7.スウィーツ男子①
「…お義姉様はウィリアム様がお嫌いですか?」
「?いいえ?むしろ尊敬していますわ?」
服を控えめに引かれリリアに問われた私は、頭に特大のクエスチョンマークを浮かべている。目の前にはうっすら目に涙をためたウィリアム様。
問題です。何をしているでしょうか?
時間は少し前に遡るわ。久々に学園がお休みの日。ここ最近忙しく体調不良を自覚した私は特上の癒しが必要という事で、今日はリリアと人気のカフェにスウィーツを食べに行く予定を組んでいたの。
朝から色違いのドレスに袖を通し、リリアの髪を結い上げた。恥ずかしがるリリアが可愛くて既にだいぶ癒されたわ。そうしていざ、お出かけというところで
「先触れも出さずすまなかったな。」
何故ここにいる。
来客だと言われて応接室に来てみれば、招かれざる客が一人。勿論普段であれば婚約者を邪険になどにはしないけれど、今日はリリアという最重要かつ最優先の先約があるのだ。
よほど私から禍々しいオーラが出ていたのか、眉間の皺は健在ながら、いつもより二回りほど小さくなっている気がする。申し訳ないが、自業自得というものね。
「何かご用でしたか?」
「いや、特段用事と言う訳では…。」
用もないのに何しにいらしたの?こんな事今までなかったのに、どうしたのかしら?訝しく思っていると、私が外出用の出で立ちであることに気づいたのか、どこかへ出かけるのかと問われた。
「義妹と出掛ける予定なのです。スウィーツを」
「俺も行っていいか?」
「───はい?」
「あっ!いや…。」
ウィリアム様は「しまった…」と小さく呟いて、少し青ざめているわ。うっかり発言してしまったのがバレバレよ。大丈夫、気に病む必要なんてありませんわ。
スウィーツ男子なる方の存在は聞いていたけれど、まさかウィリアム様がそうとは…!確かに男性一人でスウィーツを巡るのはまだまだ困難な昨今。私たちと一緒ならば、自然に出入り出来るチャンス。思わず口に出てしまったのも頷けるわ。
「分かりましたわ。ご一緒致しましょう。」
「あ、いやクレア嬢」
「折角の機会ですから、どうぞご遠慮なく。ちなみに今日行くお店は本日ラッキーデーでケーキ三つと飲み物のセットがお勧めです。」
「ぐっ!」
「そこのお店のガトーショコラが絶品です。」
「…それを頂こう。」
「あと一番人気はスペシャルフルーツロールなのです。他とは一線を画すクリームの量ですわ。」
「…わかった。」
「個人的にお勧めしたいのがチョコキャラメルタルトです。生チョコがアクセントで」
「受けて立とう!」
気合い十分のウィリアム様に普段の苦労を想像する。スウィーツ男子、大変ですのね。そう言えばいつもお茶菓子の話をされていたものね。これからは量を増やしておもてなししますわ。
それから私は大急ぎでリリアに事情を説明し、首を傾げながらも承諾してくれた彼女を連れて、三人でカフェに向かうことにした。
「ん、んん!今日の装いも可愛」
「あら、リボンが取れかかっているわ。リリア少しこちらを向いてくださる?」
「クレア嬢手を───」
「リリア、危ないから手を繋ぎましょう!ウィリアム様何か言いまして?」
「…何でもない。」
甲斐甲斐しくリリアの世話をする傍らで、ウィリアム様が仕切りに髪の毛を直している。寝グセでも付いているのかしら?心無しか元気もないような?
「…お義姉様…。」
この日初めてリリアに残念な物を見る目で見られていたらしいけれど、スウィーツとリリアに全神経を集中させていた私は気づかなかった。
目的のお店は混んでいたが待つほどではなく、私たちは店の奥の一角に通してもらった。ピンクの屋根に白壁のお店は、内装も淡いパステルイエローの壁紙に猫足のテーブルセット、そこかしこに熊のヌイグルミがあって最強に可愛らしい。お店は9割が女性で、座っている男性は一様に疲れた表情をしている。癒しを求めての来店、よく分かるわ。
例に漏れずウィリアム様もげっそりしている。つい先日高熱を出していたんだもの、まだ万全ではないのかも。このお店で少しリフレッシュして頂かなければ!
「私は桃のレアチーズタルトとオペラ、紅茶のシフォンケーキにするわ。リリアは?」
「私はティラミスにベリーのミルフィーユ、フロマージュにします。」
「ウィリアム様はガトーショコラにスペシャルフルーツロール、チョコキャラメルタルトですわね?」
「…あぁ。」
そうして注文を終えた所で冒頭のリリアの問い掛けに至った。突然不思議な事を聞いてくるのね?
「何故あのケーキを注文したんですか?」
「??だって折角の機会ですもの。気にせず存分に癒されて頂こうと思って。」
スウィーツ男子という説明をしたつもりだけど、上手く伝わってなかったのかもしれないわね。ウィリアム様の歓喜の涙が全てを物語っていると思うのだけど…。
困惑気味のリリアに私も困惑しながら、ケーキが届くのを待った。