第6話「創造主さまと有栖川屋敷と」
その後、俺は自称有栖川みかんに有栖川家の案内をされた。
外を出歩く前に屋敷の間取りをある程度理解していた方がいいというみかんの心遣いからだ。
有栖川の家はその外観、内装から有栖川屋敷と呼ばれている。
その有栖川屋敷の内部はまるで今夜にでも洋館ミステリーが始まりそうな雰囲気があった。
お嬢様といえば金持ちそうな洋館だろうと考えていたことを思い出す。
それら含めて全て俺の設定通りだった。
「本当に現実なのか……?」
「違います。ここは創造主さまが作った小説の世界。そう言ったじゃあないですか」
「……あぁ」
たしかにみかんはそう言った。
屋敷内を案内されている間も何度も言った。
だがそれでも信じられない。
信じたくない。
俺にはまだ書きたい小説が山ほどあるんだ……はいそうですかと、信じられるはずがない。
「さ、そろそろお散歩に行きましょう!」
「そうだな」
こんなところに留まり続けても仕方ない。
外に出て確かめるんだ。
この世界が本当に小説の世界なのかどうか。
もしも小説の世界に入ってしまったなら――きっと夢だ。
夢ならさっさと覚めなければいけない。
「中央噴水公園です!」
「――ここが」
――中央噴水公園。
猪狩圭介と有栖川みかんが初めて出会った運命の場所。
中央噴水公園のベンチに腰掛けるみかん。
みかんは一人でつまらなさそうにハトに餌をやっていた。
圭介はそこに偶然通りがかるとみかんに声を掛ける。
そんな出会いだ。
「ここに来ると落ち着きます」
「猪狩圭介との思い出の場所だからか?」
「…………」
みかんは俺の問いに答えない。
ハトが歩いているのをただ静かに眺めているだけだ。
「……創造主さま、喉が渇きましたよね? 私、買ってきます!」
「あ、おい!」
みかんは気まずさに耐えられなくなったのか逃げるように中央噴水公園の自販機に小走りで近寄っていく。
やはり、猪狩圭介のことは話したがらないか……
仕方なく俺は中央噴水公園にあるベンチに腰掛ける。
「るーるるーるるーるるー」
「…………」
「るーるるーるるーるるー」
「徹○の部屋かよ!」
「ほえ? お兄さん知ってるの? 徹夫の部屋!」
桃色髪のロリが中央噴水公園に入ってきた。
入ってくるやいなやそのロリは何やら聞き覚えのある曲を口ずさみながらテンポよく踊り始めた。
最初こそ我慢していた俺だったが耐えきれずツッコミを入れてしまった。
「ああ、まあな」
「へー! すごい! お兄さんも徹夫のファンなの?」
「いや、ファンじゃない」
こいつの名前は恐らく黛真冬。
徹夫の部屋のテーマ曲を口ずさみながら登場するようなイカれたロリはこいつしかない。
「えー、じゃあお兄さん、徹夫のファンになろうよ!」
「ならない」
「どうして? 徹夫嫌いなの?」
「普通」
登場するたびに徹夫の部屋のテーマを口ずさみながらダンスを踊り、徹夫のファンになるように勧誘してくる。
そういう風に設定した。
インパクトがあるだろうと。
しかし俺は今、後悔している。
深夜テンションのノリでそんな設定にするんじゃなかった。
「そんなこと言ってたら徹夫が悲しむよ? とりあえず徹夫のファンになろ?」
「ならん」
「今なら徹夫の飴玉もつくよ? どう? 徹夫のファンになりたくなってきたでしょ?」
「なるかっ!」
飴玉で釣れると思っているところが幼女らしい。
「むー……どうして? 徹夫あんなにかわいいのに」
「逆にどうしてお前はそこまで好きなんだ?」
「徹夫はね――あ、ママ!」
黛真冬の母親が真冬の名前を呼んで捜している。
どうやら真冬がいつまでも帰って来ないから心配して来たようだ。
「帰るのか?」
「うん! ママが呼んでるから! お兄さん名前は?」
「え?」
別れのときの当たり前のやりとり。
なのに俺は言葉に詰まってしまった。
「名前! お兄さんの。あるでしょ?」
「……創造主だ」
「そうぞうしゅ……? ヘンな名前」
「……ほっとけ」
なぜか自分の名前が思い出せなかった。
記憶喪失というわけじゃない。
記憶はある。
ただなぜか名前だけぽっかりと最初から存在しないかのように思い出せない。
いや、俺に名前なんて本当にあるのか?
「えへへ! まふゆは――黛真冬だよ! またねお兄ちゃん!」
真冬は無邪気な笑顔を讃えながら手をぶんぶんと振ると母親のところへ走っていった。
モヤモヤとした気持ちの俺を置き去りにして。