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9/17

クリスマスのはなし

pixivさんの「ブックサンタ2022」に参加するために書き下ろしたもので、同じものをpixivにも投稿してます。

本編から半年くらい経った時間軸の話になりますが、これだけでもある程度わかるように書いたつもりです。


12/13 修正途中のものをアップしていたので本文差し替えました

「えっ、この世界にもクリスマスってあるの?」


 心底びっくりした声が出た昼下がり。

 そんなわたしの反応に満足そうに微笑むのは、紆余曲折を経て雇用主から婚約者へと関係性がチェンジされてしまったセルヴィス様の妹であり、ハイパー美少女天使でもあるマリエルちゃんだ。

 ちなみに美少女天使はわたしが脳内で勝手に使ってる呼称であって、本人は最強に可愛い女の子です。念のため。

 真っ黒でサラ艶な長い髪を後ろで複雑に編み込んで、レースの飾りがふんだんにあしらわれたワンピースがとてつもなく似合っている彼女は、異世界転生を果たしたものの実の家族に軟禁状態で育てられたわたしの恩人で、同じく前世の記憶を持つカコモチ仲間でもあるのだけれど、その辺りの詳細については本編を読むか脳内で適当な補完をお願いします。

 今日は週に二度ほど設けているマリエルちゃんとのお茶の時間で、彼女の私室にあるソファとテーブルに向かい合って座りながらわたしたちは仲良く雑談に興じていた。というわけだ。

 冬本番といわんばかりに木枯らしが降る中で、暖かい室内で頂く紅茶とケーキは正義である。


「こちらのクリスマスの過ごし方は家族と静かにすごすのが主流なんですけど。今年はお兄様とふたりだけかなと思っていたので、リディーナお義姉様とご一緒出来るのはとても嬉しいです」


 薔薇色のほっぺに長い天然物の睫の影を落としながら、えへへとはにかむように微笑む仕種がもう可愛い。優勝。

 マリエルちゃんとは七つほど年が離れているし、前世でもわたしは社会人で彼女は女子高校生だったのでやっぱり年が離れていたけれど、なんだかんだ友人としても仲良くしてもらっている。

 わたしは現在十七歳、彼女は十歳だ。

 とはいえ。


「あのね、マリエルちゃん。一応婚約することは合意の上だけど、ちゃんと、その、りょ、両想い……なんだけども。ちょっとそこでニヤつかないで。可愛いけど、とても可愛いけど。そうじゃなくって、その、お義姉様って呼び方そろそろ改めませんか? だってわたしまだ結婚してない」

「えー、いくらリディーナお義姉様のお願いでも駄目ですー。あたし憧れだったんですよ。お姉ちゃん欲しいなってずっと思ってましたし、それがリディーナさんなら大歓迎ですし。大丈夫ですよ、万一お兄様とお別れすることがあるとしても、あたしはお義姉様についていきますから」

「それは駄目。わたしについてきたら間違いなく路頭に迷っちゃうから」


 真顔でマリエルちゃんが言うものだから、こちらもついついマジレスしてしまう。


「――セルヴィス様からリディーナ様へ別れを告げる可能性はまずないでしょうが、万が一そうなってマリエル様がリディーナ様についたとしても、私もおりますので路頭に迷うことはないでしょう」


 さらにガチでマジな回答が飛んできた。

 この人がいうと真実味が増すというか重みが違うというか、なんとも言えない気持ちになりながらケーキを一口。先日町にあるケーキ屋さんのケーキが美味しいとはしゃいだからか、日替わりで違う種類のケーキが出てくるようになってしまった。大変ありがたいことである。

 今日はしっとり固めのチョコレート生地に、真っ白な粉糖がふるわれている。

 一気に食べられないわたしのためにか小さめに切り分けてもらえてるのも嬉しい。


「というかサラ先輩、話に参加するならこっちに来ませんか?」

「いいえ、使用人の立場でそのようなことは出来ません」


 わたしの背後、壁に立っているのはサラ先輩。わたしがここに来て働き出したときの直属の上司でマリエルちゃん専属のメイドさんでもある。ふわふわな銀色髪の一見するとおっとり系グラマラス美女だけれど、身体能力が半端なくてマリエルちゃんの可愛さに心酔しているなんだかよくわからないひとでもある。

 ちなみに、害はない。


「リディーナ様も次期ボートウェル夫人となるのですから、私のことはどうぞサラとお呼びください」

「…………善処します」


 多分当分無理だろうけれど。

 そんな内心を隠してそっと視線をテーブルに向けた。

 可愛い茶器に綺麗な色の紅茶、心躍るケーキ。これらだけでも十分にクリスマスのようだけれど。


「クリスマス、クリスマスかぁ」

「どうしたんです?」

「んんんん、いや、プレゼントとかそういうの用意した方がいいのかなって。それともこっちだと家族でひっそりパーティするだけで、プレゼント交換とかサンタさん的なものはないのかな」


 なにせ異世界。

 クリスマスという呼び名や風習は似ていても、まったく一緒という保証はない。

 町にあるたこ焼き風屋台だって、見た目はたこ焼きそのものだったけれど中身はチーズやベーコンだったし。


「そうですね、サンタさんはいませんけどその辺りあんまり前世と変わらないかもしれません。あたしは直接はみたことないですけど、町もイルミネーションで彩ったりクリスマスっぽい装いをするらしいですし。お兄様も――」


 そこでマリエルちゃんは不自然に言葉を切った。

 そして気まずそうにわたしを上目遣いに見遣る。


「……リディーナお義姉様ごめんなさい、このお話はやめましょうか」

「ううん、続けて大丈夫。近々町に下りる予定もあるから、多分そこで気づいたと思うし。むしろ、情報が欲しいくらい」

 

 なにも知らずに当日を迎えてサプライズされるいたたまれなさを想像する。

 出会ったばかりの時こそめちゃくちゃイケメンだけどとんでもないシスコンだなという印象だった我が婚約者様は、ある日を境にイタリア人男性(想像)かな? ってくらいストレートに愛情表現をくれるので、おたくな日本人女性であったわたしへの心臓負担がものすごいのだ。

 マリエルちゃん曰く、それがこの国のスタンダードらしいんだけど。

 だって告白されてから婚約に至るまでが一週間だったんだもの。その辺りも、また別の機会に語る予定なのでやっぱり割愛するんだけど。

 

「リディーナお義姉様の用意してくれたものならお兄様なんでも喜びますし、あまり気負わずはじめてのこの国でのクリスマスを楽しんでください。あたしもその方が嬉しいです」

「……未来の義妹がとんでもなく可愛い」

 

 知っていたことではあるけれどしみじみと噛みしめる。

 セルヴィス様へのプレゼントも考えることではあるけれど、目の前の彼女にだってなにかを差し出したい。まあ、これだなと思っていてめちゃくちゃ喜んでもらえるだろうものはあるので、マリエルちゃんに関してはあまり悩まなくて済みそうなんだけど。


「あたしも色々準備をしてるので、楽しみにしてくださいね」


 そうはにかむマリエルちゃんに頷いて、話題は別のことへと自然に変わっていった。

 マリエルちゃんとのおしゃべりはいつもそうで、お互い話題に事欠かなくて楽しい。年齢こそ離れているけれど、お互いの出自的にも気兼ねのない話が出来るのは貴重で、あとは、まあ、同じ趣味を持つ者同士という側面が多いかもしれない。

 わたしの結婚で義姉妹になるわけだけどそれ以前に、わたしたちは友達なので。




 ――なんて、ほのぼのしていた時期がわたしにもありました。


「セルヴィス様へのプレゼントが決まらない」


 そう自室で頭を抱えたのはクリスマスを一週間後に控えた今日だった。

 この世界のカレンダーはありがたいことに前世と同じような日付を刻むスタイルで、十二ヶ月を一年としていると知ったのはいつだったか。なんて、つい現実逃避をしてしまう。

 マリエルちゃんからクリスマスのことを聞いてからずっと悩んでいるんだけど、セルヴィス様がもらって喜ぶものがさっぱりわからない。

 マリエルちゃんが頑張って描いた似顔絵とかは額縁に飾りそうだなとは思うんだけど、そういうことじゃないし。あんまりうんうん唸り続けてるものだから、サラ先輩にリディーナ様にリボン巻いておけば大喜びされますよとか言われてしまった。

 多分悩み続けるわたしをマリエルちゃんがとても心配そうにしてるので、打開策かとっとと決めてしまえ的な激励で言ってきたんだと思う。

 あの人本当マリエルちゃん至上主義だな。

 うんわかる。ってなるからそこに対して思うことはないんだけど。

 婚約者になってすぐ、使用人寮からこの屋敷にやっかいになると決まった当初用意されていたわたし用に整えられた客室ではなく、セルヴィス様の隣の部屋に引っ越しをした。家具で塞いでるけど隣のお部屋と直通のドアまであるのはまあ、うん、そういうことで。

 それから半年近い時間が経ったけれど、わたしたちの関係は清いままである。

 いや確かに前世でもクリスマスといえばみたいな推しカプ漫画はいくつも嗜みましたし? わたしもおたくの端くれとしてそういう漫画を描いたりはしましたけどね? さすがに自分がやるのはハードル高すぎるし無理です。無理無理。

 大体プレゼントはわたしとかどうなんだ絶対引かれるでしょうが。

 それに、なにより。

 

「……セルヴィス様も一応その辺はわたしにペース合わせてくれるって言ってくれてるし」


 スキンシップはあるけど、こっちの限界を見極めるみたいに少しずつ触れてくれるから、そういうのは、なんだ。正直嬉しいんだけど。

 うわーん顔が、顔が熱いです。赤くなってる自覚があるからテーブルに突っ伏せば、手元のペンがコロコロ転がって床に落ちる。


「あ、いけないいけない」


 慌てて顔を上げて机に置いた出来たばかりのクリスマスカードの無事を確かめる。

 色とりどりの、我ながら頑張って描き上げた七枚のカードは、わたしからマリエルちゃんへのプレゼントだ。

 はがきサイズの紙に描いた、彼女がわたしを見つけるに至った前世で好きだった漫画、通称「カゼハナ」のキャラクターたちがクリスマスの用意をするイラスト。アドベントカレンダーには間に合わなかったけれど、一週間前からケーキを作ったり、パーティ会場を整える様を描いてみた。

 もちろんすべてのカードでメインに据えているのは、マリエルちゃんが大好きなあの鼻のキャラクターだ。

 資料なんてないから記憶頼りではあったけど、まあまあ及第点と言えるだろう。

 イラストを描くことを仕事として与えられているから、多少勘も戻っているし。

 水彩の優しい色合いで描いたそれらは構図からなにからめちゃくちゃこだわったので、喜んでもらえるといいなあなんて思う。いや、正直喜んでもらえるとは思うんだけど。

 自慢にしてしまいたいくらい嬉しいことに、前世のマリエルちゃんは前世のわたしのファンだったそうなので。

 もう少し時間があれば印刷所とか紹介してもらってカレンダーとか作ってみたかったなと思ったけれど、それはまた別の機会にやらせてもらおうかな。

 描き上げたイラストたちがきちんと乾いているのを確認して、まとめたそれをサラ先輩に用意してもらった包装紙でまとめてリボンをかけてみる。

 薄青色のレース素材の包み紙に濃いピンクのシフォン素材のリボンはなかなかいい組み合わせで、さすがはサラ先輩だなあと感心すらしてしまう。本当は自分で選べたらよかったんだけど、セルヴィス様にはわたしがクリスマスのことをしらないことになっているので、こっそりとなるとサラ先輩を頼るしかなかったのだ。

 魔法が当たり前に存在するこの世界で魔力を持っていないわたしは、身を守るすべを持たないからと出かけるときは誰かしらについてきてもらわないといけない。

 ……というか、セルヴィス様としか出かけたことないんだけど。

 そんなわけでいままであまり興味を示さなかったラッピング素材を見たがるにしても不自然なタイミングだろうと、サラ先輩を頼ったわけです。頼んだ直後にノータイムでこれを渡されたときには、心の声やっぱり読まれてるんじゃないかって邪推もしちゃったけど、その可能性はいまだに捨て切れてないけど、サラ先輩のマリエルちゃんを第一にってところは間違いないので呑み込むことにした。

 リボンの形を整えて、その間にメッセージカードを差し込んで、よし。と納得したところで部屋のドアがノックされたので、マリエルちゃんへのプレゼントを机の引き出しに隠してから、返事をしながら立ち上がった。

 

「はいはーい」


 そっとドアを押し開けば、そこにいたのはセルヴィス様だった。

 相変わらずの顔面力の高さだけれど、わたしを見下ろす目線はどこまでも優しい。いや、あの、もう婚約結んで結構経ちますけど、圧倒的なイケメン具合には全然慣れないのでアイマスクでも送って常時つけててもらおうかな。それともわたしがつけるべきか。

 出会ったばっかりの頃はただただ顔がいいなあとしか思ってなかったのに、そこに恋心が付随すると受け止め方がここまで変わるだなんて思ってもみなかった。

 あ、常時アイマスクのセルヴィス様ってちょっと面白いかも。あの、変な目が描いてあるやつとか。イケメンがああいうのしてもやっぱりイケメンだってわかったりするのかな。


「――またなにか妙なこと考えてるだろう」

「いやいやいや、滅相もないです。ていうか、なにかありましたか?」


 相変わらずこの人は鋭いな。

 いや、わたしがわかりやすいのかもしれないけど。


「最近なにか忙しそうにしていてゆっくり話も出来なかったからな」

「あー、それは」


 夜の空いた時間でマリエルちゃんへのプレゼント作成をしていたからだ。

 婚約して以降は使用人が自由に出入りできない部屋を与えられたので、それまでセルヴィス様の執務室でのみ許されたイラスト作成が自室でも出来るようになったのも大きい。セルヴィス様から依頼されたものに関してはいまだ執務室内の専用スペースなんだけど。


「……マリエルちゃんには内緒にしてもらえます?」


 ちょっと思案して全部を嘘で誤魔化すのは無理だなと判断したわたしは、一部を語ることで誤魔化そうとしたわけですが。


「君たちのいた世界にもクリスマスがある。という話なら、すでに知っているが?」


 ばれてーら。

 せっかくしらない振りをしようと思っていたけれど、ケーキは甘いしマリエルちゃんは可愛いの天才。くらい、当たり前みたいな顔でセルヴィス様が言うものだからこっちとしてもぷしゅーと空気が抜けたみたいな気持ちになった。


「家には二人カコモチがいるからな。ある程度の予備知識はあった方がいいと取り寄せた資料に書いてあったんだ」

「……なんだ。サプライズでなにかされるかもと思って知らない振りしてたんですけど、意味なかったんですね」

「それも考えないではなかったし、君の気遣いに乗っかろうとも思ったんだが、クリスマスに気を取られて婚約者殿に構ってもらえないのも違うなと思ったんだ」


 ならばさっさとネタばらしをして、悩んでる時間をそっくりもらい受けたかった。

 あっさり告げたセルヴィス様の指先が、そっとわたしの頬をくすぐるように撫でた。


「それに、最近寝不足みたいだったから憂いはひとつでも少なくしようと思った。というのもあるな。クマが出来てる」

「えっ」


 たしかにマリエルちゃん宛の自作カードで睡眠時間を削っていたけど、そこまでだとは思ってなかった。

 今日は早く寝るべきかもしれないと思っているうちに、セルヴィス様のてのひらは目元をこすって耳元へ滑りそのまま抱き寄せられる。

 衣服越しに伝わる体温にはさすがに慣れた。というよりも落ち着いてしまうので、こういう接触は好んでいるということは多分とっくにばれてんだろうな。

 恥ずかしいのはわたしを見透かすような高い温度と湿度を持った真っ黒な瞳に見つめられることと、砂糖を煮詰めただけじゃここまで甘くならないよ! っていう数々の言葉たち。

 そこについてはセルヴィス様も了承してくれているので、ゆっくり慣れるように努力はしたいと思ってる。

 数を減らしてください手加減してくださいという主張は黙殺された。というのもあるけど。


「マリエルのプレゼントの用意は終わったみたいだから、あとはゆっくり休んでもらいたいんだ」

「えっ、サラ先輩だけじゃなくてセルヴィス様もエスパー? なんでそこまでこっちの事情が筒抜けてるんです?」


 びっくりして少しだけ身体を離して顔を覗き込めば、鉄壁の笑顔が迎え撃ってくれた。

 うっ、まったく読めない。

 

「誤解しないでもらいたいんだが、家の中の君の行動を逐一報告させてるわけでも、監視しているわけでもないぞ」

「……されてたらドン引きくらいはしますけど、セルヴィス様がそういうことをするって疑ったこともないですね。するならまずわたしに許可取りそう」

「そうだな、俺としてはどれだけ信用を置いてる部下だとしても君の行動を見張らせたくはないから、その選択肢はまず捨てるな」

「えっ」

「可愛い君の姿をみるのは俺だけでいいだろう」


 疑問形ではなく断定で言いましたねこの人。

 まあわたしとしても命の危険がない限りは監視されるのいやだなって思うけど。


「そもそもわたしのこと無条件で可愛いとか言うの、多分セルヴィス様だけですよ」


 わたしは客観性のあるニンゲンを自負してるので、前世の自分に比べればリディーナは可愛い女の子だと思ってるけど、めちゃくちゃ可愛いかと言われればそこまででもなくまあ普通に可愛いかな。みたいなあれだ。

 クラス単位でみれば可愛くみえるけど、学年とか学校全体でいけば埋もれる。みたいなやつ。

 そもそもわたしの周りにいる人たち、外見レベルがめちゃくちゃ高いというのもあるけど。

 でも、まあ。


「セルヴィス様に可愛いと思ってもらえるのはわたしとしても大変嬉しいので、今後もそう思って頂けるよう尽力する所存です」


 顔を見ながらいうのは恥ずかしいので、腰辺りにぎゅーとしがみつきつつセルヴィス様の胸元に顔を押しつけておいた。

 たまにはね、わたしだってね、愛情表現くらい出来ますし?

 これに対してどうやり返されるのか、緊張と期待とおっかなさをない交ぜにしながら待つこと数秒、セルヴィス様からのアンサーはなかった。

 ……これは、あれかな、顔を上げた瞬間なんかとんでもない恥ずかしいことを言われてしまうかもしれない。

 そう思って更に数秒待つけれどやはり音沙汰はなくて、でも、わたしを抱きしめてくれる身体がめちゃくちゃ熱くなってきたのでおそるおそろ顔だけを上げてみた。


「………………え?」


 いつだって恥ずかしい台詞を楽しげに、時には幸せそうに、嬉しそうにしながら連発していたセルヴィス様が、サンタ服が裸足で逃げ出しちゃいそうなくらい真っ赤になっていた。

 いつも理知的な光を失わない黒色がぽかんと見開かれて、自失しているみたいな。


「かお、真っ赤、ですね?」


 思わずそんな言葉が出たけれど、セルヴィス様は少し困ったみたいに眉をハの字にしてくしゃりと笑った。


「リディーナがあまりにも可愛くてたまらなくなった。すごいな君は、心臓がこんなにしめつけられるようなのに嬉しいなんて」


 ちょっとだけ隙間のあったお互いの身体が、セルヴィス様の腕に力がこもることで再びぴったりとくっついた。ぎゅううと内側にたまる愛しい気持ちを発散するように、伝えるように。でも、腕にこもる力はわたしを気遣って優しい。

 

「……セルヴィス様、わたしマリエルちゃんへのプレゼントの他にもうひとつ寝不足の原因抱えてるんですけど。どうにかしてもらえますか?」

「俺に出来ることならなんでも」


 躊躇なく答えてくれるその声に勇気をもらって、どんなとんでも回答でも出来るだけ応えてやろうと腹に力を込めた。

 

「クリスマス、なにが欲しいですか?」

「…………それは、リディーナから俺へ?」

「そうですよ、なんで他の人のプレゼントをセルヴィス様に聞かないといけないんですか」


 

 ぴくりと抱きしめてくる腕が一瞬だけ揺れた。

 数秒の葛藤の後届いたのは、ちょっとだけ困ったような声。


「君からはもうたくさんのものをもらっているから、これ以上はもらいすぎになってしまう」

「そういう優等生なお返事はいいんです。物で考えたりもしましたけどセルヴィス様が特に好きな物って浮かばなかったんです」


 プレゼントの定番品は自分で買いそうだし、セルヴィス様が身につけるに相応しいレベルのものだとわたしの手持ちではまず買えない。

 セルヴィス様にわたしがなにかを差し出してるんだとしても、それ以上にこっちがもらっているのが実情だ。

 だというのに、彼はそれを否定するのだ。


「それじゃあ、クリスマスの夜は朝まで俺と過ごしてくれないか?」


 耳元でささやかれた声は低くて艶やかでくすぐったさに肩が跳ねた。

 わざとだ。絶対わざとだ。

 そう言えばわたしが引くと思ってるんだろうな。

 その通りではあったはずなんだけど、ここまで期待されてないと思うとこう反骨精神がね。


「おっしゃわかりましたどんとこいです!」


 気合いと度胸と勢いだけで返せば、今度はでっかいため息が頭のてっぺんに降りかかる。しかも腕の力が強まってちょっと大分痛いし苦しい。


「って、セルヴィス様タンマタンマちょっとさすがに力緩めて」

「……君には、俺の努力をもう少し理解してもらえると嬉しい」


 すっと緩んだ腕の力と、色んな感情を押し込めてそうな声に、つかない引っ込みがむくむくと顔を出す。

 頭のどこかで冷静な自分はやめとけやめとけって言ってるのに、なんだろうな、感情の制御がうまく出来ないというか。


「セルヴィス様はわたしのことめちゃくちゃ純粋無垢とか思ってそうですけど、そのくらい、わかってますよ。一応前世では成人だってしてましたし」


 経験こそないけれど知識だけはあるし、それもセルヴィス様は知っている。


「わたしの前世いたとこだと、クリスマスって恋人同士でいちゃいちゃする日でもあったんです。だから日中はマリエルちゃんと三人ですごして、マリエルちゃんが寝た後ふたりでゆっくり出来たらなって、……ですね」


 一歩どころか一足飛びに数キロ単位でかっ飛ばされそうだけど、そこはもうなんというか、わたしの覚悟の決まり方次第。でも、あるんだけど。

 そう思って見上げれば、熱を帯びた瞳がゆっくりと細められてわたしを映した。

 額に、鼻先に、薄くて形のいい口唇が触れて、もう一度抱きしめられる。


「そうだな、最近は俺も忙しくてあまりゆっくり出来なかったから。クリスマスの夜は温かい飲み物でも飲みながら久しぶりにいろいろなことを話そう」

「……話すだけ?」

「……………………」


 あ、また長い沈黙。

 自分でもちょっとどころじゃなく意地悪な問いかけだなとは思ったけど、普段意図的にめちゃくちゃ困らされているので、たまにはって思ってしまう。

 長考は秒どころか分単位で続き、うんうん唸った後で肯定が返ってきた。


「多分、というか、間違いなくふたりきりではすごせないだろうからな」

「え?」


 セルヴィス様の言葉の意味がわかるのは、クリスマス当日のこと。

 わたしからのプレゼントに感激したマリエルちゃんが興奮したせいか寝付けず、わたしたちは一晩中、それこそマリエルちゃんが眠るまで彼女の部屋でお話をすることになったから。

 セルヴィス様、わたしの指やてのひらにあるインク痕からマリエルちゃんへのプレゼントを予測していて、そのまま三人で一夜を明かすことを予想したらしい。

 でも、まあ、そんなクリスマスも悪くなかったなと言うのがわたしの感想で。

 ふたりきりはまた改めて、そんな風に思うのだった。

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