根強い人気がある。料理のクオリティに加えて目玉となるだろう。
「調理班のリーダーは僕がやります。炒飯だけでなく、他の中華料理もマスターしてるので大船に乗った気で任せてください」
「この味なら充分勝てるだろ」
「このクラスで最優秀功労賞取れるんじゃない?」
「でも一人で調理は無理だろ。獅子とか朝比奈がいたら客も来るだろうし」
そんな声ももちろん上がる。僕が全ての調理をこなしていたら時間がいくらあっても足りない。でも僕クラスの料理人がそう何人もいるはずもない。そうなると当然……。
「安心してください。わたしもフォローに入りますから」
雫さんがフォローに入ってくれるなら百人力。充分さばくことは可能だろう。ただ一つ懸念点があるとすれば……。
「わたしも実は用意したんです。シューマイなんですが一人一個食べてください」
なぜか雫さんまで料理を用意していたのだ。シューマイを全員に配っていく。それを食べたクラスメイト達は……。
「なんだこのシュウマイっ! 美味すぎる」
「炒飯に負けてねぇぞ!」
さすが雫さん。やってくれる。自分の実力が僕よりも秀でていることを強調させやがった。
「美味しく食べてくれるなら嬉しいな」
にこりと笑う雫さんの笑みに男子生徒達は黙り込み、赤面する。
「なぁ大月って何か色気あるよな……。よく見りゃ結構可愛いし」
「女子の手料理初めて食べたかも。……好きになりそう」
胃袋を掴んでいく雫さん。アリサや紬のような圧倒的な美貌はなくとも……彼女の良さは徐々にバレてきているのかもしれない。でも。
「ギロッ」
「ひっ!」
「雫に不埒な視線を浴びせてんじゃねーぞ!」
獅子に睨まれたらどうにもなるはずもなく、こうしてクラスの出し物は中華衣装に中華飯店になることに決定した。予定通り、文化祭の出し物も決定し僕と雫さんは廊下を歩く。
「雫さん、頼んでたものって揃ってるかな」
「うん。でも正直やりすぎだと思うよ」
雫さんから資料を受け取る。
「この学校だけじゃなくて相手の学校の困りごとを全て解決するだなんて……身体壊すよ」
この時期、生徒会に寄せられている困り事を二校分引き受けることにした。これをこなすことにより、僕の頑張りをもっと強調させるためだ。人は努力している人間に弱い。僕がミスコンに出場し優勝するにはやはり知名度が必要なのだ。
アリサに告白し、フラれたこと。クラスの出し物でメインシェフをやるだけじゃまだ足りない。
「それにクラスの衣装、涼真くんが作るんでしょ」
「ひよりの衣装を作る技術がこんな形で役立つなんてね」
獅子、アリサ、紬が着る衣装は僕が作ることになっている。他のメンバーはクラス予算で購入する予定だが、この看板役であるこの三人だけは僕が特注でやるつもりだ。
「わたしも手伝えれば良かったんだけど……。服飾はそこまでなんだよね」
「あんだけ凝った料理を作って服まで作れたら鉄人すぎるでしょ」
「涼真くんだって似たようなものでしょ」
「僕は時間があったからね……。好きだったものを全部捨てて、その分をひよりのための衣装作りに心血注いだんだ」
服を作っている間は忘れられた。それを天使なひよりが着ることで新しい何かが生まれたような気がしたんだ。それを今度はアリサや紬、獅子が対象になるだけ。
「雫さんのチーパオを作ろうか?」
「え!? 涼真くんに体のサイズ知られるの嫌なんだけど」
「あはは、アリサや紬との差なんて気にしないから」
「殴るよ」
ガチで殴られそうだったので発育の差のからかいはやめることにした。
「僕に任せてくれれば獅子が好みそうなチーパオにできるけど」
「っ!」
「獅子に可愛いって言われたいでしょ」
「むむむ……。分かった! でもえっちなのは嫌なんだからね」
「分かってるよ」
やっぱりこの子は獅子に弱い。告白をされた方だけど獅子一筋になってるんじゃないかって思う。
「料理のことはわたしがある程度やってあげるから。涼真くんは無理しすぎないようにね」
「……。正直助かってる。雫さん、この作戦に批判的だったのに一番手伝ってくれてるし」
そんな僕の言葉に雫さんはため息をついた。
「別に。……親友を助けてあげるのは普通のことでしょ」
「そっか」
その通りだ。もし逆の立場だったらきっと僕は手を貸したに違いない。
「そのかわりちゃんと可愛い服にしてよね」
「ああ、獅子が見惚れるようなのにして見せるさ」