第9章
「縄跳びはね、疲れないように最小限の動きで跳ぶの。ちょっと見本やってみるね」
わたしは自分専用のロープを棚から出し、ほどいた。やっぱりこれでないと。
「こんなふうに、片足で跳んだり、足を入れ替えたり、二重、慣れたらこんなふうに三重跳びにしてペースを上げたり、実際のボクシングの動きに近づけて跳ぶといいよ。そのうち三ラウンドくらいは軽く跳べるようになるから」
「す、すごい……」
「わかった?」
一通り見せて、わたしは跳ぶのをやめた。無駄に汗かくの嫌いだし。
「レナさん、何年くらい練習したら、そんな動き、できますか?」ユーリは子供みたいに目を輝かせてる。
「上手くなろうと思って跳べば、半年くらいでこのくらいできると思うよ」才能があれば、ね。うちにプロは五人も在籍してるけど、みんな縄跳びはわたしより下手。
「は、半年……」
「小さい動きで跳んでごらん。引っかかってもいいから。あと、姿勢も意識して。ほら」
ユーリにわたしのロープを貸した。今まで他人に使わせることなんてなかったけど、女の子だし。
「あ、ありがとうございます」
ユーリは跳び始めた。鏡でフォームを確認しながら二ラウンド。わたしの指導も悪くないんだろうけど、ユーリが言った通りに動いてくれるから想像以上に簡単だ。
「よし、じゃあ次はシャドー。基本の構えを教えるよ。ユーリは右利きだよね?」
「え、はい、右利きです」
「まあ将来的には両方できたらいいんだけど。今は、じゃあ右を下げて、左足が前にくるように立って。膝は柔らかく。鏡の自分が顔面を守れてるか、常に確認しながら、小さく動いて前後に体重を乗せ替え続けるの。こう」
「は、はいっ」
「顎、引いて」
「あ、すいません」
「ちょっと脇が開いてるよ。体につけるように」
「すいません」
「別に謝らなくていいから」
「あ、すいま……はい」
「そう。あー、ちょっと背中が丸まりすぎ」
「はいっ」
初日は構えとステップの練習、最後にジャブだけをやった。実に単調だ。
「ユーリ、こんなの楽しくないと思ってる?」
「え、いや、楽しいです」
「ほんとのこと言っていいんだよ」
「楽しいです」
「嘘ついてない?」
「あの、レナさんに教えていただけるんで、それだけで私、あの……」
言いかけてユーリは俯き、耳真っ赤。
「えっと、本当に、楽しい……です」
どこへ行ってもサバサバ系女子の扱いを受けるわたしが、こんな可愛い子に懐かれるとは。虐めたくなる。ダメだ、自分を抑えろ。
「ふーん、まあ今は楽しいかも知れないけど、すぐにきつくて辞めたくなると思うよ」
「それでも私、頑張ります」
「うん。じゃあ最後、一緒にロード行こっ」
「ロード……はいっ」
「外を走るだけだよ」