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03 俺は本気できみを可愛いと思っているが?


 マリエルちゃんと過ごした一日は楽しかった。

 セルヴィス様プレゼンもふたりでお絵かきでもしようと誘えばそれで終わったし、記憶を頼りに前世の街並みだとか、文字だとか、学校の制服だとかを描き込みながら、笑ったり、驚いたりしていたらあっという間に時間は過ぎてしまった。

 ちなみに、お絵かきはちゃんと許可を取った上でやりました。

 マリエルちゃんの私室に入れる使用人は多くなく、昨日はサラ先輩以外人払いをされているということですんなりあっさりOKが出たのである。

 その代わり書いたものは即日セルヴィス様預かりになってしまったけど。

 ふたりでらくがきをしながら、お互いについて話題に出すのははじめてだったねと改めて気づいて、驚いたり感心したりしながら記憶を埋めるようにたくさん話をした。

 それまでは、この世界の話や萌え語りの方が多かったんだなあと再確認しながら。

 そこでわかったのは、前世のわたしたちはそれこそネット上で出会わなければ、街角ですれ違うことすらないくらい遠方住まいだったということ。

 そこから話は飛びに飛んで、最終的にこの世界では幽霊というものの存在が割りとしっかり信じられているだとか、まだ誰も足を踏み入れたことがないという北の果てには別の世界への扉があるらしいとか、いわゆる都市伝説的なものの存在なんかを教えてもらったのだ。

 それが、昨日のこと。

 

「……マリエルちゃん、なんだかやたらと今日のことを心配? してくれてたなあ」


 あたしに出来ることはないなってわかったけど、素直にお兄様を応援するのもなんかいやだなって思ったので、リディーナさんも嫌なことはちゃんと嫌って言ってやってください。でも最終的にはお義姉様になってくださいね。みたいな力説をされてしまったのだ。

 昨日は結局、夕食までご一緒してからわたしは使用人寮にある自室へと戻った。

 そして、セルヴィス様に予告された明日が今日なのである。

 昨日マリエルちゃんの部屋を出る際、サラ先輩に明日着るものをわたしの部屋に置いてきたのでそれを身につけて裏口で待つよう言われてみれば、見知らぬ衣服が紙袋に入れられた状態で室内に鎮座していた。

 中身はなにかと確認すれば、作業用にはならない見た目重視っぽい可愛らしいワンピースや小物だったし。

 お膳立てがすごいなって思いながらそこから今日の行き先を察したわたしは、悩んだ結果靴だけ慣れたブーツにして待ち合わせ場所にやってきたというわけです。

 約束の時間より早めについたはずなのに、前回と同じ変装をしたセルヴィス様がすでに待っていたのは反省すべきことだなと思ってる。本当に。

 

「おはようございます。お待たせしてすみません」

「さっき来たところだから問題ない。おはよう、リディーナ」


 前が見えるか不安になるぴょんぴょん跳ねた銀髪と伊達眼鏡に、ちょっと前傾気味な姿勢のセルヴィス様は、それでも口元を緩ませてわたしを見下ろす。

 サラ先輩チョイスなのか、目の前の人が選んだのかわからないワンピースは、明るいレンガみたいな色の前ボタン式のシャツワンピースで、腰元を縛る太めのリボン? 紐? が可愛いなとちょっと思った。やや大きめなだぼついたシルエットだけれど、野暮ったくもなく痩せ気味なわたしの身体でもすっきり着られるのがなんかすごいなって。

 サイドはチェック柄の切り返しになってて、裾は細かいプリーツが入っている。んだと思う。

 ファッション詳しくないからフィーリングで言ってるけど。

 なんならリボンの位置含めこれで着方があっているのかもしりたいところではあるけど。

 そして手には少し大きめな肩掛けの頑丈そうな革のバッグ。

 服に合う色合いで、中身もすでにご用意されていた。入っていたのは手のひらサイズより少し大きな手帳とまっさらな自由帳。そして筆記用具。

 これを見てしまえば行き先なんて火を見るより明らかだろうと、念のためお財布を入れてきたのは言うまでもない。

 そう、食べ歩きや買い物のためである。

 

「ええと、この服、なんですけど」

「ああ。昨日マリエルに今日はなにをするつもりなのかと聞かれてな。町に下りることを伝えたらリディーナが着る物は自分が用意すると。……君の前でしたやり取りだったから伝わっている気でいたが、直接はなにも言っていなかったな。すまない」


 ということは、それは昨日の朝のことなんだろう。

 セルヴィス様が部屋から出ていったあとしばらく呆けていたことを咎められたところまでセットで思い出して、その場で予定を言われても脳みそまで入ってこなかったな。という結論に達した。


「多分そのとき説明されても、上手く飲み込めたかどうか。ていうかマリエルちゃんがどうして服まで」

「さっき朝食のときに尋ねてみたんだが、すぱだり? の気分を味わいたかった。と言っていたな。職業かなにかの名前なんだろうか」

「……っーあー、職業、というかなんていうか」


 空想上の生き物です。実在するかもしれないけどわたしは見たことありません。とか言ったらあさっての方向に曲解される気がした。


「スーパーダーリンの略称で、わたしたちがいたところの理想的な男性の恋人を偶像化したものの総称というか。お金持っていて見た目がよくてーみたいな」


 少女漫画よりも、BL世界のスーパー攻め様とかに多く分布していそうですよね。とか、うっかり滑らせかけたので口を閉ざした。

 スパダリって人によってもだいぶ認識が変わってくるイメージがあるから、正しい説明が難しいな。

 オークションにかけられた受けを最高額でさらっと買い取る人。みたいな印象が強いな。わたしの場合はだけと。

 正解を調べる方法なんてないから、好き勝手言ったところで問題はないんだろうけど、それもなんかいやだし。

 可能ならすべての説明に「解釈に個人差があります」みたいな注釈を入れさせてほしい。

 

「リディーナもそういう男が理想なのか?」

「わたしはどちらかというと、まったく接点がないけど一悶着があったときに察知できる近所のおばちゃんとか、壁とか、ATMになりたいタイプですね」

「?」


 あっ、回答間違えた。

 わたしは推しのスパダリになりたいんじゃない、嫁とは言うけど嫁にしたいわけでも婿になりたいわけではない。みたいなやつがうっかりにじみ出てしまった。

 ていうか、理想の男性像ここで語るのなかなかにセンシティブだな。


「……ええと、それで、今日はなにをしに町へ下りるんですか?」


 あからさまに話題を逸らしてしまったけれど、セルヴィス様はそんな逃げをしってかしらずか許してくれることにしたらしい。


「前に、町を紹介するパンフレットを作りたいと言ってくれていただろう? そのための視察」

「あ、嬉しいです。ちょうど一昨日その話をしたいなって思ってたんですよね」

「――というのは建前で、デートだな」

「っ」


 ぴしり、固まったわたしにそれはそれは楽しそうな笑顔で、セルヴィス様は手を差し出した。

 

「というわけで、今日は手を取ってもらってもいいか?」

「あの、エスコート的なのは、わたし、慣れてないので」

「エスコートではなく、俺がリディーナと手をつなぎたいんだ」

「~~~~~っ、タイム!」


 たまらず腕をTの形にして叫ぶ。

 ジェスチャーの意味はわからずとも、こっちの剣幕で止まってくれれば僥倖。

 けれどそっちに関しては許してくれる気はないようだった。


「駄目か?」


 少しだけ身体を屈めて、目線を真っ直ぐわたしに合わせてきたセルヴィス様は、なんていうか、あざとい。

 え、これ狙ってます? 誰かから入れ知恵とかされました?

 可愛いは作れるけど狙ったやつはあんまりだよねーとか言ってたやつ出てこい! セルヴィス様に限っては狙ってないだろうけど! 取り敢えず八つ当たりさせて!

 

「てかげん、して欲しいって、わたし言いました……!」

「君が可愛いから難しいと答えたな」


 なんかニュアンス変えてません?

 ほだされるな。ほだされるなと念じながらなるべく目線を逸らすようにしたけれど、追尾機能えっぐ……!

 これは手を取らないと終わらないやつだと気づいて、出来るだけ渋面になるよう意識しながら、わたしは本意ではありませんな顔をしてセルヴィス様の手を取った。

 んんんっ、優しげにこぼれる笑顔が眩しいなあ。

 この笑みが手をつないだことでもたらされているならちょっとこう、うん、……うん。

 

「行こうか。今日は一日時間をとってあるから好きなように歩いてもらってかまわないぞ」


 さらりと密着しそうだったわたしとの距離を拳ふたつ分くらいあけて、セルヴィス様が歩を進める。

 手はしっかりと握られているけれど、それ以外は接触しないように。なのかな?

 なんだかんだ触れるときこのひとはわたしに許可を取る。ような、気がする。

 一昨日のマリエルちゃんの魔力暴走のときですら、強引に触れるようなことはなかったし。

 ――こういうのを、人は紳士というのかもしれない。

 

「それはありがたいんですけど、お仕事忙しいんじゃないですか?」

「昨日前倒しで今日分の仕事をこなしたから問題ないな」

「どうして?」

「君とふたりきりで出かけたかったから」


 あっさりと、本当にあっさりと言われる。

 そこに照れはみえなくて、この人の愛情表現はなんというか、前世でみた海外ドラマみたいだななんて思ってしまったのは不可抗力だと思いたい。


「……こういうの、慣れてます?」


 わたしばかりが戸惑っている様に、ついつい恨みがましくそんなことを聞いてしまう。セルヴィス様の年齢はしらないけれど、まあ、うん、成人して間もない感じでもないし、深く考えるのはよくないな。


「少なくとも、自分から女性に声をかけたのはリディーナがはじめてだ。マリエルのことがあるまで俺は王都と西都をいったりきたりするばかりだったしな」

「せいと?」

 

 しらないワードが出てきた。


 「ああ、この国には東西南北と中央にある王都とで五つの都市があるんだ。そのうちの西側にある西都をボートウェル家が任されている」

「…………はあ」

 

 規模が、話の規模が、大きくなってきた。

 ちょっとどこかで地図とかないか聞いてみよう。そうしよう。


「サラ先輩は国防や要人警護がメインだと言ってましたけど」

「それ含めてだな。西側はいくつか山を挟んで隣国との国境があるんだ。この町は、隣国の人間が山を越えてきた際、休憩や物資補給のため最初に訪れる場所であり、万が一戦争を起こそうとした場合真っ先に狙われる場所でもある」

「…………」

「いまのところその心配はないから、そんな顔をするな。そのための抑止力となるよう、ボートウェル当主の本邸が西の外れにあるんだ」


 力強い言葉と声だった。

 この世界の情勢どころか、いま自分がいる国の王様の名前どころか、国の名前すらわかっていないわたしには、セルヴィス様がここにいることの意味さえ正しくわからないけれど、痛くないように加減されているもののしっかりと握られた手に安心してしまう。

 だから、なるべく深刻にならないように軽い調子で答えた。

 こわくないです、大丈夫です。

 そう伝わるように。

 

「ああいえ、戦争とか争いとか、テレビの向こう側の世界だと思っていたから、なんだか実感なくて」


 きょろりと視線を巡らせてみれば、たしかに町の先に大きな大きな山がある。そこに、国境があるのだろうか。


「……国境って、なんかお互いの国を隔てた大きな塀とか常駐している兵隊さんとかがいるイメージだったのもあるんですけど」

「君のいた場所も?」

「わたしたちがいた国は全方向海で囲まれていたので、国境ってあまりピンと来ない感じですね。戦争もあったんですがわたしが生まれる前のおじいちゃんおばあちゃんがこどもの頃のことで、言葉の重みをきちんと理解しきれてないだろうなと」

「その方がいい。血なまぐさい経験なんてしないならそれに越した方がいいからな」


 セルヴィス様はあるんですか?

 そんな問いかけは、しちゃいけないような気がして飲み込んだ。

 このひとは、セルヴィス様はそれを、そういう場所に身を置かないわたしやマリエルちゃんには話したくないんじゃないかと思って。


「海といえば、夏に海水浴とかそういう文化はあるんですか? わたし前世では夏になると友達に連れられて海に行ってたんですよね。水着着るために意味のないダイエットしたり……って、顔こわ……!」


 微笑ましいものをみるような優しい顔をしていたセルヴィス様の表情が、アハ体験系間違い探し的に笑みが薄れて真顔になる様はとてもこわかった。

 多分回答者は全員気づく、そんな変化。

 というか、え、わたしそんな失礼なこと言いました?


「…………一応確認なんだが、君がいう水着というのはいま着ている服のような布面積があるのか?」

「いいえ? 腕とか足とかは普通に出てますけど」


 まあ、 ビキニはさすがに着れなかったけれど、そのくらいはまあ。海だし。

 ラッシュガードとかも身体にぴったり沿うのが嫌だなって思ったんだっけ。

 ていうか、え、不機嫌の理由って水着なんです? 嘘でしょ?

 

「あの、前世の話ですよ? リディーナ、いまのわたしの体型なら、まあ、ビキニ着ても見苦しくないかなとは思いますけど」

「理屈では納得してるが感情の方が頷けないらしい。そもそも俺はカコの記憶をもったままの君に好感を持って、好意を持ったのだから、過去の君が大衆に肌を晒したことも不愉快に思うようだな」

「言い方! 誤解招くやつじゃないですか! それに別に普通の水着です、公序良俗に反してないごくごく一般的なやつです!」

「……君と海へいくことがある場合、周辺の人払いをしてからいくことにする」


 さすがに解せないので言い募ろうと思ったけど、セルヴィス様の顔がマジだったのでやめた。

 これはわたしの経験値のなさがゆえなのか、この世界の価値観としてはスタンダードなご意見なのか、判断出来かねるやつだし、じゃあ着て見せろとか言われたらやだな。墓穴だなって気づいたのもある。

 見た目は思春期真っ盛りな少女ですけど、中身はそこそこ大人ですし、実体験はなくても妄想の世界ではこういうシチュエーションは履修してきた。見るのはいいがされるのは嫌。

 引くのも大事。


「とはいっても、毎年海に行っていたのは海に関係するジャンルにはまっていた友達の聖地巡礼に付き合っていただけなので、今世ではまあ、そんなに行く必要もないかなって」

「海にいくことが聖地巡礼になるのか?」


 あ、しまった。

 ついつい慣れた言葉を説明に選んでしまったけど、多分不用意に使っていい言葉じゃなかったなこれ。


「…………わたしが前世のマリエルちゃんの神様だったみたいに、場所に神聖さを感じてそこへ詣でたくなるようなパターンもありまして」


 結果、こんな説明しか出来なかったけれど、セルヴィス様は納得してくれたらしく、なるほどとうなずいてくれた。


「さて、そろそろ町に着くがどう回りたいか希望はあるか?」

「ええとじゃあ、外部の人が町に入るときに使う入り口から観光向けのお店があるところ全体をぐるっと歩いてみたいです」

「わかった、じゃあこっちへ」

 

 促されたのは、前回は足を向けなかった道。

 セルヴィス様は真っ直ぐ広場へは向かわずに、おそらく居住区だらけの道を迷いのない足取りで進む。


「この町の一般住宅ってみんな同じデザインなんですね、わたしが住んでたら自分の家どれかわからなくなりそう」


 みた感じ表札もなければ家の前に鉢植えなんかもなくて、本当に全部同じような道が続いている。

 窓からみえるカーテンも一緒とかすごいな。

 自治体レベルで建物の色や形をそろえて景観をよりよく。みたいなやつかしら。


「ここが町の入り口だ」


 ものすごい長いわけでもない住宅地を抜けて示されたのは、初めて町へ来た帰りの丘からみえた中華街の門めいた町の入り口だった。

 両脇に見張りらしき男の人が二人立っているけれど、国境近くの町でもこのくらいの警戒度なら本当にいまは平和なのかもしれない。

 入り口のあたりをじっとみていれば、まばらにではあるけれど人の出入りはあって、入ってくる人の足取りは重そうだ。逆に出て行く人の表情は明るかったり、決意に満ちているかのように凜々しかったり。

 入ってきているのは、荷馬車を引く人や、家族のような一団や、若い男の人の三人組もいて、旅の目的を想像してはつい目で追ってしまう。

 変装をしてるから当たり前ではあるけれど、門番さんはセルヴィス様に気づく様子もなく、町を出入りする人を忙しくなく監視と呼ぶに相応しい目付きで視認しているようにみえた。


「ここを背にして真っ直ぐ進むと広場があるんですね」

 

 さすがにここでかきつけるわけにはいかないから、必死に頭の中に叩き込む。簡易的な案内図に使うマップなら道の幅やらなにやらは正確でなくていい。特徴だけを押さえて簡潔にデフォルメ絵を描くくらいの気持ちで。

 まあ、独学だけど。

 前世の世界地図だって、メルカトル図法で描かれたものは実際の縮尺と違うわけだし、大丈夫許される。なんて、自分を鼓舞しておく。


「今日は町の中でも特に外部の人が買い物出来る場所の大体の位置把握がしたいので、セ……げふん、ヴィスさんが初見の人でもわかりやすいと思う道順で案内してもらえますか? その後で、わたしを人気のない場所に連れていってもらえると助かります。個室とか、路地裏とか」

「………………」

「ヴィスさん?」

「……君に他意がないことはわかってるが、そういう発言は俺以外の男にはしないように」

「え?」


 なんとも言えない顔で注意されて、自分の発言を脳内で再生してみる。

 ………………。

 …………………………。


「っ、ち、違います! 誤解です!! 本当なんです!!」


 人目につかない場所で絵を描きたかっただけなんです。本当です。

 声に出せない代わりに必死に言い募れば、セルヴィス様はわたしから顔を背けて肩を震わせていた。


「……っ、いや、すまない」

「笑ってんじゃないですか!!」


 本気で焦ったのに!

 めちゃくちゃ焦ったのに!!


「いや、あまりに必死な様子が可愛くて」

「可愛いって言っとけばこいつ照れて誤魔化せるぞって思ってません?」


 その手には乗らないとぷんすかしながら突っ込んでやれば、まだ笑みを残したセルヴィス様が心外だとでもいうように首を傾けた。

 触れあうほどではないけど、距離が一気に狭まる。


「俺は本気できみを可愛いと思っているが?」


 急なガチトーンで耳元に囁くのやめてください。

 結果、真っ赤になったわたしの敗けが確定した。

 

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