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03 まさか、解雇のおしらせ?


 前々から思っていたことではあるけれど、改めて言わせて欲しい。

 この世界、福利厚生すごいしっかりしすぎてません?

 そんなことを考えるわたしことリディーナ、十六歳。

 ボートウェル家で働きはじめてから、一ヶ月がすぎた日のことである。

 

 どうにかこうにかねじ込んでもらえた念願の職場は、前世知識と照らし合わせてもなかなかにホワイトな環境だった。

 仕事は基本週に五日の昼帯と夜帯での二交代、男女ごとに建物が別の使用人寮が存在していて、住み込みで働く使用人に与えられるのは四畳半あるかないかの部屋にベッドと机があるだけの狭いものだけど、完全個室なのが大層ありがたかった。

 なによりご飯。

 使用人専用の食堂があるんだけど、種類は多くないけれどバイキング形式とでも言うのか、好きな物を好きな量食べられるのがすっかり小食になってしまったわたしには心底から嬉しくも天国みたいな場所だった。

 温かいスープが、塩だけで味付けして出汁なんて概念皆無のお湯じゃないスープが、毎日飲めるんですよ。

 しかも無料。

 部屋を借りてるお金も、日々出てくるご飯のお金も、無料。

 あとは寮内に自由に使えるキッチンも備えてあって、食堂が閉まっている時間帯に食事を取りたいときでもなんとか出来るようになっている。

 そっちも最低限の食材が用意されていて、ないものは自分で用意する必要があるけれど、ありものでどうにかするならやはり無料だ。

 仕事に関しても出来ること苦手なこときちんと把握されていて、能力に見合った仕事が振られるようになっているらしい。わたしは清掃担当なので、日中ボートウェル家の皆様のプライベートスペース以外の部屋や廊下などの掃除を一人でひたすら行っている感じだ。

 勤務初日に適性チェックだとかで、読みにくい文字びっしりな清掃業務マニュアルを元にコンビニの建物サイズ二階建てくらいの離れの屋敷の清掃を命じられた結果の振り分けだったので、多分掃除くらいならさせられると判断してくれたんだろう。

 ありがとう義務教育中の清掃活動。

 文明の利器に頼らない掃除は、そこで培われたといっても過言ではないだろう。

 一人で黙々と作業するのも苦ではないし、まあ、良采配であると思っています。

 新人を単独で、共用スペースとはいえ高級な絵やらなにやらがあるだろう部屋の掃除にあてるのも危機意識大丈夫? って心配にはなるけれど、これだけ福利厚生ちゃんとしてる世界なら治安がいいんだろうなで納得も出来るし。

 ……生家のことは考えないとして。

 あそこは多分突然変異なんだよ、昼ドラかなんかの世界観だったもの。

 あとはこの世界、洗濯機が存在してるのでそこは本当にありがたかった。

 それもカコモチが持ってきた知識にこの世界の魔法が合わさった素敵道具で、二層式でもなく全自動。しかも乾燥機付き。操作手順も家電である洗濯機を通ってきたわたしにはわかりやすくて、本邸の人たちはもちろんわたしたち使用人の衣類もまとめて洗わせてもらえるので、昔話や創作でみた洗濯板と大きなたらいでゴーシゴシという作業を覚悟していた身としては、本当に本当にありがとう! と、いった感じだ。

 そのうち、円盤形の自動掃除機とかも実装されるんじゃないかなと密かに期待している。

 他は週に二回、勤務日の午後や休みを使ってマリエルちゃんとのお茶会が設けられているくらいだろうか。

 初めてこの屋敷に足を踏み入れたとき、お兄さんことセルヴィス様の後ろに控えていた見た目おっとり系美人

 のサラ先輩に呼ばれてマリエルちゃんのお部屋でとりとめのないお話をするのだ。概ね前世のあるある話だけど、現在の話なんかもする。

 わたしがこの世界のことをまるでしらないので、得意そうに先生をしてくれマリエルちゃんをみるのが密かな楽しみでもあった。

 わたしに色々教えるためにって思うと勉強も楽しい。そう言って微笑んだマリエルちゃんの可愛らしさは筆舌に尽くしがたいものだった。我が人生に一片の悔いなし。


 

 そんな風に過ごすこと一ヶ月。

 働いて一ヶ月経つとなにが来るでしょう? 給料日です。ノータイムで答えを出すよ、だってとっても嬉しいからね。

 今日が! 給料日! です!

 生家から連れ出されてから今日まで、あまりに順風満帆すぎて逆に怖いくらいだ。

 ……まあ、なにもかも上手くいってるわけでもないんだけど。

 やっぱり特殊な雇用経緯なせいか、下っ端メイドが本来立ち入れない居住スペースへ週二で通っているせいかわからないんだけど、他の先輩メイドさんたちにひそひそされることが増えてきてるんだよな。

 嫌がらせされたりっていうのはないし、手が空いたけど手伝うことありますか? なんて、親切に声かけもしてくれるんだけど、食堂を利用しにいくとチラチラひそひそ、とても気になる。

 でもぼっちは慣れているし? 自分の生い立ちのなんともいえなさも極まって親しい友人とか作りにくいですし? と、言い訳がましく思うけど実際本当にダメージはそこまでない。

 この辺り、生家での閉じめられ生活がまあまあ活きているよね。

 後は単純に生活水準がかなり上がったので心に余裕があるのかもしれない。

 なによりもうすぐもらえるであろうお給料。これに限る。

 自分の働き的にもそこまで高額ではなく、おそらくは高校生のバイト程度だろうなって想像もしてるけど、自分で働いて得た報酬って特別な感じがするよなあ。

 あ、そうだ。この国の貨幣価値とか全然しらないから、次のお茶会のときにマリエルちゃんに教えてもらおうかな。

 我ながらいい考えであるとうんうん頷きつつ、本日の担当清掃業務を終えて食堂へ向かおうと鼻歌交じりに移動を開始する。ここのご飯美味しいから、毎日なんだかんだでしあわせなんだよなあ。

 あ、お給料をもらったら、明日は休みなので町に出て食べ歩きとかしてみたい。

 許可なきゃだめかな。一応は、カコモチとやららしいので。

 でも、そのおかげでいまこうしていられてるところもあるから、面倒さとありがたさが半々って感じだ。

 なんてことを考えていたせいで、目の前に人が立っていることに気づくのが遅れた。

 突然自分に落ちた影と、いまわたしが着ているものと同じデザインの濃紺ワンピに白エプロンなメイド服。

 

 「……サラ、先輩?」


 普段から気配を感じ取りにくい人ではあるけれど、こうやって目の前に立ち塞がるように行く手を遮られたのは初めてだった。

 この館のメイドたちを取り仕切り、マリエルちゃん専任で、自分の先輩且つ直属の上司。

 それが彼女、サラさんだ。

 初めてこの館に来たときにセルヴィス様に控えるように立っていた、ウエーブがかった銀髪をきっちりまとめた見た目おっとり系美人さん。

 名字? 家名? は、知らない。

 知ったところでどうこうもないし、わたしも名前しかないし。

 彼女についてわかるのは、いつもいつでもマリエルちゃんのサポートをしていること、お兄さんことこの館の主でもあるセルヴィス様に信頼されていること、他の使用人から一目置かれていること。そのくらい。

 あと、上司としてわたしも信用している。

 教育係を兼ねてくれていたのだけれど、指示は的確で質問に対しても意図をくみ取りわかりやすくかみ砕いて説明をしてくれるのだ。この世界の常識をよく理解してないわたしの事情もわかってくれているので、大変ありがたい。

 実際は見た目ほどおっとりしておらず、動きもテキパキした無表情系グラマラス美人さんだ。


「本日の業務が終了しましたら、セルヴィス様のところにいってください」

「ええ、と? 今日はもうこれを片付けて終わりですが」

「でしたらこちらは私が引き受けましょう。セルヴィス様は執務室にいらっしゃいます」


 端的にそれだけを告げたサラ先輩がわたしの手から掃除用具を持っていってしまう。

 あっさりとこちらを向いた背中をしばし呆然と見送って、言われたことを反芻してみた。


「……セルヴィス様が、呼んでる」


 言葉にしてみればたったこれだけのことなのに、わたしの心臓は大きく跳ねた。

 本日、給料日、雇用主に呼ばれる。


「――まさか、解雇のおしらせ?」


 それは困る。とても困る。

 とはいえ自分を売り込めるほどの働きをしているかと聞かれればそんなこともなく、やっているのは誰にでも出来る簡単な軽作業。

 ……本当にありがとうございました、リディーナの転職活動記を引き続きヨロシクお願いします。

 なんて現実逃避をしてもはじまらないので、わたしは屋敷の上階へと歩を進めた。

 二階廊下の奥側、屋敷の主たちの基本生活スペースとでもいうのか、重要な部屋が多いエリアになっているため、いつもマリエルちゃんのところへ行くときにはサラ先輩の後についていくスタイルだったのに、ひとりで行くのかと思うとちょっと気が進まない。

 見張っている誰かがいるわけではないんだけど、なんかこう、空気が一段重たいというか。

 お店とかの従業員専用扉や、学校の校長室みたいな、絶対に立ち入ってはいけませんエリアのような空気感っていうのかな。そういうのを感じてしまう。

 気後れしながら進んで、立派な扉の前に立った。

 もし、解雇って言われてもせめて晩ご飯くらいは食べられるようにお願いしよう。セルヴィス様は話せばわかるタイプっぽいしきっと多分許してくれるはずだ。

 そう言い聞かせてノックをしてから名を名乗れば、すぐに扉が開いた。


「失礼します」


 圧迫面接みたいな取り調べの時よりも緊張しているのを感じつつ、そっと窺えば大きな窓の前に置かれた立派

 な机に座ってなにやら仕事をしていたらしい。

 扉を開けてくれたのはセルヴィス様の秘書的な役割の人で、名前はたしかギルバートさん、だったかな。物腰が穏やかでナイスミドルなイケダンディである。細身にシルバーグレイの髪の毛がとても素敵だけれど、もちろんわたしの好みというわけではない。二次元であれば好きなタイプだけど。

 というのは、すでにマリエルちゃんにバレていたっけ。

 この人を指して、もう少しムキムキのマッチョで豪快な性格してたら先生の推しに似てますよねって言われてしまった。その通りです。

 扉を開けてもらったお礼をしつつ、促されたのは商談とかしていそうな立派なソファとローテーブルの置かれたスペースだった。

 言われるまま腰掛ければ、目の前にセルヴィス様が腰かける。


「突然の呼び出しですまない。どうしてもあなたと話したいことがあってだな」

「…………く、クビ、ですか?」

「――は?」

「今日お給料日ですし、雇用主からそういう節目の呼び出しってなんか、解雇通告とかかなって……」


 しどろもどろに答えれば、ぽかんとした顔のセルヴィス様と目が合った。

 けれどその表情は、ふっと緩められた。


「――ふ、そうか、あなたのいた世界ではそういう風にとられてしまうんだな。今後あなたを呼び出すときには気をつけよう」


 笑った!

 いや、楽しければ人間笑うものだけど。それは当たり前なんだけど。

 わたしに対しても笑うんだな、この人。っていう感情が強く出てしまう。

 いやいや待って、いま今後って言った? 

 と、いうことは。


「解雇するために呼び出したわけではないから安心して欲しい。慣れない環境の中でよく働いていると聞いている」

「――そ、うですか」


 柔らかい笑みに嘘はなさそうで、心底からほっとする。

 よかった。

 解雇されても優しい軟禁生活が待ち構えているはずなので、路頭には迷わないだろうけど、やはりそれは遠慮したいし。

 

「本来なら、あなたには労働をしてもらう必要もないのだがな」

「いや、それはやっぱりいたたまれないので」


 こちらの答えは想定していたんだろう、軽く肩をすくめたセルヴィス様は一枚の用紙と封筒をこちらに差し出してきた。

 

「今日呼び出したのは給料と一緒にこれを渡したかったんだ」

「…………」


 わたしの方へ向けられた紙に目線を落とす。

 端から端までびっちり文字が書き込まれているそれは、なんというか、とても読みにくい。


「――お金の、使い方?」

 

 一番ど頭の文字列を読めば、どこか得意げな様子でセルヴィス様がうむと頷く。


「あなたはこの世界の知識に疎いと聞いていたので、こどもの教育で使うものを用意してみた。給与を使うにしてもこの国の金の価値を把握していなければならないだろうと思ってな。他の者の前でそうすると、カコモチであることに気づかれてしまうと思って個別に呼び出したんだが、かえって心配をかけてしまったようですまなかった」

「あ、いえ。それは大丈夫なんですが」


 この文字びっしりな紙がこどもの教育用とはこれいかに。


「ええと、この国の教育ってめちゃくちゃ進んでいて、たとえば全国民このくらいの分厚い辞書とかもするする読めてしまったり、しますか?」

「いいや、家の教育方針にもよるだろうがそんなことはないな」


 おそるおそる尋ねてみれば不思議そうな目線が返ってきた。

 なるほど。


「あの、大変申し上げにくいのですが、これだと多分伝えたいことの半分もこどもさんに伝わらないんじゃないかって思うんですね」

「なぜ?」


 ここでちょっと思い出したいくつかのマリエルちゃんの愚痴。

 お兄様はね、とても優秀でね、優秀だから出来ない子の出来ないの意味がわからないの。を、思い出してしまった。


「前世知識ですけど、こどもにはこの文字量を読み解いて理解するのが大変困難だからです。マリエルちゃ……マリエル様もそういうようなことを言ってきたことはないですか?」

「そういえば」

「ええと、たとえば、……あー、なにか書くものとペンを貸してもらえませんか?」


 前にも似たようなことを言ったな。なんて思っていたら、ギルバートさんがいつか借りたものと似たペンと用紙を持ってきてくれた。

 ありがたく受け取って、紙にペンを走らせる。


「これは前世のお金なんですけど、小さいうちはこんな風にイラストや図解で視覚的に伝えた方がわかりやすいんじゃないかなって思うんです」


 そうして描いたのは、前世で使われていた貨幣と紙幣。もちろん人物はざっくり適当だ。過去の偉人なんて描けるはずもないし。

 一円玉を五枚、隣に五円玉を一枚。それをイコールでつなげる。

 次に五円玉を二枚、それを十円玉一枚とイコールで。

 等号不等号ってこの世界にあるのかなそういえば。


「これはこのお金二枚分だよ。というみたいにしたらわかりやすいんじゃないかなって」


 文字を覚えたてだとしたら、この量の文字列はなかなか大変だろう。

 そんな軽い気持ちで伝えた言葉だったので、目の前の人がどう受け止めるかまでは考えずに給与袋からお金を取り出してみる。

 銀貨と、銅貨。あとは紙幣が二種類みたいだ。

 これがいくらなのかも正直よくわからないけど、もらった説明書に銀行って書いてあるのがみえたので、最低限使って預金など出来るなら少しずつでも貯めていきたいところではある。

 でもわたし身分証明書みたいなの持ってないな。

 その辺りも追々考えていかないとかな、ここで働かせてもらえているうちは。


「ここで働くときにもらったマニュアルを見たときも思ったんですけど、全部文字で説明されると頭に入っていきにくいというか、立ち入り禁止エリアとかもこういう感じで見取り図? というか、部屋配置が周知されるのはよくないんでしょうから、ざっくりした建物の形を描いて適当に部屋割りみたいなのをやって、ここから入っちゃ駄目だよーって禁止エリアを囲って斜線で区分けしたりして」


 うん、いい感じ。

 さらさらと描いて示してみれば、思いのほか真剣な表情でセルヴィス様がわたしの描いた紙をみていた。


「あなたのことをマリエルが神様のような絵描きであると表現していたが、カコには画家か何かを?」

「……い、いえ。しがない一般人であります」


 マリエルちゃんが伝えたかったのは、神絵師とかそういうことなんだろうけど、わたしにその称号は大変恐れ多い。

 でも、マリエルちゃんにそういってもらえるのはやっぱり嬉しいんだよね。誰だって誰かの神様になれる。おたくとはそういうものだ。

 それを、目の前の男性に説明することは出来かねますけど。

 そもそも特殊な趣味だし、前世であっても同好の士にしか理解されにくい世界だったからな。


「正直、資料やマニュアルをこういう形で簡易的に伝える手段をみたのははじめてなんだが、これを作成するには特別な訓練が必要なんだろうか」

「いいえ。少なくともわたしがいた世界では日常的に使われていました。こども用のテキストだとこういう簡素なイラストで説明した方が伝わりやすいのかな? 大人になっていくにつれ写真……写実的な描写のものに変わっていくんですけど」

「ああ、シャシンならこの世界にもあるぞ」

「えっ?」

「まだ実用段階ではないが試験的に災害現場や式典の記録を残すために使われているんだ。実際の映像をフィルムに転写するための魔法技術が追いついていないらしいが、あなたはそういった技術についてはなにか知識を持っているだろうか?」

「ありません」


 すごいな異世界。

 そのうちスマートフォンとかも出てきたりするかもしれない。

 難しいことは頭のいい人に任せるけど。


「というか、そんなにたくさんいるんですね、カコモチの人」

「多い少ないはわからないが、いまも十数人程度が保護されていると聞いている。たまに偽物も混ざっているとは聞くが、詳細まではしらないな。有力貴族のところに身を寄せている人もいるだろうし」


 言葉を句切って、なにかに気づいたようにセルヴィス様が申し訳なさそうに眉を下げた。


「もしかしたらあなたの知り合いがいるかもしれないが、俺の力では会わせることは出来ないと思う。申し訳ないが」

「あ、いえ、それは別に。ただ、大勢の人がいるなら、こういう簡素なイラストで注釈入れたり説明したりする技術くらい伝わってそうなのになって思っただけなので」

「なるほど? ただ、俺が知る限りはそう一般的な技術ではないと思うので、こういう技術を持った人はあなたが初めてなのかもしれない」


 ――あるいは、陰日向のものとして口をつぐんだかだな。

 言葉にはしなかったけれど、それが正解のような気もしている。

 わたしはマリエルちゃんが色々言ってくれたのもあって隠してないけど、職業としてのイラストレーターさんとかならまだしも、おたくでイラストを少々嗜んでましたって人は、あまりそれをおおっぴらにはしない気がした。

 しかも前世持ちですって公言するのはトラブルのはじまりだと思って、自ら口をつぐんだりしてるんじゃないかな。

 

「それで、もしよかったらこういったマニュアルやなにか、あなたが見て使いづらさを感じたものや不便に思ったことを俺に教えてもらえないだろうか。その上で改善点があればそれも」

「え」

「これでもこの辺り一帯を治める仕事をしているからな、少しでもこの土地に住まう人々が快適に暮らせるようにしていきたいんだ」

「――」

 

 すごいな。

 単純に、そう思った。

 目の前のイケメンさんが若くして領主をしていることは理解していたし、この屋敷で働いてみてホワイト企業もびっくりな労働環境だったから、とてもいいところで働けたなって呑気に考えてもいたけれど。

 そういうの全部、この人が考えてくれていたんだなってすとんと腑に落ちた。

 前の代からそうだったんだとしても、ちょっとでもいい風にって考えてくれている事実に、なんだろう、感動した。って、いうのかな?


「――ここに暮らす人は、多分もうすごくしあわせなんだろうなって思います。だから、うん、わたしに出来る範囲でですけど、協力したいなって思ったので。お引き受けします。具体的にどうしたらいいのかちょっとわからないけど」

 

 無作法かもだけれど、座ったままぺこりと頭を下げる。

 セルヴィス様がイケメン貴族でマリエルちゃんのお兄さんである雇用主から、悪い人ではないイケメンさんに認識が変わった瞬間だった。


「そうだな。こちらとしてもこういった仕事の依頼は前例がないので、作業の流れやかかる時間などを把握するために、まずは家の使用人向けマニュアルのあなたがいいと思う方法で簡素化してもらいたい。必要な道具や環境は言ってもらえればこちらで用意しよう」


 マニュアルなら労働初日にもらっていて、初仕事なので口をつぐんだけどやはり見づらいしわかりにくいなとは思ったものだ。サラ先輩の説明があったのでそこまで気にはしなかったけど、あれをわかりやすくさせてもらえるなら、是非やらせてもらいたい。

 

「そうですね、まずは出来たものを冊子にしてそれぞれに配るのか、このくらいのポスターサイズにして作業場所に貼り出すかでも変わってくるのかなと。あとはカラーだったりモノクロだったり」


 というかわたし、この世界の画材についてもなにもしらないや。


「いくつか試作で……簡単な、ラフってわかりますかね? 下書きのようなものを用意するのでそれから詳しく話を詰めていくということでどうでしょう? わたし丁度明日は休みなので町へ出てみようと思っていたんです。そこで使えそうなものも探してみますね」


 よっしゃこれで自然な町歩きが許可されるのでは。

 仕事を理由にすればさすがに駄目って言われないだろう。

 そんな下心でセルヴィス様を見遣れば、思いのほか真剣な眼差しがわたしを映していた。

 

「なるほど。では、その買い物に俺も同行しよう」

「――はい?」

「不慣れなあなたのフォローや案内役、なにより護衛が必要になるからな。カコモチであることを知っているのは、俺の他はサラとギルバートだけだが、その二人をつけるわけにもいかない。もちろん、仕事の一環ということになるのであなたの休暇は別の日に変更することになるが」

「……お仕事、大丈夫なんですか?」


 マリエルちゃんからは、セルヴィス様は忙しくてゆっくりお話も出来ないから、どういう人なのか正直よくわかってないことが多い。と聞いている。優しいのも愛されてるのも間違いないけど、好みやなんかを聞かれたらきっと答えられないと。

 それでも、大事にしてもらっていることもわかっているから、不満がないとも。


「調整すればどうにかなるから俺の方は問題ない。それに、これだって大事な仕事のうちだからな」

「そういうことなら、わかりました。でも、新人メイドが領主様連れて町に出てたらめちゃくちゃ目立ちそうですね」


 逆にわたしの生い立ちやなにかを勘ぐられそうだと言外に告げれば、どこか得意げな表情がわたしをみた。

 

「――それも、問題ない」


 ドヤァ。

 そんな描き文字が似合いそうな笑顔の意味は、翌朝わかることとなる。



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