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2.事の発端

お父様の隠し子で一つ年下のリリアと初めて会ったのは二ヶ月ほど前の事。リリアの母親が亡くなり、我が家で引き取る事になって、お父様、お母様、お兄様の四人で対面したあの時の事は良く覚えているわ。


「おおおお初にお目に掛かります。リリアと申します。この度は私などを暖かくお迎え頂きまして本当に大変恐悦至極でございます。有難くも図々しく御屋敷に参りましたが一生分の運はこれをもって使い果たしたと思っておりますので!どうぞ皿洗いなり芋剥きなり、煮るなり焼くなりして御屋敷の片隅にでも置いて頂ければ…!」


そう言って彼女は床におでこを擦り付けていたの。


……何て健気なの……!


自分の境遇を理解している上に、市民が貴族になる大変さをも正しく理解している…!その上でさり気なく自己アピールと今後の希望まで入れてくるとは。多少へりくだり過ぎているけど、彼女は伸びる…!


顔を上げるよう促すと、私と同じエメラルドの大きな瞳は涙で潤んでいて、擦れて赤いおでこに、クセのついたキャメル色の髪はふわふわ。小刻みに震える体に祖父母が飼っていた、今は天国で暮らす犬を思い出した。


「……マチルダ……!」

「クレア、気持ちは分かるけど落ち着きなさい。彼女は人間よ。リリア、安心なさい。公爵家では人肉を食す習慣はないわ。」

「母さん、たぶんそういう意味じゃないよ。」

「それに焼くなら旦那様が先です。」

「え、それはちょっと。」

「人を憎んで罪を憎まず。」

「逆じゃない?」

「黙れ元凶。」

「ねぇ、俺の話聞いてた?」


そうしてリリアは暖かく迎えられ、お父様に一ヶ月のお肉&お菓子禁止令が出された。


思った通り、リリアは飲み込みが早く、開始された淑女教育や座学は順調に進んだわ。可愛い妹の着せ替えは日常化し、お父様から巻き上げたお菓子は女性三人の胃袋に消えたの。


その満ち足りた日常が崩れたのは一ヶ月前の事。お父様に呼び出され執務室に行ってみれば、号泣するリリアがそこにはいた。


「お父様、あんまりです!」

「待って、何も言ってない。」

「そうです旦那様、リリアがこんなに泣いているでは無いですか!」

「母さん、クレア。とりあえず話だけは聞こうよ。」


仕方なくソファに移動して聞いたところ、明日からリリアが私と同じ学園に通うことになったのだという。いつか通ってみたいと頬を染めたリリアに悶絶したのは三日前。本気を出したお父様は早急に準備し、サプライズのつもりでリリアに告げたところ、号泣し始めたのだという。


「学園に通うのが夢だったのではないの?」

「も、もちろんです。市民なら誰でも憧れます!」

「?ならば何が問題ですの?」


そう問いかけると、リリアは涙を拭いて顔を上げた。


「学園に通うというのは、公爵家の一員、敬愛するお義姉様の義妹として公に出るということです。学園に通うことは夢ではありますが、今の私では家名に泥を塗る事になります…!せめて一通りのマナーを習得し、淑女として恥ずかしくないようになってからでないと。これ程暖かくお優しい公爵家の皆様の恩を仇で返すなど…耐えられません!!」


……なんて健気なの……!


聞きまして?皆様。リリアが公爵家に来て一ヶ月足らずでこの気概、気遣い。義妹は天才じゃないかしら。涙でリリアが見えないわ…!


お母様、涙を拭くそれはリリアが刺した豚に見える犬の刺繍のハンカチね。血糊に見えるのはお花だって気づいてる?でも確かにもうちょっと上手くならないと駄目かしら。え、嘘、お兄様も持ってるの!?お父様、それで鼻かんだらぶっ飛ばすわよ、お母様が。


「ともかく、登園時期を遅らせることは出来ないのでしょうか?」

「実は編入扱いは異例でな。王宮にも承認を取ってしまっていて…。」

「あぁもう!どうして旦那様はそう有能なのかしら!」

「…ありがとう。」

「いや、褒めてないと思うよ?」


王宮承認済みでは仕方がないです。どうしようかしらと頭を捻ったところで、お父様がこちらを向いた。


「そこでクレアに折り入って頼みなのだが…リリアがあと三ヶ月で何とかすると言っておってだな。その間、リリアのフリをして登園してくれまいか?幸い学年も違う故、ある程度の融通もつくだろう。変装は得意だろう?毎日街へ行ってるのだから、かなりの腕前なはずだ。」


バレていたなんて…!確かに変装は趣味とも生き甲斐とも言える私の特技よ。今では老若男女、かなりのレパートリーがあるわ。


「顔は二人とも幸い瓜二つだからのぅ…。」


そう言われてぐるりと振り返り、両手でリリアを挟んでまじまじと見た。なんて事なの!全然気づかなかったけど、確かに顔はそっくりだわ。さすがお父様ね。嬉しい発見だわ!でもどうしてこんなに印象が違うのかしら?私はよく言えば孤高の、悪く言えば禍々しいオーラが出ているのに対し、リリアは癒しのオーラ全開よ。眉毛?眉毛の角度かしら?


「万一の事があれば婚約者のウィリアム・ドゥプラス殿にも迷惑がかかるかも…。」


忘れていたけど、私にも婚約者なる方がいらっしゃったわ。代々騎士団長を輩出している同じく公爵家の跡取りであり、王太子とも仲良く信頼も厚いウィリアム様とは、学園に進む前に婚約した。これまでビジネスライクなお付き合いをしてきたけど、ご迷惑をかけるのは本意ではないわ。


気持ちが傾き始めた時、挟んでいたリリアがキラキラと目を輝かせている事に気づいた。


「さすがお義姉様です…!どんな事でも出来てしまわれるのですね。カッコいい…。お義姉様を目標に私、必ず三ヶ月で結果を出してみせます!そしたら一緒に登園して頂けますか…?」

「勿論よ私の可愛いリリア!」


ん、待って?でも本当に大丈夫かしら。そもそも公爵家同士だの王宮だのが絡むかもしれない事を、こんな馬鹿げたやり方って。しかも私に全ての責任あるってあんまりじゃない?


「なぁ、いくらなんでもクレアが大変じゃないか?」


お兄様、今までごめんなさい。やっぱり頼りになるのはお兄様ね。もっと言ってやって。


「ま、いいか。なんか面白そうだし。」


この役立ずが他人事だと思って。二度とピーマン代わりに食べてあげないわ。


「さぁ、リリア。今日はこのドレスを着てみましょう?」


あああ、お母様がリリア愛で愛でタイムに突入してしまった。仕方ないお父様に直談判…と、思ったら愛用の外套とハットがないわ!窓からは手を振るお父様が乗った馬車が見えた。


逃げやがったあぁぁああ!わかったわ、これは一ヶ月のお肉&お菓子禁止令の八つ当たりなのね!あんまりだわお母様だって同罪じゃないのー!


こうして三ヶ月間の「一人二役」生活が幕を開けたのでした。



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