107 恋の始まり、夢の終わり③
空を見上げ、晴天の空に複数の航空機が織り成す曲技を見た時、同時に感嘆の声が出た気がする。同じ感受を共有できる陽菜と一緒に見ることが出来て良かった。心からそう思えた。
「すごく楽しかったです!」
「喜んでもらえて良かったよ。ほんと凄かったなぁ。去年からクオリティ上がってる」
「涼真くんは毎年行ってるんですか?」
「うん。高校入ったらバイトして他の地方の航空ショーを見にいきたいな。そのためにホテル予約したりとかやってみたい」
「いいですね。私も一緒に行きたいです」
「僕はいいけど、陽菜の家は大丈夫なの?」
陽菜ははっと気付いて、沈んだ顔をした。
「絶対許してくれないと思います……」
「普通の家じゃないもんね。でもここだったら日帰りで行けるし、また行こうよ」
「はい! 絶対に一緒に行きましょうね」
そんな輝かしい笑顔の陽菜に僕は本当に嬉しくなるように感じた。航空ショーからの帰り道。一斉に帰るのでどうしても帰路の道は混む。人の波にさらわれてしまいそうだ。
「陽菜、大丈夫?」
「はい……。子供だったら迷子になってしまいそうですね」
陽菜は同世代の中では身長が高い方なのでまだ何とかなっているがそれでも人の数は多い。このままはぐれてしまうのは避けたいな。
「きゃっ!」
「陽菜!」
僕は陽菜の手を取った。
「はぐれちゃうし、駅までこのままでいかない?」
恐る恐る尋ねた言葉に陽菜は強く頷いた。
「嫌だったら……」
「嫌じゃないです。涼真くんと一緒なら」
その強く握られる手を見て僕は陽菜を守らなきゃと強く意識することになった。そのまま手を繋ぎながら駅まで到着、長らく繋いだ手を離した。
「あはは……」
「……」
顔を赤らめる僕達。気持ちは一緒で似たもの同士なのかもしれない。嫌な気持ちは一切ない。ただ恥ずかしくて照れくさいだけだ。
雰囲気を入れ替えたら元通り。電車の中で航空ショーの話題となる。陽菜はショーをモチーフにしたお話を思いついたようだった。その設定を語ってる姿がまた魅力的で、応援したいと思えてくる。最寄り駅につくまで話題がつきることはなかった。
「涼真くん、今日はありがとうございます。すごく楽しかったです。早く家に帰って、書きたい!」
「そんなこと言いつつちょっと書いてたでしょ。フリック入力凄かったよ」
「うぅ、我慢できなくて」
もうちょっとカフェか何かで過ごしたい所だけど、仕方ないか。ん?
「陽菜、手を怪我してるよ!」
陽菜の白い腕が少しだけ腫れていたのだ。
「ショーの時の人混みでぶつかったみたいで……大丈夫ですよ、そんなに痛くないですし」
「ごめん、すぐに気付いてあげられなかった」
「そんな! 私が気を抜いてたせいですから。気にしなくていいですよ」
気を遣ってくれる陽菜の言葉が痛い。もっと早く気付くべきだったのに。
「だったら」
陽菜はトーンを変えて、甘えるような声を出す。
「痛いの痛いのとんでけ~ってしてもらえませんか?」
「え!?」
「涼真くんがそうしてくれたら元気になれる気がします」
「は、恥ずかしいんだけど!」
「その恥ずかしがってる所がいいんじゃないですか」
「陽菜って最近、かなり地を出してるよね」
「涼真くんにだけですから」
そう言われるとめちゃくちゃ照れてくる。学校では陽菜と僕が仲良しなのは誰も知らない。あくまで同じ委員会に所属しているだけなのだ。僕は陽菜の腕を掴んで、フリをする。
「いたいのいたいのとんでけ~」
「頂きました!」
楽しんで頂けたようで何より。これで今日の楽しい一日は終わり。そう思っていた。
「陽菜! 何であなたがこんな所にいるの」
強い口調の声。僕と陽菜は自然とそちらに視線が行く。陽菜と似た顔立ちだが恐ろしく強気の女性が近づいてきた。あれは。
「姉様!」
「陽菜から離れなさい!」
現れたのは姉である此花咲夜先輩だ。陽菜の腕を掴んでいた僕から守るように陽菜を引っ張って引き寄せた。
「痛っ!」
痛めた腕に陽菜は苦痛な表情を浮かべる陽菜の痛めた腕を見て、此花先輩は激昂し、僕の襟を掴み上げた。
「陽菜を傷つけてっ!」
「くっ!」
「姉様、止めてください! 涼真くんは何も悪くありません! 私の不注意なんです」
此花先輩も百七十センチ近くあり、今の僕よりも身長が高い。力も合ってなかなか振りほどけない。泣きそうな顔をする陽菜を見て、舌打ちし此花先輩は手を僕の襟口から外した。
「陽菜、友達と出かけると言っていたから行かせたのに男と出かけるなんてどういうこと」
「涼真くんは友達です。間違ってません」
「男の友達ってあなた……。あなたを誘う男なんて嫌らしい目的しかいない」
無茶苦茶な理論すぎる。僕は横入するように声を上げた。
「陽菜さんと航空ショーに行きました。決して嫌らしい目的ではないですよ」
「あなたに聞いてない!」
こわーい。
「航空ショーだなんて人が多い所に陽菜を連れていくなんて……。陽菜が大勢のいる所を苦手にしてること知らないの!」
「姉様、それは小さい頃の話です!」
陽菜が此花先輩を引っ張ろうとする。
「涼真くんがいてくれたら方全然怖くなかったです。とても楽しかった」
「この男が……」
此花先輩の目は未だ敵のような目で僕を見ていた。
「陽菜に近づくのを止めなさい。この子は此花家の人間なの。あなたのような平凡な男が仲良くしていい相手じゃない」
「姉様、涼真くんに失礼です」
「確かに僕は平凡です」
そこは間違っていない。間違いなく陽菜と釣り合いとれるなんて考えたらダメだろう。でも。
「陽菜と友達であることを否定するのは我慢なりません。僕達は自分の好きなものを尊重し合ってるのですから」
「なんですって!」
「先輩もいつまでも陽菜を子供扱いしないであげてください。陽菜は尊敬できるほど凄い人なんです。僕は陽菜に憧れているんです」
「私に指図するなんて生意気! 何があってもあなたは認めないから。陽菜、帰るわよ」
強く睨み付けられて、此花先輩は立ち去っていく。ここが限度だろう。
「陽菜、僕は大丈夫だから」
「……。ごめんなさい。また連絡しますね」
陽菜は此花先輩を追い、今日の楽しいデートは終わりなってしまう。もうちょっとだけ一緒にいたかったけどなぁ……。
僕はもう完全陽菜に想いを寄せていて、もし上手くいったとしても、あのお姉さんを攻略しないといけないわけだ。
どうしたものか……。なるようになるしかないかなぁ。
その日の夜。ちょっと前から連絡先を交換していた僕は陽菜に連絡を取る。
連絡先自体は元々知っていて時々ラインとかはしていたんだ。陽菜の小説読んですぐ感想を伝えたかったし。
でも今日は通話をしたかった。
「もしもし、涼真くん!」
「大丈夫?」
「はい! いきなり通話したいって言われてびっくりしました」
陽菜の声はとても心地よい。今日あれだけ聞いたというのにまた聞きたくなるんだから恋愛感情ってすごいよなぁ。
だからラインしてる時に思い切って陽菜と通話したいって言ってしまった。
それでも嫌がらず受けてくれる陽菜は本当に優しい子だと思う。でも陽菜にとって僕は友達にすぎない。
「先輩はどうだった?」
「もうカンカンですね。涼真くんと関わるなって言われました。でも」
陽菜の言葉は続く。
「私が涼真くんと関わっていたいので……。ふふ、初めて姉様に反抗したように思います」
「陽菜」
その気持ちがすごく嬉しかった。だけど表立って陽菜と一緒にいるところを見られるわけにはいかなそうだ。さらに激昂しそうだもんな……。
「図書委員の仕事以外では会えなくなりそうだね」
「ええ、人の目があるところでは、すぐに姉様の耳に入るでしょう。……校外の方がいいのかもしれません」
「それって」
「また航空ショーの時のように私をいろんなところに連れていってください」
陽菜は僕との関係を望んでくれている。だったらそれに応えるまでだ。明確な初恋の相手の希望なのだから。
「任せて! 陽菜の友達である僕が君をいろんなところに連れていくから」
「あの涼真くん!」
僕の言葉を遮るように陽菜は声を上げた
「あの時姉様がいたから思わず言っちゃったんですけど。私、私……涼真くんと友達以上に仲良くなりたいなって」
「え」
「な、なんでもないです! おやすみなさい」
そのまま通話はぶちっと切られてしまった。うん、これはあれかな。
「うおおおおおおっっ!」
友達以上になりたいってそれってつまり、つまり!
「涼真どうした。騒いでるじゃねーか」
隣の家から獅子がやってきた。
「獅子! もしかしたら僕、恋人ができるかも!」
「マジか!」
獅子もびっくりした顔を見せる。
「交際するのか、俺以外の奴と」
「そうだよ」
「涼真と付き合うのは、俺だと思ってた」
「何でだよ。適当なこと言ってるでしょ」
「そうだよ! でも彼女できたら俺が甘えられねーじゃねぇか! そんなのやだーっ!」
「獅子も僕以上に甘えられる子を見つけないとね」
「そんな子いねーよ!」
獅子と適当な話をするのはいつも通り。陽菜が僕と同じ気持ちを抱いてくれているのであれば……。今の僕はどこにでもいる平凡な男。
でも夢であるパイロットになることができるのであれば……非凡な男として此花先輩に認めてもらえるかもしれない。
僕はまた一歩夢に向かって進んだ気がする。
それから僕と陽菜は一緒の時間を過ごした.
誰にも知られることなく、ただ二人の空間が広がっていたのだ。
多分僕と陽菜の関係を第三者が見たならきっと、いつくっつくんだよと言われるだろうな。
公園に遊びにいったりとか。
実は料理上手な陽菜にあーんしてもらったりとか。水族館に行った時は手を繋いで歩き回ったりとかこれ本当に付き合ってないの? って僕自身が思ってた。
でも明確な告白は避けていたんだ。
未だ平凡な僕が此花先輩に認められるはずもないし、こんなみんなに隠した関係の楽しさをずっと味わえると思っていたから。
そう思っていたんだ。あの日までは。最初から僕達の関係が間違っていたと知るのは全てが終わってからのことだった。