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02  えっ、なにそれ素敵!


 身支度をすっかり整えられてマリエルちゃんの部屋へ案内されたわたしは、奥にある彼女の寝室へ続くドアを横目にしながらソファに腰掛けうとうととしていた。やっぱりね、身体が温まれば人間眠くなる。

 サラ先輩はわたしの逃亡防止なのか、入り口に立っていて眠気をどうにかしてくれる気配もないし、マリエルちゃんが起き出してくるまではこの膠着状態が続くんだろう。

 うるさくしてマリエルちゃんが寝てるところを起こすのもいやだしなあ。


「?」


 部屋に案内されてからしばらくして、サラ先輩が不意に奥の部屋へと向かった。

 わたしにはなにも聞こえなかったけれど、マリエルちゃんが起きたのかな。サラ先輩の耳が特別なのかそれとも……。

 いやいや、人を疑うのはよくない。いけない。

 ぺちぺちと頬を叩いて眠気を散らしながら、身支度を調えたマリエルちゃんがやってくるのを待つことにした。サラ先輩もせめてマリエルちゃんが起きてきてから呼んでくれればいいのになんて、そのガチッぷりに呆れられたのはそこまでだった。

 

「っ、リディーナさん、昨晩は、本当に申し訳ありませんでした……!」


 身支度どころかパジャマ姿で、顔を真っ青にしたマリエルちゃんが飛び出してきたからだ。

 その剣幕にわたしが驚いている間に、彼女はその小さな身体を綺麗に二つ折りにして頭を下げてきた。


「昨日部屋に戻る途中で、あたし、リディーナさんになにをしたんだろうって、気づいて……」


 小さな肩を震わせているマリエルちゃんは、ぎゅうっとてのひらを握りこんで言葉を詰まらせた。

 昨夜はそんな様子もなかったはずなのに、どうして突然。そんな戸惑いからサラ先輩を探せば、マリエルちゃんの寝室へ続くドアの前で静かに佇むばかりで、状況説明をしてくれる気がないことだけはわかった。

 静かな湖みたいな瞳は、ただじっとこちらを見つめるだけ。

 なにかを見定めるようだと思った。


「ちゃんと謝っていませんでした。もしもなにかがひとつでも違っていたら、大怪我をさせてしまってる可能性だってあった、はずなのに」


 ぎゅううっと握り込まれた小さな手に力が込められたのがわかった。

 白くなって、しわが寄っていて、痛々しい。


「マリエルちゃん、マリエルちゃん。頭を上げて、わたしを見て」


 ソファに預けていた腰を上げて頭を下げた姿勢のままの彼女を覗き込もうと、床に膝をついて長い黒髪に隠された小さな顔を見遣る。ぎゅうと握り込まれた指先をそっとほどけば、爪の痕がてのひらに残っていた。

 これはいま出来た痕じゃない。

 そう気づいたとき、どうして早朝とも呼べない深夜に、サラ先輩がわたしの私室へやってきていたかわかったような気がした。


「……リディーナさん」

 

 いまにも泣き出しそうな黒い瞳が、わたしをじっとみた。

 なにかに怯えるような色をそこに見つけて、安心させたくて笑いかける。


「……あたしのこと、気持ち悪くないですか? こわく、ないですか? 気持ちがぐるぐるになると、ああやって暴走して、物を壊したり、しちゃうんです……っ。バケモノみたいだって、思いま、せんか?」

「――」

 

 わななく口唇に力を込めて、震える声で告げた彼女の中に痛みと傷をみつけたような気がした。

 それは、多分、わたしと出会う前に誰かに投げつけられた言葉じゃないかって。

 頭の中が真っ白になりかける。

 マリエルちゃんにひどい言葉を投げただろう人を、知っているような気がして。

 あのクソババア、次もし会うことがあったらなにかしてやる。明確にどうこうが浮かばないけど絶対何かしてやる。

 強くそう思った。


「マリエルちゃん、わたし昨日友達になってって言ったよ? それが答えって思えないかな?」


 許可も取らずに抱きしめて、落ち着けるように背中をぽんぽんと優しく叩く。

 小さな身体は強ばっていて冷たくて、少しでも暖まればいいなって。


「だって、リディーナさん、優しいから。あたしのこと可哀想って思ったらそのくらい無理をしてでも言ってくれるかもって」

「やー、それは誤解も誤解っていうか、優しくはないかなーって」

「優しいもんんんんんん」


 ぎゅううっと強くはないけど精一杯みたいな力がしがみついてきて、初めて出会った日のことを思い出す。

 あの日、わたしを自由につなぎ止めてくれたのはこの小さな女の子のこの手だった。


「わたしがマリエルちゃんに優しく見えるなら、それはマリエルちゃんが可愛いからだな」

「……見た目の話ですか?」

「見た目が可愛いのはそれはそう。間違いない。ん、だけど、そればっかりじゃなくてね。味方なんて一人もいなかった世界で、全力でわたしのことをつかんで離さないでいようとしてくれた女の子が可愛くないわけないんだよなあって、話」

 

 それがたとえ前世由来による縁から来るものだとしても、全身で、全力で、わたしのことを守ろうとしてくれたのはマリエルちゃんがはじめてだった。

 複数のいかつい成人男性に引っ立てられそうだったわたしにしがみついて、大きな声を上げて抵抗してくれた女の子。あれがあったから多分わたしはここにいる。


「もしマリエルちゃんの力で多少怪我を負ったとしても、わたしきっとマリエルちゃんのことが可愛いって思うままだろうし、友達になろうってやっぱり言ったと思うよ。実際にはセルヴィス様がどうにかしてくれたから無傷なんだけどね」


 うっかり告白まがいの言葉を受けたことを思い出してしまいそうになるけど、いまはそこは忘れよう。

 ぎゅうっとわたしにしがみつく手の力が緩んで、強ばっていた身体からも力が抜けた。


「少しは落ち着いた?」

「……はい。うん、でも、もう少しこうしていてもいいですか? リディーナさんにぎゅってされるの、なんか、落ち着くっていうか。安心するっていうか」

「かまわないけどソファに移動しようか。もしきちんと眠れてないなら、もう少し眠った方がいいと思うし」


 小さな頭がこくりと頷いたのでマリエルちゃんを支えたままソファへ移動する。ふかふかした座面のソファは二人分の重みを軋むことなく受け止めてくれたので、そのまま仰向けにさせたマリエルちゃんの頭を太ももに乗せて目元をてのひらで覆ってみた。

 いわゆる膝枕だなと思ったけれど、幼い彼女にそうするくらい負担はそうないだろう。

 もぞもぞと身体の向きを変えたマリエルちゃんは、わたしのお腹側に顔をむけて腰に腕を回してきた。


「……リディーナさんが、本当のお姉ちゃんだったらいいのにって、思うんです。優しくて、ぎゅってしてくれて、あったかくて。そうされる度になんか、泣きたくなるくらい胸の奥が熱くなって、嬉しいの」

「うん」

「でも、友達になりたいって言われて嬉しかったのも本当で、友達になりたいって思ったのも本当で。あたし、たぶん、ずっと、さみしかったんです。おかしいですよね。お父様も、お母様も、お兄様も、お屋敷の皆、ちゃんとあたしを大事にしてくれてるのがわかるのに」

「前世経験含めてマリエルちゃんの倍以上生きてるわたしから言わせてもらうとね、人って多分、生きてる間ずっとずっと寂しいって気持ちはなくならないと思うんだ。だからその寂しさを埋めるみたいに大切ななにかをたくさん作ろうとするのかなって」


 前世のわたしはおたく趣味がそれにあたるだろう。

 たくさんの『好き』に触れている間は寂しさなんてどこにもなくて、ただ楽しくてしんどくて幸福だった。


「でも、マリエルちゃんは寂しいときは寂しいって言っていいと思うんだ」

「……あたしが、こどもだからですか?」


 お、ちょっと拗ねたような声。

 ぐいぐいお腹におでこをこすりつけてくるけど、可愛いだけだということは言わないでおこう。


「わたしがね、甘やかしたいから。マリエルちゃんが可愛いから、大切にしたいって思うから、寂しいとかしんどいとか教えてもらえないとそう出来ないときがあるじゃない?」

「……リディーナさんも、さみしい?」

 

 もぞりと、顔だけをわたしの方に向けたマリエルちゃんがそっと小さなてのひらを伸ばしてきた。

 寂しいか寂しくないかと問われれば、わからない。が、正解だ。

 あきらめるばかりだったリディーナのこれまでを思うと、最近やっと人らしい生活が出来るようになったところなので。


「リディーナさんもさみしくなったら、言ってくださいね? あたしがぎゅーってするから」

「ふ、あはは、頼もしいな。楽しみにしてるね」


 返事が笑い交じりになったのが駄目だったのか、マリエルちゃんが真面目な顔をしてじっとわたしを見上げてきた。

 探るように、観察するように、しばらくそうしてから口を開く。

 

「……本当に、怪我、しなかったですか?」

「うん。セルヴィス様が守ってくださったから。なんならさっきサラ先輩にお風呂タイムさせられたばっかだから、怪我の有無確認してくれてもいいよ」

「………………サラと、お風呂に?」

「目が覚めたら部屋にいて昨日お風呂入れてなかったって言ったら強制的にね。わたし全身くまなく洗われるとか前世含めて初めてだったよ」

「あー……」


 マリエルちゃんがきゅっと眉を寄せてなんとも言えない表情をした。ソファの背もたれ越しにサラ先輩のいる方へちらりと咎めるような目線を向けたけど、見えていても多分それはあの人にとっては単なるご褒美ですね。

 ……言わないけど。

 

「でもそれは、あたしが昨日暴れたせいでお風呂に入り損ねたんですよね?」

「ううん、あの後セルヴィス様に告白みたいなことをされ、て……」


 しゅんと眉を下げたマリエルちゃんにありのままを伝えかけて、あっ、って気づいたけどもう遅かった。なんか急に顔も熱い。

 

「えっ、なにそれ素敵!」


 さっきまでのしおらしさを投げ捨てて、マリエルちゃんが瞳をキラキラさせて身体を起こした。そのままわたしの右隣で膝をついて、腕にぎゅっとしがみつくと顔を覗き込んでくる。

 その様子は大変かわいらしいけれど、圧、圧が強い。


「……というかマリエルちゃん的には素敵なんだそれ」

「だって、そうなったらいいなって思ってましたから!」


 たしかに昨夜それっぽいことはがっつり言っていたな。

 むしろあれきっかけだったんじゃないのかなセルヴィス様、マリエルちゃんが言えば結婚相手だって決めてしまいそうだし。

 

「これは悔しいからずっと言ってこなかったんですけど、リディーナさんがうちに来てから一ヶ月? くらいですかね、お兄様との会話の中にリディーナさんの名前があがるようになっていったんです。それまでは、あたしになにしてた? とか、今日は天気がよかった。みたいな、日常会話に困るお父さんみたいなことしか言ってこなかったのに」

「…………マリエルちゃんとの共通話題にされてたんじゃないかな?」


 なにせわたしは前世で彼女の神様だった。

 あの妹ラブなお兄ちゃんならば、彼女が機嫌良く話してくれる共通話題として使ってもいいくらいだとさえ思える。

 仕事の話はしなかったにせよ、一ヶ月なら一緒に買い物をしたくらいだろうし話題もいくつかあっただろう。多分。


「話題提供っていうよりも、リディーナさんのことを知りたそうでしたけどね。前世のこととかこれまであまり聞かれなかったのに、よく聞いてくるようになりましたし」

「それ、マリエルちゃんがいた世界を知りたかっただけじゃないかな。絵に起こして欲しいって言われたし」


 そういえば、その約束はまだ果たしていなかったっけ。

 

「…………まあ、いいですけど。いまは」


 なんだか急に大人みたいな表情で、マリエルちゃんが引いた。

 え、その反応なんか不安になるんですけど?


「それではマリエル様、一度着替えてこられてはどうでしょうか? その間に朝食をこちらで召し上がれるよう準備いたします」

 

 すっと間に入ってきたのはずっと黙っていたサラ先輩で、それにマリエルちゃんもあっさりそうね。なんて返す。

 って、あれ?


「貴族の人って、着替えとかお風呂とか全部手伝われるって話じゃ?」

「かしこまった装いのときにはお手伝いしてもらわないといけませんけど、予定がない日の簡素な服でしたらひとりでも出来ますよ。人や家によるかもしれませんけど」


 聞いてた話となんか違うんですけど。

 寝室の方へ戻っていくマリエルちゃんを横目に責める気持ちを込めてサラ先輩を見遣れば、そっと視線をそらされた。

 なんでなのか理由はわからないけれど、揶揄われたということだけはわかったぞ。いやでも本当に? マリエルちゃん絡みでもなんでもなく?

 

「……………………サラ先輩?」


 責めたい気持ちと問いかけの気持ちと両方を内包した呼びかけに、彼女はきぱっと答えた。


「人間は追い詰められたときにその本性をみせます。あなたという人間がどういうものかを、見てみたかった」


 真っ直ぐな瞳がわたしを見据えた。

 たしかに、前世つながりというだけでマリエルちゃんと友達にまでなろうとしたわたしという人間が安全である保証はどこにもない。


「……みっともなく騒いで抵抗するくらいしか出来ませんでしたけど」

 

 そんなのでよかったんだろうか。

 いや、急な悪役ムーブを求められても、納得頂ける反応をお出し出来る保証はまるでないんだけど。自然な演技とかさすがにちょっと無理だし。


「というのは建前で、貴女という人と話をしてみたかったのです」

「……それは」


 出来ていたんだろうか。

 髪を乾かしてもらっている間にした話といえば、なんとも花のないコイバナっぽいものと、マリエルちゃんとサラ先輩の出会いの話を簡略化したものだ。想像で隙間を補うにしたってもうちょっと情報が足りてないくらいの。


「あとは私自身の労働環境の改善につながるという実益を兼ねておりますので、あまりお気になさらず」

「いやめちゃくちゃ気になりますけど?」


 むしろあれでどう労働環境が改善されるんだ。

 ていうか、いまのお仕事満喫されてるようにしか見えませんけどこれ以上なにをお求めで?

 なんて色んな疑問が巡ったけれど、まあ、いいかと呑み込んだ。

 あんな風に怯えているマリエルちゃんをみてしまえば、来ない方がよかったとはとても思えなかったし。多分これが最適解だったんだろう。


「あ、そうだ。わたしがああされたことでサラ先輩にちょっとでもいいことがあるなら、お願い一つ聞いてもらえませんか?」

「内容によります」

「……そんな難しいかな。ひとによっては難しいか。いやあの、髪の毛、短くしたいなって考えてて」


 それを思いついたのは昨夜、メイド三人衆と別れたあとのことだった。

 わたしの髪が長いのはそうしたかったからじゃなく切る機会がほとんどなかったからで、どちらかといえば短い方が楽だったりする。

 惰性で長いままいたけれど、これから自分らしく生きていくきっかけのひとつとして断髪を決めたのだ。

 あの後色んなことがあってうやむやになってしまったけれど、サラ先輩と会っていなければわたしはどこかでハサミを借りてなにも考えずに髪の毛をばっさり切っていたかもしれない。

 そんなことをつらつら説明しつつ、サラ先輩に切ってもらえないか聞いてみた。のだけれど。

 

「私の一存では決められかねますので、相談してまいります」

「誰にっ?」


 わたしの髪の長さを一体誰に相談するというのか。

 町に下りたときの住人たちや、ここで働いている同僚のメイドさんをみても、女性は髪を長くするべき! みたいな文化はないと思ったんだけど、もしかしてなにか色々な制約があるんだろうか。


「さしつかえのない方の理由を述べるなら、マリエル様が以前リディーナさんとリンクコーデ? なるものをしてみたいと仰られていたので」

「うわあ、発想がヤング」


 風の噂では聞いたことがあるし、推しカプには積極的にやって頂きたいものだけど、片方に恥じらいがあれば尚良しでもあるんだけれど、それを自分がやるとなると色々と不都合があると思う。主に顔面偏差値的に。

 リディーナも若いんだけど、やはり中身がもう二十代半ば過ぎなので。


「ひとまず私は朝食を取りに行って参りますので、マリエル様とお待ちください」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 室内に一礼してサラ先輩が音もなく出ていってしまったので、ふうとソファにもたれた。


「……なんかめっちゃ誤魔化された感じするな」


 髪の毛を切るって思春期の女の子だと一大行事って感じするけど、わたしに関しては気持ちの切り替えみたいな軽いものだったのに。

 まあ、なにかわたしの知らない常識があるならそれに従うのもやぶさかではないけど。

 というか、他に考えることがあるのはわかっているしこんなのちょっとした現実逃避だ。

 それも理解している。

 ……したくないだけで。


「うーん、一難去ってまた一難だなあ」


 ぶっちゃけありえないまでは言わないけど、でもまあ。

 あとで改めて断髪の許可は求めてみようか、出来ることからこつこつと。生きる上でけっこうちゃんと大事なことだ。 


「リディーナさん、お待たせしました!」


 思考に耽っている間にそれなりに時間経過していたらしい。可愛らしいワンピース姿のマリエルちゃんが奥の部屋からやってきたけれど、それは、その装いは。


「おそろいです! 前にサラに話していたんですけどリディーナさんがいま着ているのと同じ服がクローゼットの目立つ場所にあったので。髪の毛はあとからやってもらいます!」


 じゃーんとマリエルちゃんが見せてくれたのは、わたしが着ているものとは色違いの空色のワンピース。可愛い。宗教画になれる。させないけど。


「というわけで」


 そっとわたしの隣に腰を下ろしたマリエルちゃんは、それはそれは綺麗な笑顔を向けて言った。


「これから、残念なところもあるけれどそれなりに自慢にもなる兄のプレゼン女子会を行いたいと思いますので、是非とも聞いてくださいね」

「え?」


 語尾にハートマークがつきそうな明るい声と笑顔が、真っ直ぐわたしを見上げて言う。

 天使のような悪魔の笑顔ってこういうことを言うんだなと、そのときわたしは思いましたね。どっちだとしても可愛いんだけど。

 ソファと仲良くなることで現実逃避をはかりたかったけれどもそれは許されず、わたしはマリエルちゃんからセルヴィス様の交際相手、ひいては結婚相手としてのオススメポイントをひたすら聞かされることになったのだった。





 「…………どういう状況なんだ、これは」


 セルヴィス様がマリエルちゃんの部屋を訪ねてきたのは、サラ先輩が朝食を載せたカートを運び入れてすぐのことだった。その頃にはわたしは得も言われない恥ずかしさに悶えていて、ソファを飛び出して床の上でごろごろしてましたけど。

 なんだろうな。すごい直接的なことを言われたわけでもないはずなのに、なんかものすっごく恥ずかしかったんだ。

 サラ先輩の時にも感じたけど、リアル恋愛トークって恥ずかしいんだな。しらなかった。

 恥ずかしいがゲシュタルト崩壊するくらいには、現在進行形で恥ずかしい。ほんっと恥ずかしい。たすけて。


「あら、お兄様いらしたんですね」


 わたしの奇行をにこにこ見守ってくれていたマリエルちゃんが、ちょっとおすましした様子で返事をしている。可愛い。

 ……いや、いまわたしが床と仲良くしてる原因彼女なんだけど。

 

「今日は部屋で朝食を摂ると聞いたから挨拶がてら顔を見に来たんだが、リディーナも一緒なら俺もこっちで食べようか」


 あっ、その呼び方夢じゃなかったんですね。

 耳の辺りが熱を持った気がして、床から顔を上げられなくなってしまう。


「お兄様、今日はあたしがリディーナさんを独り占めするのでご遠慮ください。無粋ですよ」


 さっくりとセルヴィス様の提案を退けたマリエルちゃんグッジョブ!

 ちょっとまだ冷静に対面できる気がしないから、お断りしてくれるのは大変ありがたかった。

 

「そうか。ではリディーナ、明日は俺と一緒に過ごして欲しい。サラ、調整を頼む」

「かしこまりました」

「ふお?」


 そのまま退室されるのかなと会話を聞いていれば、すぐ傍らに人の気配。誰って、うん、わかるわかります。

 顔を見るのがなんとも気恥ずかしくて床に伏せていれば、低い声が喉の奥で笑いをこらえるのがわかった。


「リディーナ、そんなところで寝ていては身体を冷やすぞ?」

「…………あー、あの、ええと、はい」


 床に転がってるところをみられるのも恥ずかしいなと気づいたので、身体を起こそうと手をついて床にぺたりと座り込む形になれば、大きなてのひらが差しのべられる。


「……可愛いな」

「えっ、あ、あの、サラ先輩がなんか、用意してくれました」


 開幕可愛いはパンチが強いな!

 でも着ているワンピースは少女の夢が詰まっているような可愛らしさなので、それは認めなければならないと服を見下ろして答えれば、またなにかかすかに笑う気配がした。


「リディーナのことを可愛いと言ったんだ」

「っ……」


 いやもう色々強い!

 顔を覆ってそのまま後ろに倒れ込もうとしたけれど、さすがにそれはセルヴィス様に支えられてしまった。背中に手を回されてしまって、距離が近い近い近い。


「勝手に触れてすまない。だが、寝転がるならせめてソファにしてくれ。怪我でもしては大変だからな」

「……っひゃい」


 なんだもうこれは恥ずかしさの煮こごりかなにかかな。

 羞恥ポイントカンストしたら慣れるんだろうか、慣れる気なんてまるでしないんだけど。

 こっちの照れなんてものともせずに、セルヴィス様は手を引いてわたしを立たせてくれた。そのまま近かった身体が離れたのでちょっとほっとしたのはまあ、うん、よかった。


「あの、ありがとうございます。あと、おはようございました……」


 顔を見ないで挨拶するのは失礼だろうと頑張ったけど、どうしたって目線はセルヴィス様の顎の辺りでとまってしまう。うう、不敬をお許しください。


「ああ、おはよう。今日はマリエルと髪や服が同じなんだな」

「……はい。マリエルちゃんの希望で? なのかな。そうなのかな? どうだっけ?」


 マリエルちゃんを振り返って見遣れば、なんとも微笑ましい物をみるような笑みが頷いてくれた。

 え? それってどういう感情?


「あたしいま、リア充爆発しろという感情と、推しカプが目の前でわちゃわちゃしてたらこういう感覚なのかなって感情の中にいます」

「えっ、なにそれ詳しく」

「今日からもうお義姉さまってお呼びしてもいいですか?」

「主語がない! 主語がないよ!? あと漢字の変換がなんか不穏!」

「……カンジ?」


 あっ、セルヴィス様が不思議そうな声を出した。

 この世界の言語に漢字ないもんな、説明が難しいので前世でいた国で使っていた文字だと伝えれば、少しの思案顔で頷いた。

 そのままじっとこちらを見つめるものだから、なんだかいたたまれないような心地になる。

 

「髪の毛が少し乱れてるな」

「へっ?」


 告げられて咄嗟に頭に手をやる。

 さっき床を転がったときだろうか、とはいえやってくれたのはサラ先輩だしそもそもわたしに髪の毛をいじるスキルなんてものはない。前世でだって短くしているのが常だったし、ちょっと伸びたときに簡単の文字につられてヘアアレンジをしようとしたけど、くるっとひねるだの軽く毛束をまとめるだののやり方がわからなくて、結局やめてしまった過去があるくらいは不器用だ。

 

「少し触れてもいいか?」

「えっ、あ、はい!」


 セルヴィス様の問いかけに、咄嗟に返事をしてしまってからどこに? って慌てたけれど、そのときにはもう指先が耳元をくすぐっていた。

 うううこしょばい、こしょばいのです。

 ちょいちょいと耳元をかすめながら動いていた指先がそっと離れてはくれたけれど、肩に入ってしまった力が抜けない。


「…………なるほど」

「え、なにがです?」


 なにかに納得したらしいセルヴィス様はなにも言わずにただ笑って、直ったぞと教えてくれたのでわからないなりにお礼を言う。

 ビフォーもアフターもわかってないから、なにがどうなってるかもわからないけど、セルヴィス様が直ったって言うなら直ったんだと思うし。


「これで俺は失礼する。今日はゆっくり休んでくれ」

「え、あ、はい。ありがとうございます?」

「では、明日な」


 目を細めてわたしに笑んで見せたセルヴィス様は、そのままマリエルちゃんとなにかを話すと部屋から出て行ってしまった。


「………………え、と、あした?」


 明日とはなんだったか。

 ていうかあの目はなんだったんだろう。

 マリエルちゃんをみつめる優しいだけの瞳とは違う、なんか、こう、例えるなら溶鉱炉みたいな熱くてとろとろで、触れるだけで焼けちゃいそうな熱量の、目。だった。

 

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