3.困った噂
学園に入り善意の同級生をまいた私は理事長室へと向かった。
学園の理事長はお父様の親戚にあたる方で元々事情を聞いていたらしく、学園側の協力者として任命(勝手に)した。入園を遅らせる事はできないけれど、クレアとリリアの授業が被らないようにするなど、色々手を回してくれているの。
正直そっちのほうが面倒では?と思って聞いてみると「だって編入生来るって話しちゃったし…」と返ってきた。間違いない、お父様の血筋ね。
ちなみにお父様は一週間の“カーテンがちょっと開いていて朝日が顔を直撃する刑”に処しているわ。地味に苦しむといいのよ。
ともあれ、理事長室を変装、準備、休憩などに利用させてもらっているの。
部屋に入ると先に“私”として登園していたアンリがいた。
「今日も完璧だったわよ、流石アンリ。」
「お褒めに預かり恐縮です、お嬢様。」
一人二役生活を始めて早一ヶ月。流石に私一人で全てをこなすのは無理があるので、時々メイドのアンリに協力してもらっている。
「私が来るまでに変わった事はなかったかしら?」
「それが数人に囲まれてしまいまして…。」
「また、アレ?」
アンリは苦笑いしながら頷いた。
リリアとしての生活は思ったより順調よ。と言っても一週目は制服などの準備のため欠席、二週目は先約があると半分早退、三週目は環境の変化による体調不良で半分休み、実質の登園は最近の事なのだけど。
リリアの可愛さを表情し切れるか、そこだけが心配だったのだけど、早々にクラスに馴染むことが出来た。家での学習も順調だと聞いている。流石リリアだわ!
ところが、ここ最近とある噂に困っている。
“公爵家のクレア・ミュレーズは義妹のリリア・ミュレーズを虐めている”
全く身に覚えのない事に困惑したわ。もしかして毎日の着せ替えや多量のお茶菓子のせいかと、リリアを揺すって聞いてみたが問題はなかった。「お義姉様が大好きです!」と言った顔が可愛くて…じゃなくてリリア本人に思い当たる事はなかったの。
そうこうしているうちに噂はあっという間に広がってしまい、ある者はリリアに同情を示し、ある者はクレアに苦言を呈するようになった。今日アンリが絡まれたのも、それが原因だった。
「とりあえずやんわり否定して逃れましたが…。」
「面倒をかけるわね。本当に何とかならないかしら。」
「それが原因らしい本を渡されまして。」
そう言ってアンリは一冊の本を差し出してきた。
“野の花は愛を得て大輪になる~真実の愛を貴方と”
「何コレ?」
「今流行っている乙女小説だそうです。何でもヒロインがリリア様に似ているとか。」
「どれどれ…?」
“突如公爵家に引き取られたリリー。義姉からの虐めにも挫けず、常に優しく前向きな彼女の周りには多くの人が集まっていた。義姉の婚約者である王太子もリリーに惹かれ、やがて二人は真実の愛を知る。嫉妬に狂った義姉はリリーを害そうと画策するが、危機一髪の所で王太子に救出される。義姉は罪に問われ、二人はついに結ばれる。”
「…これは王太子の浮気の話なの?」
「どちらかと言えば真実の愛を見つける純愛かと。」
「リリアの方が可愛らしいし、素晴らしいわ。それに私はこんな詰めの甘い計画は立てない。」
「…お嬢様。」
「分かっているわ。冗談よ。」
挿絵のヒロインは確かにキャラメル色の髪とエメラルドの瞳でリリアに似ていなくもない。この義姉が私ね。確かに黒髪に緑の瞳ね。ほうほう、悪役令嬢と言われているのね。
「でも、物語を現実として考えるのは飛躍が過ぎると思うのだけど…。」
「それに関してはお嬢様が一人二役している現状に問題があるかと。」
「え?」
何でも、私とリリアが全く一緒にいない事から不仲説が浮上。私が否定するのは当然、リリアが否定するのも口止めされている・気を使っているなどと捉えられるらしい。どれ程否定しても、実際一緒にいる事が皆無なので、噂が真実味を帯びたらしい。
やっぱりお父様のせいじゃない!
「それと大変申し上げにくいのですが、お嬢様の表情も一役買っているようで。」
「ん?」
何でも、お母様似で基本無表情の私は何を考えているのか分からず、人に恐怖心を与えるらしい。今まではそれが“孤高の氷姫”とか呼ばれて憧れの対象だったらしいが、ここにきて、やれ“鉄仮面”だの、“人の心が無い”だの“ブリザード嬢”だの散々な言われようらしい。リリアが表情豊かな分、際立ってしまっているのだ。
なら仕様がないわね。甘んじて受け入れるわ!
「それならリリアが来れるまではやり過ごすしかないのかしらね。」
「お嬢様は顔に出ないだけで感性豊かなんですけどねぇ。でもあと二ヶ月弱の事ですし…。」
その考えが間違っていたと分かるのは、それからすぐの事だった。