第13話「創造主さまは私だけの許嫁です」
「創造主さま! どうして先に行かれるのですか! やはり鎖でつなぐしか」
「それはやめてくれ」
「みかん……相変わらず飛ばしてるわね」
みかんが走ってやってきた。先に行った俺を咎めてくる。みかんの手には通学鞄傍らに鉄製の鎖が握られていた。
どうやら俺がこの世界にやってきた初日のように縛る気のようだ。それだけはやめてほしい。俺にSMプレイをする特殊性癖はない。一方、鏡花は若干冷ややかな目でみかんを見ながら呟く。有り体に言えば引いていた。
「むぅ……」
「さ、さあ! 学校に行くんだろ? 案内してくれ」
それから初めて見る光景であるのは間違いないが目新しさもなければ同時に知らないということもなかった。まるで俺の頭の中の光景をそのまま具現化させたようなそんな感じだ。自分が神様になってしまったような錯覚にすら陥りそうになる。
「それであそこの角を曲がっていくと商店街があって、美味しいパン屋さんとかケーキ屋さんとかあるんですよー」
「そっか」
「って創造主さまにはお見通しですよね……」
「そんなことはないよ。ありがとな」
みかんは嬉しそうに商店街の場所を教えてくれていたがふと何を思ったのかしゅんと下を向く。たしかにみかんは俺がこの世界を作ったのだと知っている。だからと言ってみかんが気にする必要はない。俺はみかんの頭を撫でた。
「創造主、さま?」
「気にするな。それにこういうのは気持ちが大切なんだ。だからありがとうな?」
「は、はい……創造主さま――ううん、創くん!」
「ああ、それでよし!」
そうして俺は有栖川みかんと暁鏡花に道案内をしてもらった。学校までのルートだが特にこれといったところはない。途中は寂れておらず、かといってめちゃくちゃ栄えているわけでも商店街を通る。ふたりは一から十まで丁寧に教えてくれた。そんなこんなで俺は学校の校門まで辿り着いた。
「おう、有栖川に暁、それに創か。おはようさん」
「あ、ああ……おはようございます」
校門の前に立っていたのは学年主任の小山だ。男の教師にしては珍しくロングヘアだが特にツッコまれることもなく、むしろ馴染んでるくらいだ。もっぱら生徒の名前は苗字呼びのはずだが俺に対してはなぜか名前呼びだ。キャラ崩壊な気はするがまあいいか。
「おう。今日もよろしくな」
「え?」
「? どうした創?」
「先生……今、今日もって言いませんでした?」
「ああ、言ったとも。なんだ? 毎日顔を合わせる担任の顔を忘れたのか? んん?」
「…………」
毎日……毎日? そんなわけはない。なぜなら俺は今日から学校に通い始めるはずだ。なのにどうして毎日という表現になる? 毎日というのは――そう、少なくとも1ヶ月以上は通っているヤツの言葉だ。だとしたら俺は1ヶ月……ないしは3ヶ月以上はこの学校に通っていることになるんじゃないか? いやそんなはずはない。だってさっきはみかんと鏡花に案内だってしてもらっていたわけだし、みかんの方を見るとニコニコ笑顔を讃えていた。
「なんだあ? オレのことは無視か! 見つめあってよぉ……本当にお前ら仲が良いな」
「そ、そういうわけじゃ」
「えへへ、私たち許嫁ですので」
「は?」
許嫁? 何の話だ?
「創くん? どうしたんですか?」
「いや、許嫁って……」
「許嫁ですよ? 私たち」
「いやだから許嫁は――」
「創さまは私の許嫁。そうですよね? 小山先生?」
すごい圧だ。笑顔の圧力という今まで感じたことのない圧を感じた。圧力鍋もびっくりの圧力の感じに若干だが一歩引いてしまうと小山は当然かのように続けた。
「ああ知ってるぞ。何せ創が転校してからうちのクラスはしばらくはその話題で持ち切りだったからな。知らない奴なんていねぇよ」
「しばらく……」
「なんだぁ創? それも忘れたのか?」
「い、いえ別に……」
忘れてなんてない。知らないんだそもそもが。そんな記憶は俺の中にはない。それはないはずの記憶だ……しかも小山は許嫁であるらしい俺が転校してからしばらくと言った。おかしい。みかんの許嫁は猪狩圭介のはずだ。それがどうして――
「創くん……? 大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ……」
「みかんも創もいつまでも見つめ合ってないで早く行きましょ。小山先生、ごきげんよう」
「ああ、また教室でな」
みかんが心配そうに俺を見つめてくる。その表情は普通の少女のものに俺の目には映った。見間違いか? 見間違いかもしれない。なぜなら有栖川みかんのヤンデレは俺にではなく、許嫁である猪狩圭介にだけ向けられるものなのだから。




