100 因縁
「じゃあな」
「ひよりちゃんまたね!」
これからは夜の時間。
獅子と大月さんはナイトプールにしゃれ込むため残るようだ。
知らなかったアリサは憤慨して獅子を罵倒したが、大月さんのメス顔に撃沈し断念である。
ナイトプールか。噂では聞いてたけど……例えばこういうのを恋人と一緒に過ごすと楽しいんだろうな。例えばアリサと……。
妄想禁止!
僕は一人で更衣室へ行く。手早く済ませて、外へ出て。女性陣を待った。
「お待たせ」
アリサが出てきた。
今日は派手な水着だったからすっかり忘れていたけど、今日は清楚な格好で来ていたんだ。
深窓の令嬢のように美しく、何事にも汚せないのだろうなと思うほどで思わずある言葉が口から出ていた。
「可愛いな……」
「ふぇっ! いきなり!?」
そのアリサの澄んだ顔立ちが赤面に染まる。
確かにいきなりだったかもしれない。
「ごめん。でもアリサは可愛いって言われて慣れてるでしょ。クラスのみんなよく言ってるよ」
「そうだけど、涼真からは言われてないから照れちゃうの」
僕だから照れてしまう。その意味を考えれば必然的に分かってくる。
「やっぱり清楚な格好の方が好きなの?」
「ギャップだと思う。いつもはちょっと派手な格好の方が多いでしょ。見慣れないから良いと感じるんだけだよ」
「ふーん」
「いつものアリサも凄く似合ってるよ」
「うん。ならいいかな」
回答としては良かったのだろうか。気の利いたセリフが浮かばないもんだ。
今度の恋人の持ちの獅子に聞いてみようかな。
無言の空間が続き、僕は耐えられなくなる。
「紬とひよりはまだかな! お腹空いてきたなぁ」
「あ、二人はね!」
「けっ、なんで俺がフラれんだよ……マジでやってらんねぇ。くそっ」
「メシでも食って忘れようぜ」
アリサの声をかき消す同い年くらいの男の声、通りに立っていた僕と肩がぶつかった。
「いてっ!」
「ああ、すいません」
無難に謝ったつもりだった。いらだったまま男の顔を見て既視感があった。
「ちっ! ……おまえ、小暮じゃねぇか」
「……弓長」
名前を言われて思い出す。中学の時に同じクラスだった男子生徒だ。
弓長に対して良い思い出は正直無い。顔は良いが女癖が悪く、気の弱い生徒をいじめるような性格の人間だ。
向こうは見知らぬ男子と一緒だ。彼の友人だろう。
彼はアリサに視線を向け、ぎょっとする。
「は!? めっちゃくちゃ美人じゃねぇか。まさか彼女かよ」
「……大事な友人だよ」
「マジか。なら紹介しろよ。なぁ良かったら俺とさぁ」
「はぁ?」
獅子に対抗する時よりも低く、アリサの声が響く。
「気安く声を掛けないで。誰よあなた。身の程知らずね」
「っ!」
痛烈な言葉に弓長は後ずさる。
今は清楚可憐な姿のアリサがまさかここまで気が強いと思ってなかったのかも。
「涼真行きましょ。紬とひよりちゃんは別行動するから」
「そうなの?」
アリサは僕の手を掴んで引っ張る。
「おい!」
弓長は強い口調を制止してきた。
アリサに怒ったのか。それとも手を繋ぎ合うアリサと僕の関係に苛立ったのか。
「小暮ぇ。良い身分だよなぁ。中学の時、学校一の美少女をぶっ壊しておいて……また似た女と仲良くするのかよ!」
「っ」
僕と中学の同級生だった人間なら誰もが知っているあの事件。
この1年半ずっとその傷が癒えたことはない。
「涼真、顔真っ青よ。どうしたの……」
アリサの心配に答えられなかった。
そう……アリサには知られたくない僕の過去、そして罪。
弓長は嬉しそうに大声で叫んだ。
「そいつはな! 好きな女子にストーカー行為をして、記憶喪失するくらいの大怪我させたんだよ! 中学の奴みんな知ってるぜ。そいつはド級のクズだってな!」
「それって」
アリサの戸惑いに僕はこう言うしかなかった。
「彼の言ってることは事実だよ」
そう……事実なんだ。