第9話「私が彼女だったら浮気ですよ創造主さま」
「あそこだ」
「あそこって有栖川屋敷……?」
俺は有栖川屋敷を指を差して言った。
有栖川屋敷はやはりこの世界でも有名らしかった。
「知ってるのか」
「……友達の家だからね」
「この辺で良いぞ」
「ううん、玄関まで送るわ」
有栖川みかんと暁鏡花は幼馴染なのだから知らないわけがない。
鏡花から離れようとするが一層強く力を入れられて離れることはなかった。
みかんに出くわさなければいいが。
「あ! 創造主さ――」
「よ、よう……帰ったぞ」
「みかん、やっぱり友達ってあなたのことだったのね」
「鏡花……どうして? 創造主さまと腕を組んでるの?」
健気にもみかんは玄関どころか有栖川屋敷の門前で待っていた。
ひとりではない。
近くには若いメイドさんも控えていたのが少しの罪悪感で済んだのが幸いだった。
それでもなんだかとても気まずい。
何故なら俺と鏡花は絶賛腕組み中だからだ。
「どうしてって少し体調悪そうだったからよ? それよりあなた、創造主……? と一緒に暮らしてるの?」
「……そうですよ。私と創造主さまは一緒に暮らしています。それが何か問題でもあるんですか?」
まだ暮らしてないが。その可能性が高いというだけで。
「何か問題でもってあなた……若い男女が同じ屋根の下……問題ない方がおかしいでしょう?」
「…………」
比較的常識あって創造主さまは嬉しい限りだがその言い方はやめてくれ、鏡花よ。
「……そ、そんなことより創造主さまから離れて!」
「うおっ!?」
「あら、穏やかじゃないわね。そんなに熱くなっちゃって」
「……今まで動かなくなってたくせに」
みかんは体をぷるぷると震わせていたが俺たちが腕を組んでいることが現実に受け容れられなかったのかなんなのか段々と頭が冷えてきたのか俺たちの間に割って入ってくる。
その怒り様に俺は驚き離れるが対する鏡花は涼しい顔で離れる。
「え? みかん……あなた、今なんて」
「鏡花、創造主さまに何かしましたか?」
「いや、してないよ」
「本当に?」
「ああ、ただ一緒に帰ってきただけだ」
みかんは儚く小さく消え入りそうな声で呟いた。
ただみかんのその唇を噛み締めた絞り出すように出た言葉から笑い話にできない内容であることは理解できた。
「そ、そうね……うん、何もなかったわ」
「は?」
「…………」
鏡花……お前、なんて乙女な顔を。
そんな頬を桜色に染めて意味ありげに瞳を潤ませて言ったら誤解を生むだろうが! みかんの顔を見てみろ。顔色ひとつ変えることなく瞳孔を開いているんだが? 無表情でまばたきせず瞳孔開きっぱなしで滅茶苦茶怖いんだが。
「……創造主さま」
「はい」
「鏡花はどうしてあんな顔してるのでしょうか?」
「なんでだろうねー」
責められてる責められてる! 顔近い顔近い! あとその目怖いからやめろ。
「創造主さま……鏡花のこと好きなんですか?」
「いや、そんなことは――」
「…………じーっ……」
みかんの問いに、そんなことはない――そう言おうとしたが鏡花の視線が痛い。
そんなことを言うのは許さないという圧を感じて言葉が詰まる。
「……創造主さま? どうなんですか!」
「うわあああ! なんだか急に頭が割れるように痛い!?」
「創造主さま!?」
「ちょっと! 大丈夫なの!?」
有名人の不倫を聞き付けたインタビュアーのように責め立ててくるみかん。
ただひとつだけ違うのはとても笑顔なことか。
俺はそんなインタビュアー(?)みかんの責めから逃れるために悲痛な声で叫ぶ演技をしながら両手で自分の頭を抱えて膝から崩れ落ちてみせる。
するとどうだろうか。心配してくれる。
多少、心は痛むが。
「だ、大丈夫だ。少し休めば――うっ……みかん、頼む! 休ませる部屋を!」
「……わかりました。肩を貸しますね」
「私は――」
「あなたは帰っていいですよ。創造主さまは私がお世話しますから」
俺はみかんに肩を貸してもらい門を潜り、玄関先へ歩いていく。
鏡花には悪いがここで帰ってもらう。
幸い門前だったため、鏡花は家主の許可なく有栖川屋敷の門を通ることはできない。
「創造主さま」
「うん?」
「あの茶番はなんですか?」
「バレてたか」
「あんなの、わからないわけないですよ」
玄関先まで来るとみかんは俺に肩を貸すことをやめる。
若いメイドは近くにいるが鏡花はもういない。
どうやらメイドにより、帰されたらしい。
「……はは、演劇は向いてないみたいだな」
「…………鏡花に何かされませんでしたか? 直接、体に触れるとか」
「何もないよ。ただ困ってるから助けただけだ」
「助けた……?」
「ああ、人助けってやつだ」
不良男子から鏡花を助けた。
だがそこまで詳細は語る必要はないだろう。
鏡花も幼馴染のみかんに全てを知られたくはないだろう。
「人助けですか。それでもなか睦まじそうに腕なんか組んでましたよね?」
「まあ、流れでな」
「……私が彼女だったら浮気ですよ?」
「なら彼女じゃないからセーフだな。俺はフリーだしな」
嫉妬してるのだろうか。
少し可愛らしくもあるが創造主らしくクールにいくか。
「…………好きな人ができたら教えてくださいね?」
「え? それは――」
「……教えてくださいね!」
「で、できたらな」
有無を言わさない圧のある笑顔。
この世界で恋などするはずもないが一応答えておく。
まあ明日になればこの悪夢からも覚めるだろう。
そうすればこいつともお別れだ。
 




