詐欺師とペテン師
夕方も六時を過ぎた頃だろうかファミレスの駐車場の隅で便箋ほどの封筒を持って何かを待っている男がいる。
細身の長身で一見すると顔は悪くはない。リーゼントっぽい髪からワックスの匂いがしている。
太刀川だ。
おばさん達ならばコロッと騙せそうな雰囲気を醸し出している。というか、若い子は無理かもしれない...というセンスだ。
少し風が冷たいので持って来ていた上着を着て内ポケットに封筒を直すと車の中のドリンクホルダーから飲みかけの缶コーヒーを取り出しタバコを吸い始めた。
缶コーヒーを飲みながら時計を見た。
「ったく、おせーなぁーたまには時間通り来いっつぅーの」
太刀川は独り言を吐いた。彼も気の弱いオトコで本人の前では絶対にこういう事は言わない。
太刀川は九州の田舎の出身で上京後は宝石関係の仕事をし一時は雇われでは有るが店長までつとめていた。
しかし、詐欺の様な方法で売り上げを上げていた事やセクハラをしていた事、店の金に手をつけていた事等々色々な問題が明るみに出て追われるハメになった。
彼はバツイチで前妻との間に2人の子供がいるのだが相手が絶対にあわせてくれない。太刀川は子供達には甘いと噂が出る程の子煩悩だったが離婚後は一切会っていない。
前妻と言うのもそもそも前の店で手を出した従業員で太刀川の口車に乗せられ散財したあげく妊娠して籍を入れたのだった。
タバコを吸い終え行き交う車を眺めていると前から白いセルシオが勢い良く入って来た。
「おう、わりーなぁ。福田の兄貴と話し込んじゃっててよ。」
「ども、お疲れさまです。」太刀川は愛想笑いをしながら軽く会釈をした。
「お前,今週分持って来たか?利息こみで3万だぞ」
「はい、これです。」そう言うと太刀川は内ポケットから封筒を渡した。
太刀川は続けて言った。
「あの、田口さんさっき電話した件なんですがね....」
田口は太刀川を目で殺し封筒を開けた。
中に息をフッと吹いて中身の紙幣を取り出すと封筒を丸めてその場に捨てた。
「んで、なんだ?」
「次の客を見つけたって件なんですけどね。」
「んで?直接下ろさせてくれって話か?」
田口は太刀川の肩越しに自動販売機に目をやった。
「微糖でいいっすよね?」
というと太刀川は走って缶コーヒーを買って缶を開けて田口に丁寧に渡した。
田口は43歳太刀川は41歳年齢的にはあまり変わらないのだが田口は暴力団員だ、
太刀川は反抗できないのだが内心は暴力団と言うのは田口のはったりではないか?と思ってもいる。
組の名前や暴力団情報はよく話しているが自分の組の事や舎弟などは一度も見た事がない。
羽振りが良さそうな話はよく出るがセルシオも2代前の型の中古車だ。
しかし、背中に刺青が有るのは一度見ていたのであながち嘘とも思えない。
「おい太刀川。」
そう言うと少し沈黙し目をつぶってポケットに片手を入れて言った。
田口は背が160cm程度で太刀川から見ると背が低く少し小太りの天然パーマだ。しかも何本か歯が抜けている。
格好付けようと大物ぶる田口を見ると笑いそうになる。しかし、田口はいつもこんな調子でカッコ付けたがる。
「お前今回は紹介料じゃ不満なのか?」
太刀川は毎回周りの友達に薬を勧めては田口の所で買わせるいわゆる「薬の営業」をして紹介料をもらっていた。
「いや、今回のヤツってのが会社の同僚で仲もいいんですよ。」
「ほぉ〜お前と仲がいいとはよっぽどやな。」
「それに給料が俺とそんなに変わんないからもしも迷惑かけたらヤバいなーと思ってですね。」
「おい、そんなことはこっちでやるから心配すんなよ。」
「それと、同僚だと金だし合って引いたり(薬を買う事)できるかな?とかも思ってですね。」
「なんだよ〜それが目的かよ、ったく面倒くさい言い方しやがってよ。」
「すいません。」太刀川は頭を軽く下げた。
「まぁ、いいけどよ。金はお前が持って来て交換だからな。」
「すいません、勝手言います。」
太刀川はこれでも元詐欺師だ、彼は今から客となる同僚の女が飲み屋で働いていると言う事を十分計算していた。
そしてその同僚は薬を使って女を奪い返す計画である事も承知の上だ。
「おい、太刀川」田口はまたポケットに手を入れていた。
「はい」
「兄貴がお前にバイト紹介してやってもいいって言ってたぞ。」
またかよ.....太刀川は思った。
太刀川はその兄貴に会った事がないのだが、田口は太刀川のいつものお世辞トークでビビっていると勘違いしているのだ。
それを利用して自分の仕事をさせたり、兄貴からの仕事をさせてピンハネするつもりだ。
...本当にこのオッサンあたまわりーなぁ。.....太刀川はいつも思っていた。
「いや、いつもすいません。でも仕事が県外とか入りますし早出とか有ると迷惑かけますんで。すいません。」
「また、それかよ。はっきりいってそんな仕事よりこっちの方が儲かるぜ。だいたいお前は肝が座ってないっていうか.....
田口の説教と武勇伝が始まった。多分、大抵の事は嘘だと思いながら太刀川は時折「すごいですね」「まじっすか?」
などと言って田口の機嫌を損なわない様にしていた。
田口も一通り喋ると時計を見て
「おぉ、こんな時間か。やべ〜なぁ。」
聞いて欲しそうなので太刀川は聞いてやった
「何か用事っすか?」
「いあやな、こないだから25のモデル出身の女がいるんだけどよ、そいつがしつこくてさ、しょうがないから約束しちまったんだよ。」
「へぇーモデル出身とかってかわいくないですか?」
「顔か?そりゃいいよ。タイルも抜群そうだぞ。」
「いいじゃないですか。うらやましいっすよ。」
「お前もまだガキやな、女なんかいっぱいいるじゃねーか。」
太刀川はこの天パーの歯抜けチビがよく言うわと思いながら
「いや、田口さんとは住む世界が違いますから。僕ら庶民には想像もつきませんよ。」
「何言ってんだ俺は昔からこんな感じだぞ。さ・て・と....んじゃ言ってくるかなあぁ〜」
「お疲れさまです。」
田口はエアサスの壊れたセルシオでコンビニの駐車場を出て行った。
太刀川はすぐに車に戻りダッシュボードからもともと持っていた薬をだして確認した。
太刀川は最初から少しではあるが自分で持っていたのだ。
しかし、これを井上が本当に金を出して買うか試してからでないと頼めなかったのである。
もしヤツがいらないなどと言うと、田口の説教を受けなければいけないし
何より自分の小遣い稼ぎがどうなるか見定めたかったのである。
しかし,はじめから持っていると言うと恩を売れない。
「コウちゃんの為に一肌脱いだよ」的なアクションをつけたかったのだ。
太刀川はすぐに電話をした。
すると寝起きの声で
「はい、井上です。」
と聞こえた。
「あの太刀川ですけどコウちゃん?」
コウちゃんは本名を井上 こうじと言う
年令は31歳だが会社では太刀川よりもかなり先輩で太刀川が童顔なのと敬語を使って来たので井上は同じ歳位だと勘違いをして、最初から太刀川にため口を使っていた。
「あぁ、太刀川?社長かと思ったよ。」
「はぁ?寝てた?」太刀川が少し呆れた声を出した
「ごめんごめん、いいょ。」
「例のヤツねまだ取りにはいってないけど。友達に渡すからって頼んだら安くしといてやるってさ。」
「あぁ、ありがとう。」井上は内心...やっぱ2回もくれる事は無いか....と落胆したのと同時に言われる金額に少し不安になった。
相場も分からないし違法な物である事は間違えないだろうし、その背後には犯罪組織がいてるのだ不安になって当然だ。
「えっとね0.5gで二万円だって。」
そう言われても全く見当がつかない。0.5gってのが多いのか少ないのか。
「それって安いの?」
「うん、安いよ。」
二万円か....無い事は無いが....もったいないな...
そんな雰囲気を太刀川は感じたのだろうか
「コウちゃん、よかったらさぁ半分づつだして折半しない?」
おぉ、それなら納得だ。井上は「了解」
と返事をした。
さすがは太刀川だ、相手の不安を見透かしていた。
「それじゃ、俺すぐ動けるから薬取りに行ってから電話するんでそんときコウちゃんの都合いい場所までいくね。」
「わかった」
「んじゃ、あとで〜」
そう言って太刀川は電話を切った。
そのまま、車内で薬を半分に分けだした。
と言っても計りなどない、目分量だ。もともと0.5gも無かったのだが太刀川はさらに自分の方を少し多めにして袋を直した。
「よし、オッケー」
今すぐ出てはまだ、早すぎるので自動販売機に缶コーヒーをかいに車外に出た。
さっきより風が強くなっていた。