契約
「天音巫女……? 確かに今日は、天音祭だけれど」
巫女としての命令なら聞く。新代の天音巫女。なんとなく、幼い私でもその言葉から自分のおかれた状況はわかるような気がしたけれど、脳が理解するのを拒んでいた。
「……巫女には私と神殿に行っていただきます。話はその道すがら」
「ユーリミナ! 行っちゃダメだ!!」
男の人に手をとられた私をヴァレンが必死に掴む。
「軽々しく巫女の名を呼ぶな」
ヴァレンがぶたれる前に、ヴァレンと男の人の間に立つ。
「いったはずよ。ヴァレンを傷つけないで。……命令よ」
「かしこまりました。我が巫女」
恭しく頭を垂れたあと、男の人は私を抱き抱えた。
「自分で歩けるわ」
「近くに馬を待たせております。そこまでは、私が。それに私の両手が塞がっている方が巫女も安心なさるのでは?」
その通りだった。両手が塞がっていれば、ひとまずヴァレンが斬られたり、ぶたれたりする心配はない。
「ユーリミナ!」
すたすたと歩きだした私たちのあとを、ヴァレンが追いかける。けれど、その差は縮まらない。だから、ヴァレンに向かって叫ぶ。
「ヴァレン、私は大丈夫だから。きっと、これは何かの誤解よ。その誤解を解いてくるから。だから、お母さんとお父さんをお願い」
真っ青な顔をしたお母さんとお父さんのことも気がかりだった。それに、また、私を拐おうとした罪だとか言って、ヴァレンを傷つけられたくない。
「でも……!」
「頼めるのは、あなただけなの」
私がそういうと、ヴァレンは走るのをやめて、代わりに手を握りしめた。
「……わかった。もし、誤解が解けなかったら、迎えにいくから!」
「ええ、待ってる」
ほどなくして馬の前についた。馬の回りには、家で見た大人たちがいた。
「リアム様、巫女を見つけたようですね」
「ああ。このまま神殿へ向かう」
どうやら、男の人の名前はリアムというようだった。私は馬の上に乗せられ、その馬にリアムも乗った。
馬をゆっくりと走らせている、リアムに尋ねる。
「あの、リアムさん」
「敬称は不要です、巫女。私はあなたの剣なのだから」
相変わらず、リアムの声は蕩けるように甘い。
「じゃあ、リアム。その、さっき、ヴァレンにも言ったけれど。全部勘違いだと思うの。私が天音巫女だとか」
私は、巫女に会ったこともない。だから。これは何らかの誤解で。私はすぐに家に帰らされて、お母さんの焼いた甘いケーキを食べることができるに違いない。けれど、私の願いを打ち消すように、リアムは首を振った。
「いいえ、あなたは巫女。そして私は巫女の壱の騎士。そして、その契約はすでに果たされた」