慌てん坊
波多はヨッシーに連絡をいれ終えると更に興奮が一気に高まった。
体が不用意に震えている。
注射器を手に取りポケットに忍ばせた。
受け取ったらすぐに注射をするつもりである。
シャブに取り付かれるとこらえ性が無くなる。
針が丸くなっているものは避けなければ行けない!
注射器も何度か使うと先端が丸くなり刺さりにくくなるので波多はたまに研いでした。
針を見比べようとキャップを外した。
なにげに蓋の裏に目がいった。
何かの際に入り込んだのであろう奥の方に白くかすかな結晶が溜まっていた。
少し、儲けた気分になった。
原付にエンジンをかけるとヘルメットのヒモも締めずに出発した。
とにかく目先のシャブの事でいっぱいだった。
信号を無視して一方通行を逆走して安部の居る店へ急いだ。
風を感じる余裕などないのである。
”ウゥ〜”サイレンが鳴った。
「はい、前の原付の運転手さん左に寄って停車して下さい」
なんと!気がつけくと後ろにパトカーが付いていた。
タダでさえ破裂しそうな波多の心臓が余計に高鳴った。
逃げ出そうかと考えたが所詮は原付。幹線道路から路地に逃げ込むまでには少し距離があった。
応援を呼ばれると逃げ切れないだろうと思った。
あれこれ考えているうちにパトカーは真横に付けて窓から先で止まれと指で合図を送られていた。
仕方なく止まった。次の瞬間ミラーに見覚えの有るセダンが見えた。
パトカーから制服を着た警官が降りて来くると、すかさずハンドルをつかみ話しかけてきた
「運転手さん、そんなに急いで何処に行ってたの?標識見落としちゃった?」
「はい、つい急いじゃって。すいません」
波多は心臓が飛び出しそうだ。
警官は続けて言う
「ちょっと免許証を見せてくれる」
ポケットには注射器が有る。慎重に財布を出して黙って免許証を渡した。
ミラーに再び目をやるともう一人の制服の警官が見覚えの有るセダンの運転席の男と話をしていた。
すると急いでその制服の警官がこちらにかけよって来て言った。
「最近ね傷害事件とか多いから一応ね持ち物を検査させてもらってるんだけどお兄さん危ない物とか持ってないよね?」
波多は少し落ち着いた”こいつら、薬の事なんかきにしてないなぁ?”
と少し勘違いをした。
「はい、持ってませんよ。メットインの中も見ますか?」
するとセダンの運転席から私服の男が降りて来て少し遠目からこちらを見ている。
制服の警官が言った。
「一応、ポケットの中身をこれにだしてくれる?」
と言うと茶色くて四角い長方形の箱の様な物を目の前に出された。
波多は少し大きなこえで言った。
「ポケットに危ない物なんか入る訳ないじゃないですか」
すると警察官が腕をつかみ言う。
「危ないものって言うのはね薬物も入るんだよ。ちょっといいかなぁ?」
というとポケットの上から手で触られた。
「ココに入ってる物出して」
波多はパニックになって黙り込みポケットに手を突っ込んだ。
するとセダンから降りて来た男が目の前に立ち警察手帳を出して波多のめにかざし言った。
「あるなら自分から出せ!」高圧的に怒鳴って来た。
波多は黙って手を出した。
そこには注射器が握られていた。
「おいおい、これも危ないもんだろ!何に使うんだ?」
「いえ、別にその『シャブやろが!!』波多が答えている途中で怒鳴られた。
「いえ,そんな事はありませんよ〜」波多は苦しい返答をした。
私服警官は黙って注射器を見上げてセダンの方に合図を送った。
するともう一人セダンの方から歩いて来た。なにやら制服の警官と話をしている。
この男は黙って波多を見ると
「注射器の蓋の内側良〜く見てみろ、今からこの内側の結晶を採取するからな」
波多は聞いた事がなかった。シャブは検査薬(試薬)に入れると紫に反応する。
しかし、通常そのシャブはパケから微量採取し試薬に入れるのが通例である。
それを注射器の蓋の裏側に付いている超微量を試薬に入れると言うのは驚きである。
波多は怒鳴った「そんなの聞いた事ないんだけど!違法じゃね〜のか?」
私服警官が横目で見ながら言った。「シャブじゃなきゃな」
すると先ほどの茶色い箱の上に名刺程の紙をだして注射器の赤い蓋の裏側にクリップの様な物を入れて
掻き集めだし紙の上に少しの粉が出た。
それを試薬が入っている5cm程の透明な筒に入れた。
「いいかこれが紫に変わったらシャブやぞ」
というと筒の真ん中辺をペッキと折ると液と先ほどの粉が混ざりだした。
波多の額からは汗が流れ落ち瞳孔も開いていた。
色はすぐに紫に変化した。
「おい、なんやこれ。自分で言ってみ」私服警官が怒鳴った。
「覚醒剤です」波多は観念した。
すると同時にもう一人の私服警官が
「覚醒剤所持の現行犯で逮捕する、16時30分や」と言って波多に手錠を架けた。
波多は状況を分析した。
見覚えの有るセダンは自分の内偵捜査をしていたのか。
それを知らずに機動隊のパトカーが偶然止めてしまったので
やむおえず降りて来てこんな微量で試薬検査して逮捕したのか。
波多は小声で言った
「そんな少量でも反応するんですね。」
初冬の手錠はとても冷たく感じた。