04 ――わたしが、みえるの?
町中散策をはじめてから数時間ほどが経った頃、わたしは路地裏とも呼べる場所で今日見たものの記憶が新鮮なうちにと、用意されていたまっさらな自由帳にメモを取りまくっていた。
「ええと、この一角が食品を扱ってるところでこっちが飲食店。この看板を起点にして右に入ると雑貨を置いてるお店の方へいって、ましたっけ? ああ、合ってる合ってる」
前回描いたものはセルヴィス様が持参してくれていたので、それと見比べながら全体図をなんとなく把握出来る簡易マップを描いて、エリアごとに区分けしていくことに専念する。
この町は販売品目によってエリアがわけてあるみたいなので、詳細な地図の方に各店舗の名前と販売物の傾向を記載すればいいかなって考えていたり。
ちなみになんで路地裏的なところで書いてるかというと、ボートウェル家で働かせてもらうときに支給された相棒のブーツがお亡くなりになってしまったからです。悲しい。
突然だった。
歩いていたらつんのめって転びそうになって、それは手を引いてくれていたセルヴィス様に支えられてことなきを得たんだけど、ちょーっとばかり徒歩移動を続けるには心許ない状況になってしまったのである。
どこかお店に入る案も出されたんだけど、美味しそうな食べ物に記憶容量を奪われて、頑張って覚えた町の配置を忘れてしまう予感がしたので、つんのめった場所すぐ近くにあった木箱に腰掛けて、セルヴィス様に壁になってもらっているというわけです。
……本当にすまないと思っている。
久々のお出かけではしゃいでしまったせいかもしれない。
でも下手にまごまごしてたらお姫さま抱っこされる可能性が出てきたので、やはりこれが最適解だったんだと思っておこう。
木箱の持ち主とかに許可を取るべきかとも言ったけど、そこは問題ないらしい。
まあ、なんだかんだ領主様? だもんな。
住民に変装バレバレっぽいので見咎められたりしても、顔パスで許されそうだなって思ったのでわたしも呑み込んだ。
本通りを一本入ったお店の裏側の道は人気もあまりなくて、書き物をするには最適だったというのもある。喫茶店とかで勉強とか原稿とか、なんか出来ないタイプだったもんな、前世のわたし。
歩きながらイメージしていた地図を紙の上に展開させながら、興味深そうにこっちを覗き込んでいるセルヴィス様にこっそりと示せば真っ黒い瞳がじっと紙の上を捉える。
「大体こんな感じにしてみたんですけど、これで町中散策のイメージつきますか?」
大きくて目印になる建造物を強調させたマップをセルヴィス様に見せれば、少しの沈黙の後でいくつか指摘をくれたのでそれをマップの上に書き込んでおく。
「っよし、取り敢えずたたき台になるものは出来たので、今日はこれで大丈夫です」
「そうなのか?」
「あんまり一気に情報詰め込んでもわたしが覚えきれないので、少しずつ完成させていきます。間違った情報載せるのも嫌だし。あ、でものんびりやるわけじゃないですよ? なるべく早く、でも慎重にやっていきます。その合間に色んなお店を訪ねて、わたしなりのおすすめとかピックアップとかもしていきたいなって思っているので。店主さんにアンケートとか取ってお店のイチオシとか聞けたら一番いいんでしょうけどね」
自由帳を鞄の中にしまって、代わりに手帳を出した。
こっちにはセルヴィス様に協力してもらって通りの入り口から最後までのお店の名前が羅列している。数十軒あるお店の名前と店主、それから販売している商品のジャンルをよどみなく答えるのはさすがだった。
その中に今日訪ねたお店の自分なりのポイントを書き連ねていく。
前回立ち寄れたたこ焼きっぽい屋台やカフェや雑貨屋さん。今日はまだ店先を眺めただけだったのでこれからになっちゃうけど、色々と書いていきたいなあ。
「それで、この後は個人的な買い物にお付き合い頂きたいんですけど、いいですか?」
「俺の方は問題ないが、足は大丈夫なのか?」
「セルヴィス様が支えてくれたので怪我はないですし、靴も新しいの買わないと」
持ってきたお金で多分足りるとは思うけど、ちょっと痛い出費ではある。
歩き慣れた靴がいいと思ってこれにしたけど、スパダリ希望のマリエルちゃん推薦のやつにすればよかったかな。いやでもやっぱ靴擦れは嫌だし。
「靴は俺が見繕って来るから少しここで待っていてもらえるか?」
「えっ、いやそれはさすがに」
「そのブーツはうちからの支給品だろう? 駄目になったのなら交換するのは俺の仕事だ」
「…………そ、そういうもの、ですか?」
言われてみればたしかにその通りで、制服はボートウェル家で用意してもらったものだし、それはわたしだけでなく働いているすべての人がそうだった。中には動きやすさ重視で自分で選んだ靴を履いているひともいるけれど、その場合もいくらかの補助をしてもらえるとかなんとか。
え、じゃあ、いまセルヴィス様におつかいしてもらうのが正解? 正解なの? 普通支給品駄目になったからって雇用主パシらせる?
脳内会議を行うわたしが全員それは違うのではと首を振った。
そうだよね? だってこれ、仕事じゃなくてプライベート使用での破損だし。
「――ちなみに、君がこの提案を拒否するなら問答無用で抱き上げて靴屋まで運び、俺の膝上で試着などをしてもらう形になるが?」
「冷静な判断される前に畳みかけてくるのずるくないです?」
「なるほど、では抱えて」
「ここでいいこにして待ってまーす!」
結論、人は弱みを見せるととことんまで攻められる。
わかってはいたけどこの人の方が何枚も上手です。くっそう、悔しいからその変装町中の人にバレてますよって言いたい! 言わないけど!
「靴のサイズはいま履いているものと同じで構わないか?」
「はい。……あの、出来たら安いやつをお願いします」
「値段は気にしなくてもいい、どうせ俺の私費から出す」
「それ聞いてわーいって喜ぶより申し訳なさが先に立っちゃうんですよね。こればかりはもう、そういう性分なんで」
「……その方がリディーナらしくあるがな。とはいえ、いくら君の頼みでも足を痛める可能性がある物は除外するぞ。その上で考慮する。それで許してはくれないか?」
きっと、これがセルヴィス様の最大の譲歩だってわかった。
わたしだって率先して足によくない靴は選びたくないし、帰り道に歩けなくなったりしたらそれこそ二度と町に行きたいですだなんて言えなくなってしまう。
それでも最大限わたしを慮ってくれるこの人は、どうしてわたしに好意を寄せてくれるんだろう。
いわゆる「おもしれー女」枠なんだろうとは思ってるけど。
「わかりました。それでお願いします」
頷いたわたしにほっとしたように息をついて、セルヴィス様はいってくると踵を返した。
さすがにうろちょろする気はないので、大人しく木箱に座ったまま周囲を見回してみる。
本通りの裏だからか、喧噪とも呼べない人の気配を少し離れたところから感じてなんだか不思議な気分だ。
知らない国の、知らない町の裏道でひとりぼっち。
海外旅行でこんな場所にいたら間違いなくカモにされるんだろうなあ。
そんなことを考えていたら、すぐ近くに人の気配を感じた。
「おねーさん、こんなところでなにしてるの?」
「オレたちさっきこの町に着いたところなんだけどさ、案内とかしてくれない?」
「そうそう、ついでに人気のない場所とか連れてってくれたらもっといいんだけど」
あー、華麗なるフラグ回収じゃないですかやだー。しかもその台詞さっきわたしが似たようなこと言ってるのでネタかぶりもしております。すみやかに御退去ください。
とは、もちろん口には出さない。
ナンパ経験なんてもちろん皆無ですけども、人生の長さはそこそこだからか、思っていた以上にわたしは冷静だった。
セルヴィス様が向かっていったのとは逆方向からやってきた三人組は、さっき門を通過してこの町へ入ってきた若者グループだ。友達同士で旅行かなにかかなってちょっとほっこりした気持ちでいたのに、台無しである。
なにせ、やってきたタイミングがよすぎた。
セルヴィス様と別行動するのを待っていたとかなら、大分よくない展開だ。
単純にナンパ目的であるならまあいい。よくはないけど、適当に時間を引き延ばせばセルヴィス様が来てくれて事なきを得るだろう。
問題はそうでなかった場合。
いまだ自分の世間にとっての価値はよくわかってないけど、カコモチであることを知られていたら誘拐なんて展開も可能性もありえるのかな。って。
女の子としてのリディーナになにかしようとしてっていうんなら、それはそれで絶許案件になるけど。
ていうか本当にあるんだな、こんな絵に描いたようなテンプレなナンパ。
見てると無関係なわたしですら恥ずかしさを覚えるのに、君たち自分の言動にそういうの感じない? 大丈夫? なんて、つい口から飛び出そうとする質問は喉奥でかみ殺した。
言葉を投げかけられているうちはまだスルーできるけど、暴力に訴えられたら大変だし。
履いているブーツがこれなので走って逃げることも出来ない上に、多分わたしそこまで足早くないと思うんだ。
そうなると、時間稼ぎをするしかないよなあ。
こっちが無反応でいることをまるで気にしていない三人衆は、聞くだけで恥ずかしいテンプレナンパ台詞を口にしながらじわじわと近づいてくる。
俺たち優しいよー。
上手いよー。
なにがだよ。
あっはっは。
そんな台詞の後ろに草を大量に生やしてるような口調で、いや本当になにが上手いのやら。
大層な自信がおありなのでしたら、是非ともその上手いナニかをあなたたち三人でわたしに実演してみせてもらえませんかね?
なんて言葉ももちろん呑み込む。
悪化させないように、時間を稼げるように、脳みそフル回転で思いついた打開策は、必殺前世知識にこの世界で得た豆知識をプラスさせた付け焼き刃ではあるけど、試さないよりはマシだろう。
嫌な笑みを浮かべながら近づいてくる若者たちをなんとはなしに視界に収めながら、なるべく身体を動かさないでいるよう心がけた。
三人は落ち着きなく、身につけている上着やズボンのポケットに手を出し入れしながら何事かを言っているけれど、ありとあらゆる言葉を全部右から左に聞き流して、彼らが立ち止まったタイミングで一言投げかけた。
「――わたしが、みえるの?」
なるべく抑揚と感情を失くした人形みたいな表情や声を意識して、言った。
呼吸も、鼓動も、生きている人間が持ちうるものすべてを殺すようにして。
心を殺すこと、失くすことは、生家にいた頃必須科目だったので実はちょっと得意なのだ。
マリエルちゃんと昨日話した、この世界では心霊的なものが割と本気で恐れられているという情報。
眉唾ではあったけど、それを聞いた三人はざっと顔色を失くしてひるんだのがわかった。
あ、まじで効果あるんだこれ。
そう、思ったタイミングだった。
「っふ」
押し殺した笑い声がすぐ近くで聞こえた。
もっと細かくいうと頭上近くで。
「……いま、笑われる要素ありました?」
思いのほか自分から出た声は低くて、それが余計に目の前の人の肩を震わせることになってしまったらしい。
なにがツボに入ったのかはまるでわからないけど。
今日一日でちょっとだけ見慣れた跳ねた銀髪に、いまのところ見慣れる予定のない大きな背中。
セルヴィス様だ。
「……いや、悪い。まさか、そうくるとは思っていなくてな」
「めちゃくちゃ笑ってるのわかるんですけど」
言葉も肩も小刻みですけどー?
そうつつきたいけれどしなかったのは、セルヴィス様が来てくれてとてもほっとしたからだ。
なにをどうやって男三人の目線からわたしを隠すように立ち塞がってくれたのかまるでわからないけれど、安心させるように細めてくれた伊達眼鏡のレンズ越しに見える瞳があまりにも優しかったから。
強ばっていた身体から力が抜けて、詰めていた息が吐ける。
「デザインについてなにも聞いてなかったから、君に似合いそうだと思ったものを買ってしまったんだが、これで問題ないか?」
「いえあの、その、ありがとうございます」
靴だけではなくて、いまここに来てくれたことも含めて。
そっと手に渡されたのは、丸みのある爪先が可愛らしいショートブーツだった。歩きやすそうな踵が低いタイプの、ピンクにも見えるベージュがなんとも胸をくすぐられてしまう。
女の子らしいデザイン、得意じゃないと思っていたのにな。
「ええと、嬉しい、です」
これが似合う女の子だと言われたことが。
そう言葉に出しては言えなかったけど。
わたしの言葉に優しげに目を細めて返してくれたセルヴィス様が、くるりと背後に向き直った。
「さて、俺が彼女から離れたタイミングで近づいてきたそうだが。その目的を聞こうか」
声が、声が、おっかないです。
初対面の圧迫面接を思わせるブリザード吹き荒ぶ声音の対象である彼らは、セルヴィス様がここに到着して尚そこにいたらしい。
わたしからは見えないようにしてくれているのか、壁となってくれているセルヴィス様にしかその様子はうかがい知れないけれど。
あまりよくない空気が張り詰めているのは感じる。
再びわたしを背にかばう形で立ったセルヴィス様は、固くて、強い、ほとんど命令みたいな口調で詰問した。
強い怒りみたいなものをその声から感じたのは、多分きっとうぬぼれじゃあないんだろう。
「なっ、なんだよ、一人でいたからちょっと声かけただけじゃねえか!」
「別に悪いことしてねぞ!」
「そうだよ、そんな変な女だってわかってたら声だってかけてねえし!」
「どこが変な女だ。かわいいだろうが」
セルヴィス様、そのツッコミは不必要だと思います。
とは言えなかった。
背中越しでもめちゃくちゃ怒っているのが伝わってきたから。
でもこれってあまりよくない状況なんじゃないかな。
だって、なんかさっきまで誰もいなかったのに、人が集まりだしてる。
これは間に入って取りなすべきだろうかと、駄目になったブーツを脱いで新しい物を履いてみれば、なんということでしょう履き心地最高。
軽いし地面を踏んだ感じもなんか、なにがいいって言いにくいけどとてもいい。
なんて、新しい靴に感動してる場合じゃなかった!
「ダドリック・ダドリアス、バーナード・ルーノック、アルフリー・アーミアン。リーワースから観光目的で我が国に入国したそうだが、間違いはないか?」
突然の問いかけに男たちの空気が変わったのがわかった。
セルヴィス様の背中越しにみえた顔がぎくりと強ばって、あからさまになにかありますといった態度を見せる。
「さっき、彼女に声をかけていたときしきりにポケットの中身を気にしていたようだが、そこにはなにがあるんだろうな?」
「べ、別になにもねえよ!」
「大体なんなんだよてめえは、役人気取りか!」
そう怒鳴った一人が、セルヴィス様に殴りかかった。
危ない!
出かかった言葉はけれど、はくりと開閉した口から漏れる空気とともに霧散してしまった。
なにがどうしてそうなったのかまるでわからないけど、セルヴィス様はさっきまでと変わらない姿勢でわたしの前に立っていて、殴りかかった男の人が地面にばたんきゅーと倒れていたから。
え、まじでなにがあったの?
わたしが武道の達人とかだったら、わたしじゃなきゃ見逃してたねってドヤれる感じ?
ぱちくり瞬きをしてる間に、町の、なんだったら以前利用した紙屋のご主人にしかみえない男の人とかが、三人の若者をあっさりと拘束してしまう。え、なに。門番さん的な人が来るんじゃないの? おじさんめちゃくちゃ手際がいいですね? え?
こっちの戸惑いをよそに、セルヴィス様は周辺の住人たちに何事かを指示して彼らを連れていくよう命令してしまう。どう考えても一使用人を装ってる人がするべき対応じゃないのに、ここにいる人たちはみんな疑問に思う様子もなく若者三人を連れて全員解散していった。
え、野次馬ですらない感じです?
そうしてわたしがうごうごと戸惑っている間に誰も彼もがいなくなって、わたしとセルヴィス様だけが残された。
「――やっぱり、抱きかかえて靴屋にいくべきだったな」
「それはいやです」
さっきまでの出来事なんてないような顔でセルヴィス様が言うものだから、わたしもつい普通に返してしまった。それに、なんだかほっとしたように眉を下げて笑うので、こっちがどんな顔をするべきか迷ってしまう。
「聞いていいです?」
「なんでもとは言わないが、答えられないことならきちんとそう言おう」
「その変装って誰向きのものなんですか?」
さすがのわたしもこの状況で、町民を欺くための変装ってすごい! みたいなとんちんかんな感想は出せない。出せって言われればすっとぼけるくらいはするけど。
「……言ってなかったか?」
「聞いてませんね」
わたしと町を歩いても変な邪推をされないためと思っていた変装は、存外と町の中に浸透していたから、お忍びのための姿なんだろうって勝手に想像をつけていた。
遊び人に身をやつしたお奉行様とか、なんだっけ、ごく普通のお侍さんの振りして火消しの団長さんと仲良くしてるお殿様とか、なんかそういうやつなんだろうって。
「さっき話したことと重複するところもあるんだが、ここは隣国からやってくる人間が真っ先に立ち寄る町だから、敢えて警備を緩く見せることで悪意を持って入ってきた人間をあぶり出す役割もあるんだ。そこにいかにもボートウェルの人間が出入りしていたら警戒させてしまうから、町に下りるときにはこういった格好をしている。だから町の人間は全員俺が誰かをしっているんだ」
「えー、正体バレしてるのに気づいてないの可愛いなとか思ってたのに」
「ような気がしたが誰も俺の正体をしらないな」
「秒で訂正するじゃないですか、もう遅いです、よ……?」
あれ、なんかいま、おかしくなかったか。
なんでセルヴィス様、そんなすぐに嘘とわかる発言の撤回をしたんだろう。
気づいたら一気に体温が上がったような気がした。
心臓がどっと跳ねて嫌な汗が背中を伝う。
ごくごく最近、わたしはこのひとのことを可愛いと形容したことがあったなって。
「…………もしかして、きのう、あさ、きいてました?」
サラ先輩とのやりとりで、わたしは多分セルヴィス様に可愛さみたいなものをなんとかかんとかとか、言った。それは覚えている。
じっと見上げたセルヴィス様の顔は、なんともばつが悪そうでさっきのナンパ三人組と対峙していたときと比べて、なんというか、弱々しい。
「言い訳をさせてもらうなら、盗み聞きしようとしたんじゃない。リディーナの悲鳴みたいなものが聞こえたから駆けつけようと思ったら、場所が場所で入りあぐねていただけで」
「あー……」
昨日わたしが全力抵抗をはじめたのは脱衣所からだった。
サラ先輩に裸にひんむかれている最中から全身を洗われてるときがおそらく最高潮で、うん、乗り込まれたら本気でお嫁にいけない案件になってただろう。……うん。
いくらわたしでも、異性に全裸をみられることをすんなり呑み込めはしない。
「廊下から様子を窺っていたら、俺の話がはじまって。……いや、すまない。盗み聞きをする形になったのは事実だな」
しゅんと肩を落としてきちんと頭を下げる。
周囲に人がいないとはいえ、領主様がそんな姿を見せるのはよくないんじゃないかしら。
恥ずかしさと可愛さとかそういうもので感情の整理をつけられないまま、わたしが出来るのは怒ってませんよと伝えることくらいだ。
ちょろいかな、ちょろいんだろうな。
わかってはいるけど、なんか。
「わたし、買い物に行きたいので案内お願いします。食品売ってるところです」
告げて、手を差し出したのは、もういいよの代わり。
それが伝わったのかはわからないけど、セルヴィス様はわたしの手をとってくれた。嬉しそうに。
「ありがとう」
「お礼を言われる理由がよくわからないんですけど、案内よろしくお願いしますね」
「ああ、喜んで」
「……居酒屋みたいだな」
「イザカヤ?」
「えーと、お酒を出す大衆向けのお店です」
ぴたりとセルヴィス様が足を止めた。
なんだろうとわたしも止まる。
「……もしかして君は酒を嗜むのか?」
「前世ではとっくに成人していたので。人並みには?」
「……成人、していたのか?」
「はい。あれ、言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないな」
え、この世界なんか飲酒に厳しかったりする?
前世だったらセーフとかにならない? なるよね?
なんて考えていたらまた沈黙。
あれ、なんだもしかして中身も若い女の子が好きとかそういう?
そう考えたとき、嫌な感じに心臓が跳ねた。
「……サラの気持ちが少しだけわかったような気がする」
「え?」
「君が可愛いことがすごいと、そう思ったんだ」
一瞬だけよぎった勘違いを吹き飛ばすみたいな真っ直ぐな言葉と笑顔に、なんだかもうなにも言えなくなってしまった。
笑顔ってひとつじゃないんだな。
マリエルちゃんに向けるもの、わたしに向けてくれるもの。
どっちも優しさや愛情みたいなものを感じ取れるのは一緒なのに、なにかが、多分違う。
「買い物をしながら、話をしないか。君がマリエルに言ったように。俺とも」
「いまも、いままでも、話はしてきたと思うんですけど」
「そうだけど、そうじゃない。君のことをきちんと知りたいんだ。俺たちは多分お互いのことをしらないから」
「……身の上話なら、すでにしたと思いますけど」
可愛くない返事だなとは思う。
セルヴィス様が求めてるのはそういうことじゃないこともわかってる。
でも、改まって乞われるのは、とても恥ずかしい。
「それ以外の、好きな物やそうでないものの話や、好きな異性のタイプなんかでもいいな。君とそういう他愛のない話がしたい」
「っ――」
セルヴィス様は、説明を惜しまないでストレートに伝えてくれる。
それがわたしの心臓にめちゃくちゃ負荷をかけてくれるのに、三倍速になった血流が頬に集中してるのに、とろとろに煮詰めたホットチョコレートみたいな糖度と温度で、わたしを見下ろしてくる瞳が、熱すぎて直視だって出来ない。
「……が、がんばります」
「ははっ、やっぱり、君はかわいいな」
真っ赤になってうつむくことしか出来なくなったわたしを、身をかがめて覗き込んだセルヴィス様が笑う。
気づいてしまった。
どうやらわたしは、セルヴィス様が笑ってくれると嬉しいらしい。
笑って、欲しいらしい。
つまりはそういうことなのだろう。




