第7話「創造主さまは迷っている」
「どうしましたか? 創造主さま」
「冷たっ!? み、みかんか……」
「やっと名前、呼んでくれましたね?」
「名前、か……」
ペットボトルが頬に当てられる。
ダイレクトに冷たさが伝わってきた。
気付けば有栖川みかん――みかんが隣に腰掛けてこちらを見ていた。
俺は認めなくてはいけないのだろうか。
有栖川みかん、有栖川屋敷、ここ中央噴水公園――そして黛真冬の登場に俺は――
「名前がどうかしましたか?」
「……なあ、みかん。ひとつ、聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「時計台大図書館って知ってるか?」
時計台大図書館。
これほど非現実的なものはない。
時計台はあっても大図書館と呼べるものはない。
大図書館はあっても時計台と呼ばれるものが同じ建物内にあるわけがない。
「知ってるかって、見えてるじゃあないですか」
「……え?」
「あそこに。あれが時計台大図書館です」
みかんはベンチに座ったまま遠く離れた高台に聳えるやたらアンティークな建物を指差す。
そこには時計台大図書館があった。
知っていた。
気付いていた。
気付かないわけがない。
あんなに見晴らしの良い場所にあるのを見ないことなんてありえない。
あれを見てしまったら俺はこの世界を認めなければならない。
いや、俺はもう認めてしまっているのかもしれない。
なぜなら――
「……本当にあったんだな」
「ありますよ。ここは創造主さまが創造した世界なのですから。創造主さまが望めばきっとなんでも叶います」
「なんでも、か……」
こいつを――みかんを認めてしまっているのだから。
「……みかん、俺は何者だ?」
「創造主さまは創造主さまですよ?」
「創造主ってなんだ」
「私たちを作ってくれた神様です」
認めたくない。
夢なら早く覚めてくれ。
俺は神様なんて上等な存在じゃない。
「だから、ずっといてくださいね? 私たちの、私の傍に」
「傍に……」
「はい。それなら私たちは永遠にしあわせでいられますから」
「永遠って大袈裟な」
みかんが俺の左腕に身を寄せ抱きつき言った。
永遠という言葉が重くのしかかる。
「大袈裟じゃないです! それくらい創造主さまは私にとって、」
「……なぁ、みかん」
「はい?」
「一人にしてくれないか」
俺はみかんを落ち着かせて言った。
――一人になりたい。
ただそれだけ。
「……私といるのが嫌になったんですか?」
「そうじゃない。ただ少しだけ、気持ちの整理がしたいんだ」
「そうですか……そういうことなら。でも必ず帰ってきてくださいね?」
「ああ、約束する」
みかんは少し悲しそうな顔を俺に向ける。
誤解だ。
ただ俺は心の整理がつかないだけだ。
みかんは何も悪くない。
「はい……ずっと待ってますから」
「ああ、また後でな」
その言葉を最後に俺は中央噴水公園のベンチから離れた。
そして有栖川屋敷とは別方向に――
「あっ。創造主さま、これを」
「え? ああ、悪いな」
「いえ、お気を付けて」
行こうとしたが呼び止められる。
小走りで近寄ってきたみかんはミネラルウォーターのペットボトルを俺に渡してきた。
そういえばこの世界のことで頭がいっぱいで忘れていたが飲み物を買いに行ってくれたんだった。
「さんきゅ。じゃあな」
「絶対、絶対絶対帰ってきてくださいねー!」
飲み物を受け取り、みかんと別れた俺は有栖川屋敷とは反対方向に歩き出す。
別にあてがあるわけじゃない。
ただ単に気持ちの整理がしたい。
あわよくば元の世界に戻れたり、実はこれは全て夢で俺はいつもの部屋のいつものベッドで目覚めるんだ。
そして執筆しなきゃなー、なんて寝ぼけ頭で呟くんだ。
「そうだったらどれだけ幸せか……」
別にこの世界が嫌いなわけじゃない。
わけじゃないが、どうせなら異世界ファンタジーみたいな世界が良かった。
俺はチート能力をもらって敵キャラ相手に無双して味方の美少女にこれでもかと持ち上げられるんだ。
「そうだったらどれだけ気が楽か……」
だが悲しいことにそう上手くはいかない。
どこかで見たような風景。
どこかで見たような建物が歩みを進めていくと視界に入ってきては消え、視界に入ってきては消えていく。
当然だ。
俺は足を止めることはしてないんだから。
「所詮は作者の思い描くもの以外は存在しないか……」
どこを見ても俺が想像しているもの以上のものは目に入ってこない。
どれもこれも俺の経験してきた目にしてきたものばかりだ。
だからこそ気持ちが悪い。
これが異世界だったなら、これが日本ベースの俺の知らない土地だったなら、その気持ち悪さも感じないんだろうが。
「どれもこれも既視感がありすぎる……」
本当に悪い夢を見ているようだ。
ふとアイツの、有栖川みかんの顔が浮かんだ。
俺はアイツに会いたくなったのだろうか。
俺が作った俺のキャラに。
「変な話だな」
自分のキャラが実体を持って話ができて、触れられるんだ。
それだけで飛び跳ねたくなるほど嬉しいはずなんだが、現実世界に未練があるせいか手放しでは喜べなかった。