112 僕に出来る全力③
今日は家事代行も無く、部活もない日だ。早く家に帰って久しぶりひよりを愛でようか。
「ねぇ、りょーま」
「はぁい!?」
僕を涼真と呼ぶのはアリサ、紬、そしてくん付けだが雫さんぐらいだ。
過去を思えば陽菜もそうか。それ以外の女の子から名前を呼ばれることはなかったので大層びっくりした。僕の目の前には碌に話したこともない。女の子二人がいたのだ。でもこの子達はよく知っている。
「三好さん、的場さん」
「ねぇりょーま。今日空いてるっしょ? ちょっと帰りがてらウチらに話聞かせてくんない」
「それなー」
クラスが誇る美人ギャル。朝比奈アリサのグループの子、それがこの三好さんと的場さんだ。
僕とアリサの中ではそこそこ話題になっている子達だったりする。
アリサの派手な格好はこの子達の影響である。
紬のギャル化からの地雷化や雫さんの大人びたの格好もこの子達の影響だったりする。
二人は獅子に好意を抱いてた。今は恋愛抜きにした好意を持っているようだ。
「この前の告白のこと……さ」
この子達はアリサと結びつきも強い。あまり適当な対応はできないだろう。
「分かりました。良いですよ」
「本当に敬語じゃん。ウチらは気にしないのね」
「それなー」
「アリサと約束しましたので……。フラれましたけど、友達なのは変わらないので」
「ふーん」
あの時の嘘告白。できればあんまり問い詰めてもらいたくないんだが。
「それより僕のこと名前で呼ぶんですか?」
「だって他の三人も呼んでんじゃん。だったらウチらも一緒っしょ」
「それなー」
さようで。そんなわけで僕はギャル二人に連れられて、下校途中の道にあるキッチンカーのカフェへ行くことになった。
ギャル二人に囲まれる陰キャ。果たしてオタクに優しいギャルは存在するのか。
「実際のところアリサと付き合ってるんでしょ。あんな嘘告白する意味あったの?」
「それなー」
ぐっ、さすがに分かるよな。実は獅子グループの男子達にも言われた。あっちはまだ慰めの方が多かったけどやっぱり女子は無理だろうな。
「アリサずっとりょーまの話しかしないし。紬と三角関係かと思ったけど……りょーまはアリサしか見てないよね」
「それなー」
「否定はしません……。そうだ、二人には紬とも仲良くしてくれてありがとうございます。幼馴染みとして心配だったので」
話題を変えさせてもらおう。苦肉の策だけど。
「紬は我を出すようになって良くなったねー。話してたら結構面白くて良い子だと思うよ」
「それなー」
それなら良かった。紬に友達が増えるのは良いことだ。
「でも時々たまにイラッとする言動と行動を取るから注意した方がいーよ。めっちゃ嫌われたって聞いて納得しかなかったし」
「それなー」
「ぐっ!」
やはり紬のアレは天性のものなのか。僕から言ったところで治るわけでもないだろうに。
「話付き合ってくれてありがとね~」
「え、もういいんですか」
てっきりもうちょっと問い詰められると思っていたのでびっくりした。
「アリサや雫にも聞いたけど濁されたし、多分事情あるんよね。教えてくれないのは友達としては辛いけど、まー、そういうこともあるよね」
「それなー」
「すいません。その通りです」
「ま、ウチらはアリサが幸せになってくれればいいから何かあったら手伝うし」
「ありがとうございます。助かります」
三好さんも的場さんも凄くいい人だ。ギャル、オタクに優しい! アリサの人望のおかげなのかもしれないな。僕のやろうとしていること協力してくれる人が多ければ多いほど嬉しい。
獅子のグループのみんなにも聞いてみようか。彼らはアリサが好きだったことがあるから悩ましいけど。
「ちょ、お手洗いいくー」
三好さんが少し席を外す。残ったのは的場さんだけとなる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「はい!?」
それなーしか言ってなかった的場さんがちゃんと喋った!? 正直混乱している。
「ウチはさ。今でもアリサとりょーまが両想いなのは解釈違いだと思ってるし、二人は釣り合ってないと思う」
「へ?」
「こんなこと本人の前では言えないけど獅子と雫も合ってないと思う」
この人は何を言ってるんだ。それを僕に言ってどういう……。まさか仲を悪くするためにそんなことを……。ここに来て敵が増えてしまうのか。そんな。
「一番のベストカップルはりょーまと獅子のカップルと思うし」
「は?」
「実は獅子と付き合いたいためにあんな騒ぎ起こしたとか? それだったらウチ、超応援」
「ぜんぜーん違います!」
「ちっ」
まさか。ギャルが腐ってるとは思ってもみなかった。いろいろな人がいるもんだ。
「たっだいまー。みー、りょーまと話したん? もうウチら親友だもんね」
「それなー」
頭痛くなってきた。まぁ……計画に支障はないだろう。
◇◇◇
今日は僕と雫さん、紬の三人でとある場所へ向かうため出掛けていた。この前の相談内容を紬と共有する。
「え〜、わたしも一緒にいたかった! 後で雫ちゃんとアリサちゃんとご飯一緒に食べたんだよね」
「獅子もいたけどね」
「獅子はどうでもいい。わーん、チア部が忙しくて全然みんなと遊べないよ」
僕と獅子の幼馴染み、柊紬。
黒髪ロングで目のぱっちりとした可愛らしい外見の女の子。ぱっと見、とても温和な雰囲気で天真爛漫な性格をしているのでとにかく異性人気が高い。
先日、ちょっとトラブルに巻き込まれたが無事解決し、今は問題なく過ごせているようだ。アリサや雫さんといった友達も増えて、紬の本当の意味での高校生活が始まってる。
「チア部の文化祭の出し物。今準備してるから……もう少し待ってね」
「それはいいんだけど涼真大丈夫なの? クラスの出し物、部活の出し物。あきらかにオーバーワークな気がするけど」
「だからいいんじゃないか」
「その涼真くんの負担を減らすのがわたし達の仕事だから。紬さんにも手伝ってもらうからね」
「うん! わたし文化祭はいつも一人だったの! だからみんなと一緒に活動できるのがすっごく嬉しくて」
僕も雫さんも苦笑いするしかない。
天性の嫌われ素質を持っている紬はとにかく同性からの人気が低かった。男性受けしすぎるこの性格所以なのだが。
「さて、到着したね」
僕達三人が向かうのは文化祭で一緒に企画を行うことになった此花咲夜が生徒会長をやっている学校だ。
文化祭実行委員としての打ち合わせのため此花咲夜に面会の約束となっていた。
「じゃあもうすぐ面会時間だしそろそろ中へ入ろうか」
「あれ、僕達三人だけ? てっきりウチの高校の生徒会長も合流すると思ってた」
相手が生徒会長なのだからこちらも生徒会長を出すのが筋というものだろう。生徒会員が一人もいないじゃないか。そもそも生徒会って誰が所属してるのかまったく知らないけど。
「わたしが生徒会長代理の立場だから大丈夫だよ」
雫さんは言う。
「次期生徒会長候補ってことで全権を委任されたからわたしの裁量で全部決められるよ。良かったね、わたしがいて」
「情報量が多すぎて困惑する」
「雫ちゃんすっごーい!」
何言ってるんだろこの人。その想定はしてなかった。
「今の生徒会長、三年生なんだけど受験勉強に専念したいって言っててね。今の生徒会ってほぼ三年生だから」
「それでなんで雫さんが生徒会長代理になるんだよ」
「生徒会長が獅子くんファンクラブの隊員だから」
納得。学校一の人気者、平沢獅子のファンクラブのトップを努めるのが恋人の大月雫だったりする。
「わたし次の生徒会長も引き受けようと思っててね。そうすればもっと学校を上げて獅子くんを応援できるじゃない。生徒会役員は獅子くんを大好きなメンバーで固めようと思うの」
「少し前までアリサの影に隠れていたのに、いつのまにか学校を牛耳る権力者になってたんだね」
「この立場じゃなきゃ此花さんに面会なんてできないでしょ」
大月雫という女の子の真の実力がバレてきた気がする。紬もすごーいしか言わないし、この危険性を怖いと思うのは僕だけなんだろうな。
「じゃいこうか。前回打ち合わせしてるからそのまま入れると思うよ」
一番小さいのに背中が大きいように感じた.獅子は本当にすげー子を恋人にしたんだなって思う。入場許可をもらって、僕達は学校内へと入っていく。帽子を被って念のため身バレを防ぐ。
「めっちゃ可愛い子いる……」
「此花会長くらい美人じゃない」
校内を歩くと自然に紬の可愛さがバレ始める。
「なんかジロジロ見られるね。なんだろう」
アリサだったら多分素知らぬ顔をするだろう。
アリサは自分が究極に可愛いことに自覚あるし、あの顔にドギマギしてるところを揶揄われるんだよなぁ。紬も自分が可愛いとは思っているだろうが、そこまで自分に自信はないので気づかない。
そこがまた男子ウケするんだよな。
「紬さんやっぱり連れてきて正解だったね」
「アリサがいなければ学校一の美少女といわれてもおかしくないもんな」
「男の人と目が合った時、ニコリと笑うんだよ。絶対天性でしょ。アイドルになれるんじゃないかな」
「本人が望むならね」
ニコリと微笑まれた男子は紬にメロメロになっていた。休みの日とか地雷系ファッションに身を包むが根は真面目なので学業ではちゃんとした格好をしている。
一時期ギャル化してたけど。
生徒会室に到着した。何だか緊張してくる。前に会ったのはブチ切れられた時だったか。だが面会しないと始まらない。逃げるわけにはいかないんだ。
「失礼致します。大月雫です。此花会長」
「ええ、入ってどうぞ」
大月さんを前に、その後を紬と僕で固める。
「ようこそ我が校へ。雫さんもよく来てくれたわね」
「前回はカフェでの打ち合わせでしたからね。初めて御校に来させて頂きましたが素晴らしい環境です。此花会長の働きによるものでしょうか」
「上手いことを言う。さすが次期生徒会長確実と言われるだけはあるわね。そちらの方々は新しい実行委員かな」
「ええ、そのとおりです。事前のお話通り、こちらの柊が御校へ派遣し、繋ぎとなってもらう予定です」
「柊紬といいます。よろしくお願いしますね」
紬はゆっくりと綺麗な仕草で礼をする。
「宜しく頼むわね。でも、あなたの外見が良すぎて、我が校の男子達が浮き足立ちそうね」
「此花先輩ほどでは無いと思いますが、でも精一杯がんばります!」
きゅんと可愛らしい仕草をひとつまみ。
「さて、最後の一人」
雫さんが僕を押し出す。
「我が校の文化祭実行委員会の中心人物です。馬車馬のように腹かせる所存ですので御校でもコキ使って頂けると幸いです」
雫さんめ、とんでもないことを言う。絶対素で言ってるに違いない。僕は帽子を脱ぐ。さて、僕のこと覚えているだろうか。
「雫さんが言うならそれほどの……っ! なぜあなたがそこにいる!?」
「お久しぶりです。此花先輩」
「よくも私の前にのうのうと現れたわね。二度と見せるなと言ったはずよ。今すぐここから」
「それはできません」
言ったのは雫さんだ。
「彼が此花会長と因縁があると聞きました。だから実行委員を辞退しようとしていた所、わたしが引き留めたわけです。彼はこの合同文化祭において無くてはならない存在ですから」
「そんなはずはない! そんな平凡な男、役に立つはずがない。大月会長代理。私はこの男だけは認められない」
「中学時代は平凡だったのかもしれません。だけど我が校では心を入れ替えて彼は必死に頑張ってくれています。此花会長が駄目だと言っても、そのような権利がないのは会長自身が分かっていることでしょう」
「……」
雫さん、すっげー口がまわるな。中学時代、完全無敵だった此花会長がその正論に怯んでいる。まぁ僕の
ことで平静でないからかもしれないが。
「中学時代の僕がやってしまった事実に対して弁明はしません。その罪を償い切れるとは思っていませんが、この文化祭を成功させるために全力でお手伝いしたいと思います」
「さっきも言った通り、御校との直接なやりとりは柊が担当、わたしが責任を取ります。この小暮は基本的に我が校の活動に注力するので此花会長と直接仕事することはないでしょう」
「……それであれば構わないわ。ただ、その代わりその男は出入りを禁止とさせてもらうわ」
「大月生徒会長代理から聞きました。文化祭のミスコンで此花先輩は票を投じていただけると」
「ぎろっ」
僕が喋るとめっちゃ睨みつけてくる。
「前回の打ち合わせでのことわたしは覚えてましたから。確か文化祭で最も活躍した生徒に票を投じる、でしたよね
「それが何だって言うの」
「僕は男子のミスコンに出るつもりでいます。そこであなたから票を頂けることを目標に活動します」
「は!? 私があなたに!? そんなことあるはずない。陽菜を傷つけたあなたなんかに」
「此花会長のような美しく聡明な方からの票は我が校の生徒のモチベーションになります。是非、公平にお願いします」
「ちっ」
すっげー舌打ち。この場でやるか普通。だけど個人的な感情で投票することを封じられた今、此花先輩は生徒会長として公平にしなければならない。
そこで僕を選ぶなら此花家への罪の償いとして最も妥当といえるだろう。ある意味ミスコンに勝つよりも大事かもしれない。ま、ミスコンも勝つけどね!
僕の主目的はあくまでアリサだから。
「それでは今日はこのあたりにして、また決まった内容は共有させていただきます」
「ええ、宜しく頼むわね」
「此花先輩」
この問いかけに先輩の頬がぴくりと動く。本当に嫌われてんなぁ。
「……彼女の記憶はまだ戻ってませんか」
「答える必要なんてない」
この感じだと戻ってなさそうだ。戻っていたら少なくともあんな暴言は吐いてこないだろう。
此花会長と雫さんが追加で打ち合わせをして、生徒会室から出ることになった。もうここに来ることはないか。
校舎から出る。
「雫さんありがとう。雫さんがいなかったら正直どうなってたか」
「此花会長は優秀な方だけどかなり激情型みたいだしね。わたしは冷静に当たり前のことを言っただけだよ」
「雫ちゃん、本当凄かった。生徒会長の器ありだよ!」
「紬さん、ありがと」
うーん、これが以前、アリサの後ろでコンプレックス抱えていた子と一緒とは思えないな……。
獅子と交際して潜在能力が発揮されたというべきか。
成績も急上昇してるって話だし、来年は大月王国が出来てそうだ。
「涼真くん、むかつくこと考えてるでしょ」
「まさかまさか」
「それでわたしはこの学校と繋ぎ役をするって言ってたけど何をすればいいの?」
「紬さんはいつも通りでいいよ。自分の色を存分に出してあげてね」
雫さんがにこりと笑い、紬は頼られる嬉しさに熱意を出していた。
「幼馴染みを悪く言いたくないけど、大丈夫かな。紬の性格考えると……」
「それを狙ってるんだよ。天然の愛嬌で紬さんにメロメロになるこの学校男子達。そうなったら男子ミスコンはウチの学校が勝ったも同然だね。此花先輩もさすがに他校の女子にはきつく言えないから文化祭終わるまで我慢すると思う。例え猛烈に腹が立ったとしても」
この前のギャル達と言い、雫さんの物言いといい。紬は今も天然で地雷を踏みまくっているのか。それで思い出した。
「この前、紬を水原さんと会わせたって聞いたんけどどうだったの?」
「アリサと合わせて四人で遊びにいったんだけど、すごかったよ。お互いにあんなに勘に触る女と会ったの初めてって言ってたからね。
紬もそうだが、アリサと雫さんの幼馴染みの水原心さん。彼女もまた紬と似ており、異性に好かれ、同性に嫌われる性格をしていた。そんな水と油のような二人を合わせてみたらどうなるかという話でもある。
「紬さん、心と今度、二人で遊びにいくんだよね」
「えっ! そうなの!?」
「うん、心ちゃんはね。何というか波長が合うんだぁ。心ちゃんといるとね。こういう所が駄目だったんだって所をありありと見せつけてくれるおかげでみんながわたしを嫌う気持ちが分かったがするの」
どんな波長だよ。
「心ちゃん、すごく腹立つ時あるんだけど気兼ねなく言いたいこと言えるから結構すっとするよ」
気軽に言い合える関係ってことか。
「あ、雫ちゃんもやっぱり一緒に行く?」
「絶対行かない」
どんな感じだったんだろう。すっげー気になる。アリサに今度聞いてみよう。
「でも紬は新しいチア部で上手くやってるんだろ?」
「うん! 今までで一番マシ」
どうしてそんな回答になった。深く聞くのは止めることにした。僕の幼馴染みやばすぎるでしょ。
その時だった。僕達三人の横を通り過ぎる。他校三人の女の子達の存在。その中の一人の顔立ち、容姿に見覚えがあった。
「陽菜っ!」
思わず呼び止めてしまう。その子は振り返った。