5.世紀の凡戦
リリアの為と誓ったのは昨日の夜。具体的な対策を考えるべく、休み時間にゆっくり出来る場所へと移動した。リリアの為なら万全を期さなければ!
「クレア嬢、そんな所で何をしているんだ?」
なのに、何故昨日の今日でウィリアム様に見つかってしまうのかしら。ここ木の上よ?絶対誰にも見つからないと思ったのに。
何故木登りが出来るか、ですって?それは街に出る者の当然の備えよ。身バレしそうな時、面倒事に巻き込まれそうな時、ばったりお母様と出くわした時、逃げる・隠れる・木登るスキルは必須よ。これが出来なくては立派な街ブラー(街ブラer、意味:街ブラする人)とは言えない。
学園自慢の庭園の中でも登りやすい大きな木を選んだのに見つかるなんて。私がまだまだなのか、ウィリアム様が凄いのか。仕方ないからスルリと木から下りてご挨拶する。
「ご機嫌よう、ウィリアム様。大事な書類が風で飛ばされてしまいまして。」
そう言って作戦を書くため用意していた紙(白紙)を見せた。おかしいわね、微妙な顔をされているわ。
そこにクスクスと笑い声がしたかと思ったら、ウィリアム様の後ろからひょいと人が現れた。第一王子のアレクセイ様だ。
「クレア嬢は見かけによらず活発なんだね。」
急いでカーテシーを取ると「学園内ではただの学生だから」と微笑まれた。仲が良いとは聞いていたけど本当だったのね。
「木の上に制服を忘れたようだよ?」
見上げると確かに私の白いジャケットがちょーんと乗っかっている。暑いから脱いだのを忘れていたわ。
「ご忠告ありがとうございます。すぐ取って参ります。」
「待てクレア嬢、危ないから代わりに取ろう。」
「え?でも先程まで登ってましたし…。」
「クレア嬢、ウィリアムはいい所を見せたいんだよ。」
「な!そ、そんな事じゃないぞ。」
「へぇ?じゃあ僕が代わりに取ろうかな?」
「…っ!ならば勝負だ!上手い方が取りに行く権利を得ることにしよう。」
「受けて立とうじゃないか。あちらの二本の木が丁度よさそうだね。手加減はなしだよ?」
え、待って、おいていかないで。「よーい、始め!」って全く必要ない謎の勝負が始まってしまったわ。
「どうだい?クレア嬢」
「まだまだぁ!」
どう、と言われてもコメントに困るわ。木の地上から1メートル足らずの所に、男二人が張り付いて遅遅として動かないこの状況。足下ろせば普通に着くわよね?稀に見る凡戦だわ。それとも認識が違うの?世間では木登りとは木に張り付くことを言うのかしら?それと後学のために是非聞きたいのだけど、「いい所」とは?
暫く観戦していたけれど、三回目の「まだまだぁ!」の掛け声に有限な時間の有効活用を模索。男二人を放ってすいすいと華麗に登り、制服を取ってきたわ。勿論スカートの裾捌きも完璧よ。ちなみに中には見せパンを履いているわ、安心して。
でも、私が制服を回収したのを見たウィリアム様が「あぁ…」と絶望したような声を出した。眉毛は思いっきり八の字よ。最終的に自分で回収する事は変わらなかったと思うの。だけど、あまりにも情けないお顔に思わず吹き出してしまった。
「…ふっ。」
昨日からどうしたのかしら。こんな表情豊かなウィリアム様は初めてよ。いつもの無愛想なお顔とのギャップが凄いわ。少年みたい。今のウィリアム様が素の状態なのね。何故かしら、垂れた耳と尻尾の幻影が見えるわ。
「ふふふ。ふふふふ。」
駄目だわ、止まらない。声を出して笑ったのなんて久しぶりだわ。失敗したお兄様のパーマ頭に鳥が卵を産み落とした時以来ね。
暫く笑って落ち着いてから顔を上げると、至近距離にウィリアム様の大きな背中があって驚いた。「見せてよ。」「嫌だ。」「少しぐらいいいじゃないか。」「絶対に嫌だ。」というやり取りが聞こえてくる。
「ウィリアム様?」
何の話かと声をかけるとビクンと肩が跳ねた。そのまま振り向きもせず、何故か爆笑しているアレクセイ様を回収して「クレア嬢、また!」と去っていってしまった。
その耳朶が真っ赤だったのが可愛らしいなと思ったら、何故だが今度は私の心臓がトクンと跳ねた気がした。