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悟りの練習

波多は後輩の家に約束の時間より少し早めに着いた。

ピンポーン

チャイムを鳴らすと中から波多よりも大柄な男が扉を開け中へ入れた。

「早かったっすね。」

後輩の名前は安倍といいヨッシーと呼ばれている。

雑貨店の店員をしていて波多が昔ガラスのパイプを買いに通った店の店員だ。

先日井上が寄った店の店員である。

とても愛想がよく波多でもすぐに仲良くなれた。


「おはよう、それより金ある?」

波多はすぐに本題に切り出した。

ヨッシーは自称クラブの人気DJだそうだが彼がクラブでまわしている所を見た物はいない。

しかも、友達が少ないと波多は思っている。


「波多さん4万しか無くてですね....」

「おいおい、これは知り合いの親分に頼み込んで持って来たもんだぞ。お前、殺されるよ。」

親分がそんな金で殺すはずは無いのだがヨッシーは焦った。

「ちょっと時間もらえません?」

「はぁ?どれくらいだ?」波多は少し怒った口調で聞いた。

「いや、すぐ連絡してみて金、用意しますんで」

「おい、大丈夫かよ?俺もこれ引いた所には変な事できないんだからな。」

「ちょっと上がってってくださいよ。」

波多は黙って上がった。


ヨッシ−の家は1LDKの賃貸住宅で女を騙しては家賃を払ってもらっていた。

女を口説く時に実家は金持ちだとか、車の免許もないのに車はベンツに乗っていた、昔は六本木でコックをやっていた。

嘘を付いては女を連れ込むので大体の女は熱が冷めると出て行った。

驚くのは彼はそんな女を脅したり嫌がらせをしたりしてたかっている。

部屋に上がるとヒモ生活を送る男だけ合って女が嫌がる様な汚い部屋ではない。

小ぎれいに整頓し、おしゃれな演出を心がけていた。

ソファーに座るとヨッシーはコップにオレンジジュースを注いで出して来た。

「ちょっと待ってて下さいね。」

というとヨッシーは奥の部屋で女に電話をかけていた。


どうやら昔の女を脅しているようだ。

全く最低の男だ。免許は原付しか無く乗るのはいつも助手席で

ヨッシーは友達の女でも平気で手を出す様な男なので周りから追い込まれ一時逃げていた事もある。

10分程待っただろうか、ヨッシーが戻って来た。


波多がタバコを消しヨッシーの方を見るとニヤケながら言った。

「5千円用意できました。少し待ってて下さい、多分30分以内に持って来ますんで。」

「わかった、どうせ最近は暇だし茶でも飲んで待っとくか。」

するとヨッシーは愛想笑いをしながら波多のご機嫌伺いを始めた。


田口の下の太刀川の下の波多のご機嫌を伺っているのである。

何とも滑稽な様子ではあるが違法の世界とはある意味では簡易的な縦社会なのである。

しかも、それを構成しているの実力でもなく経験でもなくただの虚勢である。

勿論、そうでない場合もあるであろうがその場合は車や所持品や噂や事件等々、本人が口にせずとも分かるものである。


波多がソファーに座って煙草を吸っているとその横でヨッシーが嘘を並べ立て昔の事を語っている。

「お前さぁ、少し煩いよ。」

「すいません。」この時もヨッシーは笑顔である。

するとヨッシーの電話が鳴り、頭を下げて部屋を出て行った。

女が金を持って来たようだ。波多は鞄から大麻を取り出し、机の上に出しておいた。

ヨッシーが戻るとすぐに「すいません、これ」

と言ってお金を出した。波多は確認すると財布にいれ黙って部屋を出て行った。

ヨッシーはすぐに玄関の鍵をかけソファーに戻り袋を開けた。

鼻を袋に入れにおいを嗅いだ。

野草の青臭さが辺りに立ちこめヨッシーはにやけた。

テレビの横から大きな水パイプを取り出し中に水を入れ受け皿の部分に草を入れライターで火をつけながら一気に吸い込んだ。

「ぶへぇ!!!!!!」

水の量が多すぎて水を飲み込んだのだ。

水パイプは直接大麻を紙に巻いてタバコの様に吸うと喉が焼けて痛くなるのを防ぐ為に一度水で煙を冷やす役目をしている。

台所に戻り少し水の量を減らした。


再度ソファーに座り吸引を始めた。

煙を思いっきり吸い込むと息を止め目をつぶった。井上が薬を気化させて吸った時と同じ要領だ。

一気に鼻から白い煙を吐き出した。

「ぷはぁ〜」

するとヨッシーは一息入れてまた同じ事を2〜3回繰り返した。

ヨッシーは空腹状態だったのですぐ効くだろうと思った。

大麻の成分は一度体内の脂肪分に吸収されてから体内に回るので薬物の様に即効性はない。

しかし、空腹だった為か10分程でとても気持ちが良く鳴って来た。

日頃は気にもしないのに呼吸をする時の肺の動きや空気の流れ、力が抜けているはずの肩の力が更に抜けて行く。

足の力も全く入っていない。こうなると日頃どれだけ自然に力が入っているのかが分かる。

「ったく、日本は肩がこるぜ。」

この男よく言うもんである。

とても気分がいい。音楽をかけた。昔流行ったSnoop Dogの曲をかけた。

Snoop Dogは人気ラッパーで昔、アメリカ西海岸vs東海岸のレコード会社やギャングの激しい抗争の時に殺人容疑をかけられた黒人ラッパーで今でも当時のレコード会社の社長には裏切り者として狙われている人気アーティストだ。

相手の東海岸のレコード会社は当時は戦争に巻き込まれるのが怖くて表に出てこれなかったパフ・ダディーで、こちらも今では洋服のブランドなどを立ち上げ音楽やファッションの世界で成功した人物だ。

ヨッシーは自分が意気地がない為かこの様なギャングスタイルに今でもあこがれている。

その為だろうか、人には今でも人気DJだったと嘘を付く事が多い。


Snoop Dogの曲がとても気持ちよい。

実際に曲が体を触るのだ。聞こえてくる音が空気を伝わり耳に入った瞬間から形になる。

そしてそれは体を触りはじけて行くのだ。まるですごく柔らかいプリンがゆっくり体に当たってはじけて行く様な世界に浸っていた。

更に目をつぶると聞こえる音が脳みその中で歌詞がイメージした形になり頭の中で暴れ回っている。

想像するだけでおかしい。

「ふふぅぅぅ、....がはぁぁ〜!!!」

ヨッシーは腹を抱えて笑いだした。腹筋がねじれる程笑っている。

笑いを止めようとしても次から次に笑いの波が体の奥からわいてくる。

するとまた一服した。

今度は窓から指した日差しの美しさに感激していた。

ヨッシーは寛大な心になり平和に感謝をし涙を流していた。


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