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第6章

「ぐぶっ、かはあおっ、おぼっ……けほっ、けほっ、ふう、ふう……す、すいません、やれます。大丈夫です。すいません」


 まだユーリちゃんの眼は死んでいなかった。もう少し追い込まないとダメか。


「よーし、じゃあ最初は体力づくりから始めようね。スクワットってわかる?しゃがんだり立ったりするやつ。こんなふうに、ちゃんと下までしkがんで、一気に立ち上がるの。とりあえず三百回いこう。カウントするから、それに合わせて。いくよ、はい、一、二」


 わたしの声を聞いてから、ユーリちゃんは慌ててスクワットを始めた。


「二十五、二十六、ほら、ちゃんと下まで」

「す、すいませっ、はあっ、はあっ」回数を重ねるにつれフォームはよれよれになってきたけど、けっこう粘る。


 百回を超えて、ようやくカウントについてこられなくなってきた。


「百十一、遅れてるよ、はい百十三」

「ふう、ふぐうっ、あうっ」

「やる気ないの?ならやめていいよ?百三十」


 ユーリちゃんの顔が苦痛と悔しさでくしゃくしゃに歪む。ちょうど百五十回まできたところで脚が激しく震え、がくんと両膝をついてしまった。


「あーあ、まだ半分だよ?もうできないの?」

「はあっ、はあっ、ぐふうっ、すい、すいません。できます。立ちます」


 痙攣する膝を手で押さえ込むようにして無理やり立ち上がったユーリちゃんは、不自然に傾いた姿勢でスクワットを続けようとした。汗と涙が顔から流れ落ちる。


「次、勝手にやめたら終わりだからね。はい、百五十四」


 当然ながら、続くわけがなかった。百七十回目で完全に動きが止まり、それでも深くしゃがみ込もうとしたユーリちゃんは崩れ落ち、顔を汗まみれの床に打ちつけ、ごろんと横たわった。手は最後まで膝から離さなかった。


「はあっ、はあっ、うう、うぐう」


 こんなに悔しさが滲み出た表情があるのか、と思うほど、ユーリちゃんは悲惨な顔をして、歯を食いしばった。思ったより顔を強く打ったらしく、鼻血が汗と涙に混じって床に垂れている。


「はーい、これで向いてないのがわかったよね?お金は要らないから、諦めて帰りな」


 わたしは汚れた生き物を哀れむような態度で言った。ひどいとは思ってるのに、口の中が快感の味。


「……すびばてん」

「ん?何か言った?」


 ユーリちゃんは急に体を起こし、鼻を勢いよく啜ってからわたしを見上げた。強い眼だった。ぞくっ、とわたしの背筋が震えた。


「すいません。あの、私、練習します。ちゃんとできるようになります。だから……だから、まだ見捨てないでください」

「そんなこと言っても」

「お願いしますっ」


 ジム内に響き渡るほどの声で言った後、ユーリちゃんは自分で拵えた水溜まりに頭を擦りつけて土下座した。折り畳んだ体がびくんびくん震えていた。脚の痙攣が止まっていないんだ。


「……わかった、今日はストレッチして終わりにしよう。何日かは筋肉痛が残るだろうから覚悟しといて。それから明日、また来なさい」

「え、あ、あ……りがとうございます」

「でも明日は動ける服装じゃなくていいよ。普段着で来て」

「え?は、はいっ」


 おかしい。あまりに真っ直ぐすぎる。わたしはこの子を異常だと思った。わたしとは違う性質の、異常者。


 だから今度は、違う方法で諦めさせよう。

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