悪魔執事は悪役令嬢のこころを奪いたい
ーー運命的な出逢いがあるのなら、運命的な別れもあるのである
どれだけ愛していると伝えても、どれだけ努力をしたとしても、その想いは伝わることなく、ボロボロの雑巾のように引き裂かれて終わるだけだ。
「実に馬鹿馬鹿しい」
訳あって追放された悪魔のルーカスは、眼下で繰り広げられている茶番を見ながらそう吐き捨てた。夜風に吹かれ、深淵を覗いたような黒色をした髪がザワザワと揺れる。
茶番を繰り広げている醜くも哀れな人間共は主に三人。
「貴様がいたから僕は苦しい思いをする羽目になったのだ! 僕がステラを好きだと知りながら付き纏ってきて……目障りで仕方がなかった」
ーー婚約者がいながら女にうつつを抜かし、ズルズルと婚約破棄をせず学園生活を送っておきながら、卒業パーティーで婚約者を非難する小狡い王子、ウィリアム
額に青筋を浮かばせ、一人の女性に向かって怒鳴るその姿は、とても王子とは思えない。
「ウィリアム様、ソフィア様を責めないで差し上げて。好きになった私がいけなかったんですから……」
ーー婚約者がいると知りながら王子を含む様々な男性にベタベタし、結果王子を奪い取ることに成功した、下手な嘘泣きをする聖女、ステラ
ウィリアムに肩を抱かれ、しおらし気にハンカチを涙で濡らしている。
「だからといって、君を虐めていいはずがない!」
「……」
ーー王子を取られないよう必死になり、空回り続け、こうしてただただ罵られている王子の婚約者、哀れで間抜けな公爵家令嬢、ソフィア
地面に伏せ、槍を向けられている。下を向いていて表情は見えないが、震えている。泣いているのだろう。怒りに震えるような人物ではない。
「黙っていようと罪は償ってもらうぞ」
ウィリアムの隣に立ち、ソフィアを睨んでいるエイダンーー未来の側近候補、騎士団長の息子ーーが文書を取り出した。そこにはソフィアがしてきた悪行がかかれている。
ちなみに、エイダンもステラに惚れており、ボートに乗ろうだのピクニックに行こうだの、様々なアウトドアに彼女を誘っていた。そして、彼女は恥じらいながらも毎回オーケーしていた。ウィリアムにバレた時は「何もやましいことはないのに、気になるんですか? やきもちを焼くなんて、ソフィア様に悪いですよ。でも……嬉しい」という内容を遠回しに、そしてしたたかに伝えていた。あれは絶対、悪いと思っていない。むしろ、百パーセントの確率で嬉しい、もしくは王子ゲットだぜ、と思っていそうだ。
腑抜け共の話は他にもあるのだが、今は茶番の続きを見るのが先だ。ここまで見てきて帰ることはできない。そう思い、ルーカスは声がよく聞こえるように、耳元へ魔力を集中させた。
「聖女ステラに対する暴言、暴行、窃盗、器物破損に殺人未遂……犯罪履歴のオンパレードだな」
暇だからと数年間、彼等の滑稽な様子を見続けてきたルーカスには、ソフィアが濡れ衣を着せられていることは分かっていた。だが、わざわざウィリアム達が真偽を確かめるはずがない。ソフィアを排除するチャンスに繋がるのだから当たり前の話だ。
「国外追放は免れないだろう。公爵家もタダでは済まない」
「そんな! これはきっと何かの間違いですわ! ソフィアがそのようなことをするとは思えません!」
「殿下! どうかもう一度捜査を行ってくださいませんか? 殿下!」
両親だけはソフィアの味方だったようで、厳格な態度を示してきた公爵家夫妻は、社交場で初めて取り乱す姿を見せた。
「これは陛下と話し合って決めたことだ。もう遅い」
そう言ってソフィアを見下ろすウィリアムの声は冷ややかだ。崩れ落ちる夫妻を見て耐え切れなくなったのか、ソフィアが顔を上げた。
(!……)
ソフィアは大粒の涙をこぼしていた。海のように深く、青い彼女の瞳にルーカスの意識が強く引きつけられる。
何故だろう、彼女から目が離せない。
「ウィリアム殿ーー」
「僕の名前を呼ぶな。虫唾が走る」
「っ……どうして、どうして…………!」
「連れて行け」
「ソフィア!」
「お父様! お母様!」
顔をぐしゃぐしゃにして連れて行かれたソフィアを、眺める人達は冷たい目線で送り出す。王子に至っては見てすらいない。
閉じられた扉を見つめるステラの口角は微かに上がっていた。
ーーどちらが悪魔なんだか
そう思いながらルーカスは塔の上から飛び降りた。
今行けば、涙で濡れた瞳を間近で見ることができるかもしれない。
「ちょうどいい。次の獲物はこの小娘にしよう」
ルーカスは鳴き声が響き渡る独房の前に降り立った。
黒い影が差し込み驚いたソフィアがくるりと振り向く。
「助けてやろう、小娘」
「え?」
(なんだ。泣いていないのか)
もはや泣く気力すらないのだろう。ルーカスを見詰める瞳は濁ってしまっていた。
「助けるって……?」
「人生をやり直させてやろう」
「そんなこと、貴方にできるのですか?」
「俺はそこそこ名のある悪魔だ。それくらい造作もない」
「でも……私、一回でできるか不安で」
(よくある悩みだな。仕方がない)
力なく呟くセレナに近付き、ルーカスはその頬を掴んだ。
「なら後払いでいい。ただし、満足できたと判断すれば、その魂を奪うからな」
断れないよう威圧するように見詰めると、ソフィアはコクリと頷いた。その手を引き、ルーカスはニヤリと微笑む。
「始めよう」
こうして、ルーカスはソフィアと契約を結んだ。
◇◇◇
側で様子を見れるよう、ルーカスはソフィアの執事となった。自分は昔からそうでした、という洗脳を周りにして。
「ルーカス」
「だから様を……誰かいるんだな」
「そうなのよ。二人の時は様をつけるから許してくださらない?」
パーティー会場の中をチラと見て、ソフィアは困り顔を浮かべた。
「不満だが従おう。小娘には逆らえんからな」
「ここでは小娘ではなくソフィア様と呼んでくださいな。あなたでも構いませんけれど」
「……はぁ」
ソフィアはすっかり図太くなってしまった。あれだけ悲しみに打ちひしがれていたのに。
(これだけ時をかければそうなるか)
あれからルーカスは何度も時を戻した。ソフィアが簡単に満足しなかったからだ。しかしこれは、彼女のやり方にも問題がある。
一度目は例の騎士団長の息子、エイダンに近付くも、結局ステラに取られて断罪。二度目の宰相の息子ミハイル、三度目の第二王子リヒトも全て同じ結果だ。
そして今は四度目、大臣の息子オリバーによって同じことをされる直前だ。遠くでステラと踊る姿が見える。
側で魅了魔法を使ったり、相談に乗ったり、こっそり盗聴して相手の好みを探って来たり、結ばれるためのサポートをこれでもかというほどさせておきながら、この結果はなんなんだ。何故ステラに負けるのだ。やり直すたびに変わるものの、真摯に一人の相手に向き合い、尽くしているソフィアより、複数人に愛嬌を振り撒くステラの方がいいと言うのか。
名前を呼ばれ、苦笑しながら会場へ戻るソフィアの背中をルーカスは見詰めた。執事は外で待たねばならないのだ。
ーーまたやり直しか
そう思ったのが、前回のこと。
「ふぅ。呆気ない終わりでしたわね」
ーーソフィアは直接悪魔の力を使うことなく、この国を破滅させた
他国や魔物と協力し、侵略させたのだ。
それも、ウィリアムとステラが結ばれる卒業パーティーの日を狙って。
「一回でできるか不安」ソフィアは最初そう言っていた。
このできるは、王子と結ばれることでも、平和にやり直すことでもなかったのか。
城の内部構造、兵の強さ、警備が手薄な場所、様々な情報をこのループを通して集めるために。自身を傷つけた全てを滅ぼすために。
断末魔を上げる生徒達を見下ろしていると、ソフィアが口を開いた。
「ねぇ。今度こそ魂をあげるから、もう一度やり直させてくださらない?」
「構わないが……何をするんだ? 今度こそ、と言うことは、ループはこれで終わりになるが」
そう聞くと、ソフィアは微笑んだ。海のように青い瞳は慈しむように、愛おしむようにルーカスを見詰めた。炎の輝きをその瞳に灯らせて。
「最後は貴方と幸せに暮らしたいの」
「燃え盛る王城を背に言う台詞じゃないだろう」
「魂が欲しいんでしょう? 執事としてでいいから」
ーーああ困った
悪魔なのに、悪魔らしくないことを思ってしまった。
最後のループを行うため、ルーカスはソフィアの手を引きーー抱き締めた。
「寂しいと思っていらっしゃるの? これが終わったらお別れですものね。というのは冗談だけれど……あぁ、魂は貴方のところに残るのかしら?」
それとも、栄養として食べられちゃう?そんな恐ろしいことを嬉しそうに言うソフィア。
「本当に、執事としてでいいのか?」
「ええ。他に何があると言うのかしら?」
「……」
ルーカスはため息をついた。とんだ小娘に手を差し伸べてしまったらしい。
(魂を貰えなくても構わない)
ーー悪魔執事は悪役令嬢の心を奪いたい
ルーカスは何故追放されたのか。
ソフィアには悪役令嬢として生まれた自覚はあったのか。
そこまでは書ききれませんでしたが、いつか書ければいいなと思っています。書ければですが。
[追記]補足話『悪役令嬢に心を奪われた悪魔と、復讐を果たした令嬢の話』を投稿しました(2022/4/1)