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07 わたし、あの子の神様らしいので


 わたしという重しを肩に担ぎ上げたまま、サラ先輩は夜の邸内を疾走する。

 流れる景色がとても早くて、とても人間一人抱えてるとは思えないほどだった。わたしの体重ゼロにでもなったのかな?

 というか、担がれてるお腹の辺りに全体重がのしかかっているせいで胃が圧迫されて苦しい。もっというとスカートの裾は大丈夫だろうか。めくれ上がっていないことを祈る。

 どんどん轟音の発生源へ近づいているし、それが本邸だとわかればなにが起きているかも想像に難くない。

 あの、初めて出会ったあの日。

 わたしを憲兵さんに連れて行かせようとしたセルヴィス様に、怒り心頭となったマリエルちゃん。


「マリエルちゃん、どうしたんでしょう」

「……想像はつきます。ですのであなたをお連れするのです」


 わたしがいってどうなるものでもない気はするけど、サラ先輩の中でそれは決定事項らしい。

 次第にざわつく声が聞こえてきて、本邸玄関前に夜勤対応の使用人たちが集まっていることがわかった。なにも見えないけど。サラ先輩腕力もすごいのか、落っこちそうにならないのもすごいなって現実逃避くらいしかわたしには出来ないけど。


「――状況は?」

「マリエル様がセルヴィス様の執務室をお訪ねになった直後大きな音がして、セルヴィス様から全員邸内から出るようにという指示が」

「わかりました。後はこちらに任せて、皆さんは自室にお戻りください。明日の朝は予定通りの勤務でお願いします。私はこのままセルヴィス様の元へ向かいますので、落ち着いた後の業務についてはギルバートに指示を仰いでください」


 おお、サラ先輩のよどみない指示。

 状況判断が素晴らしいのは結構なので、肩の上で荷物よろしく担がれてる人間の状況も気にして欲しい。地味にこの姿勢きついし頭に血が上ってきた気がする。

 がっちり固定されていて、身じろぎすら出来ないし。

 どうにか助けを求められないかと視線を巡らせれば、先ほどのメイド三人と目が合った。

 この状況で助けてくださいって言ったら助けてくれないかしら、なんて考えがよぎったけどさすがに難しいだろうなあ。

 なにせ相手はサラ先輩だもの。

 そんな諦念が頭をしめたときだった。

 

「あ、あのサラ様。どういう事情でリディーナさんを担いでいらっしゃるかわからないのですが、そのままではリディーナさんがつらそうです」


 うわありがとうございます!

 視線を自由に動かせないので誰が言ったのかまでは確認できなかったけど、三人の内の誰かだとは思う! 一生恩に着ます。具体的な感謝の表し方わかんないけど、急なシフト変更とかいつでもお受けしますんで!

 そんな調子のいい言葉たちを、実際に音にすることは出来なかった。

 これまでとは比べものにならないような振動が響いたからだ。

 ビリビリと本邸全体を揺るがすようなそれは、前世で幾度か経験した大きめな地震を彷彿させる。

 いやあのこれ大丈夫? この国って建物の耐震強度とかどうなってるのかな? 大丈夫?


「ではみなさん、先ほどの指示通りにお願いします」


 告げたサラ先輩はやはりわたしを担いだまま本邸へとよどみのない足取りで入っていった。階段もアスリートみたいな速度で駆け抜けていく。

 さっき二階から当たり前の顔して飛び降りたとき、肩の上のわたしに一切衝撃なかった時点で言うべきだったのかもしれないけど、このひとの身体能力どうなってるんだ。

 そうこうしている間にたどり着いたのは騒音の根源とも言える執務室前で、ようやくわたしは地面に足をつくことが出来た。


「では、いきますよ」

「いやいやいや待ってください、わたしをここに連れてきた意味とは」

「あなたがマリエル様にとって特別で憧れのひとだからです。これまで何度もマリエル様はこういった事態を引き起こしましたが、そのときには強行手段でお止めすることなどもちろん出来るはずもなく、有効な手段もなかったため魔力切れを待つことしか出来ませんでした」

「魔力切れ」

「そうなるとマリエル様は一週間ほど自由に身体を動かすことが出来なくなります」

「…………つまり?」

「マリエル様を安全に止めてください」

 

 ものすんごい無茶ぶりだった。

 こちらの返事なんて待つ間もなくサラ先輩が執務室の扉を開く。

 その先には、いつかみたように燐光を纏うマリエルちゃんがその場にうずくまってなにかを叫んでいて、それに対峙するようにして立つセルヴィス様がいた。

 マリエルちゃんの放つ光は脈動のように弱くなったり強くなったりを繰り返すたび、屋敷全体が揺れるようで、でも壁や天井にヒビ一つ入らないのはきっとセルヴィス様がどうにかしてるんだろう。

 わたしには魔法適性はないらしかったので、ふわっとしかわからないけどきっとそう。そのはずだ。


「セルヴィス様、リディーナさんをお連れしました」

「……呼んでないが?」


 あ、よかった。セルヴィス様の命令とかじゃなくてサラ先輩の独断か。

 ――いや、よくないな?


「あの、サラ先輩にマリエルちゃんを止めてくれって言われて連れて来られたんですが、マリエルちゃん、どうし、っと」


 一歩室内に足を踏み入れると、なんだろう、風? のような、めちゃくちゃ強い圧を全身に感じる。身体全部をぐいぐいと強い力で部屋の外へと押し出されされるような。

 よろけたところをすかさずサラ先輩が支えて背中を押してくれるけど、圧迫感が強すぎて一歩一歩足を進めていくけどかなりしんどい。あれかな、重力ン倍になりましたみたいなやつ。正直呼吸もきつい。

 後ろからの力の方が強いみたいで、足が上がらなくてもずずずと靴裏が絨毯を滑っていくけど。

 サラ先輩容赦ねえですね?

 苦しいしきついけど抵抗も出来なくて意識が遠のきかけたところで、てのひらが眼前に伸ばされた。

 

「手を」

「え、っと、はい」


 セルヴィス様の手だ。

 咄嗟に伸ばしてすがるようにつかんでしまった、節立っていて大くて熱い肌荒れしらずのてのひら。……男の人の手だ。

 

「……ありがとうございます、呼吸、楽になりました」


 仕組みはわからないけれど、セルヴィス様に触れたら身体にかかる負荷はすべて消え去って、ほっと息を吐き出した。

 これは言ってしまえば医療行為みたいなもので、スキンシップ的なものはない。わかっていても緊張してしまうのは、異性とこういった皮膚接触をした経験が前世問わずほぼほぼないからだ。しかも相手が相手なんだもの。緊張しても仕方ないじゃないか。


「サラ、彼女には魔力がないから耐性もない。連れてきたら危険なことくらいはわかるだろう」


 厳しい調子でサラ先輩に注意を向ける我らが雇い主、圧倒的ホワイト。対するサラ先輩はといえば、いつもの無表情のままマリエル様のピンチですので。と、返した。

 うん? サラ先輩もしかしなくても、セルヴィス様以上にマリエルちゃんガチ勢でいらっしゃる?


「…………いえすろりしょた?」

「ノータッチ!」


 おそるおそる訪ねれば、かつてないほど強い返事がきた。

 無表情で親指を立てるな。

 おっとり系美女に見える人の言動がこれだと思うと脳がバグりそうになるんですが? 

 サラ先輩ももしかしてカコモチなのでは? なんて疑問がよぎるけど、いや、詮索は駄目か。


「なんだそれは、なにかの符帳か?」

「みたいなもので――うわっ」


 緊迫感をなくしていたけど、ひときわ大きな振動にこらえきれずよろけたところを、セルヴィス様に肩を抱き寄せられる形で支えられた。いや近いさすがに無理!

 ていうか、なによりマリエルちゃん!

 なるべく不自然にならないようにお礼を伝えて身体を離す、手は、うん、許して。

 セルヴィス様に改めて状況を確認しようとしたとき、うずくまるマリエルちゃんの傍に紙が落ちていることに気がついた。

 あれは。


「……わたしが描いた、絵?」

「なんでっ、なんでよ! あたしだって先生のイラスト欲しいの我慢してお茶をご一緒するだけで満足してたのに!! なんでお兄様ばっかり!!」


 はかったようにマリエルちゃんが声を荒げた。

 いや、もうそれ答えじゃん!


「…………そういえば、マリエルちゃんに新しいお仕事させてもらってること話してなかったな」


 ちらりとセルヴィス様を見遣れば、気まずげに視線を逸らされた。

 まあでもそうよね、年の離れた外見年齢は十歳くらいの妹相手に仕事の話は普通しない。わたしの話題になることもないだろうし。

 マリエルちゃんがわたしの描いた鼻のキャラクターの一枚紙をそっと手に取って、大事に抱え込むとぽろぽろと涙をこぼした。


「ずっと、好きだったんです。力は弱くて戦闘では一切役に立たないけど、仲間が苦しいとき、精神攻撃に折れそうになったとき、いつだって彼の言葉が突破口になってて、明るさしか取り柄がないなんて笑う彼にいつだって救われてて、でもあんまり人気なかったから、すぐ卒業みたいになっちゃって、でも、大好きでえぇぇぇっ」


 えぐえぐと嗚咽を漏らすマリエルちゃんは、我を忘れているようにも見える。

 目の焦点が合っていないから、多分、いまここにわたしがいることにも気がついていない。


「マリエル様は常人よりも多くの魔力をその身にためているのですが、一定の周期でそれが暴走をして感情の制御が出来なくなるのです。結果、このようにためきれなくなった魔力が爆発してしまい、マリエル様自身も一種のトランス状態となってしまうのです」


 サラ先輩わたしの思考読んでます?

 的確なアンサーすぎてちょっと怖いんですけど。

 でもまあ、不安定だったからこそ今週のお茶会はキャンセルされたんだろうな、というのも理解した。異世界まだまだ謎に包まれてる。

 いいや、でも多分これもさっきの反省の一部だ。

 思いつつ、一歩マリエルちゃんの方へ。


「待て、君はなにをしようとしている」


 仲良しこよしというわけではないにせよ、手を取っているので引っ張られる形になったセルヴィス様が怪訝そうな顔をした。

 まあそうよね、わたしも勝算なんてないし。

 でも。


「わたし、あの子の神様らしいので」


 なんとか出来る保証はなくとも、どうにかしたくある。

 あとはまあ、いまこうして多少の不自由はあれど働いて自立したいなんてささやかで最大のわがままを、叶えてくれようとしてくれたのは他でもないあの可愛くて小さな女の子なので。

 自分だって過去の記憶と今の自分との齟齬に不安定になってしまうのに、顔を合わせる度に、困ったことはないかとか、不自由はしてないかとか、こどもらしからぬ心配をしてくれるわたしの恩人。


「それにね、わたしのいた世界では一宿一飯の恩は返すものなので。それの二ヶ月分だと思えば安いものです」


 その恩は、目の前のイケメンでシスコンでマリエルちゃんが落ち着くまで寄添うつもりだったんだろう、セルヴィス様にも言えることだ。

 後はなんというか、確認したいことがひとつだけ。

 こんなときじゃなくても、とは思うけど。

 しばらく見合って、引いてくれたのはセルヴィス様の方だった。


「わかった。だが、危険だと判断すれば即刻部屋から出てもらう」


 渋々と言わんばかりの表情に、さすがに申し訳なさが出てくる。


「万が一怪我をしても、雇用責任がーとか言わないですよ。マリエルちゃんも気にしちゃいそうだし」


 そのときにはなんかこう上手いこと誤魔化してもらおう。

 階段から落ちたとかそういう方向で。


「それもあるが、それだけでもない。――君も、その対象だと言っている」

「へ?」


 それは、どういう。

 目線だけを向けた先、真剣な黒色が真っ直ぐにわたしを映した。


「俺は、君のことも心配している」

「っ――」


 うわあんイケメンの真顔ストレート発言心臓に悪いよおおおお。

 心臓めっちゃばくばくしてるんですけどおおお。

 さっきサラ先輩がした二階から飛び降りよりも心臓うるさい、頭の中で露出激しいビキニスタイルのおねーさんがサンバでも踊ってるんじゃないかしら? っていやいや、マリエルちゃんマリエルちゃん。


「どうした?」

「っいや、余計なことかもしれないですけど、あなたたちご兄妹は自分の顔面の威力をもうちょっと考慮した方いいです。本当、マジで」

 

 いま絶対顔が赤い。

 いやだなあ、変な勘違いされたらどうしよう。

 あながち勘違いでもないのが一番困るんだけど。

 わたしってここまでチョロかったのかな。

 熱い頬をあいている手でぬぐうようにしながら、セルヴィス様は絶対意味がわからなくてきょとんとしてるだろうけど、それを確認したくないのでマリエルちゃんへ向き直った。


「ねえ、マリエルちゃん、わたしの声っていま聞こえる? 届く?」


 目をこらしてじっと見つめれば、うずくまり、衝撃波の元なんだろう青い燐光をパチパチとスパークさせながら、嗚咽を漏らすマリエルちゃんの小さな指先がピクリと揺れた。

 

「あのね、マリエルちゃんがけせらを知ってるって言ったとき、すごい嬉しい言葉をたくさんもらって、でも、すぐにぴんと来なかった。はなさんって、いたかなあってそんな風にも思った」


 ゆっくりとゆっくりと、近づく。

 気分はあれだ、野生動物と仲良くなろうみたいなやつ。

 あくまでも相手とは対等に、刺激しないように。だっけ。


「でね、さっきそのキャラクターのことを思い返していたときにね、その子のひょうきんでどんなピンチのときも明るさもポジティブさも忘れないそんなところが大好きだったなって、わたしも絶対ピンチのときでもポジティブにいこうって、そう思ったことを思い出したの」


 ケセラセラ。

 なるようになる、大丈夫。

 それはわたしにとっても魔法の呪文だった。

 異世界転生なんていま考えてもわけわかんない事態になって、それでも絶望なんかするもんかって歯を食いしばって今日まできた。

 油断すればいつだって、いまだって、悪い思考が心の内側からやってきてわたしを染めようとするけど、でもやっぱりわたしはわたしらしく、生きていたいとそう思う。

 リディーナとしてでも、けせらであった前世であっても、わたしはわたしだ。


「ねえ、マリエルちゃん。あなたは自分のことを『はな』って名乗って、わたしはそれをお花の方から取ったんだなって勘違いしてた。ねえ、昔わたしに顔についてるこの『鼻』って名前で、感想をくれなかった?」


 ゆっくりと、マリエルちゃんが顔を上げた。

 涙に濡れて茫洋としていた漆黒がわたしを映して、光を取り戻す。

 

「けせら、せんせ」


 小さな口唇から明瞭な音は出てこなかったけれど、たしかにそう動いた。

 表情はいまだぼんやりしている、わたしのことも、セルヴィス様のことも、サラ先輩のことも、まるで見えていない。真っ暗な深い闇をたたえた瞳。

 また一歩、わたしは彼女に近づく。

 なにか薄い膜のようなものが彼女を覆って、触れることは出来ないけど。

 可能な限り近くへ。


「マリエルちゃん。わたしたちそういえば、前世の記憶頼みで、親しくなるために一番大事なこと忘れてたね」


 聞こえるかな、聞こえているといい。

 初対面からずっと、唯一わたしの味方でいようとしてくれた女の子。

 真っ直ぐに好意を伝えてくれた、わたしに手を伸ばしてくれた。


「はじめまして、わたしはリディーナです。十七歳で、名字はありません。自我を持ったときには理由もわからず家族みたいな人に部屋に閉じ込められていたから、あまりこの世界のことを知りません。だから好きなものも嫌いなものもまだよくわからないけど、前に町で食べた三段のパンケーキはまた食べたいなって思っています」


 心が麻痺していたのか、辛いも、悲しいもなかった。

 だからわたしはリディーナだけどそうでないような、中途半端な感じで今日まで来ていた。

 マリエルちゃんに対しても、誰に対しても。


「いつまでここで働かせてもらえるのかわからないけど、いられる間はたくさん働いて、お金を貯めて、いつかこの世界を旅して回ってみたいなあなんて密かに夢見ています。そんなわたしだけど、マリエルちゃん、お友達になってもらえませんか? けせらでもはなさんでもなく、この世界に生きるわたしたちとして、リディーナと仲良くなってもらえませんか?」


 地に足をつけて、この世界で、この世界の人と関わりながら生きていく。

 そう、さっき決めたから。

 初めての友達は彼女がいいと思った。


「……あた、あたし、マリエルです。マリエル・ボートウェル。十歳です。貴族の家に生まれて、あ、侯爵家だっていうけどよくわかっていません。好きな食べ物はチョコレートがかかったドーナツで、怒鳴ったり叩いたりしてくる人が苦手です。勉強もあまり得意ではないです。自分で自分のこと我が儘だなって思うこともあるけど、あたしもリディーナさんとお友達になりたい」

 

 茫洋としていたマリエルちゃんの瞳に、じわりじわりと光が宿っていく。

 星空みたいにキラキラ輝いて、吸い込まれそうなほどの強さをうちに秘めながら、ゆっくり、自分の心を確かめるように言葉が紡がれていく。

 祈りのようだと、思った。

 

「――ファンじゃなくて、ひとりの、あたしとして、友達になりたい、です」

 

 そう告げたマリエルちゃんがふにゃりと笑った、その瞬間。

 彼女を中心に、竜巻のようにとぐろを巻いた燐光が一瞬強い光を放つ。

 けれどそれはなにも傷つけず、壊さず、彼女の中に吸い込まれるようにして収束した。


「っ、マリエル……!」


 大きく後ろへ傾いだ彼女の元へセルヴィス様が腕を伸ばしたのがわかった。

 小さな身体が勢いをつけたまま床に倒れ込む直前に、どうにかそれは防がれた。

 見事なスライディングでセルヴィス様よりも前に滑り込んできた、サラ先輩によって。

 そう、サラ先輩によって。である。

 

「いやちょっとサラ先輩それは台無し!」

「万が一にもセルヴィス様が間に合わなければ、マリエル様のお身体に傷が出来てしまうかもしれませんので」

 

 しれっと答えたサラ先輩は揺るがない。

 一歩出遅れたセルヴィス様もわたしの手を引いたままマリエルちゃんの前に膝をついて、なにかを確認してからほっと安堵の息を漏らした。

 多分、マリエルちゃんはもう大丈夫なのだろう。

 とはいえだ。

 いや、そもそもセルヴィス様わたしの手を離せばきっと間に合ったと思うんですけどね。

 そんな思いで傍らの彼を見遣れば、形のいい眉毛を八の字にした苦笑が返ってきた。


「マリエルの力が消えたようにみえても、君になんらかの悪影響を出しては意味がないし、俺はマリエルが無事であればそれでかまわない」

 

 そっとマリエルちゃんの頬を撫でたセルヴィス様が柔らかく笑んでわたしをみた。


「助かった、リディーナ嬢。本当に感謝する」


 心底から紡がれた謝意は、貴族の顔でもなんでもない普通の『お兄ちゃん』の顔をしていた。

 それは今まで見たどんな笑顔よりも綺麗で、返事どころか息をすることも忘れて、わたしは馬鹿みたいにその顔を見つめることしか出来なかった。

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