第1話「はじめまして創造主さま」
翌日。
俺は見知らぬ部屋で目を覚ました。
それもそうだ。
部屋の匂いからして違った、
「……なんだこれは」
「あら、創造主さま。お目覚めになられたのですね」
ギリギリ起き上がれるが動こうとしても叶わない。
何故なら俺は何者かに両手両足を鎖で縛り付けられているからだ。
「そ、創造主さま……? 君はいったい」
「はじめまして私は有栖川みかんと申します。でも'創造主さまは私のことを誰よりも知っているでしょう? 私の兄弟、両親よりも、そして私よりもずっと深く――」
「有栖川みかん……? 何を言って、」
偶然にも部屋のドアが開き、目の前に高校生くらいの少女が現れた。
少女はまるで寄り添うかのように俺の隣に座った。
そしてあろうことか俺の小説、俺の彼女候補はヤンデレでお嬢様だった件。のヒロイン、有栖川みかんだと言う。
俺の小説の中のキャラだぞ? イカれてやがる。
しかしたしかによく見れば俺の想像する有栖川みかんに酷似してるのもまた事実。
背中ほどまであるよく手入れされた艶やかな淡く青色がかった黒髪、宝石のサファイアのように目が覚めるようなブルーの瞳。
胸はデカいのに腹は引っ込み、しかし尻はほどよい大きさで安産型だ。
まさに一般的で平均的な性癖もそれほど拗らせていない男の思い描く見た目だけは理想の女であるところの有栖川みかんそのものだ。
――というかこんな奴は俺の20年という人生においても見たことがない。
たしかに人間であるのに疑いようのないほどなのにどこか作られたかのような、違和感を覚える。
「いやだ、いくら創造主さまでもそんな舐めるようないやらしい狼のようなケダモノのような雄々《おお》しい目で見られたら私、私……」
「は、はあ!? そんなわけないだろう、勘違いす」
「監禁したくなっちゃう!」
「なんで!?」
どうやらこいつの目には俺がこの自称有栖川みかんをいかがわしい眼差しを向けていたように感じてるらしく自身の両頬に手を当て恥じらうように薄く茜色に頬を染めていた。
「だって、興奮するじゃあないですか」
「興奮するな! まったく……それより早くこの鎖を解いてくれ。これじゃあ満足に起き上がることも」
「嫌です」
とんでもない言葉が飛び込んできた。
俺は軽くツッコミを入れるとため息をひとつ吐き、気を取り直して鎖を解くように言った。
すると自称有栖川みかんからは今までとは打って変わって、まるで打ち水をした地面のような冷たさをその言葉から感じた。
明確なる否定、拒否。
ヤンデレヒロイン特有の落差、温度差が脳裏を過ぎる。
その瞬間は場が、部屋そのものが凍りついたのではないか世界に時計の針が動く音以外聞こえなくなる魔法にでもかかったのではないかそう錯覚するくらいに静かだったし、今まで明るく話していた自称有栖川みかんは俺を責めるような鋭い視線を感じた。
まるで獲物から一秒でも目を離さないという確固たる意志が感じられる目だ。
「ど、どうしてだ?」
「…………だって、そんなことしたら創造主さまは逃げてしまうじゃあないですか」
「俺が逃げる?」
「……はい。鳥かごの中で飼われたオウムやインコのように、鳥かごから解き放たれたオウムはどこか遠くに私を置き去りにして行ってしまうんです」
「オムちゃんのことか?」
「……創造主さま。やっぱり創造主さまにはわかってしまうのですね」
「なんとなくな」
自称有栖川みかんはどこか遠くを見るように窓越しに外を目を向けた。
有栖川みかんは幼い頃、一羽のオウムを飼っていた。
名前はオウムの語感からオムレツみたいで可愛いということで有栖川みかんはオムちゃんと名付けた。
ある日有栖川みかんはオウムのオムちゃんと遊びたいだとか一緒に散歩したいとか思った。
だから両親に不用意に鳥かごは開けてはいけないと教えられていたにもかかわらず鳥かごを開けた。
鳥かごを開けただけなら良かったがそのとき、窓を開けっ放しにしていたせいでオムちゃんは窓から飛び去っていってしまった。
幼かった有栖川みかんはオムちゃんが戻ってきてくれないのは自分が嫌われたからだと思ってその日は一晩中泣いていた。
その思い出が尾を引いており、高校生になった今でもハトやカラスはもちろん鳥類を見るとその日の出来事が頭に浮かんで気持ちが沈んでしまう。
という設定がある。
そのエピソードは主人公である猪狩圭介との出会いのエピソードに繋がるんだが、まあそれはいいか。