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109 恋の始まり、夢の終わり⑤

 陽菜しかいない病室に忍び込む。そこには衰弱してしまい寝たきりになっている陽菜の姿があった。好きな人のそんな姿、痛々しくて見ていられない。


「陽菜、聞こえる?」


 陽菜は首を動かして僕を見る。僕のことは認識しているか分からない。だけど伝えるしかない。


「陽菜、聞いてほしい。記憶を取り戻すことは考えなくていい。そのまま蓋をしてしまうんだ。思い出してもいいことなんて、何一つない」

「……」


「事件の全容を知っているのは僕だけ。だから事実を話すよ。あの日何があったか」


 僕は事前に考えてきたこと表に出すことにした。

 真実とは違う事実。これで陽菜が少しでも元気になるのなら。

 記憶を失った陽菜に恨みを買う可能性だってあった。でも……元気になってくれるならそれでいい。


「あの事件を引き起こしたのは僕だ。君をあの場所に呼び出して、事件を引き起こし、陽菜、君が記憶失うきっかけを作ったのは僕なんだ。だから自己責任と思わなくていい」

「……」

「僕を恨んでくれていい。だから……生きる希望を持ってくれ」


 ***


 次の日、此花咲夜は病室を訪れる。

 生きる希望を無くし日に日に衰弱していく妹に焦ってしまったということもある。

 何とか元気づけてやりたいがそのやり方が分からない。

 妹のことを大切にしていたつもりだったが、妹のことを何一つわかっていなかったと咲夜は悔やむ。

 陽菜の病室に入った時、陽菜はベッドから半身起き上がっていた。


「陽菜!」

「姉様」


 その姉様のトーンは未だ怪しい。記憶を取り戻してはおらず、姉様と言われたから姉様と呼んでいる。そのような他人行儀の言葉に咲夜も心を痛めていた。


「どうしたの。それにご飯も食べたのね。良かった……」


 陽菜はまともに食事を取らなかったのでどんどん衰弱していたのだ。だが今日、朝食を取った様子が見られた。そこで安堵する。


「私が記憶を失った理由思い出したかもしれません」

「なんだと!」


 咲夜は陽菜が事故に遭い、病室に運び込まれてからしか知らない。

 次に会った時すでに陽菜は記憶を失っていたのだ。事情を知っていたのはあの小暮涼真という平凡な男だけだった。だが咲夜は涼真に事情を聞くことだけはどうしてもしたくなかった。

 もし今回の事故が自分と陽菜が喧嘩したことが起因となっていたら……。完全無欠な此花咲夜に傷は些細も許されない。


「私と一緒に事故現場にいたとされる男の子が全ての元凶……みたいです。……だから私は違う道を生きると決めました」


 陽菜は記憶が混濁したような口調をしていた。誰かに聞いたのか、思い出して話しているのかはっきりしていない。

 完全に記憶が戻ったわけではないようだ。しかし咲夜に取ってそれで充分だった。


「……そうか。あの男が陽菜をこんな目に合わせたというのか。絶対許せるはずもない。此花家に傷をつけた所業、絶対許してなるものか」


 全て小暮涼真が悪いのであればその報いを受けなければならない。咲夜は固く誓った。


「陽菜、私がおまえを守ってやる。記憶のことはもう考えなくていい」

「はい、姉様」


 ***


 退院した僕はまず部屋の掃除を行なった。今まで集めた飛行機関係のグッズを全て捨てたのだ。

 父さんや母さん、そして獅子にも心配された。

 でもいいんだ。置いてあると……しんどくなってしまうから。夢を諦めざるをえなくなったこと……すぐには吹っ切れないかもしれない。


 新しい趣味を見つけるまで僕はひよりの子守や家事一般に没頭した。

 ひよりの服を作ったり、裁縫関係にも力を入れた。忙しくしていないとおかしくなってしまいそうだったからだ。


 そして僕は退院して初めて学校へと行く。教室に入った僕はその異様な雰囲気に気づく。


「おい小暮っ」


 あまり話したことのないクラスメイトの男子が強い勢いで声をかけてくる。

 その表情は非常に険しく、僕に対して強い憤りがあるような目をしているがそれだけじゃない。クラス全員が僕に対して同じような目をした。


「此花妹を怪我させたらしいな。学校中で噂になってるぞ。てめぇの所業がなぁ!」

「なっ!」


 確かに僕は陽菜が起こした事件の全てを被ると決めた。でも学校中に噂として広まってるなんて思ってもみなかった。


「聞いた? あいつ、此花さんにストーカー行為してたって」

「うわぁっキモっ。此花さんは美人だもね。図書委員なのを利用して言い寄ってたらしいよ」

「それで記憶喪失になるくらいショックを受けたらしくて、最悪」


 クラスメイトだけじゃない。

 学校中、全ての人間から憎悪の対象を向けられていた。出所を探るとやはり此花先輩だったようだ。陽菜から聞いて、僕への恨みがこのような暴挙に至ったらしい。


 僕が真実を言えば良かったかもしれない。でも僕はそれを言うことができなかった。陽菜が記憶を取り戻し、心を壊してしまう可能性があったからだ。


 そんなことになったら罪を被った意味がない。だから僕は同級生にストーカー行為をして、記憶喪失をさせた男であることを認めた。


「あなたが陽菜をあそこへ呼び出し、陽菜を強く傷つけたと聞いたわ。その話は事実でいいのね」

「はい、その通りです」

「ならば、その償いをしなければならない」

「……」


 ある日、此花先輩に呼び止められる。此花先輩はすでに知っている感じだったが、僕の口か事実を聞こうとしていた。


「陽菜は元気でいますか」

「君が陽菜をそう呼ぶないで! 妹を傷つけた愚か者がっ! その罪を償うといいわ」


「ええ、そうですね。それで陽菜が元気になるなら甘んじて受けいれます」

「ちっ! 加害者が偉そうに。陽菜はもうこの中学には通わせない。この学校で傷つくことはない」


 陽菜はこの学校に来ない。つまりもう陽菜に会うことができなくなる。でもそれでいいのかもしれない。下手に会ってしまうと陽菜は記憶を取り戻してしまう。

 そうなった場合、僕がついた嘘はすぐにバレる。

 目の件に合わせて、さらに陽菜は傷ついてしまう可能性がある。

 ……僕を恨んでいても元気でいてくれるならそれでいい。


「先輩、陽菜をお願いします」

「くっ!」


 怒った此花先輩に殴られて壁に叩きつけられてしまう。痛いが……心の傷に比べたらそう大したことはない。


「もう二度と私と陽菜の前に現れるな!」

 もう会うこともないさ。


 それから僕はとても居心地の悪い学校生活を送ることになる。いじめと同等のことが度々起き、中学三年生になっても、それがおさまることはなかった。

 事件を起こしたことは事実とはいえ、ストーカー行為で陽菜を傷つけていたか。

 そんなことありえないはずなんだけどな。


 ただ陽菜と僕の関係を学内で気づかれないように隠していたことも大きい。

 学年で一番可愛い陽菜と陰キャで平凡な僕が仲良くなるなんて誰も思っていなかったから。

 正直この一年半とてもきつかった。僕自身、いつ不登校になってもおかしくはなかった。

 先生も此花先輩の味方をしてたから僕が悪いと思い込んでたみたいだし。僕がかろうじて学校に通えたのはきっと彼のおかげだろう。


「おい、獅子。小暮とつるむのやめろよ。おまえまで悪く言われるぞ」

「黙れ」


 獅子の険しい顔に同級生達は震えてしまう。


「俺は涼真のことを小さい頃から知っている。あいつが悪いなんて絶対信じねぇ。俺は涼真を信じている。そもそもストーカーって誰も見てねぇだろうが、噂を信じてんじゃねぇよボケっ!」


 獅子の身長はすでに百八十センチ近くあり、中学で最も目立った生徒になっていた。例え腫れ物扱いの僕と一緒でも獅子に被害が行くことは無かった。むしろ腫れ物の僕にも平等で接する良い奴というのに落ち着いたんだ。


 中学三年は獅子と同じクラスだったから。ずっと一緒だった気がする。僕が同級生の進学率が低い高校へ進学することになった時、獅子もその高校を受験すると言い出した。高校はバスケが強かったのが理由と言っていたが多分、僕のことが心配だったんだと思う。


 だから僕は獅子に恩義がある。彼が望むことを全身全霊で成し遂げてあげたいと思う。それが信じてると言ってくれた獅子に報いる理由だと思う。


 でも堪えたのはやっぱり女性関係だろうか。

 此花先輩の女子人気が高かったこともあり、とにかく女子から汚物の如く嫌われた。

 あそこまで嫌われるとやっぱ女子に対して距離を取ってしまうよね。


 陽菜と出会った頃から始まったこの騒動。陽菜とはもう一年以上会えてもいない。

 記憶が戻ったのか、そのままなのかも分からない。パイロットの夢を諦めてから僕自身も別人になったように感じる。

 いつからだったか僕は女子相手だと身構えるようになり、その言葉遣いは常に敬語口調になっていった。

 恋をしてしまったから。陽菜のような美人に恋をしてしまったからこうなってしまった。

 だから恋なんてするのをやめよう。もう二度も同じ経験をしたくはない。


 そして中学を卒業し、高校生となる。一年以上獅子以外に無視される生活を続けたせいか、空気と同化する術を身につけたようだ。獅子以外の誰にも認知されなくなった。


「俺、好きな子ができたっぽい」


 獅子のそんな恋愛相談から始まり、僕の高校生活は始まったと言える。もう恋なんてしない。女性相手は敬語口調で距離を取る。仲良くならなければ問題など起きないのだから。陽菜を傷つけた罪を僕は一生負い続けるんだ。


「小暮くん、ちょっといい?」


 でもそんな僕の覚悟を打ち砕く、とんでもなく可愛い女の子と知り合って、親友となって……今に至る


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