副業
太刀川は井上と別れた後車を走らせながら電話を入れた。
「あぁ、もしも〜し、はたぼう?」
「あ、あ太刀川?、どうだった?」
電話の相手は会社の営業をしている波多だった。
「あー引いて来たよ。ただな、無理言って分けてもらって来たから0.35か0.4
かそんくらいだった。んで2万5千だって。」
「あぁ、それでもいい。悪いね。んで今どこ?」
波多は少しでも早く欲しいようだった。こういう状態を通称”あおり”と言う
「あせんなってすぐ行くから、今回のは上等だから高いんだよね。なんせ組長さんクラスが使ってるヤツだから」
「おぉ、そりゃ楽しみだね。今からそっち行くよ。今どの辺」
「じゃいつものパチ屋の所にしようか。」
「分かった。すぐ行く。」
太刀川はもともと0.5も無かった物を0.2g弱を0.25と言って1万円で井上へ残りの0.3弱を0.4と言って波多へ2万5千円で売った。
いくらで仕入れて来たのかは分からないが儲けが出ているのは間違いないだろう。例え一回1万円の利益でも量や回数が継続するのなら楽な商売だ。
太刀川は田口には適当に紹介して自分は管理しやすそうなヤツに絞り顧客としているのだ。彼にはおいしい商売なのかもしれない。
国道を南下して約束のパチンコやへ向かっていた。すると携帯電話がなった。
太刀川は表示を見ずに電話に出た
「あ、太刀川?後何分くらいかかりそう?」
相手は波多だった。さっきの電話からまだ10分程度しか経っていない。
しかし、”あおっている”のだ。とにかく早く薬が欲しいのだ。
「そう、あせんなって。あと5分か10分だよ。」
「分かった、まってるね。」
波多は昔,太刀川にマリファナ通称”草”を勧められ、そこから薬物の世界にハマって行った。
草を吸っている頃はまだ平和だった。しかし、草を吸うならこっちだよとLSDを勧められ今はシャブの虜だ。
今では車も売り好きだった社会人野球も止めてシャブにハマっている。
太刀川の薬の営業は確実に顧客を育てていた。
パチンコ屋に着くと波多が走ってきて車に乗り込んできた。
「ごめん、はいこれ」と言って2万5千円をわたした。」
「はい」と言ってパケを渡した。
「ねぇ、それとさぁあれある?」波多はパケを見ながら言った。
「あれって?キーのこと?」
キーとは注射器の略である。
「うん、そうそうもう針がだめになっててさ〜研いで使ってるけど厳しいんだ。」
注射器は何度か使うと針先の鋭さが無くなり皮膚を通過しにくくなるのだ。
「あぁ、1本だけなら新品あるよ。最後の赤キャップだ。」
「オレンジじゃないの?赤キャップかよ!やったね〜。」
赤キャップとは昔のインスリン用の注射器で針のキャップが赤色の物を言う。
でも今は廃盤になりオレンジのキャップに変わっている。
刻んであるメモリの幅が違うため昔から薬をしている連中は薬の量を計る際に慣れてる赤キャップを好むのだ。
「赤キャップは2千円もらうよ。」
「ありがとう。」といって2千円を払った。
波多はシャブを覚えてからは他の薬には目もくれない。実際に波多の家には使いかけのチョコと言われる大麻の樹脂が少し残っているのだ。
しかし、薬の王様と言われるシャブと比べるとチョコではとてもではないが刺激が足りない。
草やチョコとシャブでは効きだすと精神状態の向かう方向が違うので本来は別物と考えるのが良いかもしれないが何せシャブだ、その効き方はものすごい。
それを注射器で体内へ直接接種しているのだ波多が狂うのに時間はかからなかった。
注射器をもらうと波多は礼をいって急いで自分の原付に向かった。
その頃、井上は家で顔に軟膏を塗っていた。
薬も抜けだし、食事も睡眠も取り今は落ち着きを取り戻していた。
「明日仕事だからなぁ。この顔を少しでも回復させとかないとみっともないもんな。」
と洗面台の鏡の前でつぶやいていた。そして横にあったシャツを着て部屋を移動した
井上は更に上から服を着て携帯電話を充電器から取りベッドの上に横になった。
つきあいだした頃からの彼女から送ってきたメールを見返していたのだ。
「この頃はいつも一緒にいたのにな....」
女と言うのは熱しやすく冷めやすい者だ。情熱的な女は冷めたら他の対照に熱を上げたがる、浮気する確率が高い。
モテるオトコはそれを冷めさせないコツが分かっているヤツも多い。女はいつも熱くいる自分が好きなのかもしれないからだ。
井上は持論を脳内で展開していた。
しかし、こうしている間にも彼女は他のオトコと一緒に風呂に入っているかもしれないのだ。
「はぁー、むかつく....」
井上は今まで彼女から何度こんないやな気持ちにさせられただろうか?
ゲームでも本でも対人関係でも嫌なくらい感情を揺らがせるものには人はハマる物だ。
実際に簡単なゲームよりむかつくゲームの方がハマり易かったり、第一印象の悪い人の方がいいヤツだったりする。
井上は彼女にボロボロになるまで感情を動かせれているのだ、好きにならずにはいられないのが現状だ。
携帯の写メをを見ながら良かった時の記憶だけを辿っている。
浮気をされている瞬間にこうやって自身の心のバランスを取るしか、もはや道はないのだ。
最初の頃は一晩中探して回ったり、知人や周辺の人間から情報収集をしたり、ありとあらゆる事をやったが時間の無駄に終わった。
こんなときに思い出すのは彼女の笑顔だ。オトコとは哀れと言うか愛おしい生き物である。
井上は涙を浮かべながら彼女に「おやすみ。」とだけメールを送信して眠りについた。
「おはようございます。」
井上は事務所に入るといつもの様に挨拶をした。
最初は部長が朝礼の後は社長が顔の傷について心配して話しかけて来てくれた。
事務員のおばちゃんも心配してくれ同僚達も何人かは声をかけて来た。
その後、伝票をとり営業の波多といつもの様に現場の諸注意などを聞きに軽いミーティングを行っていた。
と言ってもどこの現場でも大して何かある訳ではないが決まりなのでいつも朝は必ず会話の時間が設けられているのだ。
波多は顔の事や昨日休んだ事を心配している様子は無かった。
「コウちゃん、ちゃんと寝た?」
と聞かれた。井上は全身が痛くて寝れなかったのかな?と心配してくれていると勘違いをして
「あぁ、もう大丈夫だよ。」と答えた
「気をつけてね。いろいろ。」
「うん、ありがとね。」
明らかに波多との言葉の意と井上の受け取った言葉の意は違っていた。